三章 『消せない傷をdon't miss it』 その1


 ある日の昼休み。いつものように親が作ってくれた弁当を自分の机で広げていた内貴だったが、今日はいつもとは少し事情が違った。

 なんと友達が一緒なのだ! ……ただしスマホ画面の先に。


[内貴さん? 生きてます?]


 喜べばいいのか悲しめばいいのか、内貴が迷っている間にスマホに入っているメッセージアプリにももから返事が返ってきた。

 ご飯をつまみながら、内貴はメッセージのやり取り相手であるももに返事を返していく。


 周りではクラスメイト達がわいわいと楽しそうに机を寄せてご飯を食べている。その輪の中に入りたくないわけではないのだが、少し前の全く誰ともやりとりの無い状況と比べれば、ももとスマホでやりとりしながら昼食を食べられるのは随分と気楽だ。

 一人、黙々と周囲の楽しそうな声を聞きながら食べる弁当の気まずさと言ったらない。

 おいしい弁当なのに胃が重くなるような気分になりながら、急いでかきこむことになる。

 空き教室の類は大抵誰かが使っているし、部室は汗くさくて弁当などを食べられる状態じゃない。剣道部の汗臭さを舐めているとひどい目にあうのだ。


[そういえば、わたしお弁当手作りしてるんです]

[えらいなぁ。俺なんかずっと母親に作ってもらってるよ]

[誰も褒めてくれませんけど、毎日可愛く盛り付けしてるんですよ!]


 ももから食べかけのお弁当の写真が送られてきた。半分ほどなくなってはいるが、ご飯に桜でんぶなどを使ってキャラクターが描かれているのが分かる。キャラ弁に近いが、おかずもちょいちょい可愛く型がとられていたりして、凝っている。


[可愛さの追求に余念がない]

[今度は食べる前の写真みせますね!]


 楽しげなスタンプが送られてきて、思わず少し頬が緩む。しかし、周囲を見るとクラスメイトたちが不思議そうな顔でこっちを見ていた。そんなに変な顔をしていただろうかと、若干恥ずかしい気持ちになりながら内貴は自分の頬を軽くつまんで緩みを制した……のだが。


「随分楽しそうじゃないか、内貴」

「へっ!?」


 突然後ろからかけられた声に、思わず椅子から立ち上がる。そして振り返ると、いつの間にかかすみが腕を組んで立っていた。無駄に偉そうな雰囲気をまき散らす彼女に、クラスメイトたちの目は釘付けになっている。

 そりゃそうだろう、まだ入学して半年も経っていない。別のクラスの人間が入ってきたら、そこそこ気になるというものだ。

 しかも、なんだか偉そうにしているときた。気にならないわけがない。


「ししょ――じゃない、御手洗さん、なんでここに」

「昼休みは食事をとる時間なんだよ、知らなかったのかい?」

「や、そういう意味じゃなくて」

「ここの席の人は不在かな? 良ければ席を借りたいんだけどね」


 内貴の言葉に耳を貸さず、かすみはクラスメイトに気さくに話しかけて内貴の前の席の人が不在かどうかを確かめる。クラスメイトの女子がこくこくと頷くのを確認すると、かすみは堰を反転させ内貴の方に向かせると、優雅な動作で座り、足を組んだ。

 スカートから覗く生の太ももに、男のクラスメイトがちらちらと視線を送って来たのがわかる。内貴も見たくなる気持ちはよく分かったが、見ようものなら後で何をいわれるか分かったものじゃない。

 内貴がなにも言えずにいると、かすみは手に持っていたパンと紙パックの飲み物を机の上に置く。


「さて、快適な一人飯を邪魔して悪いとは私も思っているのだけど、少し話があってね」

「なにも教室に来なくてもいいのに……電話番号もメッセージアプリのIDもメールアドレスもあらかた俺から無理やり聞きだしたのに」

「長話になるから、電話にしろメッセにしろ、疲れるじゃないか。ただでさえその手のものは慣れないのに」

「……その気持ちがわかってしまう自分が悲しい」


 友達がほとんどいない様な人間にとってはそれらのツールは使い慣れないものなのだった。別に機械類が苦手なわけではない。かすみの言うとおり、それらの存在に『慣れない』のだ。


「とにもかくにも、さ。食べながら話そうじゃないか」


 そう言って、かすみ足を組むのを止めて椅子を寄せてきた。ついでに顔も寄せてきた。思わず内貴が椅子をひこうとすると、かすみは机の下で椅子の足に自分の足をひっかけて離れられないようにしてくる。


「な、なにするんだ」

「顔を離したら内緒話が出来ないだろう? ほら、頭を寄せるんだ。私の顔が可愛くて見られないなんていうお世辞を言いたくなる気持ちはわかるから、俯いていてもいいけれど、話はちゃんと聞いてくれよ?」


 にやにやしながら言うかすみに、内貴は押し黙りながら仕方なく顔を寄せた。ついでに、机の上に置いていたスマホを取って、ももに[またあとで連絡するよ]とだけメッセージを送って、ポケットに仕舞う。

