第16話
「いやーライガンドは強敵でしたね」
「他人事だな、実際何もしてないけど」
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとか引き返してくれて良かったな」
「そうだな、それもこれも、ぜ~んぶお前のお蔭だよ。ありがとうなミュー」
「う、うん、お礼を言われるのは神様だから当然なんだけど……」
「どうした?」
「お、怒ってる?」
「あはは、おかしなことを言う奴だな。魔王の幹部を倒して国を危機から救ったんだぞ?なんで怒るんだよ」
「そ、そうだよね。それならさ……この縄解いてくれないか?」
「……似合ってるしいいだろ別に」
「やっぱり怒ってるよね?ねぇ!」
三幹部の一人、ライガンドを倒してモンスターの群れを追い払った俺たちは、乗って来た馬車で帰路についている。俺の隣で全身をロープでぐるぐる巻きになっているミューが猛抗議をしているが、俺はそれを一切無視して外の景色を見ている。正直馬車の後ろに繋げて引き回されないことに有難みを感じてほしいくらいだ。
「ふーん、あくまで無視するんだ?いいよ別に、私の力を使えばこんなもの」
ミューの体を拘束していた縄は手品のように姿を消した、魔法のように詠唱も魔法陣も必要としない辺りすごい便利な力だ。でも、俺が力を使うことを考えてないとでも思っているのだろうか。
「コーディネートバインド!」
魔法陣を展開させ、ミューに向けて魔法を唱えた。するとミューの服が不自然に広がり、全身を包み込む始めた。身動きが取れなくなり馬車の床に転がる姿はまさに簀巻だ。
「なっ、これってイサオの魔法じゃ……!」
「さっき教えてもらった」
「あぁ~身動き取れなくてコロコロするミューたん可愛いんじゃあ~」
「これでお前の力は封じられたな」
「ふっ、もしかして女神であるこの私を舐めてるわけ?この程度で封じたとか片腹痛いわ!」
ニヤリと笑ったミューは自分を拘束する服をどこかへ転送した、と思った時にはすでに別の服を着ていた。服の着脱の間はほぼ無く素肌を外に晒すことは一切なかった。これがほんとの早着替えか。
「どう?対象は一つだけど連続すれば裸になることなんか――」
「コーディネートバインド!」
「ぎょわ!?」
こいつ、もしかしたら馬鹿なのかもしれない。いや、絶対に馬鹿だ。
「はぁ……それにしても疲れたな、運動したわけじゃないのに」
「多分魔力を消費したからだお。魔法は車みたいなもので燃料を消費しないと動かないんだお」
「そうなのか、でもまだ三回しか使ってないぞ?他に魔力を使った覚えなんてないし……ふあーっ、やばい眠くなってきた」
「まだ当分着かないだろうし寝てたらどうだ?」
「だな、あとは任せた」
「ちょっと!私のこと放置!?ねぇ、寝ないでよ!」
魔力を使った疲れと馬車の揺れで俺はすぐ眠りについた。相当熟睡していたらしく、伊集院曰く篠原とミューが暴れまわってたのにピクリともしなかったとか。そこまでだったとは自分でも驚きだ。
しばらくして馬車が停まり、伊集院に起こされた俺は欠伸をしながら外に出た。昼時ということもあり、太陽が上から照り付けてくる。腹も減ったし、今日の飯は肉料理かな。
「ねぇ、いい加減解いてほしいんだけど!」
「却下だ、お前を自由にすると何するかわかったもんじゃない」
「ハァ、ハァ、ミューたんのすべすべ太もも最高なり~」
「じゃあせめてアツヒトが運んで!さっきから鼻息と汗が掛かりまくって気持ち悪いから!」
「あーはいはい、もうちょっと我慢してろよー」
訴えるミューの叫びを適当にあしらいながら、俺は玄関のドアを開けた。相変わらず広い三和土と廊下が出迎えてくれてくれたが、なんだか少しだけ違和感を覚えた。
「どうかしたか?」
「……出る前からこんなだったっけ?」
「いや、特に変わってないだろ。多分」
「まだ住み始めたばかりだからでは?」
「そう、だよな」
やっぱり気の所為だろうか?でも出る前に比べると綺麗になってるような……
違和感が拭えないままリビングのドアを開けた、そこでようやく違和感が気の所為ではないことに気づいた。
だだっ広いリビングの中には見知らぬ家具が綺麗に設置されており、買った覚えのないテーブルの上には、豪勢な料理が並べられていた。これは一体……
「あっ、お帰りなさいませ!」
「シエル姫!城に帰ったんじゃ……」
「はい、一度城の方に戻ったのですが……きっとお疲れになって帰ってるのではないかと思いまして、何かできないかと……」
それで家具まで用意するってどうなんだろうか、まあ金も浮くし嬉しいですけど。
「おお!なんだか美味そうな匂いがすると思ったら」
「シエルたんだお!美味しそうだお!」
「黙っとけ豚。それよりなんかすみません、色々と気を遣わせてしまって」
「いいんです、私にはこれくらいのことしかできませんから」
「それより早く食べましょう!アツヒト、魔法解きなさい!」
「はいはい」
ミューの服を元に戻し、俺たちは昼食を取ることにした。どれもこれも元居た世界でも食べたことのないものばかりで内心興奮している。
「もしかしてシエル姫の手作り?」
「あっ、いいえ、これは城の料理人を呼んで作って頂いたものです」
「はぁ……なんだ、シエルたんの手作りじゃないのか」
「ちょっと期待してたんだけどな……」
「え、えーと……」
「アホ、姫様困ってるだろ!」
「……アツヒト様も手作りの方が嬉しかったですか?」
「えっ、いやえーと……」
その質問は反則ですよ姫様。
「私は美味しかったらなんでもいい!」
「ミューたんは花より団子だお」
「違うわイサオ、私は女神であるが故にそういうのを超越したの。だから今は食欲を優先してるのよ!」
