第15話

「それで、モンスターの数は?」

「は、はい、報告によりますと五〇体ほどと」

「ご、五〇!?」

「それはまた団体で来たもんだな」

「む、無理だお!一匹ならともかくそんな数相手にするなんて!」

「しょうがないだろ、あいつらの狙いは姫様と俺たちなんだから」


 俺たちは城の馬車に揺られながら、これから挑むであろう壁に頭を悩ませていた。リーネンス王国郊外から現れたモンスターの軍勢は、国の中へと進行を始め、途中で通りかかる近くの村を襲うことなく、首都であるここへと真っ直ぐに迫っていた。このことから考えて、奴らの狙いは姫様と宝具で間違いないだろう。


「そうだミューたん!ミューたんの力でモンスターたちをどこかに飛ばせば――」

「私もそうしたいんだけど、こっちじゃ一つしか対象にできないみたいなのよね。手を繋いでたり捕まってれば話は別だけど」

「肝心な時に役に立たない神様だな」

「うるさいわね!私だってこんな七面倒臭いことしたくないわよ!」

「でも雨宮には嬉しい状況なんじゃないのか?」

「え?」

「だって相手は大勢でこっちは少数、誰も勝てるとは思わない状況で奇跡の一発逆転って漫画とかだとよくあるだろ?」


 伊集院の言葉に俺は思わず絶句した。

 俺としたことが、その路線に気づかなかった。この状況はまさに王道への入口!今回は邪神の邪魔は入らない……これはもしかすると、チャンスなんじゃないのか?


「…………篤人氏?」

「やろう、俺たちだけで」

「え?」

「今この国を守れるのは俺たちしかいない!例え相手が何なんだろうと、最後まで諦めないのが勇者じゃないのか!」

「アツヒトの王道スイッチが入った!」

「しまった、余計なこと言うんじゃなかった」


 外野がごちゃごちゃ言ってる間に、俺はベルトを外してズボンとパンツを躊躇なく下ろした。


「ぎゃあああ!何やってんのアツヒト!」

「篠原!俺のズボンとパンツは任せたぞ!」

「お、おう……」

「攻めてアツヒメちゃんになってからにしてほしいんだけど」


 どうせ変わるんだから同じだろうと思いながら、俺は自らアツヒメになった。腕を捲り靴と靴下も脱ぎ、腰にベルトを巻いたら準備完了!

 俺は馬車の扉を開いて流れる外へと――


「ちょっと待って篤人氏!」

「離せ二人とも!俺はこれから先に言ってちょっと危機的状況に陥ってくるから!」

「そんなことしようとしてたのか!ていうかまず走ってる馬車から飛び出そうとするな!そのもちもちスベスベの肌が傷だらけになるぞ!」

「それくらいなんだ!むしろそっちの方がピンチ感あっていいだろ!ていうかどさくさに紛れて胸を触るな!」


 なんとか抜け出そうと暴れまわってみたが、大人二人による必死の羽交い締めには敵わず、敢え無く馬車の中へと戻された。


「はぁ、はぁ、つ、疲れたお……」

「昨日から少し思ってたけど、王道展開にするためならどんな危険にも躊躇なく飛び込むよな、雨宮は……」

「ほんと、何やってんだか」

「むう……このまま馬車に揺られて戦場に行くのってなんか違う気がするんだけどな」

「今更過ぎるよそれは」


 確かに伊集院の言う通りだけど、そうとわかってしまった以上、このままにしておくわけにはいかなき!せめて空でも飛べたらいいんだけど……


「そうだ!いいこと思いついた!」

「今度は何する気だお?」


 篠原の質問に答える意味も含めて、俺は右手のアネモスを掲げた。


「アネモス――ロードアップ!」


 馬車の中で風が吹き流れ、瞬く間に姫巫女の姿に変身した。


「ちょっと!ここ狭いんだから風出すのやめてよね!」

「突然変身してどうしたんだお?」

「ふふん、走ってる馬車から飛び降りたら怪我するんだよね?だったら飛べばいいだよ!」


 俺は扉を蹴破るように馬車の外へと飛び出した。後ろから伊集院たちの悲鳴に近い叫びが聞こえるが、俺の中に焦りは一切なかった。

 何故なら、外に出た時点で俺の体はすでに浮遊し始めていたからだった。


「嘘だろ……」

「ほんとに飛んでるお」

「よしっ、これで風を利用すれば……」


 宙に浮く体から突風を発生させ、その推進力であっという間に馬車を追い抜いた。伊集院たちは何か叫んでいたみたいだが、それすら聞こえないほどのスピードで大空を抜けていく。

 しばらくするとだだっ広い草原に差し掛かり、そこを黒い物体がわらわらと進んでいた。あれがモンスターの軍勢か、例えザコでもあの数を一遍に相手すると思うと……燃えてくる!

 俺は進軍するモンスターたちの前に降り立ち、矛先を向けた。


「そこまでだモンスター共!」

「何物だ貴様!」

「俺の名は雨宮篤人!魔王トゥーカの三幹部の一人、イグランデを倒した勇者だ!」

「な、なんだと!イグランデ様を!?」

「馬鹿な、イグランデ様は俺たちの中でも最速を誇るお人だ!お前のような子供に負けるはずがない!」

「だったら見てみるか?丁度死体はお前らが向かってるところにある。あっ、でもその必要はないか、お前らはここで俺に倒されるんだからな」


 俺の挑発にモンスターたちは怒りを露わにしていくのが見てわかる。うんうん、これだよこれ!この強者感を振り撒く立ち回り、これもバトルもののテンプレだよな!


