47:夏のイベント
死霊の塔のボス・リナリアを撃破し、あたしたちはアミエンの酒場に来ていた。味のないビールで乾杯する。
「テストも終わったし、ボスも倒したし、最高だな!」
ノーブルが上機嫌でジョッキを天に掲げる。プリーストとして、皆のケアを担当してくれる彼だが、テスト勉強に関してはしょっちゅう誰かに頼っていた。彼女であるリカちゃんに、ノートのコピーを頼んだが断られたというので、あたしの方に懇願してきたことがあった。……事前にリカちゃんから「貴弘を甘やかさないでね」とメールがあったので、迷ったのだが。結局全部コピーさせてあげたので、あたしはリカちゃんに軽く怒られた。
「この腕輪可愛いわ~。現実でもつけたいくらい」
ボスドロップは、魔法攻撃力が大幅にアップする黒金の腕輪。魔法使いのワイスがそれを受け取った。現実では男性の彼だが、このところそのアイデンティティーが怪しい。劇団での女装も上手かったし、男の娘化しても特に驚かないかもしれない。
「ナオトと組んでなかったら、こんなに早く倒せなかっただろうな。ありがとう、パーティーに入ってくれて」
「と、とんでもないです……」
そしてラックが、ふんわりと笑いながらそう言う。この人はいつも、何の躊躇もなく、自然に礼を言ってくるから困る。例えその顔が、LLOのグラフィックだとしても、直視することができないときがある。今がまさにそのとき。
「こちらこそ、ありがとう。ソロだったら、多分、勝てなかったから」
こうして倒した直後だから余計にそう思うのだが、あれを一人で倒そうとしていたときの自分は本当にバカだった。あのままパーティーを組まなければ、途方もないレベル上げや課金を繰り返しているか、LLOをやめてしまっていただろう。むしろ、よく今までやってこれたよ、と別の意味で自分に感心する。
「おっ、そろそろ時間みたいだぜ」
「外行こ、外!」
ノーブルとワイスが席を立つ。そうだ、今日は花火イベントだ。ラックとあたしも立ち上がり、アミエンの町の広場へと向かう。そこには大勢のプレイヤーがたむろしていて、中には浴衣を着ている人もいた。お面や提灯などを持っている人もいる。あれらは全て課金のアバターアイテムで、あたしも本当は買うつもりだった。
(浴衣、欲しかったなあ……)
買わなかった理由はごく単純。お金がなかったのである。テストがあったから、アルバイトに行けなかったのだ。男性用は、黒色と藍色の二色しかないのだが、あたしなら間違いなく黒を選んだな、とそれを着ているプレイヤーをじっとり眺める。
「皆さま、大変長らくお待たせいたしました!只今から、手持ち花火くじの当選発表を行います!」
赤い蝶ネクタイをつけた、中年男性のNPCが、スクリーンをバックに司会を始める。あたしたちは、使用済みの手持ち花火を取り出す。これは、イベント期間中まれにドロップで手に入るアイテムだ。現実の手持ち花火と同様に遊ぶことができ、その後持ち手にくじの番号が浮き出る仕組みになっている。ちなみに花火のエフェクトが、初期魔法であるファイアー・ボールと全く同じだったので少しがっかりした。
「まずは五等から!商品はゴールドエーテルです!それでは発表します!」
あたしたちが持っている花火は全部で五本。それには七ケタの数字が書かれている。
「下三ケタ627!」
「はぁ……」
早速ハズレである。もとより、このイベントにさほど期待はしていないのだが。四等、三等と発表が続くが、番号はかすりすらしない。
「やっぱり五本だけじゃダメだなあ」
「まあ、集める時間なかったし。しょうがないわよ」
ノーブルとワイスは心底つまらなそうな顔をしている。当選率を上げるには、より多くの手持ち花火を集めればいい。あたしたちのパーティーは、テスト期間のブランクがあるので、その分不利なのだ。
「それではいよいよ一等の発表です!賞品は夜空の兜!このイベントでしか手に入らないレアアイテムですよ!さあ、番号は……4467966!4467966です!」
「あ~あ」
まあ、こんなものさとあたしたちは顔を見合わせる。ちなみに、ハズレの手持ち花火はゴミにしかならない。
「おっと、当選者が現在ログインしているようですね!もしよろしければ、私が直接商品をお渡ししますが!?」
「お願いします!」
純白の髪を揺らしながら、アーチャーの少女が司会者の元へ駆けていく。周囲から、どこか納得したようなため息が漏れる。
「げっ、おばあちゃん……」
当選者は、白鳥の旅団ギルド長・エルトであった。賞品を受け取り、ウインクしながらピースとかやっているが、あの中身が八十代であることを知るプレイヤーは、おそらくあたししかいない。
「え、何か言った?」
ラックがあたしの方を振り向く。
「いや、何でもない……」
世の中には、言った方が良いことと、別に言わなくて良いことがある。そっとしておこう。
当選発表が終わった後は、打ち上げ花火が上がる。手持ち花火と違い、他のエフェクトの流用はしていないようだ。クライマックスでは、「Thank You For Everything!! Luminous Legend Online」のメッセージが夜空に灯る。LLOを愛するプレイヤーとして、あたしはちょっぴり感動する。
「なんか、本物の花火も見たくなってきたな……」
視線をラックに向ける。光が止んだ後も、彼は上を眺め続けている。すると、ノーブルがあたしたちを見回しながら言う。
「じゃあ、みんなで行こうぜ!本当に!来週、湊公園で海上花火大会があるだろ?実はリカの奴が行きたがっててさ~」
「いや、せっかくなんだから二人で行けよ」
あたしもワイスに同感である。湊公園の花火といえば、そのロマンティックさから、家族連れよりもカップルで賑わうことで有名だ。もちろんあたしは行ったことがない。その日になると、県外からの客が電車を埋め尽くすため、鬱陶しくもある。
「リカもみんなで行きたがってたんだよ」
「え、何で?」
「う~ん、よくわかんないけど」
みんな、の中には、どうやらあたしも入っているようだ。VRゲーム内なのに、背筋が冷たくなるような感覚に襲われる。何らかの理由をつけて阻止しなければ、と口を開こうとする。
「よし、じゃあみんなで行こうか!俺たち五人で!」
(お、遅かったあああああ!)
槙田くんが――ラックが言ったことは、どうしようもないくらいの強制力がある。発動する前に阻まなければならない、リナリア・レクイエムと似たようなものである。発言された以上、それに抗う術はない。
「ははは……」
ナオトのクールフェイスをどうにか貼り付けたまま、あたしは段取りが決まって行くのを眺める。この人たちは、一度決めると行動が物凄く早い。あっという間にリカちゃんにも連絡がいき、集合時間まで決まってしまった。
まずい。色々と、考えなければならないことがある。
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