「ただ単に子供なだけだろ」
「何をー!」
「ふふっ、やっぱり皆様と一緒にいるとなんだか楽しいですね」
「いやいや楽しくないですから、苦労しかしませんから」
「それならシエルも一緒に来る?」
「え?」
ミューの言葉に姫様は驚いて食事の手を止めた。言った本人は特に深い意味はないのだろう、変わらず料理を口に運んでいく。
「おっ、それいいな。俺も姫様とめくるめく恋の冒険をしてたいものだ」
「シエルたんが来てくれれば僕も頑張れるお!」
「お前らなぁ、シエル姫はこの国の姫なんだぞ?その無理に決まってるだろ」
「そ、そうですね……」
「ん?どったの姫様?」
「いいえ!なんでもありません!」
まただ、今朝も姫様は同じような反応をした。やっぱり何かあるのか、それもこの国の姫であることに……
「それよりも、皆様に――特にアツヒト様にお話ししなければならないことがあります」
「話さないといけないこと?」
「特に篤人氏?」
「はい、アツヒト様が何故アネモスを起動することができたのか、その理由です」
姫様の言葉に俺は驚いた、てっきり幼き勇者に秘められた力のお蔭だと思っていたけど、まさかちゃんとした理由が存在するとは思わなかった。
「でもよくわかったね?」
「はい、一度城へ戻った際に、アネモスについて何かわからないかと思って書庫で探っていたのですが、そこでこのようなものを見つけました」
そう言って姫様がテーブルの上に置いたのは、数冊の小さな本だった。表紙にタイトルはなかったが、その代わりに日付が記載されていた。ユニオリア歴七四四年……ユニオリア歴ってなんだ?
「ゆにおりあれき?」
「お前女神の癖にわからないのかよ」
「じゃあアツヒトはわかるの?」
「……わからない」
「ユニオリア歴は俺たちの世界で言う年号だ。ちなみに今はユニオリア歴九五二年だ」
「ということは二〇〇年以上前のものってことだお」
「……これは私の先祖であり、当時のリーネンス王国の国王が書いた日記です。この中には第一次他種族間抗争が始まった日から終戦するまでのことが記されていました」
第一次他種族間抗争。聞く限りじゃ相当激しい戦争だったみたいだけど、その時書かれたものがまだ残ってるってなんだかすごいな。
「見ていただきたいのはこちらです。ユニオリア歴七五三年一二月三日、終戦から一週間前の出来事です」
姫様はその日記帳を広げて読み始めた。
「我が国に現在敵対している人間族が侵入していた、それも驚いたことに子供の女の子だ。身柄を拘束され尋問を受けた人間の少女はこう言った、私はこことは別の世界から来た者だと」
「別の世界ってことは……」
「俺たちと同じ異世界転生者ってことか、こんな昔にもいたんだな」
「そしてもう一つ気になるのがここです。人間の持ち物を調べていた兵士から驚くべき報告を受けた。なんと人間の少女は宝具によく似たペンダントを持っていたのだ、宝具は今この国にはない。それについて問いただすと彼女は言った。私は別世界の魔法少女だと……マホウショウジョとはなんのことでしょう?」
俺含め元の世界から来た三人は思わず顔を見合わせた。初めは俺たちと同じ世界から来た子供だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「篠原、説明してやれよ。得意分野だろ」
「小一時間くらい捨てることになるけど、いい?」
「手短に頼む」
「承知した。魔法少女は魔法の力で変身して悪と戦う可愛い正義の味方なんだお」
「魔法の力で変身、ですか?」
「まあ要するにアツヒメのことよ」
「おい待て誰が魔法少女だ」
「似たようなものよ」
いやいや、二次元の存在と代々受け継がれてきた姫巫女を一緒にするなよ。
「なるほど……」
「納得しないでください」
「いいえ、ミュー様の言っていること、間違いじゃないと思います」
「「え?」」
「日記には人間の女の子が自分の宝具とアネモスを一つにし、リーネンス王国を勝利に導いたと書いてあります。もしかしたら、この魔法少女さんがアネモスを使ったことで人間のアツヒト様も使えるようになったのではないかと」
ふむ、つまりその魔法少女がアネモスの性質を知らずのうちに変えていたってことか。ということは……
「姫様、前に話してましたよね?戦争があってからはアネモスが使えなくなったって、それってアネモスの性質が変化したからじゃないですか?」
「ッ!」
「やっぱり見限られたわけじゃなかったんですね」
「……はい」
姫様は日記を見つめながら、嬉しそうにほほ笑んだ。良かった、少しは元気になったみたいだ。
「僕たちの知らないところでシエルたんとイチャイチャしてたの?死んでくれない?」
「羨ましいなおい」
「そこ茶化すな!」
「でも良かったわね、なんとか脱ニートしたじゃない」
「え?」
ミューの発言の意味がわからなかった。俺はいつからニートになった?ていうか勇者やってる時点でニートじゃないだろ。
「あっ、もしかして何か勘違いしてる?勇者っていうのは転生者の呼び名で職業じゃないわよ?」
「えっ、そうなのか!?」
「ていうかこれ転生の間で言ったんだけど」
「じゃ、じゃあ今まで俺って無職だったの?」
「そういうことよ」
なんということだ、まさか気づかないうちにニートになっていたなんて、そう思うとニートの癖に恥ずかしいことばかり言っていたような気がする。
「でも脱ニートしたってことは何になったんだ?」
「魔法少女」
「は?」
「今日からアツヒトは魔法少女よ!」
「…………は?」
勇者雨宮篤人、15歳。
職業――魔法少女。
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