第17話

「ではそちらの世界には馬車以外にも乗り物があるのですね?」

「そうだお、電車とか車とか飛行機とか、どれも鉄でできてるんだお」

「すごいですね、馬車よりも早いのですか?」

「そうだお、しかも電車よりも早い新幹線っていうのもあるんだお」

「もっと早い乗り物があるのですか!?」


 リビングのソファに座りながら、篠原の話に目を輝かせている。篠原も篠原で鼻の下を伸ばして、まるで自分が作ったかのように語る。まぁ今まで可愛い女の子とあんなに仲良く会話できてなかったみたいだし、横やりは入れないでやろう。

 玄関の方からドアが開く音が聞こえ、俺はリビングを出た。どうやらミューと伊集院が戻って来たようだ。


「おかえり、ちょっと遅かったな」

「ねぇ見てアツヒト!リトルコカトリスの丸焼きだって!」

「なるほど、これ買ってたからか。それよりちゃんと城の様子も見てきたんだろうな?」

「うん、しっかり見てきたわよ!……ユキムネが」


 こいつは何しに行ったんだ。


「それより早くお風呂入りたいんだけど!」

「もうすぐ沸かし終わるからそれ食いながら待ってろ」

「は~い」


 呑気に返事をしながらミューはリビングへと消えていった。ていうかあの丸焼き、蛇の部分も味付けされてるけど食べれるのか?


「で、城の方は以上なしか?」

「今のところはな、あれから姿も見せてないらしい」

「そっか、でも当分はウチで匿わなくちゃな、今姫様を城に戻すわけにはいかない」

「それよりシエル姫は?」

「リビングで篠原と喋ってるけど」

「あの野郎抜け駆けしやがって!」


 慌ててリビングに突撃する伊集院を見届けながら、俺は昼食後にやって来た兵士の話を思い出していた――


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「城に侵入者!?」

「はい、姫様が城の使用人を数名引き連れて勇者宅に向かった後、城にある姫様の寝室にて不審な人影を見たとメイドから報告がありました」

「それで、その不審者は……」

「報告を受け直ちに現場へ向かったのですが、部屋には誰もいませんでした」

「じゃあ見間違いなんじゃないの?」

「私もそう思ったのですが、ベッドの上にこのようなものが」


 兵士が見せたのは一枚の紙。そこには血のような赤い文字で『いつも見てる』とだけ書かれていた。これだけで気味が悪い。


「これを見つけた後、閉めていたはずのドアが突然開閉を繰り返し始めて……我々は恐怖のあまり剣を構えました。すると今度はどこからともなく笑い声が聞こえ、部屋中を探し回りましたがやはり誰もいませんでした」

「見えない敵……まさか幽霊!?」

「でもまだ昼時だぞ?そんな時間に出るか?」

「いえ、相手は幽霊ではありません。モンスターです」

「なんでそれがわかるの?」

「……向こうから姿を現したのです、奴は天井と同化していました。我々は一心不乱に攻撃を仕掛けましたが、奴は恐ろしく強く、こちらの攻撃も姿を消して回避されてしまい」

「まったく、情けないわね」

「返す言葉もありません」

「姿を消す敵……まさか三幹部か?」

「はい、魔王トゥーカの三幹部の一人、レオデーゴだと思われます」


 また三幹部か。まさか俺が悔し涙を流している間に他の幹部も動いていたなんて、魔王はそれだけシエル姫と宝具に本気だということか。


「そのレオデーゴは今どこに?」

「おそらくまだ姫様の寝室にいるかと」

「おいおい、城の方は大丈夫なのかよ」

「国王様と使用人たちはすでに避難しています、城にも結界を張ってありますのでそう簡単に外へ逃げることはできません」

「どうしよう篤人氏、どうしてもフラグにしか思えないんだけど」

「うん、それは俺も思った」

「と、とにかく!レオデーゴは我々でなんとかしてみせますので、皆様には姫様の護衛をお願いします」


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「ミューのことだからレオデーゴもどっかに転送するかと思ったけど……わからん奴だな」


 まあでも、あいつの王道センサーに引っ掛からなかったってことは、今回は余計なことしないってことだよな。それはそれで嬉しいけど、どうせならいつも通り邪魔してくれた方が楽だと思ってしまう。これも俺がワクワクしてないからなのかもな。


「さて、風呂の方はそろそろいいかな。先に姫様に入ってもらおう、ついでにミューも入れとくか」


 俺は幹部のことを一旦頭の隅に追いやってリビングの様子を見に行った。テーブルでは口の周りをタレでベトベトにしたミューが満足そうに寛ぎ、ソファの前では伊集院と篠原が何故かプロレスをしていた。おそらく姫様関係だろう。その姫様は二人が戦う姿を見て何故か楽しそうに笑っている。やっぱり少しズレてるな。