「何ビビってんだテメェら?」

「ひっ、ラララ、ライガンド様!」


 大群の後ろから聞こえてきた声に、モンスターたちが怒りを忘れて怖がり始めた。この怖がり様にモンスターたちの呼び方、まさか……


「そういえばさっき変なことが聞こえたな、なんだったかなぁ?イグランデを殺ったって?」


 ドスンドスンッという地響きが連続しながら近づいてくる、それと同時にモンスターたちが次々と左右に逃げていく。まるでチーズを裂くように、モンスターたちによって一本の道が作られていた。そして、その道を通って現れたのは、全長二メートルを軽く超える、二足歩行をするサイだった。


「なぁ、詳しく聞かせてくれねぇか?お前がどうやってあの鳥野郎をぶっ殺したのか」

「……もしかしなくても三幹部の一人?」

「ああ、俺はライガンド。魔王様の右腕にしてモンスター共の指揮官だ。特技は勇者共を俺の角で串刺しにすることだ」


 全身に鎧を着こんだライガンドは、頭から伸びる黒い角を俺に向けた。それを見て思わず唾を飲んだが、それ以上にうずうずしていた。


「へぇ……俺も串刺しにするのは得意なんだよ。なんなら、試してみるか?」

「ふん、ガキの癖に面白いな。テメェ……」


 魔王の幹部っていうのはどいつもこいつもこのノリなのか?最高だなおい!どんだけ俺を喜ばせてくれるんだよ!


「ら、ライガンド様大丈夫か?」

「馬鹿!あのライガンド様が負けるはずがないだろ!」

「でもあのガキ、イグランデ様を倒したんだろ?いくらライガンド様でも……」


 場の雰囲気も俺の好みの緊張感に包まれ始めた。ここには邪魔をするものもない、まさに最高の状態だ。でもこれで満足してちゃいけない、姫様と約束した以上、俺はこいつに勝たなくちゃいけない。

 でもそのための力なら、ここにある。

「なっ、なんだそれは……!!」


 ライガンドは俺の足元から現れた緑に発行する図形や文字を見て呟いた。

 これが宝具から俺に与えられたもう一つの力――魔法だ。


「――歯ァ食いしばれよモンスター」


 前に踏み出した左足を地面に突き刺し、右手で槍の持ち方を変え腕を後ろに引いた。きっと転生した勇者なら、すぐに槍投げの体制に似ていることに気づくだろう。そして、俺の目はしっかりとライガンドに狙いを定めた。


「俺の魔法は死ぬほど痛いぞ!」

「ほざけガキがァ!!」


 獣のように雄たけびを上げながらライガンドが迫って来た、大きさも相まってトラックが突っ込んできているような感覚に陥る。そういえば俺の死因もトラックだったな……

 でも、今ならトラックにする負ける気がしない!


「ガストジャベリン!」


 魔法の名前を叫びながら、俺はアネモスを投げた。たったそれだけで、槍はロケットのように飛んで行った。これは槍を突風で爆発的に加速させる魔法、なんで魔法が使えるのか、使い方を知ってるのかはわからない。

 でもこれだけはわかる、この魔法ならアイツを倒せると!


「いっけぇえええええええええええええええええええ!!」


 互いに勢いを止めることなく、二つの槍が激突する――

 と、思っていた。


「あ……」


 視界の隅に邪神が見えるまでは……


「えっ?ぎゃああああああああああああああああああああ!!」

「な、なんで槍がこっちにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 俺が飛ばした槍は、ライガンドの後ろにいたモンスターの軍勢を貫通していった。モンスターたちは悲鳴を上げながら次々に倒れていき、群れを抜けると同時に槍は俺の手元に戻って来た。

 さて、ここで問題です。

 避ける動作すら一切せず、真っ向から俺に襲い掛かってきたライガンドは、一体どこに行ったのでしょうか?


「――んでだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 正解は、遥か彼方の上空でした。

 無念の叫びを最後に、ライガンドは地面の中に消え去った。大きなサイの形に空いた大穴を覗くと、もうそこに奴はいなかった。


「ふうっ、いやー一時はどうなるかと思ったけど、幹部が一緒に来てくれて助かったわ。おかげで王道展開も阻止できたもの」

「そ、そんな、ライガンド様が……!」

「に、逃げろ!勝てるわけがない!」


 半数以上生き残ったモンスターたちは、尻尾を巻いて逃げていく。その光景をまるでバラエティ番組でも見てる感覚でミューは笑いながら眺めていた。俺は膝から崩れ落ち、思わず女の子座りになった。あれ、おかしいな。雨が降ってるわけでもないのに地面が濡れてるよ。


「どうアツヒト?私の手に掛かれば魔王の幹部だって招来させることも可能なのよ!これはひょっとしなくても魔王も招来できちゃうわね、流石私!あれ?アツヒトどうしたの?なんで泣いてるの?助けに来たんだよこれでも?ねぇアツヒト!」


 訳のわからないことを言いながら、邪神が俺の肩を揺さぶる。俺は一切反応することなく座り続けた。雨はしばらく止むことはなかった。

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