第12話

「あー……恥ずかしかった……」

「何言ってんのよ、緊張したならまだわかるけど」

「お前な……観衆が見てる中、俺はノーパンで勲章を貰ったんだからな!?履いてないの隠し通すのすごい大変だったんだぞ!どんな羞恥プレイだっつうの!」

「ま、まあいいんじゃないか」

「そうだお、誰にもバレてないわけだし」

「いや、そういう問題じゃねぇから……」


 式典を終わらせた俺たちは、広いパーティー会場の一角で持ってきた料理を食べていた。立食形式で会場を囲むように多くのシェフが料理を貯め込んでいる。屋外ということもあり暑くはないが、姫様が戻って来たことを祝うために多くの人で会場は埋め尽くされていた。こんなにも大勢の人の前で、パンツも履かずに授与されたと思うと、今にも体が熱くなる。


「それにしても、式典が始まって俺たちが出てきた時の反応がすごかったな」

「ま、神様が現れたんだし当然よね?」

「それはない」

「僕と幸宗氏はともかく、残り二人は子供だからね。驚かれるのも無理ないお」

「いや、俺子供じゃないし男だし!」

「あっ、見つけました!」


 突然会話に割り込み入ってきたのは、高そうなドレスを着た人間の女性。一体なんの用だろうか?


「あの魔王から姫を助け出したなんて素敵です!是非お話を聞かせてくれませんか?」


 そう言って女性は伊集院に擦り寄って来た。それに便乗するように、ドレスを着た女性たちが一斉に群がって来た。


「私も聞きたいです!」

「なんてカッコイイ勇者様なんでしょう」

「宜しければ私と食事でもいかがですか?」

「ふふっ、まあ落ち着てレディたち。俺は世界中の女性を愛せるように生まれた男……焦らなくてもみんな相手をしてあげるさ」


 伊集院はここぞとばかりに整った顔立ちを活かし始めた。こういう時イケメンって便利だよな。


「くぅうううう!!これだからイケメンは……ッ!」

「ま、まあ落ち着けって篠原。そこはほら、神のいたずらってことで」

「それで納得するのは篤人氏くらいですぞ!あぁ、僕も女の子に囲まれたいお……」

「あの、お取込み中すみません!」


 またもや声を掛けられ振り向いてみると、垂れたウサギの耳を生やした魔女のような姿の少女が、篠原に上目遣いをしていた。


「ぼぼぼぼ僕!?」

「はい!お姫様を救い出したということは魔王と戦ったんですよね?どんな魔法を使ったのか聞きたいんですけど……」

「私もお願いします!」

「あなたみたいな魔法使いになるにはどうするばいいいですか?」


 おいおいマジかよ、伊集院ならともかく篠原まで……やっぱり魔王から姫様を助け出すと無条件でモテるものなのか?


「篤人氏……」

「ど、どうした篠原?」

「我が生涯に、一片の悔いなし……」

「そ、そうか」

「デュフフ!いいお!教えてあげるお!さあみんな僕に付いてくるんだおー!」


 だらしない顔でスキップしながら、篠原は女の子たちと共に人込みの中へと消えていった。ていうか、俺たち魔王と戦ったことになってるけど大丈夫なのか?それを聞こうと伊集院の方を向いたが、あいつもいつの間にかどこかに消えていた。俺が言うのもなんだが、男はほんとに単純だ。


