第8話
「最悪だ、最悪の出だしだ……」
「何よ150アグルって!これじゃあベルベルジュースしか買えないじゃない!」
「確かにそうだ、なんだあのクソ国王は!」
「温厚な僕でも頭に来るお!全く、誰の所為でこんなことになったんだお!」
「お前らの所為だろうがァああああああああああああああああああああああああ!!」
アグリオ城を後にした俺たちは、一旦俺とミューが泊まっている宿に集まった。目的はもちろんこれからどうやって姫様救出しに行くかなのだが……
「狭すぎなんだよ!なんで二人部屋に四人も集ってんだよ!」
「だって僕も幸宗氏も一人部屋だし、そっちよりはマシだと思うよ?」
「くっ……」
「それよりハァハァミューたんいい匂いハァハァ」
「ひぃ!もうくっつかないでよ気持ち悪い!それに暑苦しい!」
「じゃあ俺の膝の上にでも――」
「そのウネウネした手つきやめろ」
「ちょっとアツヒト!私が帰って来るまで色々準備とかしておいてね!」
「おまっ、暑いからって逃げんじゃねぇ!」
俺の声も聞くことなく、ミューはそそくさと部屋を出て行った。アイツ戻って来たらケツでも叩いてやる。
「それで、具体的にどうする?俺たち全く期待されてないけど」
「ぶっちゃけこのまま姫様救出はユウヤ一行に任せた方が――」
「いや、期待されてないとはいえ俺たちも勇者だ!勇者は姫様を助けてなんぼ、絶対あいつらよりも先に姫様を助けてあの国王に土下座させてやる!」
「篤人氏、もしかしてちょっと怒ってる?」
「おそらくな」
ていうか、あんな扱いされて怒らない方がおかしいだろ。折角志願して来たのに、完全にいらない子扱いだったじゃん!態度変わり過ぎなんだよ国王は!
「伊集院!エルベルダって歩いて四日らしいけど、馬車とか使えないのか?」
「そうだな、一応あるにはあるが金もそこそこ掛かる。なんせモンスターが出るかもしれないんだ、その分払う金も高い」
「ていうか150アグルじゃ安いところでも乗れないと思われ」
「こうなったら歩くしかないか……近道とかないわけ?」
「あっても獣道ならぬモンスター道だ。今の俺たちで太刀打ちできる怪しい」
「だよな、この中でマトモに戦えるのって伊集院だけだもんな」
「ちょっと篤人氏?僕のこと忘れてない?」
「でも、進むにはそれしかないし、命懸けで行くしかないか」
「あまり大変なのは好きじゃないんだけどな」
「とにかく出発だ!この旅は一分一秒も無駄にはできないんだから!」
俺の号令で伊集院たちも旅の支度を始めた。とにかく最速でエルベルダに到着して、魔王から姫様を助けださないと……でもどうする?戦力もたかが知れてる、軍資金は150アグル、おまけに魔王もいる。この悪条件をとう突破するか……
「あれ、そういえば軍資金、今誰持ってるの?」
「僕じゃないお」
「俺でもないぞ」
「えっ……」
あっ、嫌な予感がする。
「ただいまー!」
「……おいテメェ。その手に持ってるのはなんだ?」
「え?あーこれ、ベルベルジュースだよ!この部屋暑苦しかったから冷たいもの飲みたいなーって思って、偶々ポケットに150アグルあったからそれで――」
「軍資金使ってんじゃねぇよこのアホ女神!」
ジュースを飲むミューの体を掴んで全力でベッドへ投げ込む。中身をぶち撒けながら飛んで行ったミューはバネの弾みで壁にぶつかり、痛みでベッドの上を転がった。
「なんか似たようなのスレで見たことあるお」
「おいコラ雨宮!気持ちはわかるがミューちゃん投げるな!」
「〜〜〜ったぁー!ちょっと何するのよアツヒト!ジュース溢れちゃったじゃない!」
「黙れアホ女神!あーもう折角の軍資金が――まあはした金だけど……」
「ていうか何してるの?みんなして身支度して、もしかして広めの宿でも見つかったの?」
「は?」
何を言い出してんだこのお馬鹿女神?
