第4話
フラニアードのシンボルである大木、“イリアコトン”という名前らしい。なんでも、昔戦争を止めた英雄のために植えた記念樹のようで、樹齢二〇〇年にもなるという。そんな歴史ある木の前で、俺と伊集院は睨み合っていた。周囲は騒ぎを聞いて集まってきた野次馬たちでひしめき合い、曲芸師たちよりも目立っている。
普段なら恥ずかしさと緊張で落ち着かないが、今の俺は極めて冷静であり、この状況に満足している。異世界に来て、(別に欲しくはないけど)一人の女の子を巡って決闘をする。こんな王道的な展開にワクワクしないわけがない!俺のブレイバーがどんなものかはまだわからないけど――いや、わからない方がいいな。危機的状況になった瞬間にブレイバーが発動して大逆転勝利!なんてことにもなるかもしれないし!
俺は爛々とした眼差しを伊集院に送る。それに対して向こうは鼻で笑って返してきた。
「どうやらやる気満々のようだが、お前に勝機は一切ないということを理解していないようだな」
「勝機があるかないかなんて関係ない、勝機ってのは自分で掴み取るもんなんだからな」
「ふん、剣も何もないお前に何ができる」
「ハッ、剣は無くても
くぅ~!これだよこれ!こういう会話を一度してみたかったんだよ!もう最高にシビれるぜ!俺と伊集院のやり取りに場の雰囲気もそれっぽく染まっていき、ヒソヒソ話は歓声へと変わり始めていた。熟練の勇者対駆け出しの勇者、勝敗なんて火を見るより明らかなのに、何故かそうとは思えない。そんな展開を望む人たちが俺へと期待を寄せているのだ。なら俺も、その期待に応えなければな!
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!もうやめて!こんなありそうな展開繰り広げないでぇええええええええ!!」
俺の少し後ろで野次馬と共に俺たちを見守るミューが両手で頭を押さえながら苦しみ悶えている。王道嫌いのアイツにとっちゃこの空間は地獄なのだろう。
「アツヒト!なんでもいいから変なことして負けて!あっそうだ、足滑らせて負けてよ!」
「誰がやるか!お前は黙って悲劇のヒロインでもやってろ!」
「それが嫌なんだってば!お願いだから私のために争わないで切実に!」
地面に頭を打ち付ける勢いで全身を振り回しているが、もうこいつは無視しよう。
「行くぞ、覚悟はいいな?」
剣を鞘から抜いた伊集院は、剣先を俺に向けるように構えた。なんか速さが売りの剣士がああいう構え方をしていたのを漫画で見たことがある。俺もそれに対抗するように両手を握ってなんとなく構えた。
「ああ、かかって――」
その瞬間、俺の言葉を貫くように剣先が飛んで来た。
「どぉわあああああああああああ危ねぇええええええええ!!」
俺はさっきまでのイカした雰囲気をかなぐり捨てて全力で転がった。幸い前髪を一センチ切断された程度で済んだが、もしあと一秒遅かったら完全に眉間が刈り取られていた。
「おま――殺す気か!」
「当然だ、あの子を守るためなら俺はどんな男でも殺す」
うわっ、やべぇよ目がマジだよ、ハイライトがないよ。まさかここまでミューのことを守りたがってたとは思わなかった……これはアイツにミューをあげた方がいいかもしれない。
「コラ!今あげてもいいかもとか思ったでしょ!決闘の景品にされるのは嫌だけどアイツのところに行くのはもっと嫌なんだからね!」
チッ、読まれてたか、流石小さくても神様だな。でも、俺も決闘を受けた以上負けたくはない(ミューはどうでもいいけど)。なんとか俺と伊集院の実力差を埋めないとマジで勝機がない、今はとにかく距離を取らないと。
俺は狙いを定めるように構えている伊集院に背を向けて駆け出した。追ってくるかと思ったが、向こうは構えたままその場から動かない。
「馬鹿だな、相手のブレイバーも理解してないのに背を向けるとは」
伊集院の言葉に危機感を覚えた俺は、咄嗟に横へと飛んだ。その瞬間、俺のすぐ隣を伊集院が通過した。慌てて態勢を整えて状況を確認する、伊集院は観客たちの目の前で剣を突き出すように止まっていて、さっきまで伊集院が構えていた場所からそこまで黒い線が二本、広場の地面に擦り付けられていた。まるでレーシングカーがドリフトした時に付くタイヤの跡のようだ。
「これがアイツの能力か……」
「
「
「そうか、ならもっとよく見るといい!」
伊集院がそう言い終えた時には、奴は俺の目の前で剣を突き出そうとしていた。俺はそれに驚きながら体を反った、剣先は再び俺の前髪を削り取りながら通過した。だがそこに追い打ちを掛けるように後ろ回し蹴りが俺の横っ腹へと突き刺さった。俺は激痛と勢いに負けて真横によろめく、そこへすかさず剣先が次々に飛んできた。もう紙一重でかわすなんてことをしている場合じゃない、俺はみっともなく転がりながら剣の間合いから逃げた。