 だが一足遅かった。パンにかじりつきながら、かすみが興味深そうにスマホに視線を送ってきていた。


「むぐ……ふむ。誰かと連絡していたのかい?」

「まぁ、ちょっと。……ももちゃんと」

「む、ももと? なんだ、せっかくライバルにあてがったのに、もう仲よくなってしまったのか」


 言ったら何か面倒なことを言われるかな、と思った内貴だったが、以外にもかすみの反応はさっぱりとしていた。というか、ももに興味がないのか。

 なんだか少しもものことが可愛そうになって、思わず口を開く。


「ももちゃんのこと、また弟子にしないのか? 御手洗さんは」

「最低限ダイベニストとして活動できるだけのことは教えたさ。いきなり突放したことは認めるけれど、私だって自分からスカウトしたのだから最低限の義理くらいは果たす」


 それ以上は知ったことじゃないさ、とパンをわりと小さな一口で食べながら、どうでもよさげにかすみは言った。それ以上内貴がなにを言っても取りあう気はないと態度からはっきり伝わって来たので、内貴は何も言わず自分の弁当の残りを食べ始めた。

 そんな内貴の態度をどう受け取ったのか知らないが、かすみは本当に急ぎの内緒話があるらしく、珍しくこそこそとした声音で話し始める。


「……最近、コモルの活動が活発になってきていてね」

「コモルっていうと……あの、お面の?」


 弁当を食べながら質問を返すと、うむ、と小さくかすみは頷いた。それから紙パックのジュースにストローを挿しながら、話を続ける。


「コモルの活動内容については以前説明したけれど、覚えているかな?」

「一応は――」


 内貴は、今まで何度か、修行の最中にこまごまと説明されてきた内容を思い出す。


 ――コモル。

 ダイベニストの敵対組織であり、主な活動場所は内貴たちの住む東京都中野区。ダイベニストたちに戦いを挑み、ダイベニストを辞めるようにと諭してくるのだという。

 その他、コモル独自のネットワークを用いて仲間内で近辺の空きトイレ情報を共有し、迅速に綺麗なトイレを使えるように計らったりと、色々しているらしい。

 とはいえ、基本的にはただのダイベニストの集団であることには変わりない。

 真っ白なお面を被って、負けるとダイベニストを辞めろとしつこく言ってくる以外は実害がなかったため、ダイベニストの間でも特に対処はされていないと聞いていた――のだが。


「最近、コモルの連中が集団でダイベニストを襲っているらしい」


 困ったことにね、と、大して困っていなさそうな顔でかすみは言う。というか、どこか他人事というか、どうでも良さそうな感じだった。


「……師匠、全然顔が困ってる風じゃないんだけど?」

「そうかい? それは失礼したよ。実際の所十把一絡げの、私が相手出来ないダイベニストがいくら倒されたところでどうでもいいんだけどね」

「うわー、素直ダナー」


 呆れを通り越して感心すら覚え、棒読みな声を思わず口から垂れ流してしまった内貴だったが、意外にもかすみはすぐに真剣な表情になる。


「とはいえ、コモルに好き勝手やられるのは業腹だ。軟弱なダイベニストが勝手に一般人に戻るのは結構なことだが、一応この周辺は私のテリトリーでもある。勝手をされるのは正直なところ気に入らない。――相手もダイベニストなのだから、なおさらだ。私は他のダイベニストに後れをとるというのがどうにも許せなくてね」


 にやりとした笑みを浮かべるかすみ。その笑みは好戦的で、同時に怒りに満ちていた。背筋に寒気の走るような、本能的な恐怖のようなものを感じて、内貴は思わず飲みこみかけていたおかずを喉にひっかけそうになる。

 あわてて手近に置いていたお茶を飲み下すと、かすみは笑みを引っ込めた。


「というわけだから、コモルを壊滅させようと思うのだよ。私と、キミでね?」

「……はい?」


 いきなり出てきた『壊滅』とかいう物騒な単語に、内貴の脳みその処理は追いつかない。

 しかしそんなことはお構いなしに、いつでも身勝手唯我独尊な内貴の師匠は話を進めていった。


「日付は、そうだな、今週の日曜日でいいか。休日ならコモルも活発に活動していることだろうし。場所は、私の家に集合だ。それから奴らを探し出して根絶やしにしていこうじゃないか。内貴のいい修行にもなる」

「え、あの、ちょっと? 師匠? 俺の話聞いて――」

「じゃ、私は食べ終わったからお先に。悪いね、クラスメイトに気まずい視線を浴びせさせてしまって。けど、キミではなく私が見られていただけだから気にすることはないよ。私のような人間は珍しいだろうから、そこは甘んじて受け入れる所存だよ。――それじゃあ」


 引き留めるも間もなく、かすみはベラベラと自分勝手に言葉を置いてその場を去った。

 残されたのは、何とも言えない雰囲気でひそひそ話するクラスメイトたちと、中途半端に食べかけた弁当と、半口開いて中途半端に腕を持ち上げた体勢で固まっている内貴。


「……大丈夫か? 花積」


 久しぶりに。

 ホンッと――――に久しぶりに、心配そうな様子でクラスメイトの男子が声をかけてくれる。

 しかしその気遣いに内貴は答える余裕もなく、『予想外だ』と肩を落として呟くことしかできなかったのだった……


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