第13話
「エルフを作りしアネモスは、創造神でありながら風を司る神でもあった。アネモスは風を纏い、嵐を手懐け、空気を生み出した……アネモスはこの世に風を創り出した神でもあった……」
俺を中心として吹き荒ぶ風は、設置されていたテーブルを薙ぎ倒し、草を刈って空へと運んだ。その風を前にして、鳥のモンスターであるイグランデは動くことすらできなかった。
「こ、これが噂に聞く姫巫女の――宝具の力ですか!」
嵐が過ぎ去るように風が止まったところで、俺は自分の変化に気づいた。
身に着けている服装が変わっていた、マフラーのように長い緑のスカーフに、ゲームに出てくる狩人のようなの服。頭には羽根つき帽子を被り、髪の毛の色はエメラルド色に変色していた。
そして何よりも、俺の手には今の身長よりも長い槍が握られていた。俺は何故か、こいつがあの指輪が変化したものだということを知っている。
何はともあれ、俺が言いたいことは――
「巫女ではないだろどう見ても!」
「そこ今気にするところかい?」
「うおびっくりした!伊集院お前、生きてたのか」
「ああ、あいつの爪を紙一重のところで避けて、風に飛ばされて地面に叩きつけられたけど生きてるよ、それよりも前……」
「カァーカッカッ!姫巫女がなんだというのですか!相手は子供、この私が子供に引けを取るわけがありません!」
両腕と共に翼を大きく広げたイグランデは、獲物を狙う猛禽類のような目で俺に狙いをつけた――って、あんなの食らったら死ぬぞ!マズイマズイマズイ、なんとかしないと!
「えーいとりあえず食らえ!」
俺は相手を見ることすらせず、手に持っていた槍をがむしゃらに振るった。音だけでわかる、あいつが恐ろしいスピードで接近してる。ぶっちゃけこんなことで止まるはずが――
「ぐっ、な、何ィいいいいいいいいいい!?」
高速で俺を刈り殺そうとしていたはずのイグランデは、何やら悲鳴を上げながら飛んで行った。開いた俺の目に飛び込んできたのは宙を舞う鳥人間と、奴を吹き飛ばす風。それもさっきと同じように俺を中心に風は吹いている。
この風は、俺が生み出してるのか?
「す、すげぇ……」
「これがアネモスの力の一端……」
「己……私の速さを甘く見ないでもらいますよ!」
空中で体制を立て直すと、体をダーツのように細くし嘴を伸ばした。どんな体の構造してんだあいつは!
「か、体が……!」
「この姿になった私は通常の三倍の速さで飛行し、鉄すらも貫通する!さぁ姫巫女よ、神の力の一端とやらを私に見せてみるがいい!」
この緊迫した雰囲気、相手は全力を見せてから俺を殺そうとしている。バトル漫画ではよくある展開だ。だが、そこがいい!命の危機が目の前だろうと燃えてくる!向こうがそう来るなら、俺もそれに答えるしかない!
「伊集院、シエル姫を安全なところへ」
「あ、ああ、わかった!」
「アツヒト様!」
心配そうに声を上げる姫様に、俺は笑顔を向けた。
「大丈夫です、俺に任せてください」
「アツヒト様……」
「ここはあいつを信じましょう」
「……はい!」
伊集院に手を引かれ、シエル姫は会場の外へと連れ出された、これでイグランデと俺の攻撃で傷つくこともない。
「――来いよ、鳥野郎」
俺は右足を引いて槍を構える、それと同時に三度俺の周りに風が吹き荒れる。原理はよくわからないが、流石俺が生み出してる風、空気が読める。
「姫巫女の――勇者の力を見せてやる!」
「死ねェ!!」
イグランデは声と共に姿を消した、もちろん見えはしない。槍だって当たる自身もない。それでも、俺は勝つ!姫様のためにも、この国のためにも――
「わぁあああああああああああもう我慢できなああああああああああああああい!!!!」
そんな叫びが聞こえた瞬間、俺の体は後ろへと傾いた。地面に背中が付くまでの時間が、恐ろしく遅く感じた。その刹那に俺が見たのは、スライディングしながら俺の足元を通り過ぎる、我らが邪神様だった……
って、このドアホ!イグランデが現れた辺りから見当たらないと思ったらどこに隠れていやがった!ていうかマズイ、この状態は洒落になってない!