「~~ッ!!なんでよ!なんで私には誰も訪ねてこないのよ!」

「まあ俺たちは見た目が見た目だからな。周りからは主に伊集院と篠原が活躍したと思われてんだろ」

「くっ、回数制限さえなければ今ここで神の力を見せてあげるのにー!」


 お前の場合魔王すらここに召喚しそうで怖い、ほんとこいつならやりかねない。


「アツヒト!さっきの魚のムニエル持ってきて!あとお肉も!」

「はいはい、わかりましたよ」


 面倒臭いがこいつは飯を食い終わった瞬間、何かやらかすんじゃないかという危険性もあるので渋々従う。なんで祝いの席でこんなに疲れないといけないんだろうか。


「よう、新米勇者!姫様を助け出した気分はどうだ?」


 料理を取りに向かう途中で声を掛けたのは、勇者ギルドのマスターだった。店にいた時と違い、タキシードの正装に身を包んでいる。


「マスター!うわぁ、すげぇ似合わない!」

「よく言われる。いやーまさか今日勇者になったばかりの男が姫様を救出するなんて、これはもしかしたら、伝説の勇者を超えられるかもしれないな」

「ははっ、やめろよマスター。俺なんてまだまだなんだから」

「それにしても、ほんとに面白いブレイバーだな」


 マスターは俺に目線を合わせて頬を摘まんでだり伸ばしたりし始めた。完全に面白がってるなこの人。


「役に立たない能力だけどな」

「そうか?俺が知る限りブレイバーに外れは無い。きっとそれにも、何か意味があるんだろ」

「意味…………いや、意味ないと思うけど?」

「ハハッ、そうかもな」

「おい」

「ま、勇者生活はまだまだこれからだ。頑張れよ」


 俺の頭を子供を相手にするようにくしゃくしゃと撫でたマスターは陽気に去っていった。マスターめ、今度会ったら身長差を利用して下半身を重点的に攻撃してやる。そう少し睨みながら前に出た瞬間、俺は何かぶつかった。


「痛っ!」

「あら、ごめんなさい。大丈夫?」


 どうやら人にぶつかってしまったらしい、紫色のドレスを着た女性は膝を曲げて頭を撫で始めた。まさか二回も頭を撫でられるとは……


「だ、大丈夫です!すみません……」

「ふふっ、いいのよ。気をつけてね」


 女性はそれだけ言うと俺の横を通り過ぎた。なんていうか、すごい大人な女性だった。背も高いし美人だし、何よりいい匂いがした。なんだっけこの香り、ラベンダーだっけ?


「って、そうだムニエル!早くしないとミューのやつ何をしでかすか――」


 そんな俺の不安を射抜くように、会場の地面が大きく揺れた。なんとか両脚で踏ん張り体制を保ったと同時、全身から冷や汗が出てきた。


「おいおい嘘だろ、まさかミューのやつ本当に何か召喚したんじゃないだろうな!いや、今日はもう神様の力は使えないはずだ。じゃあ一体何が……」


 悲鳴が飛び交う中で辺りを見渡すと、会場の奥の方から土煙が立ち上がっていた。もしかして、あそこに何かが落ちたのか?俺は人込みを掻き分けてそこを目指した。ミューはともかく、伊集院と篠原が気づいてるだろうな……

 群がる人の間を擦り抜け原因だろう土煙の場所へと到着したところで、俺は目を見張った。

 土煙の中から現れたのは、人の形をした鳥だった。獣人の一種かと思ったが、獣人は基本的に人間の体に動物の特徴をつけたような見た目だ。だが目の前にいるその鳥人間は、頭部は鳥の頭になっていて、体も羽毛に包まれいる。手足の指は三本だけで、そこから鋭い爪が生えている。

 こいつは間違いなくモンスターだ。

 そして、もう一つ驚いたのは落下地点。

 この鳥人間が落ちてきたのは、シエル姫と国王様が座っていた席の前だった。


「カァーカッカッ!ご機嫌麗しゅうお姫様」

「あ、あなたは確か魔王城にいた……」

「はい、トゥーカ様にお遣いする三幹部が一人、イグランデと申します」


 イグランデの発言に、離れて見ていた観衆たちがざわめき出した。

 そして俺も、重要なことを思い出した。

 姫様はミューの力で魔王城からここに召喚されただけ。そう、ただそれだけだ。

 魔王を倒すどころか、城にいるであろうモンスターにすら手を出していない。

 ならば当然、シエル姫がいなくなったことにモンスターや魔王も気づくだろう。そしていなくなったとわかれば再び連れ去りに来る。そのことを完全に失念していた。でもなんでこんな早くここまで来れたんだ?魔王城からここまで四日は掛るはずだ。


「な、なぜ貴様がここに!?」

「それは当然、私がトゥーカ様の僕の中で最も速いからです。私の飛翔速度があれば、魔王城からここまでなど二時間あれば十分です」


 に、二時間!?なんだよそれ、新幹線なんかよりも断然早いじゃねぇか!


