第22話
「ほんとすまん!」
「いえ、もう大丈夫ですから」
「ちなみにアングラーから逃げた時の速さは時速八八キロ。自己最高速度を更新している」
「誠に申し訳ございませんでした!!」
アングラーと死闘を繰り広げ、俺たちはユグの丘からフラニアードに帰って来た来た。全力で逃げたチャックは戻ってきてからローガンに事の顛末を聞き、今に至るまでずっとレビットに謝り続けていた。まあゴブリンを一人で片付けてくれたし、レビットもそれほど気にしてはいないから俺も攻めはしなかった。
「チャックの謝罪はさておき……アメミヤアツヒト、何故お前が宝具を持っているのかが聞きたい」
「そうです!しかもそれ、エルフ族に伝わる宝具アネモスですよね?なんで人間のアツヒトさんが使えるんですか?」
「うーん、一言では言えないんだけど……偶然に偶然が重なったっていうか。今はシエルに頼まれて預かってるんだ」
「おいおい、宝具を託されるってどんだけだよ!やっぱすごいじゃん、ちびっこのパーティ!」
褒めてくれるのは嬉しいけど、俺がこんな風に活躍できるのは宝具のお蔭だし、俺自身も実力を付けないといけないな。
「ていうか俺も驚きだよ、チャックは速いし、レビットの魔法は強力だし、ローガンがいればモンスターの不意打ちだって対処できるし、あいつも恵まれてるな」
「い、いえそんな!私なんてまだまだですよ!」
「まっ、速さには自信があるからな!」
「ちなみに、俺には冷蔵機能もある」
「「「冷蔵機能!?」」」
あーどうしよう、このパーティ超楽しい。戻りたくない、ずっとこの面子で旅したい。このままギルドに戻らないで別の場所へと逃げたいくらいだ。きっと、俺の予想が正しければ、ギルドに戻った瞬間面倒臭いことになる。
俺はこれから待ち受けているであろう避けたい未来に内心溜息を吐きながら、ギルドの前までやって来た。俺は開きたくない扉に手を掛け、心の準備をしてから開いた。
「あっ――か、かかか帰ってきた!帰って来てくれた!」
「はぁ………」
「頼む閉めないで!閉めないでくださいお願い致します!」
なんだか朝とはかなり態度が違うマサトの体は、もう何があったのか聞きたくないくらいボロボロだった。服は裸同然にまで破れ、全身は傷だらけ、所々に木の実のような虫のような生物がくっ付いていて、おまけにヌメヌメしている。
出入口から近い席に我らが邪神とその仲間たちがいるのだが、同じ状態のミューは大泣きしてるし、伊集院たちは屍のようにぶっ倒れている。ほんとこのままドアを閉めたい。
「い、一体何が……」
「ダメだ、聞かない方がいい」
「いや聞いてくれ!最初は俺たちもゴブリン退治にしようって思ってたんだけど、ミューがつまらないから密林でバーベキューしたいとか言い始めたんだよ!止めようにも他二人はあの子の言いなりで、無理矢理連行されたんだ!」
その時点でもう話を聞きたくなかった俺は再びドアを閉めようとした。
「お願い聞いて!普通の食材じゃ面白くないとか言ってミューが上級クエストにしか出てこないベリアルコブラを呼び出したんだ!なんとかしてくれって伊集院たちに頼んだけど、あいつら攻撃するどころか一目散に逃げやがって!俺もなんか逃げ切ったけど、今度は大人しいのを呼ぶとか言ってファイヤーアルパカを呼んだんだよ!一面草木しかないのにだぞ!?お蔭で密林は火の海に早変わり!なんとかしろって言ったら今度は隣の大陸にあるポロテヌスの沼を上空から落としてきたんだ!沼は80%が粘液で出来てるとかで全身こんなんだし、沼の中にいたキノミモドキに噛まれるし……」
ここでとうとうマサトは泣き出した、レビットとチャックが慌てて慰めるが、俺はもう溜息しか出なかった。そしてミューを野放しにしたらこの世界が終わるということを改めて認識した。
「頼む、頼むよ、今朝のことは全部謝る!土下座もする!頭も刈りあげる!だから、だから――元のパーティに戻してください!お願いします!」
鼻水を垂らしながらマサトは何度も土下座を繰り返す。
正直、これを断って帰りたい。だが、世界の平和を守るためにはそういうわけにはいかない。俺に選択の余地はなかった。
「……なあレビット、傷を治す魔法とかってある?あいつらは俺が持ち帰るから、動けるくらいにまでしておいてほしいんだけど」
「ッ!あ、ありがとう!本当にありがとう!」
「うわやめろくっ付くな!俺にもヌメヌメ付くだろうが!」
抱き着いてきたマサトを蹴り飛ばし、瀕死寸前の仲間の元に戻る。
「はぁ、自分で邪道貫いた癖に泣くとか……ほんと手に負えない女神だな」
「な、何よ……笑いに来たわけ?」
「えっ、笑っていいなら大笑いするけど?」
「笑わないでよ!……なんで戻って来たのよ、向こうにいれば私に邪魔されずにすむのに」
訝しげな顔で俺を見上げるミューに対して、俺は今日何度目になるかわからない溜息を吐いた。
「お前を放っておくとこの世界が壊れかねないから。ただそれだけだ」
「………何、ツンデレ?」
「ほんといい度胸してるよお前」
「当然よ、神様なんだから」
「あーもう、とにかく帰るぞ。お前ら全身ヌメヌメだし、腹も減ったし、終わったら改めてクエストしに行くからな」
「……言っとくけど、私が納得しないと行かせないんだからね」
「はいはい、わかってるよ」
適当に返事をしながら、レビットに治癒してもらった伊集院たちをたたき起こす。いつからこんな甘い男になったんだ俺は。
「ああ、見ろよ篠原……天使がいる……」
「もう疲れたよパトラッシュ……」
「残念だが別の迎えだ、傷は治ってるんだからとっとと立て」
「あーほっぺにキスしてくれたら起きれるかもー」
「右に同じへぶっ!」
「これで満足か?」
「ぶったね?親にぶたれたことあるけど!ありがとうございます!」
相変わらずの反応に俺は呆れながらも笑う。その時ふと気づいてしまった。
こいつらとはまだ三日間の付き合いだし、ロクなことが起きないけど、なんだかんだ嫌いじゃないらしい。
「どうしたんだアツヒメちゃん?」
「にやにやしてるアツヒメたんも可愛べぶっ!」
「右の頬を殴られたら左もって言うだろ?」
「我々の業界ではご褒美です!」
「ほら、いい加減起きろ。ここじゃ他の勇者の邪魔――」
俺が二人を起こそうとしたその瞬間、外から鐘の音が聞こえてきた。確かフラニアードを守る防壁の上には大きな鐘があって、記念日とかになると鳴るらしいけど、今日は何かの記念日なのか?
そんな俺の考えが間違っていることを示すように、ギルド内が騒然とし始めた。ある勇者は武器を取り、ある勇者はそそくさとギルドから出て行った。レビットたちも険しい顔になり、マサトに至ってはまた泣き出した。
「な、何が起きてるんだ?」
「こ、この鐘って確か……ッ!」
「ああ、あの時と同じだ!」
「あの時?」
「……魔王トゥーカがシエル姫を攫ったあの日と」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます