ありきたりな異世界転生に物申す!

一二三五六

第一章 王道男と邪道女神

プロローグ

 気が付けば、俺は真っ黒な空間に立っていた。例えるとしたら、星が一つも見えない都会の夜空のような、そんな空間だ。

 だが不思議なことに自分の体はくっきり見えている。茶色いローファーから制服まで、俺自身が薄く発光しているようだ。


 そしてこの空間にもう一人、姿がはっきりと見える人がいた。


「気が付きましたか?雨宮篤人あめみや あつひとさん。転生の間へようこそいらっしゃいました。突然のこと驚いていると思いますが、あなたは不幸にも亡くなってしまいました。ですが安心してください、あなたには新たな人生を歩むチャンスがあるのですから」


 それは一人の女の子だった。

 雪を思わせるような白銀の髪。

 水色の大きなリボンで整えられたツインテール。

 フリルが多い薄紫色のワンピース。

 年齢は九歳くらいだろうか。

 とてつもなく可愛いという意味を込めて天使と表現することがあるが、俺の目の前にいる少女は本物の天使だと思わせるほど、人間離れした容姿をしている。


「………………あの」

「混乱しているみたいですね、でも心配ありません。ここに来る人たちはみんなそうなんですから、落ち着いてこの状況を受け入れてください」

「いや、そうじゃなくて……」


 混乱していないと言えば嘘になる、こんなよくわからない状況だ、混乱しない方がおかしい。

 だが、混乱するより先に、言いたいことがある。


「そういえば死因は……ああ、通学中のところをトラックに轢かれて即死、ですか。最近多いんですよ、車に轢かれて事故死する人。あなたも歩きスマホですか?」

「確かに歩きスマホはしてましたし、今の状況を受け入れようとも思います……でもその前に一ついいですか?」

「なんですか?」

「……横になってせんべい食べながら話しかけるの、やめてくれません?」


 天使の如く可愛いその女の子は、畳の上で横になりながら、せんべいを片手に俺を見上げていた。俺の死んだ理由やらが書かれているであろう本の上には、食べて散ったせんべいのカケラが汚らしく落ちている。その体制はまさしく、真昼間に昼ドラを見ながらソファに寝そべる主婦そのものだ。


「ん~?……あーごめんね?毎日毎日同じことしてるから飽きてきちゃって。あっ、あなたも良かったら食べる?お茶もあるけど」

「……まあ、そういうなら」


 まだ何一つとして現状を掴めていない俺は、靴を脱いで畳の上に座った。郷に入ったら郷に従え、ひとまずこの子の言う通りにしよう。


「はいどうぞ〜」

「どうも……」


 何もないところから突然熱々のお茶が出てきたことに内心驚きながら、彼女から湯呑みを受け取った。

 そして二人で一服……


「いやー、人間が食べる食べ物なんていつ以来だろ。それにしてもこのせんべいってやつは美味しいね!茶によく合うよー」

「見た目に反しておばあちゃんみたいなこと言うんだな」

「まあこれでも長生きしてるから――って誰がおばあちゃんよ!」


 ノリツッコミまで体得してるとは、レベルが高いなこの子供。


「ところで、アンタ何物なんだ?何もないところからお茶出したりしてたけど」

「私?ふっふーん、聞いて驚きなさい!私はミュー、この転生の間を管理する女神様よ!さぁ、崇めなさい!」

「…………………」


 俺はせんべいを頬張りながら、お茶で流し込んでから湯呑みを置いた。


「で、親御さんはどこにいるんだ?」

「あー!信じてないわね!」

「当然だろ、いきなり女神なんて言われても信じられるかよ。大体ここが転生の間だとか、俺が死んでるってのも疑わしい」

「ぐぬぬ……時々いるのよねー、彼方みたいな愚かな人間が……でもいいわ、私は寛大な女神だから許してあげる!」


 ミューとかいうその女の子はお茶を一気に飲み干すとその場で立ち上がり、また手品のように湯呑とせんべい、それと畳を消した。ぶっちゃけこれだけでもすごいのだが、当人は何かをするらしい。


「そして、刮目しなさい!私の力を!」


 彼女の言葉を合図に、真っ黒だった空間から次々と門が現れた。形や色も様々で、気が付けば黒い空間を埋め尽くすほどの数の門が俺たちを取り囲んでいた。


「ふふっ、どうよ?すごいでしょ?」

「お、おう……マジで女神なのはわかったけど、この門みたいなのはなんだ?」

「これは全部異次元へと繋がるゲート!死んで転生の間に来た人はここを通って転生してもらうわ!まあ彼方が生きてた世界でいうところの異世界転生ができるってわけ」

「マジで?」


 異世界転生……そういえば中学生の時に友達から借りてたライトノベルがそんな感じのやつを題材にしたな。


「でも大変だよ異世界って、今まで暮らしてきた世界とはルールが違うし、住み心地で言えば元の世界の方がいいと私は思うかな」

「そうなのか?」

「ほら、彼方が暮らしてた世界ってすごい平和じゃない?それにご飯も美味しいし、なんでも揃ってる……うん、やっぱり元の世界に転生した方がいいね!」

「いやでも――」

「そういうわけだから、元の世界に転生してね?ちなみに入り口はそこの白い門だから!」


 ミューは俺を無理やり後ろへ向かせて背中を押し始めた。なんというか、まるで異世界に行ってほしくないみたいだ。確かに俺がいた世界?はものすごく平和で、暮らしやすいんだろうけど……


「ちょっ、待て待て!転生する世界なんだから俺に選ばせろよ!」

「いやいや別に選ぶ必要なんてないよ!是非、是非元の世界へ!」

「あーもうだから押すなって!それにライトノベルとかで見たことあるけど、こういうのって特殊な能力持って転生するんだろ?」

「―――ッ!」


 俺を追い出そうとしていたミューは、何故か凍結したように体を固めた。


「それもかなりのチート能力で!それで異世界の強敵相手に無双しまくって、女の子にモテまくる……!うん、うんうん!こういうベタなの結構好きなんだよ俺!そうと決まれば異世界に行こう!そして俺も無双して女の子にモテまくりの異世界生活を――」

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 フリーズ状態だったミューは、絶叫しながら突然俺を押し飛ばした。


「あーもう!どいつもこいつも異世界異世界異世界異世界……そんなに異世界転生が大好きかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 女神様は、それはもうお怒りでした。

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