「いやああああああああああああああああああああああ!!!」
俺の絶叫と共に会場は再び揺れ動き、辺り一面を茶色く染め上げた。ダメだ、死んだ、完全に死んだ。腹の辺りを貫通してその穴から内臓と鮮血をぶちまけながら衝撃で上半身と下半身が――
「……あれ、生きてる?」
「あーもう嫌!なんなのこのバトル漫画のノリ!なんなのこのアクション有りのラノベみたいな空気!私を殺す気か!」
「えっ、なんで?なんで俺生きてんの?」
「大体何よこれ!役に立たない能力に実は使う方も与えた方も知らない秘めたる力があったとか!そんなありふれた展開にするためにこんなくそ能力したんじゃないんだけど!」
「別に位置が変わったわけでもないの……あっ、もしかして角度変わったから?でもそんなことで回避できるわけない!」
お互いにパニック状態。誰に言ってるわけでもないのに叫び問いかける光景は正しくカオスだ。もう自分でも何を言ってるのかさえわからない。
そんな中、微かにミュー以外の声が聞こえた。まるで口でも押えられてるような、曇った声だ。
「なんか聞こえないか?」
「は?何も聞こえないけど?それよりこの胸糞悪い状況を脱する方法を――」
「もう脱してるわお前の所為で!よく耳を澄ませてみろって」
「えー?」
ミューと辺りを見渡しながら聴覚を研ぎ澄ませる、よく聞くと声は俺の斜め下から発せられているようだ。顔を向けるとそこには、直径約三〇センチの穴があった。この位置、穴の角度、まさか……
「な、なんということだ……この私がこんな失態を……」
「あはははっ!見てよアツヒト、あいつあんなカッコつけてた癖に、くくっ……じ、地面に、地面に減り込んでる……!あははははははっ!」
「おい、笑ってやるな。俺にはこいつの気持ち痛いほどわかるぞ」
「に、人間風情が、幹部である私をコケにするとは……」
穴の中から悔しそうな声が聞こえてくる、向こうもやる気満々だったからな、本当に悔しいんだろう。ていうかどうしようこれ、どう決着つけようか。
「アツヒト、その槍でグサッとやりなさい、グサッと」
「いやいやそれは流石に……」
「よし、じゃあ私に任せなさい!」
「え?」
そんなことを言い始めたミューは会場の外へと走り去っていった。一体何をしに行ったのか、そしてこいつをどうしようかと考えながら待つこと五分。ミューがスコップを持って帰って来た。
「待て待て待て何する気だお前!」
「何って、埋めるのよ。そっちの方が手っ取り早いでしょ?」
「はあ!?」
埋める!?魔王の幹部を埋めて倒すってどんな決着の付け方だよ!
俺の気も知りもせず、ミューはせっせと穴に土を流し込み始めた。穴の中から慌てるような声や抗議する声が聞こえ、最終的には命乞いへと変わっていった。だがそんな声もこの邪神の耳には届かず、穴は綺麗に整備されてしまった。イグランデの声は、もう聞こえない。
「ふぅ……いやー白熱した戦いに水を差すって、最高ね!」
「最低に……決まってんだろうがあああああああああああああああああああ!!」
おそらくイグランデに放つはずだった渾身の突風をミューに向かって放った、叫びながら空のかなたへと飛んでいた怨敵を見送ってから、俺は膝から崩れた。
こうして、俺の異世界での初バトルは、全く期待していない形で終わりを告げたのだった。
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