第5話

「あ……ああ……」


 伊集院の決闘から数十分、俺はギルドに置いてあった姿見で今の自分を見て絶望していた。

 髪の色は前と変わらず黒、ふわっとしたボブヘアーは癖っ毛でパーマが掛かっている。身長は大体125cm、凹凸のない子供らしい体型。来ていた制服のブレザーとワイシャツで股下まで隠れている。目は丸くてまるでハムスターのようだ。そんな姿に、俺は思わずこう言った。


「誰……?この可愛らしい女の子」

「うわぁ……自分で自分のこと可愛いとか言っちゃうの?引くわー」

「うるさい!ていうかなんだよこれ!なんで俺女の子になってんだよ!一体なんなんだよこれ!」

「落ち着いてアツヒト、これが貴方の特殊能力なんだから」

「はぁ……?これが?」


 ミューはポケットから一枚の紙を取り出し俺に見せつけた。それは俺がこっちに来る前に引いたクジだった。そしてそこには子供らしい字で『幼女化』と書いてあった。


「お前……なんつうもんをクジに混ぜてんだ」

「そう?それくらい大したことじゃないと思うけど」

「大したことあるだろ、女の子だぞ?性別変わってるじゃねぇか!」

「にぎりっぺより?」

「に、にぎりっぺ?」

「うん、いつでもどこでもにぎりっぺができる能力」

「……そんなのもあの中にあったわけ?」

「そうよ、ぶっちゃけそっちの方が面白かったけどな」


 本気で残念そうにしている女神を見て、俺は何も言えなかった。呆れて物も言えないとはまさにこのことだ。そして俺の運の良さに感謝した、運がよかったと言っていいのか疑問ではあるが、にぎりっぺなんかよりは百倍マシだ。


「で?これどうやったら元に戻るわけ?」

「普通に元に戻れーって思えば戻るんじゃない?」

「そんなアバウトな方法で戻るわけが……」


 俺は頭の中で元に戻れと念じた。すると、なんということだ、本当に元の姿に戻ったではないか。


「ええ……」

「良かったじゃん、元に戻れたよ」

「そ、そうだな。この力は当分使わないようにしよう」

「ところでさぁ、何か忘れてない?」

「え?」


 あれ、何か忘れ物したっけ?

 その答えに辿り着く前に、俺たちの周囲から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあ!なんでアイツ何も履いてないのよ!」

「変態!」

「最低!」

「えっ……あ!」


 周りにいた女勇者たちの悲鳴と罵声で俺はようやく気がついた。俺が女の子になった時にズボンとパンツが脱げていたことに、そしてその二つはミューの隣にある椅子に置いてあることに。

 俺は大急ぎでパンツとズボンを履いた、周りでは勇者たちが不審者でも見るような目で俺を見ながら内緒話をしている。くそぉ、なんでこんなことに。それもこれもあの能力の所為だ!


「まったく気をつけてよね?彼方が何かやらかしたら私まで変な子だと思われるんだから」

「お前、そろそろ本気でぶん殴るぞ?」

「あっ、そうそう。ブレイバーの名前なんだけど、ロリコンホイホイとかでいいよね?」

「よくないわ、なんだロリコンホイホイって!もし魔王とか倒して銅像とか建てられたら名前の下にロリコンホイホイって掘られるんだぞ?」

「えへへ、面白いでしょ?」

「面白くないから屈辱的だから!せめて名前くらいは俺がちゃんとつける!」


 つまらなそうな顔をするミューを無視して、俺は頭の中の引き出しを次々と開いていった。女の子になるという本当にロリコン相手にしか使えなさそうな能力ではあるが、ここでカッコイイ名前を付けておくことにより「もしかして強い能力なんじゃないのか?」と思わせることができる。隙を狙う目的で名前を付けるのも変な話だが、こうするしか役立てる方法がない!


