41:ガールズトーク
コーヒー・チェーンで安物のアメリカンを飲みながら、あたしはラナちゃんに槙田くんとのことを話した。まずは、LLOというVRゲームのこと。そこではずっとソロプレイをしていたということ。槙田くんと同じグループになって、仲良くなっていったということ。それから、LLOで知り合ったプレイヤーが槙田くんだと気づいたこと。話の時系列はぐちゃぐちゃで、VRゲームに馴染みのない彼女にはわかりにくい説明だったが、長い時間をかけてそれを聞いてくれた。
「ん……意味わかってないとこもあるんだけど、だいたい把握した」
「すみません、こんな説明で」
「つまり、雪奈は槙田くんのことが好きなんだね?」
「どうしてそうなるんですか!」
思わず大声を上げてしまった。隣のサラリーマン風の男が、迷惑そうにこちらを見る。あたしはぺこぺこ頭を下げて、ラナちゃんに向き直る。
「別に、好きとか、そういうのじゃないんです。あたし、こんなんですし、今まで誰かを好きになったことなんてないんです。それに、槙田くんって、みんなのアイドル的存在というか、そういう人ですし……」
「でもさ、見た目を変えたことに対して槙田くんが何もいってくれなくて、不安になっちゃったんでしょ?いくら他の人に褒められても、槙田くんに褒められないと意味ないって感じで」
「そこまでは思ってない、はず、ですけど……」
「そうして、誰かの一挙一動に心を動かされるっていうのは、その人が好きってことだよ」
ラナちゃんは頬杖をつき、ニヤニヤとあたしの顔を覗き込む。き、消えたい。
「ああ、いいなあ。恋っていいなあ。アタシもそういう恋愛したいな~」
「ち、ちが、違いますって!」
ところでこういうのが、俗に言うガールズトークと呼ばれるものなのだろうか。
「まあ、それは置いといて。雪奈は槙田くんに、本当のことを話すつもりなの?」
「それは……」
正直、話したくない。ばれてしまって、この関係が崩れてしまうことが、こわくて仕方がない。けれど、このことを隠したままで、槙田くんと接するのは果たして正解なのだろうか?現実でも、LLOの中でも。
「このまま隠すのもアリだとアタシは思うよ。ゲームはゲームって割り切ってさ。VR上じゃ、みんながそのキャラクターになりきって遊んでるんでしょう?誰も本当の自分なんか見せていない。そんな必要なんかない。ゲームなんだから」
ラナちゃんが言うことにも一理ある。MMORPGとは、本来そういうものだ。槙田くんたちのように、現実の知り合い同士でプレイすることもできるが、大半はVR上だけの繋がりだと思う。そこから、オフ会を開いて実際に会うこともできるが、そうしない人だって多い。高齢者のプレイヤーならなおさらだろう。
「嘘をついたり、騙したり、そういうのが正しいとは思えないんです。もしかしたら、すでにばれてるかもしれない。それなら、きちんと言って、謝らないとって……」
「はあ……雪奈はいい子だね」
ラナちゃんはあたしの頭をごしごしと撫でる。
「雪奈の話を聞く限り、悪気があってそうなったわけじゃない。っていうか、雪奈は悪いことなんてしてない。ゲームの中で実際の知り合いと出くわした、そんな凄い偶然があっただけなんだから。それでも、雪奈の中で納得がいってないんだったら、言わないとね」
「ありがとうございます。もう少し、考えてみます」
隠すことに決めたとして、今度はパーティー勧誘の件をどうするかという問題がある。あたしは器用じゃないから、隠しながらLLOをプレイするなんてことは絶対にできない。その場合、パーティーを汲むことは断るしかない。そこまで考えて、白鳥の旅団への加入のことも思い出したのだが、これもそろそろ返事をしなければならない時期だろう。
「雪奈の部屋見て、凄いなあって思ったんだけど、そんなにVRゲームって面白い?」