「お姫様を勇者ユウヤよりも早く助けるために旅の準備を――」
「はぁ?なんでそんなベタベタ展開しなくちゃいけないわけ?」
「いや、ベタも何もそれしか方法ないだろ」
俺の言葉を聞いたミューは、何故か得意げに笑いながらジュースでビショビショになったベッドの上で仁王立ちを始めた。
「ふっふっふっ、この際だから言っておこうかな?私が一体何者なのかを」
「えっ、可愛い幼女ちゃんじゃないの?」
「そういえばちょいちょい女神だなんだ言ってたような……」
「えーと、信じられないかもしれないけど、こいつ転生の間にいた女神なんだよ」
「なんだと!?」
「ええ!?僕のところおっさんだったんだけど!起訴、起訴を申し立てるお!」
「神様相手に裁判起こすなよ。ていうかこいつらは兎も角俺に改めていう必要ないんじゃないか?」
「へぇ、じゃあ知りたくないの?なんで私が瞬間移動できるのか」
そこで俺はふと今までのことを思い出した。
こいつは距離とか関係なしに瞬間移動ができる。これは神の力だってミューは言ってたけど、どうやらテレポートとは違うらしい。
正直ちょっと気になる。
「じゃあ、お前は一体何者なんだよ」
「ふふっ、私は転生の間を管理する女神ミュー!でもそれは役職として姿、その正体は――招来を司る女神なのよ!」
「招来?」
「そう、私の手にかかればどんなものでもどんなところにでも呼び出すことができるの。私たちが地下空間から外に出たのも、セミのモンスターに飛ばされた貴方を町の前まで移動させたのも、全てこの力のお陰ってこと。まあ地上に降りた影響で回数にも限りがあるんだけど」
そうか、テレポートだと思っていたのも自分たちを指定した場所に招来――即ち召喚したからなのか。なんていうか、神様っぽい力ではあるな。
「す、すごいなそれ。場所さえわかってればやりたい放題じゃないか」
「ノンノン♪場所なんてわからなくたっていいの、それが存在させすればいいのよ!まぁ私が本気を出せば例え存在しないものを存在しない場所に招来させることも可能だけど?」
「おお!すごいミューたん!まるで神様だお!」
「だから神様だって言ってるでしょ!まあ何が言いたいかというとね……」
ミューは隣のベッドに手をかざした。
たったそれだけの行動で、一人の女の子がベッドの上に現れた。
「うお!び、びっくりした……女の子?」
「………………………………………………………………………………………ッ!!!?」
突然現れた女の子は数秒固まってから辺りを見渡して驚いていた。そりゃ突然のことなんだから驚くだろうな。
「おいミュー!力を見せたいからってなんも関係ない子を呼び出すな!早く元の場所に――」
「ちょちょちょっと!ちょっと待て!」
「あ……あつ、篤人氏!篤人氏!!」
「な、なんだよ篠原、伊集院。いくら可愛いからって手ェ出すなよ?」
「違う違うそうじゃなくて!」
「こ、この子……姫様だよ」
「……………………………………………………………………………………………は?」
俺は一度、女の子の顔を見て、もう一度顔を伊集院たちの方に戻す。
伊集院は緊急クエストの詳細が書かれた羊皮紙を広げて俺に見せた。そこには助ける予定のシエル姫の似顔絵が描かれていた。
金髪のハーフアップにアイリスの花と同じ色の目、緑と白を基調にした綺麗なドレスにエメラルドとダイヤモンドが施されたティアラ。それをよく目に焼き付けてから再び女の子を見る。
うん、全部同じだ……って!
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
「ふふん!どうよ、驚いた?」
「お前……まさか……」
「そう!歩いて四日も掛かるエルベルダの魔王城からシエル姫をここに招来させたの!ふっふっふっ、ねぇどんな気持ち?姫様を助けるための冒険を台無しにされてどんな気持ち?」
「おまっ……!……ッ!んん!!」
「どうしたんだお篤人氏?」
「あれだろ、待ちに待った冒険を台無しにされたけど姫様は助け出せたから怒るに怒れないんだろ」
「あ、あの……」
やっと落ち着いたのか、シエル姫――らしい女の子は俺に声を掛けた。
「あっ、えーと……なんですか?」
「ここは一体、どこなのでしょうか?」
「えーと……フラニアードにある勇者向けの宿の一室です。その、シエル姫、でいいんです、よね?」
「は、はい。シエル・アイリスです」
どうしよう、本当に本人だ。
「あの!私さっきまでトゥーカの魔王城にいたはずなのですが……」
「ええまあ、その通りです。そうなんですけど……」
「ふふん!この私が貴女をここへ召喚したの!礼なら有り難くたんまり貰うから、遠慮しなくていいのよ?」
「いやお前がめつ過ぎ――」
「ありがとうございます!」
そう言ってシエル姫は俺の体に飛び込んできた――ってえええ!?嬉しいけどなんで俺!?
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
何度もお礼を言いながら、シエル姫は俺の胸で涙を流し始めた。魔王に連れさらわれて怖かっただろうししょうがないとは思うけど……
「うわいいな篤人氏、うらやまけしからん!」
「さあ、俺の胸でも泣いていいんだよ?」
外野が面倒臭い上にうるさい。それにジュース塗れで蒸し蒸ししたこんなボロ宿に姫様を居させ続けるわけにはいかない。
「え、えーと、とりあえず城に行きましょう!国王様もみんなも待ってますから」
「は、はい、申し訳ありません……あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「お、俺のですか?」
「えー!なんで私じゃないの!?」
「俺は雨宮篤人、です。まだ何もしてないですけど勇者です」
「アツヒト様、ですか。本当にありがとうございます、皆様もありがとうございます」
「いえいえ、姫様のためなら例え火の中水の中、どこにでも助けに参りましょう」
「いやー褒められると照れちゃいますなー」
「ふふん!さあ、遠慮なく褒美与えなさい!」
「あ、あはは……ほんとにこれで良かったのかな……」
こうして、魔王から姫様を助けるための冒険は、宿から一歩も出ることなく幕を閉じたのだった。
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