第18話

 どっかの邪神の所為でお姫様とお風呂に入ることになった俺なわけだが……現在湯舟で姫様と二人っきりです。あの子供女神、お湯に浸かってから十秒で出やがった。お蔭で今すごい気まずいんだけど……

 俺は横目で姫様の様子を見る。向こうも二人きりなのが気にしてるのか、無駄に大きい湯舟の隅で体育座りをしている。普段ハーフアップにしているが、風呂に入る時はまとめているらしい。髪が長い女性は大体そうしているようだけど何故なんだろう。

 それにしても、ドレスの上からでもスタイルがいいのはわかってたけど、生で見るとまた一段と良さに拍車が掛かる。それに――


「綺麗だ」

「え?」

「あっ、いやその!」


 しまった声に出てた!なんとか言い訳しないと――


「姫様ってすごい肌白くて綺麗だなって流石はエルフ族だなって!」

「あ、え、えーと、そんなにまじまじと見られると……」

「あはは!ですよねすみませんほんと!」


 馬鹿か俺は!自分からガッツリ見てましたって伝えてどうするんだよ!


「……その、綺麗、ですか?」

「え?」

「私、綺麗ですか?」

「へ?いや、えーと…………き、綺麗だと、俺は思います、よ?」


 俺は自分の発言を思い返し、羞恥心に負けて深く湯舟に浸かった。何を正直に答えてるんだ。


「本当ですか?」

「は、はい……」

「…………………」


 さっきとは違う重い空気を肌に感じ、姫様の方を向いてみると、体育座りのまま俯いて、お湯に反射する自分を見つめていた。これで三回目だ、姫様のこんな顔を見るのは。


「あの、姫様――」

「アツヒト様はご存知ですか?」

「え?」

「お父様が人間との間に生まれたハーフエルフであることを」

「は、はい、それは知ってます」

「……先代のリーネンス王国国王――私のお祖母様は、一族の反対を押し退けて人間であるお祖父様と婚約しました。エルフ族の代表であるアイリス家がその血を薄めることに、一部のエルフたちからは反感を受け、後に生まれてきたお父様も、人間とのハーフだという理由で酷い仕打ちを受けたことがあるそうです」


 シエル姫の話を聞いて、城で言っていた国王様の話を思い出した。あれは国王になる前からということだったんだろう。


「それでもお父様は国王として民を導き、自分に敵対心を持つ者にも向き合う強さを見せてきました。私も、お父様のような人になれたらと、何度も思いました」

「姫様………だ、大丈夫ですよ!お父さんである国王様にできたのなら、きっと姫様にだって――」

「私は……嫌われ者なんです。産まれてきては、いけない存在なんです」

「どういう、ことですか?」

「………私のお母様は、人間なんです」

「それって……」

「はい、私はクォーターなんです、それも人間の血が濃い、エルフとは言えないエルフ……私はエルフ族にあってはならない存在なんです。だから……」


 無駄に広い風呂場で姫様の震える声が響く。湯舟に小さな波紋が一つ、また一つと現れては消えていく、今の姫様は触れただけで壊れそうだ。

 そして俺は改めて理解した、姫様が事あるごとに影を見せていた理由を。きっと、俺が想像する以上の辛さを味わってきたんだろう。


「姫様……」

「すみません、こんな話をしてもアツヒト様が困りますよね。今のは忘れて――」


 重い空気を振り払おうと涙を拭って無理矢理笑顔を作る姫様に、俺は何も言わずに座った。不思議そうな顔をする彼女の手を取り、そのままそっと握りしめた。


「アツヒト様……」

「すみません、今の俺には、これくらいしかできなくて……」


 そういう境遇にあったことがないから、なんと言っていいかわからない――というのは言い訳になってしまう。ただ、俺が今、姫様に何を言っても、きっと姫様を元気づけることはできない。これを言えば元気になるだろうと、自己満足になってしまう。

 でも、だからと言って、裸のまま抱きしめられるほどの度胸もない。ほんと、我ながら情けない。


「いえ、十分伝わっています」


 それでも姫様は、優しい笑顔で俺の手を握り返してくれた。その笑顔を見て、俺も自然と笑みが零れた。普段の俺なら恋愛モノの王道だのなんだのと興奮しているだろう、でも今は――


「アツヒト様」

「はい」

「……ありがとうございます」

「……はい」


 できることなら、ずっとこうしていたいと、そう思う。


「あ、あの、アツヒト様」

「なんですか?」

「一つお願いしたいことがあるのですが……」

「お願い、ですか?」

「はい、その……」

「?」


 シエル姫は何か恥ずかしいのか、少し顔を赤くしながら俺の顔を何度か見た。一体何をお願いするつもりなんだろうか。


「わ――私のこと、呼び捨てしてほしいのです」

「呼び捨て?」

「はい!私、同世代の友達というのがほとんどいなくて、周りからはいつも姫様やシエル姫としか呼ばれていなくて……友達同士の呼び捨てや敬語のない普通の会話というのに憧れているのです!」

「な、なるほど……」


 そういえば、俺が姫様とお風呂に入ることになったのもこんな理由だった気がする。俺が言うのもなんだが、姫様って結構ミーハー?


「で、でもいいんですか?お姫様相手にタメ口って」

「いいんです!私が許します!」

「ははっ、そうですか。じゃあ……これからもよろしくな、シエル」

「はい!こちらこそ、よろしくお願い致します。アツヒト様!」


 まるで煌く太陽のような笑顔で元気に返事をする、タメ口なのが相当嬉しいようだ。まあ、そういう気持ちは俺もよく知ってるけど。


「ていうか、シエルが敬語のままじゃあまり意味ないんじゃないのか?」

「あっ、そうでした、つい癖で」

「あはは……まあでも、そっちの方がシエルらしくていいと思うよ」

「そうですか?」

「うん、なんかお姫様って感じで」

「それじゃあ意味ないじゃないですか!」


 ぷんぷんと怒る姫様――元いシエルを横目に、俺は湯舟から立ち上がった。そろそろ上がろう、このままじゃ逆上せそうだ。


「俺は先に上がるから、シエルはゆっくりでも――」

「…………ッ!!?」

「シエル?」


 少し様子がおかしいと思い顔を向けると、シエルは全身を真っ赤にして口を開けたまま俺を凝視している。俺に何かあるのか?


「あ、あ、あ、アツヒト様……ッ!」

「え、何?どうしたのシエル?」

「そ、その、体が……ま、まま、前を、その……ッ!」


 体?前?一体なんの話をしてるんだ?

 そう思って俺は自分の体を見て、ようやく気が付いた。俺の体が知らないうちに元に戻っている、そういえば立ち上がった時から声が変わってたような……

 俺は風呂場の出入口へと顔を向けた。そこにはこっちを見ながら悪魔の笑みを浮かべる邪神様が顔を出していた。


「こ、この――邪神がああああああああああああああああああ!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」


 二つの声が家の中を駆け巡った。

 気が動転した姫様が俺の顔をフルスイングでビンタしたのは、とても痛かった。

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