「や、やべぇよ、洒落になってないよ。勝てるのかこれ?」
「しっかりしてよアツヒト!このままじゃ私があのナンパ野郎のものになっちゃうわよ!」
お前の所在に関しちゃどうでもいいと返してやりたかったが、もはやそんな余裕もない。女を賭けた決闘という魅力的な展開で思わず調子に乗っちゃったけど、これよく考えたらムリゲーだよな。喧嘩もほとんどしたことないド素人が、高速で動く剣士に勝てるはずがないんだよ。何か偶然が起こって勝つなんてのは漫画の世界だけ、リアルはそんなに――
「いや待てよ、もしかしたら……」
「どうした?もう逃げるのはやめたのか?」
「うわあぶなっ!テメェ、人が考え事してる時に剣を振り回すんじゃありません!」
「そんなこと、俺には関係ない!」
「クソッ、おいミュー!ミュー!!」
「えっ、な、何?」
「ブレイバー!俺のブレイバーって何?」
「ぶれいばー?何それお菓子?」
「違うわ!神様がくれる特殊能力のことだよ!」
そう、俺にはまだブレイバーがある。一体どんな能力かはまだわからないが、きっと俺のことだ、相手の能力を打ち消すだとか死に戻りができるだとかそんな如何にも主人公が使いそうな能力に違いない!もしこれで逆転することができれば超王道的な展開にもなる!これしかない、ていうかもうこれしか頼るものがない!
「あーそれね、今使うの?」
「そうだ!だから教えてくれ!」
「いいよ、じゃあ私の言う通りにしてね!」
「おう!」
俺は伊集院から距離を取って拳を構える。向こうも俺の態度が急変したことに警戒し、追いかけるのをやめて身構えた。
「特殊能力――ブレイバーは自身の体の一部、だから息をするのと同じようにそれが当たり前であるように使うことができるわ。そして感じなさい、自分の中に眠る力を!」
俺は大きく息を吐きながら目を瞑り、身体の渓谷へと潜った。ただひたすらに、深く、深くへと。
わかる。俺の体の中に、熱い何かが眠っている。これが俺の力、俺だけの特殊能力!
「何をしようとしてるか知らないが、隙ありもいいところだ!」
伊集院の声と足音が俺の耳を通り抜けていく。やるなら今だ、今しかない!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
目を見開いた俺は、身体に眠る力を解き放ちながら拳を伊集院に向けて叩きつけた――
「ほおぅ!?」
すると、伊集院の口からとても悲しくなるような悲鳴が飛び出した。まるで首でも絞められたかのような、そんな声だった。俺は少し思議に思い伊集院を見上げた、せっかくのイケメン顔は苦痛な表情を浮かべ、冷や汗が滝のように流れていた。
ん?ちょっと待て、見上げた?確かに身長で言えば向こうの方が大きいけど、精々五センチ前後だ。見上げるないといけないほどの身長差はないはずだ。
更なる疑問に目線を元に戻すと、伊集院が今にも死にそうな表情をしている理由が解決した。なんと、俺の放った拳が奴の股間にクリティカルヒットしていたのだ。なるほど、そりゃ痛い――ってあれ?俺は真っ直ぐアイツを殴ったはずなのに、なんで股間に?
放った拳を引き戻すと、支えがなくなった棒のように伊集院は後ろに倒れた。その瞬間、周囲からは歓声とどよめきと笑い声が飛んできた。
やっぱり何かおかしい。
「やばい、なんだあれ」
「あんなブレイバーみたことないぞ……」
「うん、でも可愛いよね」
「可愛い?ってあれぇ!?なんか声高くなってんだけど」
体の異変に気付き、俺は思わず後退りをした。その途端、何かに引っかかり尻もちをついた。
「いったたぁ……一体何が――」
お尻の痛みを感じながら足を取られたものを見た瞬間、俺はその場で固まった。別にバナナがあったわけではない、その代わりとして俺が履いていた制服のズボンとパンツが足までずり落ちていた。
「わぁあああああ!?おいミュー!なんか俺小さくなってるんだけど!なんだよこのブレイバー!」
「ううん、違うよアツヒト」
いつも以上に冷静な顔で首を横に振ったミューは、観客から手鏡を借りると俺の元まで歩み寄り、俺に向けて鏡を向けた。
そこに映っていたのは見知らぬ女の子だった。
「な――なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
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