「さぁシエル姫、トゥーカ様がお待ちです。私と共に魔王城へ戻りましょう」

「近寄るなこのバケモノめ!」

「これ以上姫様に手出しはさせない!」


 五人の兵士がシエル姫を守るために剣を取り、イグランデの前に立ち塞がった。

 だが、その時にはすでに、奴は姫様の目の前にいた。

 驚いた兵士たちが後ろを向いた瞬間、彼らは次々に倒れた。まさかあの一瞬で全員を……?全然見えなかった……


「お、お父様……」

「大丈夫だ、今度こそ私が!」

「カァーカッカッ!無理はしない方がいいですよ国王様?どうせ何もできはしないのですから」


 イグランデの腕がシエル姫に伸びる、国王様は怯える姫様の体を強く抱き寄せ睨み付けた。それを見ていた俺は――不謹慎にもワクワクしていた。

 姫様を追い込みながら笑う敵、ピンチに怯える姫様。このよく見る危機的状況……俺としては飛び込む以外に選択肢がない!


「ていっ!」

「うお!?」


 助走をつけて繰り出したドロップキックは、見事に相手の脇腹を捕らえた。体も小さく威力も劣るが、シエル姫からは遠ざけることはできた。


「アツヒト様!」

「大丈夫ですか姫様?」

「な、なんなんですかこのガキは!子供は大人しくお母さんに乳でも吸っていなさい!」

「ふん、これを見ろ!」


 俺は右手の甲に刻まれた勇者の証をイグランデに見せつけた、それを見た奴は驚きを隠せさず俺の顔と証を何度も見比べた。


「こ、こんなガキが、勇者!?」

「そうだ、俺は雨宮篤人!お前らの城からシエル姫を助け出した勇者の一人だ!」

「き、貴様が……カァーカッカッ!それはいいことを聞きました!トゥーカ様よりお姫様を連れ出したやつを殺して首を持って帰ってこいと言われているのです」


 イグランデの言葉が途切れたと思った時には、すでに奴の爪が俺の首元に突き立てられていた。


「なっ――」

「では、いただきますね」


 鋭い爪が俺の首を切り裂こうと横に薙がれた、だが俺の頭はまだ体と繋がっている。それを理解した途端、爪から逃れようと回避を試みた体が今更動き、俺は尻もちをついた。一体何が起きたんだ?


「おいテメェ……」

「何っ、馬鹿な!」

「俺のレディに向かって何してくれてんだ!」


 いつの間にか俺の前には、剣で爪を捕らえて抑え込む伊集院がいた。そうか、伊集院の能力は高速移動!能力のおかげであいつの動きも見えてたのか!


「伊集院!」

「安心してくれ雨宮、君の体は誰であろうと傷つけさせはしない」


 そう言って伊集院は、こっちを向いて爽やかに笑った。


「君も俺が守るべきレディの一人なんだからね」

「お前………頬っぺた腫れてるけど大丈夫か?」

「これか?ふっ……ちょっと調子に乗っておっぱい触ったら殴られただけさ」

「うわぁ……台無し」

「このォ……勇者風情が!」


 怒りを露わにしたイグランデは剣を払うと、また高速で爪を振り上げる。だがそれに動揺することなく、伊集院は剣で爪を払いのけた。


「ば、馬鹿な!この私の動きについて来れるものなど!」

「高速の勇者、伊集院幸宗を舐めるな!」

「調子に乗るなよ人間が!」


 高速でぶつかる剣と爪の音が連続して響き渡る。

 戦場とかしたパーティー会場は混沌に埋め尽くされ、パニックになり始めた観衆は兵士たちの手で次々に会場の外へと逃がされていく。これに乗るしかない。


「姫様は今のうちに逃げてください!」

「アツヒト様たちは!」

「俺たちなら平気です!こっちには高速で動ける伊集院が――」

「はぁ……はぁ……」

「へ?」


 何やら息切れを起こしかけているような声が聞こえて伊集院の方を見ると、さっきよりも勢いが落ちつつあった。


「ご、ごめん……ちょっと疲れてきた」

「おいぃいいいいいいいいいい!さっきまでのカッコイイやり取りはなんだったんだよ!」

「だって、流石に能力があっても、体力が無限になったわけじゃないんだ。ぶっちゃけこのままじゃマズイ」

「おいしっかりしろ主戦力!そうだ篠原は?あいつの魔法でこの鳥人間を――」


 そう思って辺りを見渡してみたが、人っ子一人見当たらない。そういえば、さっき出口で篠原を訪ねてきたウサギの獣人がいたような……


「あ、あの野郎……さては逃げやがったな!?」

「あっ、マズイ。もう無理、腕が痺れてきた」

「ちょっ――待って!せめて姫様逃げるまで持ちこたえて!」


 俺は急いでシエル姫の手を取り出口へと駆け出した。


「アツヒト様!」

「すみません姫様!これが本当の俺たちなんです!弱くて自分のことしか考えてなくて、役に立たない勇者ばっかりのパーティなんです!ぶっちゃけ勲章なんて貰っていい人間なんかじゃないんですよ!」


 自分に力がないことが歯がゆい。こうやって逃げることしかできないことが悔しい。それでも今は逃げないと、姫様だけは絶対に守り切らないと!


