第10話

「なんだかボロボロですけど、大丈夫ですか?」

「あー大丈夫です。いつものことなんで」


 客間に到着した俺たちは、メイドさんが準備の合間に出してくれた紅茶を頂いていた。こういう気配りができる辺り流石はプロだ。


「改めまして、助けていただきありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

「いえ、我々は勇者です。当然のことをしただけです」


 いや、国王の前で嫁に欲しいって言っただけだろお前は。


「それでそれで?褒美として何が貰えるのかしら?女神であるこの私が満足するものじゃないと許さないわよ?」

「ほんとすみません偉そうで」

「偉いもん!」

「ふふっ、なんだか楽しいパーティですね」


 これを楽しいと思えるのは第三者だからですよ姫様。当事者からした面倒臭いことこの上ません。


「そういえばなんでシエルたんは魔王に連れ攫われたんだお?」

「姫様相手にたんって……でも確かに気になるな。何か知ってますか?」

「それなんですが、私もわからないんです」

「わからない?」

「はい、どうしてトゥーカに攫われたのか。それを知る前に助けられたので……」

「そっか……」

「でも、もう気にすることないんじゃないかお?」

「そうですね、もう忘れることにします。それよりも、みなさんのことについて聞きたいです!」

「俺たちのこと?」

「はい!今までどんな冒険をしてきたのか」


 姫様の発言に、俺たちは思わず固まった。どうしよう、転生してから今日まで引き篭もってた萌え豚とナンパしまくった挙句はぐれ者になったエロガッパと今日転生したばかりのド素人しかいない。


「え、えーと……せ、世界には全種族を網羅したハーレム王ってのがいてだな……」

「な、七つ集めると願いを叶えてくれる伝説の宝珠がですね……」

「せ、セミって砂漠にもいるですよ……」

「無駄よお姫様。ここには引き篭もりとフェミニストとにわかしかいないから」

「おい言うな」

「ふふっ、では皆さんがいた世界の話を聞かせてください!」

「俺たちがいた世界の?」

「はい、向こうではどんなことをしてましたか?」


 向こうでどんなことをしてたか……そういえば、俺って高校生活初日に死んだんだよな。できればもう少し青春を謳歌したかったところだ。


「俺は向こうではホストをやってたんだ」

「まあだろうなとは思ったよ」

「毎晩多くのレディたちと大きな城へと行ったものだ」

「向こうの世界にもお城があるのですか?」

「ああ、それはもういろんなところに」

「おい、その話やめろ。姫様に悪影響だ」

「イサオ様、でしたよね?イサオ様は向こうではどんなことを?」

「僕はいたって普通の生活をしてたよ?実家で母さんと父さん、それとお嫁さんと一緒に暮らしてたんだ」


 篠原の発言に、姫様以外は驚いて顔を向けた。


「え?お前嫁なんていたの?」

「こんな飛べない豚に?」

「失礼だね君たち。僕だってもう30歳だよ?結婚くらいしてるお」


 マジかよ……でもあれ?こいつ今までニート生活してたんじゃなかったっけ?


「素敵です!どんな方でしたか?」

「ふふっ、それもう完璧なお嫁さんでしたよ。優しくて料理上手で、いつも僕のことを気に掛けてくれて、落ち込んでる時は励ましてくれて……彼女を置いて死んでしまったことが唯一の後悔です」


 そう言って篠原は、悲しそうな表情で遠くを見つめた。こいつ、もしかして本当に……


「そうですか、本当にいい奥様だったんですね」

「はい。ただ、一つだけ残念なところがあるんです」

「残念なところ、ですか?」

「えっ、そんな完璧なお嫁さんなのに?一体何が残念なんだよ」

「……彼女、画面から出てこないんです」


 篠原の発言に、姫様以外は大きなため息を吐いた。ああ、やっぱりそっちの嫁ね。


「……遠くに暮らしてるということですか?」

「いや、違う。そうじゃないんです姫様」

「あっ、ちなみに他にも猫耳女子高生とかツンデレメイドさんとか、僕には多くのお嫁さんが――」

「姫様が混乱するからもう黙ってろ」

「あっ、ではアツヒト様はどんなことをしてましたか?」

「俺ですか?どんなことって言っても、学校に通ってたくらいしか――」

「学校に行ってたんですか!」


 俺の言葉にシエル姫は前のめりになって聞き返してきた。そんなに興味が惹かれるようなこと言ったかな俺?


「は、はい。高校は初日に死んだんでわからないんですけど……中学では勉強だったり部活だったりしてましたよ」

「ブカツ?ブカツとはなんですか?」

「部活動のことですよ。放課後に生徒が集まって、スポーツだったり料理だったり、いろんな活動をするんです」

「わぁ、とても楽しそうですね!それに同い年の人と一緒に勉強ができるだなんて、素敵です!」

「もしかして姫様、学校には……」

「はい、一度も行ったことがありません。ずっとお城で勉強してましたので」


 そっか、俺にとっては普通のことでも、姫様には羨ましく見えるのか。個人的にはお城に住んでる方が羨ましいと思うけど、隣の芝生は青く見えるってことかな。


「失礼致します」


 客間の扉から入ってきたメイドさんが、何やら袋のようなものを持ってこっちに近づいてきた。一体なんだろうか?


