03:発表用資料
そろそろナオトの見た目を変えよう、とキャラメイクショップに入る。今は金髪セミロングだけど、やっぱり黒髪に戻そう。そして、短くしてしまえ。VRゲームは、これが一瞬でできるから楽しい。もちろん、リアルマネーは消費するけれど。
「クロ、今日も頼むよ!」
あたしはいつもの狩場に行き、周りを見渡す。少し人が多くなってきたようだ。レベルカンスト者もちらちらいる。こうなると、やりにくい。
「そろそろ、一人で立ち回るのは難しいな……」
こんなことなら、もっと急いでオーガの腕輪を集めれば良かったと思った。このアイテムと引き換えに、NPCが頭装備をくれるのだが、現時点で最高の防御力を誇るものなのだ。
あたしとクロは、なるべくマップの端で狩りを始めたが、他のプレイヤーと被り効率良くいかない。こういうとき、パーティーを組めばイライラせずに済むんだろう。
しかし、意地でもそうしないのが、あたしことソロプレイヤー・ナオトである。
「クロ、戻れ。アミエンに転移」
転移石を使い、あたしとクロは町へ戻る。狩りにくかったら、狩らなきゃいいじゃない。あたしは諦めがいい人間なのだ。
ベンチに座り、アイテムを整理する。この機会に、用のないものはまとめて売りに行こう。長時間ブラッディーオーガを狩っていたせいで、腕輪以外のアイテムも貯まっている。
メニュー画面を動かしている間、クロはあたしの膝で丸くなっている。周りには、犬や鳥などを連れているプレイヤーがたくさんいるが、猫はあまり見られない。
ハウンティング・キャットは、ネット上では最弱ペットとされている。スキルの数が少なく、打たれ弱いからだ。それでも、こうして気持ちよさそうに眠るクロの顔を見ていると、強さなんてどうでもいいという気分になる。
……それに、自分自身がもう充分強い。
「げっ、メールか」
聞き慣れた電子音が耳元で鳴り、あたしは一旦メニューを閉じる。VRゲームでは、プレイ中にメールを送受信することができる。大方、母からの「そろそろゲームやめなさい」メールだろうと思い、うんざりした気分で手紙のアイコンに触れる。
「こんばんは、槙田です。テーマだけど、エクセル・カーとVRゲーム、多数決で決めてしまおうと思います。できれば今日中に意見を下さい」
ああ……忘れてた。
この機能のせいで、プレイヤーは完全に現実逃避をすることができない。いや、逃避してしまったら困るのは自分だから、それでいいんだけれど。連続ログイン時間の制限も、はじめは鬱陶しかったけど、廃人を作らないための措置として至極妥当だと思う。
あたしは悩んだ挙げ句、VRゲーム、と送信した。正直、車のことはよくわからないからだ。
アイテムを売り払い、薬を補充し終えると、また槙田くんからメールが届く。
「全員一致でVRゲームになりました!細かい相談はメールだと難しいので、空き時間を調整して直接話し合いましょう!」
それを読んで、あたしは少しほっとした。もしかしたら、自分の知識がグループの役に立つかもしれないと思ったのだ。
物心ついたときから、友達作りができなかったあたしに、両親はゲームを買い与えてくれた。誰からも遊びに誘われなくたって、ゲームがあれば一人でいくらでも時間を潰せた。
ヘッドギアの発売が発表され、家庭用VRゲーム解禁のニュースが世界を駆け巡ったとき、あたしは中学二年生だった。記者会見の動画ファイルを保存し、何回も再生した。それから、VRゲームに関する情報を、あたしは次々とファイリングしていった。それらを眺めながら、ヘッドギアを装着する瞬間を夢見て、思春期の日々を過ごしていたのだ。
その時の資料が多分、役に立つ。あのクラスの中で、いや、大学全体を見渡しても、ここまで膨大な資料を持っている生徒はいないだろう。
あたしはひとまずログアウトして、VRゲーム資料のファイルをディスクにコピーする。その作業をしながら、ふと思う。
……こんなに沢山の資料を持って行ったら、気持ち悪がられるに決まっている。あたしがぼっちで喪女なことは周知の事実だが、重度のゲーマーであることは隠しておきたい。あたしにだって、見栄くらいあるのだ。
あたしはディスクから、六割ほどのファイルを削除する。これくらいなら、テーマが決まってから集めたと言い訳できるだろう。
この資料を渡したら、あたしの役目ははい終わり、発表は全部イケメンたちがやってくれれば理想的である。あたしは既に一仕事終えた気分で、眠りにつくのだった。
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