18:ボーイズスケッチ

 武器の強化をしていたら、えらく時間がかかってしまい、死霊の塔の攻略はほとんど進まなかった。ちなみに強化できたのは、元々の攻撃力プラス5だけである。マイナス15を埋めるために、リアルマネーが飛び散っていった。うん、アルバイトのシフトを増やしてもらおう。

 ログアウトしてコーヒーを飲み、ふと本棚を見る。買ってから一度も開いていない、例の雑誌が置いてある。コンビニの袋に入れっぱなしにしておいたはずだが、母が勝手に片づけたのだろう。そっと手に取り、後半のページを開く。


「……あった」


 オシャレな男の子を紹介する、ボーイズスケッチのコーナー。六人の男の子たちが載っていたが、槙田くんの写真が一番大きく、目立つ位置にあった。雑誌の中の彼は、授業で見るときと同じ、さわやかな笑顔を浮かべている。LLOで作ったナオトの顔も、なかなかのイケメンだが、やはり天然物には敵わない。右側にだけできるえくぼが、どこか少年らしさを漂わせ、魅力を増加させている。直接彼と会うときは、ここまでまじまじと顔を見ることはない。それだけに、こうやって自分の部屋で、彼の顔を見つめていることが、何だか悪いことのような気がした。


「ひっ!」


 メール着信の音が鳴る。噂をすれば槙田くんである。


「こんばんは。発表用レジュメの最終稿を送ります。映像資料のタイミングなど、意見があればお願いします。あと、1ページ目に記載している、皆さんの学生番号と氏名に間違いがないか、その確認もお願いします」


 添付ファイルを開き、内容を確認する。VRゲームの概略、売り上げの推移、広告の特徴などが、コンパクトにまとめられている。あたしの力では、こんなに上手い文章は書けないだろう。映像資料というのは、あたしが提供した、家庭用VRゲーム発売の記者会見の動画である。発表用に短く編集されているが、これはメガネの人……えっと、相沢くんがしてくれたようだ。

 何度か文章を読み直してみるが、悪い所はない。映像資料も、これでいいと思う。ただ、どこかがひっかかる。その違和感を突き止めるまで、コーヒーを二杯消化した。


(VRゲームのこと、褒めすぎかな)


 今回の課題は、近年のヒット商品について、である。なぜヒットしたか、どういう戦略があったのか等を分析する。そうすると、商品のことを賞賛するような文章が並ぶわけだが、どうにも心地が悪い。あまりにも表面的で、薄っぺらい印象を受ける。


(いやいや、自分で書いたわけでもない文章に対して、何言ってるんだ)


 槙田くんから送られてきたレジュメは、バランスが取れていて、これ以上手を加えられなさそうに見える。あたしなんかが意見を言ったところで、彼らを困らせるだけだろう。褒めすぎだ、とは思ったのだが、具体的にどう改良すればいいのかわからないのである。

 意見はない、ということにして、学生番号と氏名の確認をする。四人の名前が、一行に一人ずつ書かれているのだが、全員漢字四文字の名前なので、幅がほぼ揃っている。


「ん……?」


 あることに、気づいてしまった、気がする。名前は学生番号順なので、初めは相沢賢吾(あいざわけんご)くん。次に白崎貴弘(しろさきたかひろ)くん。その次にあたしで、最後が槙田くん。彼の下の名前は、幸也。彼らの名の初めの漢字である、賢、貴、幸というのは、比較的簡単な英単語に訳することができる。


「えっと、学生番号と氏名に間違いはありません、っと」


 いやいや、何も気づかなかった。あたしはメールを送信し、もう一杯コーヒーを作る。それを飲みながら、雑誌のページをめくっていく。スカート派ユリとパンツ派モエの着回し一ヶ月、などというコーナーがある。彼女らは大学生という設定で、サークルや合コンといったイベントに応じた服装を提案している。


「憧れの先輩にID聞かれちゃった!週末遊ぼう、ってもしかして二人っきりで!?」

「オシャレな和風居酒屋でカンパ~イ!気が利くね、って褒められちゃった!」


 キャンパスライフを謳歌しまくっている彼女らの様子に、雑誌とはいえ嫉妬してしまう。以前、この雑誌を買ったのは、大学の合格発表があってすぐの時だった。神戸のおばあちゃんに、服を買ってあげると言われ、女子大生はどういう服装をしているのか下調べをしたのである。それをもとに、何着か買ってもらったのだが……結局、それらは一度も着ていない。オークションに出してLLOの資金にしたいところだが、おばあちゃんに買ってもらった手前それはできない。


「こういうのは、可愛い人が着るから可愛いんだよ。ね、クロ……ってオイ」


 いつもの癖で、クロに話しかけてしまう。誰も見ていないけれど、恥ずかしい。母が幼い頃は、誰でも本物の猫を飼えたのだという。むしろ、増えすぎた猫を保健所というところが引き取って、処分していたとか。あたしにはとても信じられない話だ。今では、富裕層の人間しか本物のペットを飼えない。だからこそ、VRゲームではペット飼育のジャンルが隆盛している。感触や匂いも再現した、よりリアルなVRペットが出てくるのは、時間の問題かもしれない。

 あたしは雑誌を閉じ、元の場所へしまう。明日はアルバイトで、明後日は経営学演習Ⅰだ。あたしのキャンパスライフに、サークルや合コンなんて存在しない。つまり、オシャレなんてする必要はない。

 そんなことより、大事なのはLLOである。経験値ボーナスタイムや、夏のスペシャルイベントを把握し、効率的にログインせねばならない。いつもの攻略サイトへ行き、その夜は更けていった。

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