第1話
「ねぇなんで?なんでみんな異世界転生したがるの?いいじゃん元の世界で!そんな元の世界に不満があったの?嫌なことでもあったの?どこの世界も同じよ!嫌なことなんてそこら中にいっぱいあるの!女神にだってあるんだから我慢しなさいよ!大体なんでどいつもこいつもチート能力欲しがるのよ!規則だししょうがないからあげるけどさぁ!それでも図々しいにもほどがあるのよ!この間来た人間なんて“時を止める能力”がほしいとか言い始めるし!彼方みたいなデブはピザを量産する能力で十分だっつうの!」
門だらけの黒い空間で、女神が一人荒ぶっている。
そしてそれを困惑しながら見守る俺。これどういう状況だ……
「色々言ったけど、とにかく私は異世界転生なんて認めません!ええ、認めませんとも!」
「なんでだよ!俺がどの世界で生きようが俺の勝手だろ!」
「女神である私が嫌だって言ったらその時点でダメなの!人間ごときの主義主張なんて知ったこっちゃないわ!」
「このッ……!子供だからって大目に見てれば調子に乗りやがって!」
「誰が子供よ!さっきも言ったけど私こう見えて彼方なんかより云千倍も年上なんだからね!神様の中じゃ九歳くらいだけど!」
「やっぱり子供じゃねぇか!だったら外出てセミでも捕まえてろ!」
「子供のイメージが古すぎるわよ!最近の子供は家で引きこもってるのが多いのよ!」
「それこそ知ったこっちゃねぇよ!」
気づけば俺とミューは叫びながら互いに掴み合っていた、途中で何か技を掛けたりしていて、もはやプロレスである。
「彼方は人間の転生を管理する女神の苦労がわからないから異世界に行きたいとか言えるのよ!知ってる?女神は転生を担当した人間がどんな人生を歩んでいるか監視しなくちゃいけないのよ!」
「それがどうした!」
「最初は全然苦でもなかったの、人間がどんな暮らしをしているのか少しは興味があったから、なんだかんだ楽しんでた!でもね……どいつもこいつも似たような人生ばっかり歩むのよ!異世界に転生して、女の子と出会って、事件に巻き込まれて、解決して、助けた子に惚れられて、また事件に巻き込めれて……ずっと、ずっっっっっとその連続!!それを何千万回以上も見せられるのよ?そりゃ女神でも嫌なるわよ!」
「だからって、お前に人生左右される筋合いはない!」
「何よ!少しは同情くらいしてくれてもいいでしょこのひとでなし!」
「じゃあ仮に同情したとしたら?」
「そこに付け込んで元の世界に転生させる」
「言うと思ったよ!だから同情なんてしない!」
「なんですってぇ!」
くんずほぐれつにらみ合いをしていた俺たちは、埒が明かないと悟り距離を置いた。互いに体力を使った所為か肩を大きく動いている。
「ていうか、そんなに文句があるなら直接行って強制してくればいいじゃねぇか!女神ならそれくらいできるだろ!」
「できるけど……一度異世界に行ったら死なない限りこの転生の間には戻れないの!それに女神としての仕事もあるし!」
「お前以外にも女神いるんだろ?だったら試しに聞いてみろよ、人間の運命を変えてくるって」
「ええー?聞いてはみるけど無理よきっと……」
そう言うとミューは黒電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。何故ケータイじゃないのか、そもそも電話線は繋がってるのか、言いたいことは多いが黙って見守ろう。
しばらくして、誰かと電話していたミューは受話器を置いて黒電話を消した。
「どうだった?」
「……今そこにいる人間と一緒に行くならいいって」
「えっ、マジでオッケー出たの?しかも俺と同伴?」
「まさか本当に許可が出るなんて……これならもっと早く言ってれば良かった……」
「まあでも良かったじゃんか、これで何も気にすることなく――」
「君の人生を強制できるね!」
「………は?」
何を言っているんでしょうかこのガキは?