「――弱くたっていいじゃないですか」

「え?」


 俺は足を止めずに手を引くシエル姫を見た。その顔には不満や不安など一切なかった。


「弱くたっていいんです。大切なのは、助けたい、守りたいと思う気持ちなんですから」

「…………そっか、はははっ!流石姫様だ!」

「どわぁ!」


 背後から伊集院の声と剣が転がる音が聞こえてきた。

 クソッ!もう目の前なのに!


「全く、手を焼かせないでくださいよ!」

「ッ!」


 上空から降下してきたイグランデは、俺の脳天に向かって腕を振り下ろした。その瞬間、奴の全身の羽毛が突然伸び始め、イグランデの体に巻きつき固定した。


「こ、今度はなんだ!」

「この魔法……」


 俺はイグランデの背後にある出口に目線を変えた。出口の影から顔を出してこっちを見ている篠崎は、俺と目が合った途端に逃げだした。まったく、逃げるくらいなら最初からここにいれば良かったのに。

 でも――


「ありがとう篠原」

「アツヒト様!」

「どうしたんですか姫様?」

「こ、これを……」


 姫様は俺と手を繋いでいた右手を見せた、薬指にはアイリス一族から代々伝わる宝具が嵌められているのだが、その指輪が光を放っていた。


「アツヒト様がこちらの手を取ってくださった時から光始めて……こんなこと、今まで一度もありませんでした」

「でも、なんで……あっ」


 俺はここでマスターの言葉を思い出した。ブレイバーに外れはない、何か意味があると。俺のこの、なんの役にも立たない能力は、この宝具のためにあったのか……


「アツヒト様?」

「ふっ……ごめん姫様、まさかこんな展開になるとは思わなくて……」


 全身の鳥肌が止まらない。命の危機が目の前に迫っているのに、笑いを堪えられない。使えない能力を持った主人公がピンチになった時、その能力で危機を脱する。

 そうだ、俺はこういう展開を待ってたんだ!


「姫様、一つお願いがあります!」

「は、はい!」

「俺に宝具を貸してくれませんか?」

「えっ、でもこの宝具はエルフ族の宝具ですよ?同じ種族ならともかくとして、人間のアツヒト様に扱えるとは――」

「でも、宝具は間違いなく俺に反応してる。本来の使い方ができないにしても、こいつにきっと何かある!そう思うんです!」

「アツヒト様……」


 シエル姫は自分の羽毛を切り裂き始めたイグランデと、右手の宝具を一瞥してから俺の顔を見据えた。


「わかりました、お願い致します!」


 薬指から指輪を抜き取り、俺の手に渡した。指輪は人一倍光を強め、熱を発している。やっぱり気の所為なんかじゃない、宝具は俺に反応してくれている。


「カァーカッカッ!何かしようとしていたようですが、一手遅かったですね!」


 拘束していた羽毛を切り裂き自由になったイグランデが、再び俺の前に立ち上がる。俺は目の前の見据え、右手の薬指に宝具を嵌めた。

 その瞬間、指輪が強く瞬き、光が指輪の外へと飛び出した。


「なっ、まさかこれは……!」

「創造神……」

「創造神!?この小っちゃいのが――あたっ!あの、創造神攻撃してきたんですけど?」

「小さいと言われて怒ったんですよ!」


 創造神は俺の周りを飛び回ると、俺の体に触れて中へ入り込んできた。驚いて思わず叩いたが、その前に溶けて消えた。


「アツヒト様!起動してください、アネモスを!」

「アネモス?」

「私たちエルフ族の創造神の名前であり、その宝具の名前です!今のアツヒト様なら……!」

「そんなこと、私がさせると思いますか!」


 イグランデはまた高速で両腕を振り上げた、もうなりふり構っていられない!とにかくなんとかしろ!


「アネモス――ロードアップ!」


 俺の声に答えるように、町の――いや国の風が風向きを変えた。

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