第14話
幹部の襲撃があった衝撃のパーティーから一夜明け、俺は借りている宿で朝を迎えた。
「上着よし!ズボンよし!靴よし!パンツよし!うんうん、やっぱり全部揃ってると気持ちがいい!特にパンツ、まさかこんなにも素晴らしいものだったなんて……ありがとう、パンツを作ってくれた人!」
「何朝っぱらから気持ち悪いこと言ってるの?」
「ふっ、お前も半日以上ノーパンで人前に晒されればわかるぞきっと」
「お断りよ、変態じゃあるまいし」
「昨日そうさせたのお前だけどな」
幹部が生き埋めになった後、会場を城内に変更してパーティーは再開された。魔王の幹部も倒したということで、俺たちはさらに注目を浴びることになった。
さらに俺は、エルフ族の宝具であるアネモネを起動させたこともあり、いろいろと質問責めにあった。倒した当人であるミューには……また誰も集まらなかったらしく、戻ってきたらすごい不機嫌そうに料理を頬張っていた。ストレスが食欲に来るタイプと見た。
「それより準備できてんだろうな?」
「もちろん、ていうかまだこっちに来て一日しか経ってないし、もともと準備するほど荷物なんてないでしょ?」
「それもそうだな、じゃあ行くか」
俺とミューは軽い荷物だけを持って宿から出た。別に金が払えなくなったわけではない、寧ろシエル姫を救出した報酬として結構もらっている。
では何故出ていくのか。それは、俺たちに新しい住居ができたからだ。
「まさか救出した報酬に家を貰うことになろうとはな」
「でも昔使ってた家って言ったわよね?ということはめちゃくちゃボロいんじゃないの?」
「だとしてもタダで家が貰えるんだから有難いだろ?それともお前はずっとあの二人部屋がいいのか?」
「それも嫌よ、いつアツヒトがベッドの中でゴソゴソし始めるかわかったもんじゃないし」
「そ、そのくらい配慮するわ!変な嫌がり方するな」
「あっ、もしかしてあれじゃない?」
ミューが示した方向を見ると、そこには海外で見るような大きな建物が出迎えているかのように建っていた。こういうのを豪邸というのだろう、奥行きまでは見た限りわからないが、おそらく三〇〇坪はあるだろう。
「うわっ、デカ……」
「そう?なんだか小さくてこじんまりしてる気がするんだけど」
「人が感動してんだから余計なこと言うな」
「おっ、来たか」
「おーい篤人氏、ミューたーん!」
仰々しいとも妥当とも言える鉄柵の門の前には、すでに荷物を持って伊集院と篠原が待っていた。俺たちと比べると荷物はかなり多い。
「よっ、早いな二人とも」
「そりゃミューちゃんたちと一緒に暮らせるんだぞ?ムラムラ――ワクワクするだろ?」
「朝からムラムラするな」
「そ、それより篤人氏?是非ともこれを着て欲しいのでござるが」
「……何それ?」
「魔法少女ララリルくずはの主人公、早美くずはたんのコスプレだお」
「なんでそんなもんがここにあるんだよ」
「作った」
「……オタクの癖に器用だな」
「いやーそれほどでも」
「絶対着ないけどな」
「ですよねー」
悲しむ篠原を無視して俺は門の扉を開けた。
ミューはボロいかもだなんて言っていたが、門から玄関までのアプローチはしっかりと整備されていて、外観も蜘蛛の巣一つない。昔使っていたとは思えないほど綺麗だ。
「ま、まさに金持ちが暮らす家って感じだお」
「こんなにデカイ家なら、部屋もさぞデカイんだろうな」
「それは引きこもり生活が有意義になること間違いなし!」
「いや外出ろよ」
玄関のドアを開けて中に入ると、靴が何足も置けそうなほど広い三和土と大人五人が横に並んで歩いても余裕なほど広い廊下が現れた。ていうかこれ本当に廊下なのか?向こうで暮らしてた家の廊下なんて二人くらいしか通れなかったぞ。
「広い廊下だな」
「見てアツヒト、バク転できる!」
「廊下ではしゃぐな!ていうか、こじんまりしてるとか言っといて嬉しそうじゃねぇか」
「チッ、パンツ見えなかった!」
「黙ってろ豚、それより一旦荷物を置いて部屋の確認とかした方がいいな。さて、リビングは一体どれだ?」
こうして、俺たちは数ある部屋からリビング(驚きの七〇畳)を見つけ出し、新しい家の探索を始めた。部屋の数も多いが部屋の広さも普通より広い、ぶっちゃけ持て余す。こういう大きいところで住んでみたいと思ったことはあるけど、実際暮らすとなると広すぎるな。
「さて、とりあえず部屋割も済んで、荷物も各部屋に置いてきたところで、ここでみんな話がある」
「話?」
「もしかして女の子になってご奉仕してくれるとか?」
「違う!俺たちは魔王の手から姫様を救い出したわけだが、肝心の魔王はまだ倒せていない。そこで、これから魔王城へと突撃しようと思う」
「「「却下」」」
「伊集院たちまで!?」
「だって姫様はもう魔王から助け出したんだし、わざわざ死にに行く意味がない」
「激しく同意」
「勇者が魔王を倒しに行く、その時点で私的にアウト」
「はぁ、お前らな――」
魔王を倒しに行くことの良さを語ろうとしたところで、外から馬の鳴き声が聞こえた。この世界での移動手段は基本的には馬車である、故に馬の鳴き声が聞こえてもおかしくはないが、なんでここに馬が?