「私の上司?の神様が、すでに異世界転生を済ませている人間を強制するのは色々とややこしいことになるから、これから一緒に行く人間の人生を強制してからにしろって」
「はぁ!?」
「というわけで、しばらく彼方の人生邪魔するからよろしくね?えーと……アツヒトだっけ?」
「ふざけんな!そんなことなら俺は元の世界に転生するからな……」
俺は踵を返して白い門の前まで歩み寄った、これをくぐれば元の世界に転生することができる。そうなればミューに邪魔はされないだろう。それに、一度転生してもう一度死ねばここに戻って来られる。その頃にはミューは俺以外の人間と異世界にいるだろう。
「言っておくけど、元の世界に転生した場合は赤ちゃんからやり直しな上に今までの記憶もなくなるよ?」
俺は門に手を掛けた状態で動きを止めた。
「異世界なら今のまま転生できるし、超お得な能力付きだよ?」
「お前、さっきと態度が真逆過ぎるだろ」
「このつまらない生活から脱することができるなら、私はなんだってする」
「女神とは思えない発言ありがとう………はぁ、なんであの時信号見てなかったんだろ」
生前の自分を恨めしく思いながら、俺は門から手を離してミューの元に戻っていった。ミューはおかえりとか言いそうな顔をしていたので腹が立つ。
「さて、じゃあ早速彼方の人生をメイキングしていこう!」
「なんでアンタが決める前提なんだよ」
「まあまあ細かいことは気にしないで、それよりもまず彼方に言っておきたいことがあるんだけど」
「なんだよ……」
少し疲れが見える顔で俺は尋ねた。
するとミューはわざとらしく咳払いをしてから、俺に向かって指を刺した。
「私は異世界転生モノのテンプレみたいなのは大っ嫌いだから!これから先、彼方の人生でそういう展開を起こさないようにしていく!そこんところは覚えておくように!」
「……文句はあるがいいだろう。その宣言、正面から受けて立つ!絶対テンプレ展開に持ち込んでやるからな!」
俺とミューの視線が激しくぶつかり合う。
アイツの思い通りにはさせない!絶対チート能力を手に入れて、無双して、女の子にモテまくってやる!
「さて、じゃあ色々話していこうじゃないか」
「そうだね」
俺はミューが出した座布団の上に座り、ちゃぶ台に肘を乗せた。もうこの程度なら驚かなくなった。
「まず、彼方が行く異世界なんだけど――」
「待った!言っとくけど人がいない世界はなしだからな!もしわかった瞬間お前を置いて死んでやる」
「ふっ、そこは安心していいわよ」
不敵に笑ったミューが指を鳴らすと、俺たちを取り囲んでいた門が次々と黒の中に溶けていった。だがそのうちの一つには異変はなく、そのまま近くまで移動してきた。門は木製で草や花で飾り付けされている。
「これは?」
「異世界のうちの一つ。正式名称は忘れたけど、ファンタジーのド定番であるエルフにドワーフ、モンスターが存在する世界よ」
「えっ、ド定番なのにいいのかよ」
「本当なら鳥肌レベルで拒否するけど、この世界は他の異世界と違うところがあるの。まあ今はそれを置いといて、軽くこの世界について説明するわね」
「お、おう、頼む」
「さっきも言ったけど、この世界にはエルフやドワーフみたいな人間以外の種族が存在するの。人間は人口の半分を占めているわ」
「へぇー、人間の方が多いのか」
「昔は人間が国を治めたからね、今はないみたいだけど。話を戻すけど、私がこの世界を選んだのはこの人口にあるの!」
「人口?」
世界の人口の半分が人間だってのがそんなにいいのか?
「そう、この世界の半分を占める人間。その五分の二は――異世界転生者なの!」
「はぁ!?人口の二割って多すぎ、ていうか転生しすぎだろ!」
「しかも!この世界では死ぬと異世界に転生することが広まってるの!もちろん異世界転生者の存在も、彼らはあっちだと“勇者”と呼ばれているわ!」
「なんだよそれ……全くもって特別感っていうのがないだけど。異世界転生ってそんなよくあることなの?」
「どう、萎えたでしょ?異世界転生が当たり前の異世界って、実に王道から外れてる感じがしていいよね」
とても楽しそうに話すミューに対して、俺は早速頭を抱え始める。まあでも、普通とは違う世界だからここは目を瞑ろう。
「あっ、ちなみに転生先は人間にしておいてあげるから、感謝しなさい!」
「転生先も選べたの?」
「そう、最近じゃあ動物だったりモンスターだったり、はたまた無機物に転生する人間もいるのよねー。死んだらもう転生できないのに、何考えてるんだか」
「そこは本人の望みだからいいじゃないか?あと女神がそんな嘲笑うような顔するな」
「だから逆に新鮮なのよ、普通の人間の方が!」
「そうなのか……」
「さてと、最後は肝心の能力ね」
「……まさかとは思うけど、能力なしとかじゃないよな?」
「言ったでしょ?異世界に転生する人には能力を与えないといけないって、聖剣みたいなチート武器でもいいんだけど」
「へぇー」
