07:アミエンの酒場
アミエンの酒場。コミュニティースポットとして設けられた場所なので、ソロプレイヤーのあたしには縁がない。酒といっても、VRゲーム内では味がわからないし、酔うこともない。飲むとHPやMPの上限が少しアップするのだが、値段のことを考えると他のアイテムを使った方がいい。要するに、割に合わないのだ。
それでも、交流をしたい人には人気の施設らしい。店内は混み合っており、賑やかな音楽に誘われ踊りだすプレイヤーもいる。雰囲気を楽しんでいる、ということなのだろう。あたしたちは入ってすぐに、四人掛けのテーブルにつく。
「ビール三杯。こちらの方には、ウイスキーを一杯」
ラックはより高額な酒をあたしに注文する。詫びの印だろう。未成年なので、本物のウイスキーなんて飲んだことはないが、ビールよりきついお酒であることは知っている。現実なら慌てて断るところだろうな、と思う。乾杯をして、味のない液体を一気に注ぎ込む。微量とはいえステータスが上昇するので、多少の高揚感はある。
「ナオトさんが優しい方で本当に良かったです。ありがとうございました」
これまでのやりとりを見たところ、このウォリアーのラックがリーダーらしい。すごく丁寧で、落ち着きがある。中の人は一体何歳なんだろう。VRゲームは、身体を動かさなくても良いので、60代や70代に人気がある。LLOの開発陣も、60代が中心らしい。もしかしたら、彼はお爺ちゃんと同じくらいの年かもしれないな。
「いや、いいんだ」
本来ならば、二回り以上年上かもしれない人にこんな口をきくのはどうかと思うが、ここはLLOの中。実際の年なんて、申告しないとわからない。それに、無理して男言葉を使っているので、どうしてもこんな口調になる。
「っていうか、ナオトさんレベル高いっすね!」
お調子者のノーブルの声が響く。近寄れば、レベルは誰にでもわかるとはいえ、あまりそういうことを大声で言ってほしくない。それを咎めたいが、どう言っていいのかわからない。
「普段何されてるんですか?もう定年された方ですか?」
おいおい、いきなりリアルのこと聞くなよ!こいつにはひどくデリカシーがないらしい。それに、そのセリフからは、定年してVRゲームやり放題だからそんなにレベル高いんですよね、という思考が見て取れる。
「ノーブル!失礼だろうが!」
ラックが叱ってくれた。うん、セーフ。
「ちなみに、ワタシ本当は男です」
「え?」
いきなりワイスがそう言うので、グラスを落としそうになる。まるでアイドル歌手のような、ぶりぶりのウィザード衣装は、全職業中トップクラスの可愛さだ。それをよくも男が着れるよ、という思いと、男であると申告するのが凄いよ、という思うが入りまじり、何とも言えない顔になってしまう。
「ほら、男ウィザードってあんまりかっこよくないし。だったらいっそ、女キャラ使った方が面白いかなって」
ワイスは胸の前で手を組み、首を傾げてにっこりほほ笑む。ボイスまで可愛いものを選んでやがるので、複雑な気分だ。
「俺たち、実はリアルでも友人同士なんですよ。プレイ前に、誰がどの職業を選ぶかっていうのを決めていて、こいつがウィザードをすることになったんです」
ラックの説明に、あたしはふうんと素っ気ない声を出した。
「久々のログインだったんだよな」
「そうそう。悠久の笛取ったところで止まっちゃってて。それで、今日は一気にサッドゴーレム倒しちゃおう、ってことになったんだけど……」
「本当に……」
三人は目を合わせる。
「すみませんでした」
本日、二回目の謝罪。反省してくれているのはわかっているので、そう何度も謝らないでほしい。
「顔を上げろ。俺は、怒っていない」
あたしが呟くようにそう言うと、彼らはほっとしたように微笑んだ。もっと他に言い方があったと思うが、不穏な空気はなんとか去ったから、もうよしとしよう。酒場の音楽も、スローテンポのものに変わった。
「ところで、ナオトさんはギルドに入ってるんですか?」