「姫様、お風呂湧いたんで良かったら先に入ってください」

「えっ、ですが……」

「いいんですよ、気にせず入ってください。ミュー!お前も姫様と一緒に入っとけー」

「ほーい」


 口の周りを綺麗に拭き取ったミューは一度だけ指を鳴らした。その瞬間、俺の体はアツヒメになっていた。そして俺の腕と姫様の手を掴むそのままリビングを――


「って!なんで俺も一緒なんだよ!」

「えー、だってただシエルと入るんじゃつまんないし」

「それ姫様に失礼だろ」

「でもアツヒトも気になるでしょ?」

「何が?」

「シエルの体」


 ミューの発言に思わず噴き出した。本人を目の前にして何を言ってんだこいつは!しかも思わず姫様の方を向いたら目が合っちゃったし!顔真っ赤だぞ!


「篤人氏だけズルいお!」

「俺たちも可愛いレディとお風呂入りたい!」

「はぁ、もうしょうがないわね」


 軽くため息を吐いたミューは子供らしい小さな両手を打ち鳴らした。すると、異議申し立てをしていたはずの伊集院と篠原が忽然と姿を消した。理由は大体わかっているが、問題は場所だ。


「おい、あいつらどこに飛ばした?」

「えっ、ちょっと離れたところにある温泉宿?」

「モア詳しく」

「女湯」

「アホか!今頃温泉宿大騒ぎだぞ!」

「まあいいじゃない、女の裸体がみたいって言ってたし」


 そんなことを本気で笑いながら言えるこいつは本当に邪神なんじゃないかと、俺は改めて思った。


「じゃあ入るわよ!」

「嫌だから入らないって!」

「ふーん、今のを見てまだそんなこと言えるんだ?」

「どういうことだよ」

「私の手に掛かれば今のアツヒトをひん剥いて、ロリコンが多いと有名な豚の獣人族が使って大浴場に放り込むことも可能なのよ?それでもいいの?」

「こ、こいつ……ッ!」

「それが嫌なら私たちとお風呂に入ることね!」


 自称女神を名乗る悪魔はここぞとばかりに勝ち誇った顔で俺を嘲笑う。神の力がなければ貧弱の癖に、神の力さえなければ!


「ていうかいいのかよ、こういうのってお前が嫌なお約束の部類なんじゃないのか?」

「ふん、男が幼女の時点で大分マシよ。これでアツヒトも乗り気なら尚のこと良し!」

「誰が乗るかよ!それより姫様のことも考えろ!こんなの絶対に嫌に決まって――」

「あ、あの!私はその、別に構いません……」

「……え?」


 予想外の発言に俺はもう一度姫様の方を向いた。シエル姫はさっきと変わらず恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、嫌そうな表情はしていなかった。一体何故……


「私、同い年の人とお風呂に入ったことがなくて……少し憧れてた、と言いますか……その、ですから……」


 いやいや姫様、気持ちはわかりますけどよく考えてください。あなたは今、知り合って二日目の男、しかも幼女に化けてる男と一緒に入浴したいって言ってるんですよ?少し落ち着いてください割とマジで!


「まあそんなわけでレッツゴー!」


 ここはでも混浴を回避せねば、なんというか……俺の理性が持たない!

 俺は逃げ出そうと足を踏み出そうとした瞬間、ミューは透かさず俺の手首を掴んだ。それが運の尽き、気づいた時にはだだっ広い風呂場にいた。あーもう、便利ですねその力!


「えっ!?あれ、わ、わわ、私いつの間に……ッ!」

「まあ最初はビックリするけどすぐ慣れるって」

「慣れたかないわ!ていうか俺は出るからな!」


 ミューの手を振り払い風呂場から出ようとしたが、再び手首を掴まれた。全く、ここまでしつこいとは、姫様の前だけど強めに言っといた方が良さそうだ。


「おい、お前いい加減に――」


 苛立ちを露わにしながら振り向いた俺は、ここで手首を掴んでいたのがミューではなく、姫様であることを知った。驚きで飛びかけた怒声が喉の奥に引っ込んだ。


「や、やっぱりダメ……ですか?」


 片腕で大事なところを隠しながら、涙目と震える声でそう言った。

 シエル姫、だからそういうのは反則です。


「わ――わかりました……」

 

 それから終始、姫様のことを直視できなかったのは言うまでもない。

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