俺は相槌を打ちながら、作戦を立てていた。今のところ、全部アイツが決めているからな。ここで俺の意見も取り入れさせないと……
「それでね、能力なんだけど……」
そう言うとミューは上に手が入るくらいの穴が開いている箱を一つ出した。
「なにこれ?」
「この中に能力や武器の内容が掛かれている紙が入ってます」
「えっ、まさか……」
「そう、この中から好きなものを一つ引いて、それが彼方のものになるから」
く、くじ引きだと!?まさかこいつ、俺が作戦を立てていることを悟ってこんな暴挙に出たのか!しかも、これで俺が引いて変な能力出しても俺の所為だし、引かなかったら俺が選ばなかったって理由で勝手に決められる……流石は女神だな。
「ちゃんとした能力も入ってるんだろうな?」
「もちろん♪」
「……………」
「あっ、疑ってる?じゃあ箱開けて見てみたら」
是非そうさせてもらおう。
俺は箱を開けて中から適当に一枚拾い上げて捲ってみた、紙には瞬間移動という文字が書いてあった。どうやら本当のようだ。
「……これじゃダメ?」
「ダメ、ちゃんと戻してから引いて」
俺は渋々紙を戻して中身を混ぜた、入れた位置から混ざった後の場所を無駄だと思いながら想定する。
「ふふっ、いいのが当たるといいね」
「人を舐め切った顔をしやがって……見てろ、絶対すごいチート能力引き当ててやる」
俺は深呼吸をしてからそっと箱に手を入れた、その中からさっき引いたであろう紙を手探りで引き当てる。一体何が書いてあるのか、それを確かめようとした瞬間、目の前のミューに紙を奪われた。
「さーて、何を引いたかな……ほう、なるほど」
「な、なんだったんだ?」
「それは向こうに行ってからのお楽しみだよ!」
まあ確かに、転生する前にどんな能力か知ってるってのは反則かもな。ここは言う通りにしよう。
「じゃあ準備も整ったことだし、行こうか異世界に!」
俺は座布団から立ち上がり、ミューと共に木製の門の前まで近づいた。
「つ、ついに異世界へ……!」
「もしかして緊張してる?」
「だって異世界転生だぜ?こういう展開、興奮するけど緊張するんだよ!」
俺は高鳴る鼓動を感じながら、両手で門を開いた。扉の隙間から光が漏れ出し、やがて大きく広がっていく。この先に、俺の知らない世界が広がっている。邪魔はいるけど、俺の異世界転生が今――始まる!
「………………………………ん?」
俺の目の前に広がっていたのは、一面を覆いつくす闇。転生の間のように自分の輪郭は見えず、まさに暗闇の中にいるようだ………ていうかこれ、どこかの中にいるな完全に。
「なんだここ、どこにいるんだ俺は……」
それになんだか薄気味悪い、どこかに明かりはないのか?そう思いながら後ろに下がった瞬間、背中に何かが当たる感触がした。そして続けざまにガラスが割れるような音が空間を支配した。
「えっ、何!?何今の音!?もうなんなんだよ、どこにいるんだよ俺――うわぁ!」
視界不良に騒音のダブルコンボで完全に動揺していた俺は、何かに躓いて地面に倒れた。受け身も取れてないからすごい痛い!しかもこの感触、地面は岩でできてるのか?
「いってぇ、今度は一体なんだ?」
俺は痛みを堪えながら、躓いたものを手に持った。暗い空間に少し目が慣れてきたのか、俺が手にしている物も少し見えてきた。
俺が手に持っていたのは、人の頭蓋骨だった――
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
近年まれにみる大絶叫と共に、俺は髑髏を遠くへ追いやろうと全力で投げた。
すると、割と近くで物が砕ける音、そして小さな悲鳴が聞こえた。
「――ったーい!何するのいきなり!」
「えっ、その声はミュー!ミューなのか!」
「私よ、一緒に来たんだから当然でしょ」
「ミュー!」
「ちょ、やめて!抱き着かないで!ロリコン?ロリコンなの!」
誰かがいた喜びに思わずミューを抱きかかえた、相手は全力で嫌がってるけど、心が癒されるまで我慢してもらおう。
「ふぅ……悪い、ちょっと取り乱した」
「全く、私は女神なんだからもっと丁重に扱ってほしいんだけど」
「ごめんって、それでここはどこなんだ?なんていうか……ピラミッドみたいなお墓の中っぽいんだけど……」
「お墓ではないみたいだけど……とりあえず地下にいるね」
「はぁ、地下?じゃあどこかの遺跡ってこと?」
「ううん、部屋はこれだけ」
「出口は?」
「ない」
「………………は?」
何を言ってるんだこの子供女神は?
「ふふっ、どう?いいところに出たでしょ?」
「いやお前……マジでここどこだよ」
「えーと、砂漠から一万キロ以上深いところにある謎の空間だね」
「な、なんでそんなところに?」
「だって……普通に街からスタートなんて、テンプレ過ぎるでしょ?」
こうして、俺の異世界生活が始まった――終わりも近そうだ。
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