46:魔神の落とし子
大学のテストが終わった。成績はまだ発表されていないが、単位を落としたなんてことは無いはずだ。勉強会の効果あってか、槙田くんもギリギリで難を逃れたようである。テストが終わると、大学生は長い夏休みに入る。旅行、留学、サークル、アルバイト……様々な過ごし方が考えられるが、とりあえずあたしは、VRゲーム三昧である。ようやく友達と呼べる人ができて、ぼっちを卒業したあたしだが、根底にあるものは変わっていないのだ。――そして今日、あたしたちのパーティーは、死霊の塔の最上階に立つ。
「あなたたち、だあれ?私に何か御用かしら?」
真っ白な壁が、ぐるりと円を描くそのフロアの中心。真っ白な衣装を身にまとった、魔神の落とし子・リナリアが、黒檀の椅子の上に座っている。彼女は黒く床まで垂れる長い髪に、金色の瞳をしている。その声は、人気女性歌手を起用しており、艶やかで美しい。これが、今回のボスである。実はあたしのおばあちゃんであった、白鳥の旅団のエルトが、ソロでは絶対に勝てないと言い切った相手。実際、ソロでの撃破報告は一件もない。
「随分長く眠らされていたの。だから私、お腹がすいてすいて仕方がないの……!」
セリフが終わった瞬間、彼女の身体がドロドロと溶け出す。黒く丸い肉塊になり、百個はあろうかという金色の瞳が一斉に開く。髪は八本の触手に変わり、それぞれ意志を持ったかのように、うねうねと蠢きだす。
「うっわあ、気持ち悪っ!」
ノーブルがどんよりした声を出す。
「ほら、人の形してると倫理的な問題があるじゃない?だから規制かかってんのよ。寄ってたかって女の子を襲うなんて、VRゲームの中でもできないでしょう?」
「へえ、人型のモンスターがいないのって、そういうわけだったんだ」
ワイスとあたしが緊張感のない会話をしていると、ラックがパンパンと手を叩く。
「それじゃ、行くよ。ノーブル!」
「あいよ!エンジェル・ヴェール!」
ノーブルが全員に、物理防御・魔法防御を一気に上げる防御魔法をかける。彼だけはその場を動かず、あたしはリナリアの右側、ワイスは左側に移動する。そしてラックは、リナリアの正面へと突っ走って行く。とはいえ、彼の素早さは低いので、触手が彼を捕まえようと襲いかかってくる。
「アイシクル!」
すかさずワイスが攻撃魔法を放つ。手の平から氷の柱を放つ、見た目的にもカッコいいスキルだ。彼女はフロア全体に目を配り、触手の動きを妨げる役である。
「クロ、行くよ!」
「ふにゃっ!」
あたしはというと、リナリアが召喚する火の玉・イグニスを、目につく側から倒していく。どの攻略情報でも、ザコモンスターであるこいつが、ことリナリア戦では大いなる脅威になると書かれていた。ウォリアーなどの攻撃役が呪い状態にかかってしまい、プリーストの回復が追いつかず、やられてしまうのだ。あたしはクロに挑発をさせ、イグニスの注意をラックたちから逸らす。
「エナジー・アロー!」
心の中で、倒した数をカウントしながら、あたしは淡々と矢を放っていく。呪い状態にかかっても、ノーブルがすぐに回復してくれるし、触手はワイスが攻撃してくれる。リナリア本体は気にせず、こいつらに集中することがあたしの役目だ。地味といえば、地味なんだけど……。あたしたちのパーティーには、ラックがいる。ボスに直接攻撃を仕掛けるのは、彼なのだ。
「みんな、そろそろHP半分になるよ~!」
回復魔法を打ちながら、ノーブルが叫ぶ。ランダムで一人が硬直状態になる、リナリア・バラードが発動されるようになるのだ。
「ララ……ラララララァ……」
艶めかしい歌声が、天井から降り注ぐ。弦楽器の伴奏つきで。実際の歌手を起用しているだけあって、無駄にクオリティーの高い演出である。
「ああもうクソっ!オレかかった!」
ワイスが男言葉で叫ぶ。
「大丈夫?キャラ崩れてる……よっ!」
あたしは身をひるがえし、ワイスの周辺をうろついている触手を攻撃する。ラックの方に目を向けると、順調にリナリアの体力を削っているようだ。
「ディープ・スラッシュ!」
連続してスキルを使っているので、そろそろスキルポイントが底をつくだろう、とラックにゴールドエーテルを使う。なけなしのリアルマネーで買ったものだが、ソロのときだと、一人で10本は平気で使っていたのだからおそろしい。
「ナオト、サンキュ!」
「どうも!」
初めは、他プレイヤーへのアイテム使用の方法さえわからなかった。それがここ数ヶ月の内に、すっかり板についたと思い嬉しくなる。そういえば、あたしはフレンド登録の方法さえ知らなかったっけ。初めて彼らと握手をしたときのこと。戦闘中だというのに、それを思い起こしている。
「ナオト~ぼんやりしない~!」
「あ、ごめん!」
ノーブルに動きが止まっていたことがばれる。彼は効力の切れた防御魔法のかけ直しをしてくれたところだ。ワイスが硬直から解け、襲いかかる触手を宙返りでかわす。ここからが正念場だ。HPが残り四分の一になったとき、全体攻撃の闇魔法、リナリア・レクイエムが発動される。魔法耐性が弱いウォリアーのラックに直撃すれば、ひとたまりもない。なので、発動自体を阻止せねばならない。
「そろそろ加勢する!」
「ナオト、頼んだ!」
あたしはリナリアの後ろに回り込む。ここからは、ラックとあたしが二人で本体を攻撃する。交互に攻撃をヒットさせ、リナリア・レクイエムの発動を防ぐのが目的だ。そしてそのまま、一気に叩き潰す!
「エナジー・アロー!」
あたしは、リナリアの向こうにいるラックの存在を感じながら、神経を集中させる。戦闘が開始されてからしばらく経つが、弓の重みも、腕の痛みも感じない。VRゲームだから。しかし、集中力だけは、本来の自分のものが必要だ。今のあたしには、心強い味方が――パーティーがいる。だから、全てを預け、目の前の標的だけを真っ直ぐに見据える。
「アルティメット・ブレイク!」
とうとう、ラックが大技を繰り出す。彼の大剣がまばゆい閃光を放ち、リナリアを真一文字に切り裂く。そして、切っ先を大理石の床に突き立て、アクションは終了。一瞬間を置いて、リナリアの身体が爆発する。
「グギャアアアアア!」
断末魔の悲鳴がフロア中を駆け巡り、黒い霧となったリナリアが消えていく。その身体が跡形もなくなったとき、ボス討伐のファンファーレが高らかに鳴り響く。
「よっしゃ!勝ったっ!」
「あ~疲れた……」
ワイスはぴょんぴょんと跳ね回り、ノーブルはぺたんと尻もちをつく。ラックは剣を収め、あたしの方へゆっくり歩んでくる。
「お疲れさま」
「うん、お疲れさま」
あたしたちは、ごく当たり前のように握手を交わす。
(こいつをソロで挑もうとしてたのか……絶対無理だったわ)
あたしは戦闘の内容を思い返す。魔神の落とし子・リナリアは、パーティーでかかればどうということはない相手だった。
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