「誰か来たお」
「宅配ピザ?」
「この世界にピザがあるかは知らないけどそれはないだろ、ちょっと見てくる」
リビングから玄関へと移り、ドアを開けて外を覗く。
門の前には白馬に繋がった豪勢な馬車が停まっていて、そこからシエル姫がゆっくりと降りてきた。ドレスは俺たちと初めて会った時のものを着ていた。
「シエル姫?」
「おはようございますアツヒト様、今日は女の子ではないのですね」
「そ、そんな毎度なってるみたいな言い方やめてください」
「ふふっ、ごめんなさい」
「ところで今日はどうしたんですか?」
「はい、実はアツヒト様たちにお願いしたいことがありまして」
「お願いしたいこと?」
「その……魔王について一つ気になることが――」
「魔王の話ですか!」
魔王という単語に反応して、勢いよく柵を掴んだ。姫様を少し驚かせてしまったのは反省しなくてはならないが、それよりも魔王の方に意識が向く。
「は、はい、気になることがあるのでお話しできたらと」
「そういうことなら中へどうぞ!――あっ、もちろん別に用がなくても全然来てくれて構いませんから!」
「ふふっ、ありがとうございます」
俺は鉄柵の門を開けて、シエル姫を中へと案内する。その間、姫様は周囲を見渡しながら笑みを浮かべていた。まるで卒業した小学校に来たような、懐かしさを噛みしめている表情だ。
「姫様もここで暮らしてたんですか?」
「いえ、ここには曽お祖母様に会いによく来ていました。もう大分昔の話になりますが……」
「ちなみにそれって何年前ですか?」
「確か最後に来たのが六歳になった時なので……一〇年前ほどでしょうか?」
「えっ、姫様って同い年なの!?」
「そ、そんなに意外ですか?」
「いや、エルフって長生きでなかなか老いないから、てっきり姫様も同い年くらいに見えて何十年も生きてるのかと」
「――そう、ですね。アツヒト様の言う通り、エルフの寿命は人間に比べて長く、ほとんど老いません」
そう言ったシエル姫の顔には、どこか影があった。
俺はその理由を聞こうと口を開きかけたが、まだ知り合って日の浅い俺なんかが
聞いていいことなのだろうかと、そんな考えが頭を過った。もし俺の言葉で姫様が傷つくようなことになったら、そう思うとどうしても口が開かない。
結局俺は何も聞くことなく、玄関のドアを開けた。
「姫様の、おな~り~」
「「ははぁ~」」
「やめてくださいみなさん!」
「なんでシエルがこんなむさ苦しいところに?」
「むさい言うな。なんでも魔王について気になることがあるらしい」
「げっ、魔王……」
「そこ、露骨に嫌そうな顔しない。それで姫様、気になることって言うのは?」
俺の問いかけに姫様は、口を開くよりも先に右手に着けているアネモスを外して俺たちに見せた。
「魔王が私を攫った理由は、おそらく宝具を自分のものにするためだと思います」
「宝具……」
「伝承とかでは聞いたことあるけど、それってエルフにしか使えないんだろ?」
「あれ?でも昨日篤人氏は使ってたような……」
篠原の言う通り、エルフにしか使えないはずのアネモスを、人間の俺は起動させた。あの後それについて自分なりに考えてみたが、全くわからなかった。あの時、なんで俺は姫巫女になることができたんだ?
