20:ミクロ経済学Ⅰ
あたしの余計な一言で、レジュメの修正をすることになった翌日。ミクロ経済学Ⅰの教室で、あたしは一人、最終確認をする。前の席の男グループが、先輩から去年の問題を受け貰ってきた、などと言って騒いでいる。毎年同じ問題を出す教授もいるようなので、その場合は答えを丸暗記すれば良い。あたしに上級生の知り合いなんているはずないから、地道に勉強をするしかない。グラフの読み方と、計算式の立て方をもう一度読み直す。時間になり、教授がテスト用紙を持って壇上に現れる。
「それでは小テストを始めます。時間は30分。去年の問題とは大きく変えているから、丸暗記している人は覚悟するように」
一部でどよめきが起きる。口に出さなくても、焦った表情を浮かべている者もいる。あたしは勝ち誇った気分で小テストを解く。どれもきちんと勉強していれば、簡単な問題だ。先輩や友達を使って、楽をしようとする方が悪い。
終わって次の教室に向かおうとしたとき、見知った人と目が合う。彼はあたしに手を振りながら、こちらに近づいてくる。
「鈴原さんじゃん!一緒のクラスだったんだ!」
「……白崎くん」
経営学演習Ⅰで一同じグループの、メガネをかけていない方の彼である。ミクロ経済学Ⅰは、必修科目で受講者が多いので、何クラスかに分かれている。彼とは学生番号が近いから、同じクラスになっていたのだろう。
「さっきのできた?おれ、去年のやつアテにしてたから全然ダメだったよ~」
「あたしは、まあまあ」
正直言って、満点取れた自信がありますけど。もちろん、そんな嫌味なことは言わない。白崎くんと一緒にいたらしい、ショートヘアーの女の子もこちらへ来る。
「どういう知り合い~?」
「演習で同じグループの鈴原さん」
「ああ、槙田くんの!こいつから話は聞いてるよ」
「おいリカ!そういうこと言うなって!」
白崎くんがたじろいでいる。この人、リカちゃんとやらにあたしの何を話したんだろう。もしかして、言ったのか。ゲーマーだって言ったのか!心なしか、彼女があたしを色眼鏡で見ている気がする。活動的そうな人だから、ゲームなんかやっているあたしを見下しているのかもしれない。
「ごめんごめん。鈴原さんはこのバカと違って、ちゃんとテストできたよね?」
「は、はい」
リカちゃんは白崎くんをひじで小突く。この二人、付き合ってるんだろうか。……まあ、あたしには関係ないけど。
「おっと、次の授業に遅れるな。じゃあね、鈴原さん、また今度のお昼に!」
「バイバーイ!」
「さようなら……」
二人は何やら楽しそうに話しながら去っていく。その後ろ姿を見送りながら、自分の伸ばしっぱなしの髪に触れる。リカちゃんみたいに、元気で可愛らしい人は、あんなショートヘアーが似合うのだろう。あたしなんかが切ったところで、まず気づく人がいないし、気づいてもノーコメント。母は褒めるかもしれないけど。
(それより、ナオトの髪型変えよう)
アップデートに伴い、アイテムショップの商品も増えたようだが、まだじっくりと見ていない。帰宅してすぐ、そちらをのぞいてみる。髪型は、気に入るものがなかったのだが、ココアブラウンという髪色が良かったので、色だけ変える。クロの首輪を買い替え、ホームの家具や壁紙を見るが、そちらは手が届きそうにない。アルバイト代が入ってからにしよう。
死霊の塔は、ちびちびと攻略を進め、10階にたどり着いていた。11階以上になると、メルティ・ゴーストが出現するらしい。可愛らしい名前だが、装備品を溶かして強化度を下げるやっかいなモンスターとのこと。それでも、対応策がある分ゴミルツ、もといゴメルツよりマシ、という声もある。そして、ボスのリナリアを倒した者はまだいないらしい。
「あれ、今日は誰もログインしてないんだ……」
フレンドの状況をチェックするのが、塔に行く前の習慣になってしまっていた。彼らとは、フレンド登録をして以後一度も会っていない。連絡も取っていない。それなのに、こうして誰もログインしていないと、寂しい気持ちになる。元々ぼっちで、孤高の猫使いなんていう有り難くないあだ名もつけられているのに、おかしな話だ。
あたしはクロに、新しい首輪をつける。色は真紅で、スタッズがついている。プレイヤー用に、お揃いのチョーカーもあったのだが、さすがにやりすぎな気がしてやめておいた。
「さて、スケルトンキングでも倒しに行きますか」
10階には、レアアイテムを落とす、少し強いモンスターがいる。何度でも復活するので、ボスというわけではない。ストーリー進行上、倒す必要はないが、奴の落とす滅びの王冠は絶対に欲しい。素早さが大幅に上がる、稲妻のブーツと交換できるのだ。下調べは十分、準備は万端。11階に行くのは、このアイテムを手に入れてからである。
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