第24話

 マズイ、このままじゃシエルが殺される!

 でも風のドームの外は溶解液の雨。この状況で奴を止められる方法は一つ……


「ミュー、確かあと一回は力を使えるんだよな!」

「何よ、まさかこの危機的状況に私の力を利用して逆転しようとか考えてるの?ふんっ、私は絶対に使わないわよ!」

「頼むよミューちゃん!このままじゃシエル姫が危ないんだ!」

「ミューたんお願いだお!」


 伊集院と篠原も一緒に頼み込んでくれたが、ミューは腕を組んでそっぽを向いた。こんな時でも我儘を言えるのかこの邪神は!


「おい!今どういう状況かわかってんのか!いつもの悪ふざけと違うんだぞ!本気で人の命が関わってるんだよ!お前それでも女神様か!」

「知ってる?神が人を救うんじゃないの、人が勝手に救われるのよ。だからこれも同じ、私が助けないんじゃなくて、あの子が勝手に助からなかった。それだけよ」

「お前……いい加減にしろ!!」


 俺はミューの胸倉を掴んで引き寄せた、俺の行動にミューや伊集院たちも驚きを隠せず目を見開いていた。


「今まで散々お前の邪魔に我慢してきた、転生先を地下深くにされても、変な能力にされても、国王様に喧嘩売っても、幹部との闘いを妨害されても、こいつは俺を転生させてくれた恩人だから、どんなにショックでもある程度のことには目を瞑ろうって思ってたんだ。でも……でもこれは、我慢できない!」


 掴む手に力が加わり、再び捲し立てる。


「シエルは、シエルはなぁ!自分がエルフのクォーターだって気にして、自分の存在を否定して、魔王に攫われて怖い目にあってきたんだぞ?もう十分苦しんできたのに、これ以上あの子を苦しめて何なるってんだよ!シエルはこれから、幸せになるべきなんだ。何かに恐れながら生きるんじゃなくて、自分の好きに生きていくべきなんだよ!それに手を差し伸べないなら……お前は絶対神様なんかじゃない!」


 叩きつけるように叫ぶ俺に対して、ミューは顔を真っ青にして震え始めた。


「~~~~ッ!!あーもう、やめてよそういうありきたりな説教!ラノベの主人公じゃないんだから!」

「真面目に聞け!いいか?お前がこれからも邪道を貫くなら勝手にしろ、その代わり俺もお前に立ち塞がってやるからな!何度何度でも、お前の思い通りに絶対させない!覚悟はいいな邪神様!」

「ああああああああ!!ダメ、我慢できない!!」


 ミューは叫びながら両手を鳴らした。

 その瞬間、溶解液の噴水が停止した。ドームを解いて外を見ると、シエルの前にいたはずのトゥーカがいなくなっていたのだ。辺りを見渡してもどこにもいない、一体どこへ消えた?


「あ、あれ?魔王は?」

「な、なあミューちゃん。トゥーカをどこへやったんだ?」


 二人の質問に対してミューより先に俺が答えた。


「上だ、多分大気圏辺りまで飛ばされただろ」

「大気圏!?」

「風を読めるとそこまでわかるのか……」

「それより伊集院、篠原、今こそお前らの力が必要だ!頼んだぞ!」

「頼むって何するんだよ?」

「僕たちなんかで役に立つのかお?」


 疑問を並べる二人に俺は考えていた作戦を伝える、伊集院は納得したようだが、篠原から悲鳴が飛んできた。


「無理無理無理!それ僕が死んじゃうお!」

「大丈夫!篠原のブレイバーならなんとかなる!」

「いやでも……」

「もしお願い聞いてくれたら、アツヒメがあーんなことやこーんなことしてあ・げ・る♡」

「イエス!マイロード!」

「ふっ、やっぱチョロイな」


 着々と作戦を進めていく中、何やら気が付いたらしい女神様が顔を引きつらせてこっちを凝視していた。それに対して俺は、満面の笑みを返してやった。


「あ、アンタまさか……私が我慢できずに魔王を飛ばすためにわざと……ッ!」

「いつもいいところでその力に邪魔されてるんだ、たまに利用するくらい神様も許してくれるだろ?」

「そんな、私自身が、逆転のカギになってしまうなんて……そんな……」

「さて、じゃあ始めるぞ!」


 地面に手を突き項垂れるミューを無視して俺は号令をかける。

 逃げちゃダメだ逃げちゃダメだと繰り返し言い聞かせる篠原が指定した方向を向いてブレイバーを発動、身体を豚へと変化させる。こいつは変身中ならどんなものでも食べられると確か言っていた、それならトゥーカの溶解液も飲み干せるはず!


「頼むぞ篠原!」

「やってやるおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ほとんど投げやりと勢いで床に口をつけて散らばる溶解液を吸い込んでいく、肺活量も強化されているのか、まるで掃除機のように周りの液体を吸い上げた。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおン!!僕はまるで人間火力発電所だおおおおおおおおおおおおおお!!」

「よし!俺たちも行くぞ伊集院!」

「ああ!」


 篠原が目的地点まで近づいてきたところを見計らい、俺は伊集院にお姫様抱っこをしてもらう。両手で俺の胸と太ももを揉み始めたのを裏拳で制裁を加えて時を待った。


「アツヒメたん!」

「わかった!行け伊集院!」

「おう!」


 強く踏み込んだ伊集院がブレイバーを発動させて一気に加速した、抱き上げられている俺は槍を強く握って衝撃に耐える。進行方向で待機していた篠原は俺たちに背を向けてしゃがんだ、伊集院はそれを踏み台にして高く跳躍する。


「今だ!ドリルサイクロン!」


 槍を天井に向かって突き上げ魔法を唱えると、俺たちの真上に鋭い風の竜巻が発生し、その名の通りドリルのように天井を掘り進み穴を開けた。

 その穴から外に出た俺たちは五〇〇メートルほど上昇した。


「そろそろ限界だ、あとは頼んだぞ雨宮!」

「わかった!」


 真上に放り投げられた俺は勢いのままさらに上昇した。

 ロケット打ち上げのように飛んで行った俺は、地上七〇〇メートル辺りで減速していることを風で感じ取り、体内の魔力を使って飛行を開始する。アングラーと魔王の攻撃を防いだりした所為で魔力も残り少ない、伊集院たちのお蔭でほぼ魔力を使わずにこの高さまで登ることができたが、問題はここからだ

 富士山の頂上を過ぎた辺りでようやく見えてきた。

 摩擦で若干焦げてはいるが、こっちに落ちてくるトゥーカだ。


「お、己勇者め……この私をここまでコケにするとは……!」

「トゥーカァあああああああああああああああああ!!!」

「ッ!馬鹿な勇者だ、わざわざ死ににこんなところまで来るとは!」

「死ぬのはお前だ魔王!この一発で全部終わりだ!」


 俺はありったけの魔力を込めて魔法陣を広げる。


「だから馬鹿なのだ貴様は!魔王は魔法すらも超越した存在なのだ、いくら強力な魔法を持っていようが、この私には勝てない!溶けて死ね!」


 両腕を勢いよく振り、溶解液を俺に目掛けて飛ばす。

 それがアイツのやりたかったことだろう、だが溶解液は一滴も出てこなかった。


「な、何!?どういうことだ!」

「蒸発したんだよ、大気圏に突入した摩擦でな。まさかそこまで飛ばされてるとは俺も予想外だったけど、ありがとよ女神様!」

「己ェえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 絶叫しながら体を膨れ上がらせたトゥーカは、美形な男性の姿から醜い人に似たガマガエルへと変貌した。こいつが本来の姿か!


「ならば体内の液体で溶かしてやる!!」

「させるかよ!ガスト――ジャベリン!!」


 口に溶解液を溜め込み始めたトゥーカに向かって槍を投げつけた。ライガンドに放った時の二倍以上の魔力をつぎ込んだ槍は、もはや突風すらも追い越すほどの速さで膨れ上がった右頬を貫通した。


「ッ!!!?」


 驚きを隠せない魔王が振り向いた瞬間、槍が左頬を貫通した。風を纏った槍は溶解液で溶けることはない。


「ば、馬鹿な……ッ!!」

「これで……終わりだ!」


 俺の周りを旋回する槍を掴んで、そのまま一緒にトゥーカへ突進する。高速を凌駕した槍は魔王の腹を破り、貫通した。

 トゥーカは叫び声をあげることなく禍々しい色の煙となって消えていく。俺は息を整えながらそれを見届けた。


「これで、この国は、シエルは……」


 安心した俺の体は、津波のようなに襲い掛かってきた疲労に飲み込まれた。

 力が抜けて変身すらも解けてしまった俺は、重力に従って真っ逆さまに落ちていった。俺としたことが、倒した後のことを考えてなかった。このままじゃ確実に死ぬな。

 でも――


「そうやって伝説に残るのも、ありかな……」


 俺はすべてを受け入れて目を閉じた。

 ありがとう異世界、短い間だったけど満足させてもらったよ――


「ウボォ!」


 完全に死ぬつもりでいた俺は、布団のような柔らかい何かに顔をぶつけ、そのままあちこちに何度もバウンドした。なんだ何が起きたんだ!?と辺りを見回してみると、俺は気球のような丸い布の軍勢の上にいた。


「これって……」

「アツヒト様!!」


 下から声が聞こえて覗き込んで見ると、空いた天井の穴からシエルがこっちに手を振っていた。


「シエル!」

「もう大丈夫です!そのまま兵士の皆様が作ってくれた気球で、地上まで下ろします!」


 城の屋根には生き残っていた兵士たちが俺に向かって敬礼をしていた。その中でふと目に留まった兵士をよく見ると、廊下で出会ったエルフ兵だった。彼は俺と目が合うと、頼もしい笑顔を見せた。

 こうして、俺の魔王討伐の旅は、旅をすることなく幕を閉じたのだった。

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