37:意外なこと
演劇の後はさっさと帰宅……とはいかなかった。そのまま学園駅前に出て、夕食を採ることになったのである。今回は、女があたし一人じゃないから気楽だ。しかし、カップルが一組いるため、四人掛けのテーブルの配置はおのずと決まる。白崎くんとリカちゃんが隣同士に座り、あたしはリカちゃんの正面。そういうわけで、あたしのすぐ隣には、槙田くんがいるのである。
(き、き、緊張するんですけど!)
隣なので、顔を見られずに済むのだが、肩が、肩が近い。入ったのはイタリアンのお店なのだが、水を回してもらったり、ピザを切り分けてもらったりするとき、槙田くんの腕があたしの方に伸びる。ピーマンとトマトの載った、彩り豊かで美味しいはずのピザなのだが、野菜の味がよくわからない。
話題はさっきの演劇の感想から始まり、大学の授業の事になる。あたしとリカちゃんが初めて会ったのは、ミクロ経済学の小テストの後だったね、というような話になる。
「雪奈ちゃんって、会う度に可愛くなってない?女のアタシから見ても、すっごくキュンキュンしちゃうもん」
「そ、そうかな。でも、元がその、地味すぎたから……」
「前は黒とか茶色の服着てたもんなあ。おれは今の方が絶対いいと思うよ」
「あ、ありがとう、白崎くん」
自分が話題の中心になったことがないので、対処方法がわからない。他の人の話題なら、首降り人形のごとく相槌を打っているだけでいいのに。どうか早く他の話題に移ってくれ、と必死に願う。
「なっ、槙田もそう思うよなあ?」
(やめてやめて同意を求めないで!)
あたしの話題になっている間、槙田くんは一度も口を開いていない。それならそれでいいのに、白崎くんは余計なことを言う。
「ああ……」
ピザのチーズがこびりついた皿を凝視しているので、槙田くんの表情はわからない。でも、その声にいつものような歯切れの良さは無く、とても弱々しい感じがする。
「あ、あ、あたし、お手洗い、行ってきます」
別に行きたくはないのだが、そう言って席を立つ。とてもじゃないが、この場にいられない。
(やっぱり変だったんだ……)
今日、初めて顔を合わせたとき。槙田くんはあたしの恰好について、何も言ってくれなかった。それどころか、会話もしてくれなかった。いつもの槙田くんなら、今日の演劇が楽しみだね、どんなお話なのかな、くらいは言ってくれるはずなのに。そして、白崎くんの言葉に対する、濁すようなあの返事。例え他のみんなが褒めてくれていても、槙田くんはそう思っていないのだ。
トイレの鏡で、自分の顔をぼうっと見つめる。頑張って練習してひいたアイラインだけど、少しズレてしまっている。ワンピースのデザインも、あたしには可愛すぎる。そして、ぜい肉がたくさんついたこの足に、こんなに素敵な靴が似合うはずはない。
(ブサイクが無理して着飾っても、どうせ気持ち悪いだけだったんだ!)
このままお金だけ置いて、先に帰ってしまおう、と思ったときだった。
「えへへ~。アタシもメイク直しにきたよ」
リカちゃんがトイレに入ってくる。彼女はあたしの右隣に立ち、コットンで目尻を拭く。彼女の大きくてまん丸な瞳は、あたしがいくらメイクをしても真似できないだろう。
「っていうかさ、雪奈ちゃんが最近お洒落しだしたのって、やっぱ槙田くんのためなの?」
「えっ!?え、ちが、違う、よ」
止まりそうだった脳みそをフル回転させて、あたしは言葉を紡ぎだす。
「女の先輩に、言われたの。地味な恰好だから地味な性格なんだ、それがムカつくって。それで、地味子の改造だ、なんて言われて、美容院や百貨店に連れて行かされて」
「あはははは!何それ、面白い先輩だね!」
確かにラナちゃんは変な先輩である。危ないところを助けたといういきさつはあったが、なぜあそこまでのことをしてくれたのかわからない。
「でも、失敗だったかなって。槙田くん、あたしの恰好、変に思ってるっぽいし……」
「う~ん、違うと思うなあ。確かに、槙田くんの反応はいまいち薄かったけど、それはそういう意味じゃないと思うの」
リカちゃんはあたしの方を向き、話し出す。
「槙田くんってね、実は女の子苦手なんだよ」
「え、嘘でしょ?」
幅広い層の女の子にモテる、あのさわやかイケメンが、そんなはずはないだろう。だいたい、グループ発表の準備のときは、あたしを気遣って、たくさん話をしてくれたのだから。
「貴弘にね、聞いたことがあるの。ちょっと失礼な話なんだけど……。経営学演習のグループ決めのとき、雪奈ちゃんが一人残っちゃったんでしょ?」
「うん」
「槙田くん、女の子と同じグループが本当はこわかったんだって。けど、貴弘の奴が、あの子は地味だし大丈夫!真面目っぽいし賢そうだし、何より可哀そうだよ!とか何とか言って説得したらしいの」
内容はともかく、説得してくれたことに感謝すべきなのだろうか。
「それで槙田くんも、大人しい子相手だったら安心して喋れるかもしれないって思ったんだって。槙田くん、アタシみたいによく喋るタイプが一番苦手みたいなんだよね。まあ、友達の彼女っていう立場だから、多少頑張ってくれてるけどさ」
そういえば、と槙田くんの行動を思い返す。彼とリカちゃんが、直接会話をしているシーンは滅多になかった。それどころか、今までだって、彼が他の女の子と会話していることがあっただろうか。教室ではいつも、相沢くんか白崎くんが隣にいて、彼らが代わりに応対していたような気がする。
「まあ、雪奈ちゃんが意外に思うのは無理ないかもね。写真に撮られるのは好きだから、ってホイホイ雑誌に出ちゃうし、会話ができなくて笑って誤魔化すから、女の子を勘違いさせちゃうことが多々あるし……そういうとこがダメなんだよねえあの人は」
槙田くんをけなす発言を、あたしは初めて聞く。
「だからさ。雪奈ちゃんがいきなり可愛くなっちゃって、びっくりしたんだと思うよ?だから大丈夫。雪奈ちゃんの今の恰好、変じゃないよ」
「本当にそうなのかな……」
リカちゃんを信用しないわけではないが、どうしてもそう思えない。
「さてと、ずっとここにいたら怪しまれるし、そろそろ戻ろっか。あ、その前にメールだけ打たせてね」
リカちゃんは誰かにメールを送る。男二人は、車の話で盛り上がっていて、あたしとリカちゃんのトイレが長かったことに茶々を入れる。槙田くんの顔を、あたしは最後まで見ることができずに、食事を終えて店を出た。
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