44:拍子抜け
LLOを始めてからずっと、ソロプレイを続けていたあたし。パーティープレイへの不安は、もちろんあった。余計なことをして、皆の足を引っ張らないか。空気が読めず、呆れられないか。しかし、そんな不安は、一時間もするとさっぱり綺麗になくなっていた。
「ナオト!奥の奴頼む!」
「わかった!」
今日は死霊の塔10階で、スケルトン系のモンスターを狩ることにした。パーティーの中で最もレベルが高いあたしは、積極的に攻撃役を買って出ていた。
「やっぱりナオトは凄いな~」
「うん、マジで心強い!」
あたしは連続で二体の敵を沈める。パーティーチャットで、ノーブルとワイスの声は丸聞こえだ。彼らがサポートしてくれるので、体力やアイテムの心配はしなくてもいい。それに加え、ラックが適宜指示を出してくれる。そんなわけで、あたしはさして気を遣わず、むしろソロの時よりのびのびと、プレイを楽しんでいる。
(パーティープレイって、やってみれば簡単だったんだな……)
拍子抜けした、というのが正直な感想だろうか。火傷しそうで入れないと思っていたお風呂が、入ってみたら気持ちよくて。出たくなくなるほど、浸かりきっている感じだろうか……。
「みんな、そろそろ切り上げようか!」
「え~、もう?」
ラックの言葉に、あたしも非難の声を上げかけた。ログイン時間は、まだたくさん残っているのだ。ノーブルが代弁してくれて、少しほっとする。ラックの前で駄々をこねられるほど、あたしは打ち解けていない。
「明日はみんな、一時間目から語学だろ?」
「うっ……」
そうだった。ゲームのログイン制限は大丈夫でも、現実の制限があるのだった。それを考慮するラックは――槙田くんは、本当に真面目である。けれど、そういうのが彼の良い所だ。経営学演習の時も、彼がスパッとまとめてくれたおかげで、発表が上手くいった。彼らとコミュニケーションを取るのは大変だったが、中身に関してはほとんど苦労していない。
「じゃあ、明日も同じ時間に!」
名残惜しい気持ちを悟られたくなくて、あたしは真っ先にログアウトする。ヘッドギアを外して胸に抱え、少しの間、そうしていた。
(約束がある、っていいなあ)
ログイン時間を調整することは、正直言って手間である。LLOでは連続三時間という時間制限が存在するために、複数でプレイする時は、なるべくログインする時間を合わせなければならない。ソロならば、いつログインしようが自分の勝手だ。あたしは今までずっと、そうしていた。
けれど、その日から。あたしの生活は、少しずつ変わっていった。自分の時間、自分のタイミング、それを犠牲にしてもいいと思えるもの。それが初めて、あたしの中に生まれたのだ。
季節は真夏へと向かっていた。大学と家を往復し、時々アルバイトに行くというリズム自体は変わっていない。しかし、その中身はまるで違う。
「アルバイトさん、休憩行ってもいいよ」
「はい!」
以前なら、他のアルバイトの人と関わるのが嫌で、休憩時間をずらしていた。ここの人は、外見が派手だったり怖かったりして、あまり好きではなかったのだが。
「鈴原ちゃん、ジュースいる?」
「いえ、この前も買ってもらいましたし……」
「まあまあ、遠慮すんなよ!」
ごついピアスのお兄さんが、リンゴジュースのボタンを押す。あたしがいつもそれを飲んでいることを、知ってくれているのだ。アルバイトにも、ちょっぴりお洒落をして行くようになったところ、あたしはお兄さんたちから話しかけられるようになった。
「ラナちゃんいないと、いまいちやる気でないよなあ」
いつもラナちゃんの服装をチェックしていた、変なメガネのお兄さんがため息をつく。本格的にモデルの仕事をすることになった彼女は、あたしに宣言してからすぐに、アルバイトをやめていた。彼女とは、せっかく話せるようになったというのに。まあ、人と人とのタイミングって、そんなものかもしれない。
「だよなあ。今の俺たちの癒しは、鈴原さんだけになっちまったよ」
「い、癒しですか!?」
赤と緑の髪の毛をしたお兄さんが、とんでもないことを口走る。
「そうそう。動のラナちゃん、静の鈴原ちゃんってな。大人しくて真面目、黒髪ロングでメガネなんて、今どき珍しい癒しキャラだよ」
「は、はあ……」
大人しいのも真面目なのも、単に他人と関わりたくなかっただけなのだが。彼らにとっては、それがプラスポイントだったようだ。
「でも最近垢抜けちゃって、残念っていうか、不安っていうか」
ごついピアスのお兄さんが、ジュースの缶を渡しながら、そんなことまで言ってくる。
「……どういうことですか、それ」
意味がよくわからない。あたしはぺこりと頭を下げ、とりあえずジュースの缶を受け取る。
「鈴原ちゃん、絶対彼氏できたでしょ」
「で、できてませんっ!」
「うわっ、その反応……」
「余計に怪しい」
妙な外見のお兄さんたちが、揃ってあたしの顔を覗き込んでくる。
「彼氏はいなくても、好きな男はいるな、これ」
「いわゆるボーイフレンド的な」
「女の子が恰好に気を使いだすのは、99パーセント男のせいだからな」
「それは、前にも言ったじゃないですか!ラナちゃんのせいです!」
あたしはごきゅっとジュースを飲み込む。こういう会話は嫌いだ。苦手だ。天敵だ。頭の中が、ミキサーにかけられたみたいにごちゃごちゃする。
(そうなるのは、図星だからだろうか?)
突然、冷静な自分がそう告げる。続いて浮かび上がる、人の名前は――
「いませんからっ!」
両手で握り締めたジュースの缶が、少し潰れる。
「うんうん、そういうことにしておいてあげよう」
「はあ……お兄さんショックだわ……」
「仕方ない。鈴原ちゃん、大学生なんだし。オレらみたいなんより、よっぽどいい男に出会い放題だぜ?」
「そうだ!鈴原ちゃん、オレに女の子紹介してくれ!大学生の!」
いつの間にか、あたしは彼らの妹分になっていたようだ。
「嫌ですよ。ラナちゃんの脚を眺めてニヤニヤしていた人に、紹介なんてできません!」
「うはっ、キツいなあ鈴原ちゃん……」
そして、こんな口まできけるようになっていたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます