第2話

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「もーだらしないわね……これだから人間は……」

「お前も……汗だくじゃねぇか……あれからどんだけ歩いた……?」

「そうね……ざっと二時間弱かしら……?太陽も大分真上に近づいてきたし……そろそろお昼時ね……」

「果てが見えない……クソ熱い……異世界に来て早々脱水症状になるぞ……」

「まったく……誰よ、砂漠なんかに転生したの……」

「鏡、貸してやろうか……?」


 謎の地下空間からスタートした俺の異世界生活は、二時間以上経過したところで佳境に入っていた。ギラギラと輝き俺たちを燃やさんとばかり照りつける太陽の下で、俺とミューはふらふらと歩いていた。出口のない地下でスタートした時はもうここで死ぬんだと覚悟したけど――


「それにしてもお前……テレポート使えるなら早く言えよ……あの空間で体育座りしてた時間が完全に無駄だったじゃねぇか……」

「だって……地上に降りたら力が弱まるから使えないと思ってたんだもん……あとテレポートと同じにしないで……私のはもっとこう……すごい力なんだから……」


 そういうわけで、ミューの力によって閉鎖空間から脱出することは出来た。そして、こんな状況になってる理由はというと……


「それよりも……なんで砂漠を歩いて渡りたいとか言い出したの……?頭おかしいんじゃないの……?」

「いや……歩けば人のいる場所に着くって言ったのお前だろ……それに、ほら……知らない世界を当てもなく冒険するって……なんかこう、ロマンじゃん……?」

「……私だけでも向こうに移動してれば良かった」


 ボソッと小さく声で後悔しながら、ミューは水筒の蓋を開けて水を――


「おい……ちょっと待て……水、あるのかよ……」

「あれ……言ってなかったっけ?」

「………………」

「……飲む?」

「………うん」


 そんなこんなで、俺は我儘を押し通して歩きで砂漠を横断している。本当ならもうとっくに抜けているのだが、せっかく新しい世界に来たんだ、隅々まで楽しみたい。でも、その前に死ぬかもしれない……


「そういえばさ……」

「何……」

「この世界ってモンスターとか出るんだよな……?」

「出るけど……?」

「もしかして……ここにも出たりしないよね……?」

「…………………」

「…………………」


 砂を乗せた風の音だけが、妙にはっきり聞こえる。

 数秒後、俺とミューは同時に走り出した。


「もう!なんでそういうことに早く気づかないわけ!?」

「お前だって気づかなかっただろ!ていうか、お前の方が詳しいだろうが!」

「じゃあ私、先に町へ行ってるから!サラバ!」

「あー!!テメェふざけんな!くっそぉ、冒険心にくすぐられた二時間前の俺を殴りたい!……でもこういう展開もなかなか――」


 俺の言葉を断ち切るように、後方から爆発音が聞こえた。驚いて振り返ってみると、そこには一匹の巨大なセミが地中から這い出てきていた……このセミは、虫取り網には収まらないな……


「だぁあああああああああああ!セミが砂漠から出てくんじゃねぇえええええ!」


 絶叫と共に再び前へと向かって爆走をする。だが、この世界は結構厳しい。這い出てきたセミのモンスターは、大きな羽でお腹を擦り音を出した。その途端、俺はよくわからない衝撃に襲われ宙に浮いた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 滞空時間、およそ二分。

 俺は浮遊感と恐怖に見舞われながら、先にある景色に目を輝かせていた。あんなに広く長く果てがなかった黄色い世界の先には、緑豊かな森林と大きな壁に囲まれた街があった。ミューの言った通り、歩いて三時間程のところに人の暮らす場所があったんだ。

 だが感動しているばかりではいられない。そうこうしているうちにそろそろ俺は胴体着陸しそうだ、それも森林の中で。これはリスタートの予感……!


「いやああああああああああああああああああああああああああああ――」

「よっと」

「ああああああ?わぁ!?ぎゃっ」


 森林の中に突っ込もうとした瞬間、俺は土の地面に顔からスライディングをしていた。勢いもあってか一メートルくらい地面を抉っていた。


「ぐおっ!げっほ……うえっ、土が口に――ていうか顔痛っ、全身痛っ!」

「あっ、生きてた……大丈夫?」

「……助けてくれてありがとう女神様、出来ればもうちょっと丁重に救ってくださるとなおのこと良かったんですけどね。ていうかてめぇ一人だけ逃げやがって!あの後俺はなぁ!」

「あーもう土塗れのまま掴みかからないで!汚れるでしょ!」

「うるさい!もう砂漠の砂で汚れてるんだから変わりないだろ!」


 俺たちは再び喧嘩プロレスを開始した、とりあえず全身の土をアイツに塗りたくることを重点に置くことにした。


「ぐすん……アツヒトに汚された……」

「それは良かったな」

「もう!人が折角街の目の前まで移動させてあげたのに!」

「まあ、それについては感謝だけど……」


 そう言いながら、俺は後方にある大きな壁と門を見た。これは吹き飛ばされてる時に見た壁に囲まれた街と同じだ。こういうのって城郭都市って言うんだっけ?


「疲れたしシャワーも浴びたいし、早く行こう?」

「お、おう……」


 俺は一人、緊張感に見舞われながらミューの後ろをついていく。大きく口を開けた門の中を潜り抜けると、そこに広がっていたのは別世界だった。

 建ち並ぶ木造の建物、街を彩る草や花、高層ビルよりも大きな大樹。心地のいい風が街を駆け抜け、道には耳の長い人間や小さい人間、動物の耳を持った人間が行き交っている。これだ、俺の求めていた異世界はこれなんだ!


「ああ……やっと来た、異世界に……」

「今までのも異世界だけど?」

「あれは違う、ただのB級映画の世界だ。それより見ろよこれ!まさに花と風の街って感じだ!」

「あっ、よくわかったね?ここは花と風の国“リーネンス王国”の首都“フラニアード”。エルフが王様を務める国だよ」

「エルフ!エルフが王様なのか!」

「そ、そうだよ。この国は首都はもちろん、他の街もとても綺麗だから、観光で来る人も多いんだって」

「はぁ……ここから俺の異世界生活が始まるのか!楽しみだなぁ」

「もう大分前から始まってるよ?」


 さっきから何言ってるのかよくわからないけど、とにかく!俺の新しい人生が始まるんだ!もうワクワクが止まらない!


「おやー、どうしたんじゃその格好?随分泥だらけじゃあないか」


 突然声を掛けられそちらを向いてみる。

 耳が尖った白い髭の老人が、少し驚いた顔で近寄って来た。この容姿は……間違いない!俺は素早く近寄りお爺さんの手を取った。


「おじさんもしかしてエルフ?」

「おおっとびっくりした。確かに私はエルフじゃが……もしかして君らは異世界から来たのかね?」

「はい!そうですとも!」

「いや、私女神なんだけど……」

「そうかそうか、ようこそフラニアードへ!君も勇者になるためやってきたのかな?」

「勇者……あの、その勇者っていうのにはどうしたらなれるんですか?」

「簡単じゃよ。この道を真っ直ぐ進むと大広場が見えてくる、あの大きな木が生えている場所じゃ。そこに勇者のギルド“サプライズ・トラベラー”という店があるから、そこの店主に“勇者の紋章”を刻んでもらうんじゃ」

「えっ、そんな簡単なんですか?なんか剣を抜いたりとか儀式とかは?」

「ハハッ、そう思っている勇者は多いみたいじゃが、そんなことしてたら時間が足らんからね。まっ、とにかく行ってみるとよい」


 楽し気に笑いながらエルフのお爺さんは去っていった。俺はお礼を言ってから、道の先にある根本が見えない大樹を見た。あそこに行けば、俺は勇者になれるのか……


「よし、行こう!」

「えー?まず宿取ってシャワー浴びたいんだけどー」

「それよりも勇者になることが先決だ!」

「でも私たちボロボロのドロドロだよ?こんなのが勇者やりたいとか言っても追い払われるかもよ?」

「ぐっ………わかった、でも金はミューが払えよ?俺まだこの世界のお金とか持ってないんだから」

「えっ、持ってないの?」

「……おい、まさか」

「私も持ってないよ、女神なんだから当然でしょ?」


 両手を挙げて呆れ困ったような表情をする女神にイラッとしながら、俺は思考を巡らせた。現在俺たちは一文無し、あるのは制服と元の世界のお金、携帯。そしてミューは手ぶら……


「えっ、詰んでねこれ?」

「どうするのー!汚れたまま野宿とか嫌だよ!?」

「うるさい!そもそも準備だの言ってたくせになんで何も持ってないんだよ!こういうのは多少のお金と装備があるもんだろ!」

「知らないわよ!ていうか、私がそんなベタベタなRPGの始まりみたいことするわけないでしょ!」

「それもそうだな!どうもすみませんでしたー!」


 また口喧嘩になりそうだったので無理やり切り上げ、さらに頭を働かせる。落ち着け、こういう場合は何か打開策があるはずだ。どうにかお金を確保する方法が……そうだ、こういう時は携帯で――って、ここじゃ意味ないのか。


「あっ、そうだ」

「どうしたの?」

「なぁ、ここって質屋ある?」

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