「よし決めた!今日からこのブレイバーの名前は“幼き勇者アリス”だ!」

「えー何その面白みの欠片もない名前?」

「うるさいないいんだよこれで!」

「ああ、実に素晴らしい名前だと思うよ」


 突如背後から声を掛けられ振り向きながら後ろに下がった。そこには清々しいほどいい笑顔で伊集院が立っていた。まだ股間のダメージが残っているのか、若干内股である。


「な、なんだよ。言っとくけど勝ちは勝ちだからな?」

「もちろん、ルールは決めてなかったからな、あの決闘は俺の負けだ。ただ……」

「ただ、なんだよ」


 俺が聞き返すと、伊集院は真剣な眼差しで俺の目を覗き込む。顔がいいだけあってなんだか引き込まれそうになる。


「もう一度、あの姿になってくれないか?」

「あの姿?」

「女の子になってほしいんだ」

「え、なんで?」

「頼む……」


 伊集院は深刻そうな顔で、トーンを落として言った。なんでそんな顔をするんだ?もしかして、この能力に何かあるのか?……もしかしたらそうなのかもしれない。折角異世界に転生してるのにただ女の子になるだけの能力なわけがない!


「……わかった」

「ありがとう、それじゃあ頼んだ」


 俺は一度頷いてから、能力を発動させる。一度使ったからか最初のように特別意識する必要はなかった。ズボンとパンツが足元に落ちる音がした時にはすでに俺は女の子になっていた。


「これでいいか?」

「………………………………………………………………………………………」

「伊集院?」


 俺が伊集院を見上げて首を傾げると、奴はまるで王様に傅く騎士のように片膝を付き、俺の手をそっと手に取った。


「うぇ!?なななんだよ!」

「……せいだ」

「へ?」

「やっぱり君は妖精だ!」

「……はい?」


 伊集院の一言に、俺は思わず気の抜けた声が出た。こいつは一体何を言ってんだ?


「一目見た時からそう思ったんだ!君は俺の前に現れた妖精なんだって!だって、そうでもないとこんな可愛いレディが、只今絶賛パーティ出禁中の俺の前に現れるはずがない!」

「はぁ!?いやいやいやいや、いや!お前頭おかしいんじゃないのか?俺男だぞ?別に男の姿してるわけじゃないぞ?あっちが素顔なんだからな?」

「そんなことはわかってる!だが俺にとっては些細なこと!例え元々男であろうと、レディなら全く問題ない!」


 力強くそう言ってのけた伊集院。それを聞いて大爆笑するミューとは対照的に、俺の顔からは血の気が引いていた。こいつ、ただのナンパ野郎かと思ったら性別が女ならなんでもいいフェミニストか!


「まあそういうわけだから、これからも仲良くしてこう?」

「するか!離せ気持ち悪い!」

「ところで一つ聞きたいんだが」

「なんだよ、ていうか手離せよ」

「その……股の方も本物なのかい?」


 あまりの気持ち悪さと衝撃に、俺は全力でビンタをかました。頬に紅葉を付けた伊集院は、それでもニコニコしている。ヤバい、こいつヤバい。


「知るかそんなこと!俺だって見たことないんだから――ていうか見てても絶対言わないから!」

「わかった、じゃあ見せてくれ!」

「じゃあ、の意味がわからねぇよ!誰がお前なんかに……」

「えい」


 知らないうちに背後まで近づいていたミューは、なんの前触れもなく俺の服を捲り上げた。普通ならヘソが見えるが、今の俺は裾がスカートになっているほど縮んでいる。さらにズボンもパンツも何も履いていない。

