27:直接攻撃

 発表終了後、男の子たちはLLOの話題で盛り上がっていた。相沢くんと白崎くんがその中心だ。


「どこまで行ってる?」

「まだ薔薇魔女の迷宮だよ。最近始めたところなんだ」

(ああ、そこは序盤の難所だよね!状態異常攻撃使ってくるザコが多くて!)

「ペットってさ、どれが一番いいわけ?悩んでるんだけど」

「そりゃあメイジ・アウルだろ」

「あいつチートすぎねえ?犬系の方が好きだな」

(いや、猫だね!いくら異端扱いされてもあたしはハウンティング・キャットを推すね!)


 漏れ聞こえてくる会話に、心の中で反応を返す。もっと彼らの話を聞いていたい。けれど、用もないのに残っているのも変だから、手早く荷物をまとめる。すると、槙田くんが近づいてくる。


「お疲れさま」

「お、お疲れさま」


 まさか話しかけられると思っていなかったので、声がうわずる。


「発表、上手くいったね。雪奈ちゃんとグループが組めて良かったよ」

「ありがとう……」


 あたしは横目で教室の様子を伺う。女の子たちもまだ数人残っていて、槙田くんとの会話を聞かれていることは確実だ。


「それでさ、打ち上げしない?といっても、そんなに大げさなものじゃないけど……今晩みんなでご飯でもどうかなって」

「……へ?」


 やめて下さい!無理!無理だからっ!混乱しすぎて一言も口に出せない。何故この人は、あたしなんかを誘うんだろう。しかも女の子連中の目の前で。これを受けてしまえば、恨まれ妬まれ蔑まれることは必至だ。


「きょ、今日は予定があって」


 カサカサに枯れた喉でそう言い放つ。今日は本当に、LLO以外の、リアルでの予定があるのだ。あたしがまごついていると、相沢くんと白崎くんもこちらへやってくる。


「雪奈ちゃん無理だって?」

「なになに?もしかして彼氏~?」


 白崎くんは、あたしのどこを見て彼氏持ちだなんて冗談を言うんだろう……。友達と約束が、と言おうとして、あたしはためらう。ラナちゃんはアルバイトが同じで、昨日危ない所を助けただけの知り合いだ。


「先輩と約束が……」

「そっかあ。じゃあまた今度だね」


 槙田くんは残念そうに声を落とす。ラナちゃんを先輩と言ったのは、別に間違いではない。同じ学部の、二つ上なんだから。彼らは、LLOの話をしていた他の男の子たちと連れ立って、教室を出ていく。あたしはペットボトルのお茶を一気に飲み干す。本当は、彼らと食事に行きたかった。槙田くんはまた今度と言ってくれたけれど、それが現実になる保証はない。来週も授業があるから、彼らと会うことはできる。でも、それだけだ。


(まあ、誘ってくれただけでも、嬉しかったな)


 彼らの後ろ姿を見ながら、ふうっとため息をつく。今までろくに男の子と喋ったことのなかったあたしが、ここまですることができたんだ。だいぶ経験値が上がったな、と嬉しくなった時だった。


「さっすが鈴原さん。身の程わかってるじゃん」

「ひっ!?」


 気づけば背後にギャルたちがいた。彼女らの身体はあたしよりも細いのに、取って食われそうなほどの威圧感がある。


「あんたみたいなブスが、槙田くんたちと仲良くしようだなんて、おこがましいにも程があるのよ。その点、あんたってまだ賢い方のね。ちゃんと誘いを断ったんだから」

「あ、あの、えっと……」

「グループ発表はこれで終わったんだから、もうあんたが槙田くんたちと関わることなんかないわよね。そんな必要ないもんね」


 笑顔。彼女たちは笑っている。膝から下がガクガクと震えだすのがわかる。怖い、と思うと同時に、あたしは怒りも感じていた。男の子と少し多めに話しただけで、なぜここまで言われなければいけないんだろう。もう大学生だというのに、彼女らはなぜこんなに幼稚な言い方をするんだろう。


「っていうか、約束なんて本当はないんでしょ?鈴原さんっていつも一人ぼっちだもんね。最近は槙田くんたちに構ってもらって、調子乗ってたみたいだけど。ブスはブスらしく、日陰にいるのが正解よ」


 ギャルたちはけたたましく笑い、あースッキリした、などと言いながら立ち去って行く。講義なんて受ける気分ではなかったが、これ以上休むと成績に響くので、重い身体を引きずって行く。トイレで陰口を聞いてしまった時も、酷く落ち込んだ気分になったが、直接言われるのがこれほど辛いものだとは思わなかった。あたしは一番後ろの席に座り、教授の声を耳の片方だけで聞きながら、一連の出来事について思いを馳せる。


(ああ、そうか。あたしが、不細工だからなんだ)


 彼女たちが、あたしを目の敵にする一番の理由は、それしかないと思った。格下だと思っている相手に先を越され、甘い汁を啜られるのは我慢ならないのだ。槙田くんの隣に居るのが、誰もが認める美女で、いや、そこまでいかなくても普通に可愛い女の子であったのなら、こうして攻撃することはない。

 メガネが曇るので、そっと外して窓の外を見る。ぼんやりした視界には、木々が揺れるのがかろうじて映っている。そして、今日はまだ試練が残っていることにうんざりした心地になる。


(そうだ、ラナちゃんと食事だ。はあ、何を話せばいいんだろう)


 この授業が終わったら、図書館前に行かなければならない。ここの大学の生徒は、大抵そこで待ち合わせをする。夕方は人でごった返すが、ラナちゃんはあの派手な容姿だから見つけやすいだろう。ぼうっとしていると、とっくに終業のベルは鳴りやんでいて、あたしは慌てて教室を飛び出した。

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