「はい!あの、あたし特に趣味がなくて、現実で遊ぶ人もいないもんですから、ハマりにハマっちゃって」
「で、一番好きなのが、何だっけ、LLOってやつなんだよね」
「そうなんです。MMORPGって普通は何人かでやるものなんですけど、ソロプレイもすっごく楽しくて。現実の自分じゃ絶対にできないアクロバティックな動きして、モンスターを倒すのって爽快なんです。あたし、弓道やアーチェリーなんてやったことないですけど、LLOじゃすっごく華麗に矢を打てるんです!あ、あと、ペットも連れて歩けるんですよ。鳥が人気なんですけど、あたしはネコが好きでして……」
ラナちゃんが目を細める。あたしは、自分がジェットコースターのような勢いで語ってしまっていたことを反省する。
「すみません……」
「あ、うん。ちょっと引いたけど、雪奈がそれが好きだってことはよくわかった」
あたしはきゅっと身を縮める。それから、店の時計を見てぎょっとする。初めの説明が長かったせいで、すっかり遅くなってしまった。今夜は、LLOにログインするのは無理だろう。
帰宅してから、あたしは攻略情報の収集だけでもしようと、いつものサイトを開く。死霊の塔のボス、魔神の落とし子・リナリアの推定HP値や、スキルが公開されている。彼女は復活したばかりで、椅子から立ち上がれないという設定だ。まずは、漆黒の髪に黄金の瞳をした、儚げな少女の姿でプレイヤーに話しかけてくる(NPCのセリフの中に、彼女の瞳の色は紅だという記載がありますが、いつもの間違いなので気にしないことです、という注釈が入っている)。会話イベントが終わると、リナリアは黒く醜い肉塊と化し、襲いかかってくるという流れだ。
基本の物理攻撃は、椅子の後ろから伸びる八本の触手。これらがフロア中を動き回り、プレイヤーを襲う。一本ずつ撃破することは可能だが、一定時間が経つと復活してしまう。こいつの攻撃をかわし、適度にダメージを与えつつ、本体のリナリアに近づかなければならない。
そして、死霊の塔15階以上から登場する火の玉のモンスター・イグニスが、一定間隔で召喚される。触手に気を取られていると、背後からこいつの攻撃を受け、呪い状態にかかる危険性がある。
魔法攻撃は二種類。HPが半分以下になると、リナリア・バラードを発動するようになる。これは、ランダムで一人のプレイヤーが硬直状態になってしまう魔法だ。そして、さらに半分以下になると、リナリア・レクイエムが繰り出される。全体攻撃の闇魔法で、直撃すれば一発で戦闘不能になってしまう。
(ソロだと、どうやって倒せばいいんだろう……)
最速攻略サイトの管理人は、あたしと同じアーチャーであるが、普通にパーティーを組んでいる。なので、攻略指南もパーティー向けにしか書かれていない。これを参考にして、ソロでのやり方を考えるのがいつもの作業なのだが、文末にこんなことが書いてある。
「今までのボスと違い、ソロでの撃破はまず不可能でしょう」
まるで、あたしに向けての言葉のようだと思った。あたしはウインドウを閉じ、ベッドに寝転ぶ。今月は、これ以上の課金は無理だ。来月にしたって、イベントアイテムの方にお金を使いたい。なので、単純に課金してステータスを上げるという方法は、今のあたしには苦しい。それに、戦略も考え付かない。本体は移動しないが、触手とイグニスが縦横無尽に動き回り、攻撃してくる。クロに挑発してもらおうにも、数が多すぎるだろう。そして、魔法はレクイエムよりバラードの方がこわい。ソロで挑むとすれば、硬直状態になるのは必ず自分自身だ。
(パーティーなら、勝てる……)
あたしはエルトの言葉を思い出す。彼女の言う、限界。その意味が、わかりかけた気がする。
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