 まあ何が言いたいかというと、俺の下半身は公然に晒された。


「どわぁああああああああああああ!おま、お前……!」

「ほらどう?この通り下半身まで本物よ」

「余計なことしなくていいから!見ろ、さっきとは違う意味でまた目立っちまったじゃねぇか!」

「素晴らしい……!やっぱり君のブレイバーは素晴らしいよ!」

「ええい離せ寄るな触るな!特に下半身!」


 ほとんど抱き上げられながら俺は全力で対抗する。だが力まで子供の女の子になっているようで、なかなか抜け出せない。ここまで非力だと泣けてくる。


「おっとそうだ、君たちに頼みたいことがあるんだった」

「た、頼みたいこと?」


 伊集院は俺を下して懐を漁り始めた。解放された俺はすぐにミューの後ろへ回り込み盾にする。


「これを見てくれ」


 そう言って懐から取り出した一枚の羊皮紙を俺たちに見せた。書いてある文字は日本語でも英語でもない文字だったが、何故か読める。これも異世界転生あるあるか。


「緊急クエスト?」

「ああ、リーネンス王国の第一王女シエル・アイリス様の救出だ」

「第一王女ってことはお姫様?お姫様を助けるのか!」

「その通りだ」

「誰から?」

「このメルレーヌ大陸で今も侵攻を進めている悪しき存在。八大魔王の一人、溶解のトゥーカだ」


 その瞬間、俺の体に雷のような衝撃が走った。それに耐えきれずに一歩、二歩と後ろへ下がった。


「世界を征服しようとする魔王……攫われるお姫様……そして、勇者……」

「どうしたんだい?」

「さ、最悪……ッ!こんな世界選ぶんじゃなかった!」

「えっ、一体なんの――」

「伊集院!」


 俺はブルブルと震えるミューを押し退け、伊集院の手から羊皮紙を取った。


「お前の頼みってやつはまさか、俺と一緒にこのクエストをしてほしいってことだよな?」

「あ、ああ、まさしくその通りだが」

「いいよ、やろう一緒に!」

「ええええええ!?」

「本当か?」

「おう!勇者が魔王の魔の手から姫様を救い出す!こんな王道的展開が目の前にあるんだぞ?引き受けないわけがないだろ!」

「私は反対!こんなベッタベタで使い古されたストーリーなんかやったら私が震え過ぎて微粒子レベルで粉々になるわ!」

「知るかそんなの!転生する前にも言ったけど、これは俺の人生だ!俺の進む道は俺が決める!そんなわけでよろしくな伊集院!あっ、まだ名乗ってなかったな。俺は雨宮篤人、そんでこっちはミュー。これでも女神だ」


 俺はしがみ付いて抵抗するミューを無視して伊集院と握手を交わす。子供になって筋力は落ちたが、ミューには勝てる程度にはあるようだ。


「あ、ああ……なんだかよくわからないけど、パーティに加えてくれるのならなんだっていい!よろしく頼む!」

「ていうかー、なんで私たちみたいな駆け出し勇者なんかと組むわけー?他にも勇者なんて腐るほどいるじゃーん」


 不貞腐れながら尋ねるミューに対して、伊集院は一度咳をしてから小声で話し始めた。


「俺、今勇者たちから避けられてるんだ」

「避けられてる?」

「ああ、入ったパーティの女勇者たちを根刮ぎナンパしてはガールフレンドにしてたから、男の勇者たちはもちろん、ガールフレンドだった子たちが「俺は何股もしてるドグサレ勇者だ」って広めたおかげで女勇者たちからも嫌われて、今じゃ誰もパーティを組んでくれないんだ」

「なるほど、完全に自業自得だな」

「だからそれも含めて頼む!もう入れるところがないんだ!それにこんな可愛いレディたちと、俺は冒険がしたいんだ!」

「んー……まあこの緊急クエスト、三人以上のパーティじゃないと参加できないみたいだし、背に腹はかえられないか」

「ありがとう!本当にありがとう!」

「わかった、わかったから抱き着くな気持ち悪い!」


 胸に顔を擦り寄せる伊集院を殴って引き離す。やっぱり当分ブレイバーは使わないようにしよう。


「ぎゃああああああああああ!!」


 突然聞こえてきた悲鳴に、俺と伊集院は動きを止めた。それにしてもなんて品のない悲鳴だ、仮にも女の子なのに――


「あれ、今の声って……」

「ミューちゃんじゃないか?」


 そういえば知らないうちに姿が見えなくなっている。ていうことはまさか、今の悲鳴は本当にミューなのか!


「何やってんだあの女神様は!」

「とにかく急ごう!」

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