「私の予想が正しければ、おそらく魔王は知っているのかもしれません。エルフ以外にもアネモスを起動させることができることを」
「ッ!」
「なるほど、もし魔王が宝具を使うことができたらもう怖いもの無しになるお」
「でも待て、まだ魔王に宝具が使えるとは限らないだろ。それにそうだとしたらシエル姫を攫う意味がない」
「……魔王は宝具だけでは宝具を使えない、ということか」
シエル姫は俺の言葉にゆっくり頷いた。
「もしそうだとしたら、私が宝具を持っていることでこの国が――いいえ、この世界の危機に繋がります。だから……」
姫様は俺の方を向くと、俺の手を取ってアネモスを握らせた。
「アツヒト様に宝具を持っていてほしいのです」
「えっ、でも宝具は姫様の一族が代々受け継いできた大事なものですよ!?それを俺なんかに――」
「いいえ、むしろ宝具を使うことができるアツヒト様だからこそ、持っていてほしいのです」
「確かに、もしまた姫様が攫われたとしても、こっちに宝具が残っていれば宝具の力を使ってまた助けられる」
「その通りです……アツヒト様、私はこのリーネンス王国を、自分の所為で傷つけたくありません。この国の第一王女として、この国で育った者として……」
アネモスを握る俺の手を上から強い力で握る、それだけで姫様の覚悟が伝わってくる。こんなの、答えないわけにはいかないだろ。俺は空いている左手をシエル姫の手にそっと添えた。
「わかりました、姫様のアネモスは俺が預かります。でも、姫様は誰にも攫わせません!それが勇者の役目です」
「アツヒト様……」
「いいなー篤人氏、僕もシエルたんのすべすべおてて握りたいお」
「同意だな」
「今いいシーンなんだから邪魔すんな外野」
「いやでも……」
「その姿で言われてもね……」
「え?」
伊集院たちの言葉で察した俺はすぐに自分の体を見た。予想通りというか案の定というか、俺は女の子の姿になっていた。
「なっ、ミューテメェ!またやりやがったな!」
「だってアツヒトの顔が生き生きしてたんだもん、それにそういうフラグイベントはもう見飽きたの。それよりこっちの方がマニア受けしそうじゃない?ねぇイサオ」
「キマシタワー!ここにキマシタワーを建てるのだ!」
思わず大きなため息を吐いた俺を見て、姫様は楽しそうに笑っていた。きっとシエル姫にはこれが仲良さそうに見えるんだろうな。実際マジで嫌なんだけど。
「もうそんな顔しないの、可愛い顔が台無しだよアツヒメちゃん」
「は?誰それ?」
「アツヒトが女の子になったからアツヒメちゃん!どう?神がかったネーミングセンスでしょ?」
篤姫って確か徳川家に嫁いだ人だったよな?中学の時に社会の授業で習った気がする。
「いいね!じゃあこれからはアツヒメちゃんと呼ぼう!」
「アツヒメたんハスハス」
「お前らな……」
「ふふっ、これでお揃いですねアツヒメ様」
「ひ、姫様まで……」
俺は大きく肩を落としたが、不思議と嫌だとは思わなかった。お揃いか、それはそれで悪くないかもな。
「と、とにかく!これで俺たちは否が応でも魔王とやり合うことは決まった!異論があるなら姫様に言えよ!」
「うわぁ、女の子を盾にするとかサイテー」
「今の俺は女の子だ、なんとでも言え」
「とうとう開き直ったわねアンタ」
「伊集院たちも文句はないよな?」
「もちろん、シエル姫を守るためなら例え火の中水の中!」
「アツヒメたんがパンツ見せてくれるならオーケーだお!」
「履いてないから見せられません。よしっ、じゃあ改めて……いくぞ、打倒魔王!」
「「「おおー!」」」
こうして、俺たちの魔王討伐の旅が再び始まろうと――
「ひ、姫様!」
「馭者様?どうされたのですか」
「た、たった今城の方から連絡がありまして、国の北西からモンスターの群れが!」
「は、はは……」
どうやら俺には旅の運というものがないらしい。
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