14:アップデート完了
講義が終わると、夕飯は適当に買って食べるように、と母からメールがあった。今日も親は遅くなるらしい。家に帰る前に、駅前のコンビニへ行く。自炊という選択肢はない。お弁当の他に、お菓子やジュースも確保しておく。レジに向かうとき、昼間女の子たちが見ていた雑誌が置いてあるのが見える。
(別に、あたしがこれ買ってもおかしくないよね。年代的には)
幸いなことに、店員さんはおばちゃんだった。もし若い店員だったら、こんなにもっさりした奴がオシャレなファッション誌を買うなんて……と心の中で笑われたことだろう。あたしは知り合いがいないことを確認し、それをカゴに入れる。
「お弁当、温める?」
「あ、はい」
今日初めて声を出したので、その一言だけで物凄い疲労感である。お弁当が温められるのを、ビニール袋の中身を眺めながらぼうっと待つ。例の雑誌は一番外側に入れられているため、表紙が透けて見える。
(なんで、これ買っちゃったんだろう)
会計を済ませたというのに、後悔の念がこみ上げる。あたしはこの雑誌を、槙田くんのページ目当てで買った。それは、紛れもない事実だ。いつもスニーカーを履いているあたしが、可愛くて使えるパンプス百選なんて読むはずがない。槙田くんのことを意識している自分に、吐き気がする。一体、何やってるんだろう。チン、と音が鳴り、おばちゃんがお弁当を電子レンジから取り出す。
「ありがとうね~」
おばちゃんは、ふっくらした微笑みで見送ってくれる。ここのコンビニはよく訪れるので、顔を覚えられているのかもしれない。あたしは外に出てすぐに、雑誌をビニール袋から取り出し、英会話教室の広告が載った裏側を外に向けて入れなおす。全年齢対象の本を買ったはずなのに、やましいことをしている気分だ。
そうこうしていると、帰るのが遅くなった。もうすぐで七時になる。あたしは急いでお弁当をかきこみ、ヘッドギアを装着する。起動すると、アップデート完了のウィンドウが表示される。
「……よし!」
ログイン。あたしは、昨日マッドイーグルを狩っていた森に降り立つ。脇を、何人かのプレイヤーが走り去って行く。実は、この森の奥に、新マップの死霊の塔があるのだ。アップデート直後とあって、人が多い。久々のログイン、なんて人もいるだろう。あたしも彼らに遅れまいと駆け出す。
(そういえば、ラックたちもいるのかな)
フレンド登録をすると、相手がログインしているかどうかがわかる。確認すると、三人ともログインしているようだ。どのマップにいるかまではわからないが、フレンドチャットを使えば連絡は取れる。
(まあ、取らないけど)
視界が開け、マップが切り替わる。死霊の塔に到達。
(うわっ、混んでるな~)
死霊の塔のセーブストーン前には、大勢のプレイヤーがたむろしていた。力尽きて飛ばされ、体力回復待ちをしているのだろう。パーティー間やフレンド同士で、情報交換をしているようだが、あたしにその声は聞こえない。パーティーチャットやフレンドチャットは、テレパシーのようなものである。聞こえるのは、パーティーを組むためのシャウトくらいだ。
「4階まで行ける人!骨ウィザ狩りしませんか!」
「回復役募集してます!当方7階までなら行けます!」
アップデート完了から二時間ほどしか経っていないはずだが、既に狩場の研究がなされたようだ。この塔は20階まである。最上階のボスを倒そうとするプレイヤーは、さすがにまだいないらしい。
(まずは、イベントフラグを立てておくか)
塔へと続く吊り橋の前に、NPCの兵士が立っている。彼に話しかけておかないと、イベントボスであるリナリアは出現しない。
「勇者よ、来てくれたか!塔のモンスターが復活したことは聞いているな?ぜひ、殲滅を手伝って頂きたい!」
若い男の兵士は、そう言ってあたしに敬礼する。クエストを受諾したことを示すジングルが鳴る。これで準備は完了だ。続いて、質問ウィンドウが開いたので、一通り試してみる。いくら時代が進んだからといって、NPCが自由に会話できるまでには至っていないのだ。
「あなたのことを教えて下さい」
「俺はスコット。22歳だ。去年この塔に配属された。モンスターが復活するまでは、吊り橋を眺めるだけの簡単なお仕事だったのによ……」
「死霊の塔について教えて下さい」
「ルミナス様の右腕、ウェイン様によって、魔神の落とし子・リナリアと、ここのモンスターは封印されたはずだった。その封印が解かれたのは、ついこの前のことだ。先遣隊はほぼ壊滅。伝承によると、この塔は20階まであるらしいが、そこにたどり着けた者はまだいない」
「リナリアについて教えてください」
「生き残った兵士によると、伝承通りとんでもない美女らしい。漆黒の髪に紅い瞳。非常に艶っぽい声をしているとか。だが、復活は完全ではなく、まだ塔の最上階から離れられないようだ。奴が力を蓄え、外に出る前に、何としてでも打ち倒さなければ!」
最上階までたどり着けた者がいないはずなのに、リナリアの容姿を知っている兵士がいるとは、どういうことなんだ。そう突っ込みたいが、相手はNPC。質問ウィンドウにあるもの以外は答えてくれない。それに、NPCのセリフに矛盾があるのは今に始まったことではない。バグはないけど設定は適当。これぞLLOクオリティー。
あたしはクロを呼び出し、吊り橋を渡る。久々の新マップに、心は躍っていた。
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