行間
ここはスチームの街“エルベルダ”。
リーネンス王国の隣国、パラティリア共和国に位置する蒸気の街。
この街は大陸初の蒸気機関車が造られた歴史的にも有名な街で、転生をしてきた人間たちの手で発展を遂げた街でもある。人魚族が多いパラティリアだが、リーネンス王国と隣接しているということと、人魚族専用の水道路がほとんどないこともあってか、この街のほとんどがエルフで、人魚は極僅かだけしかいない。
そんなパラティリア共和国の中でも異例な街は、今では魔王の拠点。外に出ればモンスターたちが徘徊し、逆らう者を排除、怯える者には更なる恐怖を与えている。町に暮らす人々は昼でも外には出ることはなく、毎日モンスターや魔王が消えることを祈っている。
そして、彼らの祈りが届いたのか、この街にある勇者パーティがやってきた。
彼らは町を占領するモンスターたちを蹴散らし、決して誰も踏み入ることがない魔王城へと乗り込んだ。
「ついにここまで来たか、長かったな……」
飛彩勇矢は果てしなく続く薄暗い廊下を見ながらそう呟いた。
「そうですね、ここまで道中に色々ありましたからね」
「立ち寄った街で盗賊娘を助けたり」
「助けたあの子を狙ってきたモンスターたちと戦ったり」
「彼女が実は古より伝わる武器、聖剣の守る一族の末裔だったり」
「モンスターに聖剣を抜かれた時は肝が冷えたぜ」
「ですが、本物の聖剣使いである勇矢には勝てるはずありません」
「あと私とあの子がシャワー浴びてるところに乗り込んできたりね」
「あれは本当に事故だったんだって!」
一行は魔王へと続く廊下を進みながら、これまであった出来事を振り返っていた。どこかノーパン幼女勇者が聞けば泣いて羨ましがるだろうが、彼らはそれを知る由もないだろう。
「とにかく、ここまで三幹部が現れなかったことは運がいい」
「そうね、アイツらは他のモンスターみたいに勝てる相手じゃないし」
「しかし、ここに来るまで現れなかったということは、三幹部全員がここにいるということです」
「ああ、みんな……気を引き締めていこう」
しばらく廊下を進むと、一つの部屋が現れた。
禍々しいほど重厚な扉からは、何か言い表せない気配を感じた。
彼らは直感で悟った。
ここに魔王と幹部がいると。
「……開けるぞ」
扉に手を添えた勇矢が仲間たちを見ながら促す。愛理たちはそれぞれ武器を手に取り、臨戦態勢を整えて頷いた。頷き返した勇矢は大きく一呼吸を置いてから、勢いよく扉を開けた。
「シエル姫!」
だが、そこには誰もいなかった。
怪しげな雰囲気を出しながらも、豪勢で薄暗く広い部屋。ついさっきまで食事をしていたのか長いテーブルの上には料理が並べられていた。だがそれ以外には人の気配もモンスターの気配もない。
「誰も……いない?」
「なんだよ、出掛けてるのか?」
「油断してはなりません、幹部の中には姿を隠せるモンスターがいると聞きます」
「……………」
武器を構えて周囲を警戒する勇矢たちを尻目に、愛理は部屋全体に電撃を放った。落雷にも似た衝撃が部屋から城全体へと駆け抜け、部屋にあったものをすべてを焼き焦がした。
「おいおい愛理!いきなり何すんだよ!」
「……ほんとに誰もいないみたいね。ここまでやったら誰かしら出てくるはずなのに」
「確かに、城に入ってからモンスター一匹出てきませんでしたからね」
「一体何が……」
想定外の出来事に、勇矢一行は眉を顰める。
すると、廊下の方から足音が聞こえてきた。城の中で隠れていたモンスターが気づいてやって来たのかと武器を構えたが、部屋に入って来た人物を見て武器をしまった。
「あれ、君って確か……」
「街の入口であった男の子?」
彼らがエルベルダに入る前、男の子がモンスターたちに追われているところを見つけ、そこを通りすがった勇矢たちは彼を助けた。街から逃げてきたその男の子に道を教えてもらい、なんとか魔王城へと辿り着いたのだ。
「どうした坊主?」
「ここは危険だから近づいてはいけないと――」
「ニュースだよ!ビックニュース!」
「ビックニュース?」
「うん!魔王トゥーカが勇者に倒されたんだって!」
それを聞いた勇矢たちはその場で固まった。
それに気づかず男の子は続けた。
「しかも倒したのは俺と同い年くらいの女の子だって!すごいよなぁ、流石は勇者だよ!しかもリーネンス王国のお姫様も救って三幹部たちも倒したって!これでやっと俺たちの街も平和になるんだ!早くみんなに伝えないと!」
そう言って男の子は嬉しそうに駆け出した。
しばらく伝説の勇者とその仲間たちは、その場から動くことができなかった。
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