ラックがそう聞いてくる。
「いや……どこにも」
「そうですか。ナオトさん強いんで、大手に所属されている方かと思って」
LLOでは、五人以上集まればギルドを結成することができる。ギルド対抗戦や、ギルド限定クエストに参加できる利点はあるものの、当然あたしは参加していない。ギルドといっても所詮烏合の衆。トラブルに巻き込まれることもある。あたしは、ゲームの中でまで人間関係に疲れたくない。
「むしろ、パーティーも組んだことがない」
「ええっ!?」
三人は露骨に驚愕の表情を浮かべる。しまった、変なこと言っちゃった。
「ペットの、レベルを上げれば、ソロプレイは、そう難しくない」
そう弁解してみたものの、ノーブルなどはあんぐりと口を開けている。そりゃあ、そうだろう。パーティーを組んだことがないということは、ボスも一人で倒しているということだ。そのためには、ボスよりもかなり高いレベルまで上げ、重課金して装備と回復薬を揃えることが必要になる。あーあ、こんなこと言わなきゃ良かった。
「もしかして!」
ワイスが声を上げる。
「孤高の猫使い・ナオトってあなたのことですか?」
(なななななにその中二病的なネーミング!誰だよ!そんなこと言うの誰だよ!掲示板の方々に噂されたことは確かにあったけど!当時は二つ名なんてついてなかったよ!)
あたしは心の中で絶叫する。LLOの公式HPにおける、各種ランキング。その中の「累計モンスター討伐数(個人)」でぶっちぎりの一位を獲得しているせいで、過去に話題にされたことがあった。あたしは冷静を装う。
「ハウンティング・キャットを使うソロプレイヤーであることは、間違いないが……」
「ですよね!いやぁ、凄いっす。ソロでその強さ!オレ尊敬するっす」
ワイスさん、女の子キャラが崩れてるよ、さっきまでワタシって言ってたよ!
それから、ワイスはソロでのボス戦のことなど、やたらと話を聞きたがった。ラックが止めてくれるかと思いきや、彼もニコニコと相槌を打ち、質問までしてくる。あたしは話しながら、どうログアウトしようか考えるが、良い案が思いつかない。強引に、話自体を終わらせることにする。
「……結局、強くなりたいなら課金するしかない、ということだ」
ノーブルが苦笑いを浮かべる。
「まあ、そうですよね~。おれたち大学生なんで、あまり課金してないんですよ」
「大学生?」
ラックが口を添える。
「はい。全員、同じ大学、同じ学部の一年生なんです。ログイン時間を揃えやすいので、自然とこのパーティーで行動することが多くて」
「そ、そうか」
何だか嫌な予感がするが、スルーしておこう。ワイスが足をぶらぶらさせながら言う。
「近々グループ発表があるんで、また数日はインできないんですけどね。あ、ワタシたち、リアルでもパーティー組んでるんですよ!っていうか、グループ発表の班なんですけどね」
彼(彼女?)の一人称が戻っている。さらに悪い予感がするが、きっと考えすぎである。
「VRゲームをテーマに発表するんですけど、こうやって遊んでちゃいけませんよね~」
ノーブルが何か言っている。あたしはとりあえず、笑う。ラックがメニューを開き、時計を確認している。
「確かに、そろそろ時間だな。ナオトさん、今日は本当にありがとうございました」
「ああ。俺も帰るよ」
あたしは急いで席を立ち、ログアウトする。
「あっ、ナオトさん!フレンド登録!」
ワイスが叫ぶ声がフェードアウトしていき、完全に消え去った頃、身体にベッドの感触が戻る。起き上がり、シーツを見ると、汗でぐっしょりと濡れている。両親はまだ帰ってきていない。あたしはふらふらした足取りで風呂場に向かう。
「いやいや。そんな偶然、あるわけない」
LLOのプレイ人口なんて把握していないが、そう簡単に現実での知り合いと出くわすことなどないだろう。あたしは汗と一緒に、疑念を洗い落とすことにした。
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