「こちらをアツヒト様に」

「俺に?なんだろう……」


 メイドさんから袋を受け取り、中の物を取り出す。出てきたのは緑を基調とした新品の服だった。


「おお……」

「なんだかカッコイイ服だお」

「アツヒト様がまだこの世界に来たばかりだと聞いた国王様からのプレゼントです。勇者には勇者らしい服装が一番似合う、と」

「国王様が!?すごい嬉しいんだけど!」

「早速来てみては如何ですか?」

「ああ!でも姫様もいるし――」

「それなら問題はありません」

「え?」


 俺がどうしてか聞く前に、メイドさんはパチリと指を鳴らした。すると、客間から別のメイドさんが次々と現れた。その内の二人は俺の腕を掴んで立ち上がらせ、二人は手に持って運べるカーテンに俺を入れ、残りの四人くらいが一斉に俺の服を脱がせ始めた。


「えっ、ちょっあの!待って、自分で出来ますから!ズボンとか自分でやりますから!」

「くっそぉ篤人の野郎メイドさんに着替えさせてもらいやがって……!」

「超羨まけしからんでありますな!」


 そんな外野の的外れな声を聞いているうちに、カーテンが撤去されてメイドさんたちも客間からそそくさと出て行った。まるで嵐のようだった。


「わあ、とてもよく似合ってますよ!」

「え?あっ、いつの間にか着替えてる!?」

「アツヒト様がご着用されていた衣服は綺麗に洗濯して後日お返し致しますのでご安心ください。では、私はパーティーの準備がありますのでこれにて」

「あ、ありがとうございます……」

「なんていうか、すごい手際が良かったお」

「彼女はメイドの方々を指揮するメイド長様ですので」

「な、なるほど。それにしても……」


 俺は今一度国王様から貰った服を見渡した。黄緑色の長袖シャツに茶色のズボン、装飾が付いた黄色いベルトに緑色のマント。


「なんかすごい勇者っぽくていいなこれ!超気に入ったわ」

「そう言ってくださるとお父様も嬉しいでしょう」

「ぶうー、なんかつまんない」

「服につまるもつまらないもないだろ」

「そうだアツヒト、女の子になってよ!その方が面白いと思うよ?」

「「賛成!」」

「絶対ならないからな!」

「女の子になる?それってどういうことでしょうか?」

「アツヒトのブレイバーは小さい女の子になれる能力なの!うぷぷ、なんでそんな能力になったんだろうね?」


 お前の所為だろうがこの邪道女神め!


「ほらアツヒト、姫様も見たがってるよー?」

「嫌だ!あれはもう二度と使わないって決めたんだ、悪いけど諦めてくれ」

「そっか……じゃあいいや、こっちでやるから」

「は?」


 こっちでやる?どういうこと?

 そんな疑問を解消するように、ミューはさっきのメイド長のように指を鳴らした。

 その瞬間、俺の体が女の子に変わった。


「え?はぁ!?なんで?どうなってんの?」

「まあ、本当に女の子になりましたね」

「可愛いでしょ?」

「おいミュー!一体どうなってんだこれ!」

「そういえば言ってなかったけど、アツヒトの能力は私の方からも発動させることができるから、アツヒトが使わないようにしてても私が勝手に使うから」

「ふざけんな!こうなったら意地でも元に戻り続けて――あれ?」


 元に、戻らない……?おかしい、能力はちゃっと切ってるはずなのに男に戻らない。なんでだ!?


「ちなみにー、私の方から能力を発動させた場合は私にしか元に戻せないから。でもアツヒトが使った場合は私が介入出来なくなるからそこら辺は心配しないでね?」

「誰がそんな心配するか!」

「まあそういうわけだから、今日一日はその姿でいてね?もちろんパーティーも授与式も!」

「はぁ!?」

「あぁーこの方向性を間違える感じ……最高ね!」

「最低だよ!」


 まさか俺の能力にそんな要らん仕様になってたなんて……これじゃあアイツがいつ気まぐれで能力使うかわからないじゃねぇか!


「一日中……」

「このまま……」

「はっ……!」


 悪寒を感じてそちらを向くと、豚とカッパが目を輝かせながらこっちを見ていた。


「おい、待て、やめろよお前ら……!」

「ふふっ!さあパーティーが始まるまで俺とイチャイチャしよう!」

「デュフ、今度こそスカートの中を覗かせてもらおうか!」

「ぎゃあああああああこっち来んなああああああああ!!」

「ふふっ、やっぱり楽しそうなパーティですね」


 こうして伊集院と篠原との攻防は、本当にパーティーが始まるまで続いた。

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