一章 『堪えきれないstruggle!』 その5

【コモル所属のダイベニストと、四十の熟練ウォシュレット佐藤ぉ! 今のところ、やはり佐藤が優勢かぁっ? コモルの方も負けるな負けるな、若さが強さだ、勢いで押していけぇ!】


 声の主は、小柄な、おそらく少年と思われる背丈の人物だった。思われる、というのも、だぼだぼのズボンに明らかにサイズの合っていないパーカーという姿で、体つきから判別できなかったからだ。顔も長い前髪で鼻まで隠されていて、さらにパーカーまで被っているので口元しか見えない。

 だが、その口元が印象的だった。尖った歯を見せながら、熱い言葉を戦士たちに投げかける。

 まるで口だけの存在のような――きっと彼がトイレDJなのだろうと確信しながら、内貴は戦いの中心である戦士たちに目を向けた。

 片や、片目分だけ穴が開いている以外はまっ平な、白いお面を被った学生服の少年。

 片や、細身のサラリーマン(っぽいスーツ姿の男)。

 彼らは、戦っていた。

 なぐり合っているように見えたが、違う。彼らの拳は、蹴りは、相手の直前でぴたりと止まっている。それでも、彼らの拳は互いに相手にダメージを与えているようだった。寸止めの攻撃が『決まる』たび、二人の男は己の腹を抑えて呻く。

 一歩、内貴は戦場へ近づいた。もっと近くで見たい。感じてみたい。そう、心の求めるままに歩を進めたが、戦場に入ってしまう直前で、パーカーの少年に止められる。


【へぇい、ニューカマー! そこから先は戦場だぁ! 見学はここでストップ! 心の熱は感じるが、今は見ておくだけにしておきなぁ!】


 止められて、内貴は静かに頷いた。すると、尖った歯を見せつけるような笑みを一層深くしながら、パーカーは声を張り上げる。


【イイトコ見せろよ熟練の! 四十になって冴えわたる♪ お前の便威を見せてくれぇ! さーとう! さーとう! アラフォーの力見せてやれぇ!】

「っち……DJがひいきをっ」

「やれやれ。私はまだ三十八だと……あれほど言ったんですが、ねっ!」


 あからさまな『ひいき』に、舌打ちをする仮面の少年。一方応援された細身の男は、わずかに不満をこぼしながらも好戦的な笑みを浮かべた。


「では、見せましょうか、熟練の技を」

「なにを……っつぅ!?」


 大振りな一撃が、仮面の少年の腹部に向かって放たれる。だが、少年は後ろに大きく跳ねることでそれを交わした。しかし大きく動いたことで腹の――おそらく腹痛を覚えている腹の調子が悪くなったのだろう、脂汗を流しながら一瞬動きを止めた。

 その隙を、細身の男は見逃さない。


「僕の便威は弱いですが、」


 言いながら、男はスーツ越しに自らの腹に親指を突き立てた。


「高めることは……出来るんですよ」


 瞬間――内貴の全身が総毛立つ。

 男から漂う、圧倒的な気配。吹き荒れる風のような『それ』が内貴の体を通り過ぎた瞬間、全身を『衝撃』としか言いようのないものが走り抜け、そしてその衝撃は腹部へと繋がった。


「腹が――痛い……?」


 突如として込み上げてきた便意に驚きを隠せず、内貴は思わずつぶやいた。腹痛の原因が細身の男の行動であることは明らかであるように内貴には感じられた。

 だから、内貴は見開いた両目で、男を見た。

 その一挙一投足を、見逃さないように。

 その体から放たれる『何か』を、全て感じ取ろうとするように。


「さぁ――これで――お終いです!」


 強烈な気配をまとった男が、仮面の少年に掌底の構えで迫る。対する少年は動けない。腹痛のせいか、それとも、男の放つ圧倒的な気配に呑まれてか。


「っ――あ――ああ――」


 言葉も出せずに、仮面の少年は男の掌底……の、寸止めを受けた。

 しかし、寸止めとはいえ、そこにあった圧倒的気配は、完全に少年の体全体に当たっているように思えた。

 そして、脂汗をかきながら、少年は――膝を、ついた。


【勝負あ――――りッ! 勝者! ウォシュレットォ――さとぉお――ッ! おめでとうっ! 残ったトイレはお前のものだぁっ!】

「ええ……どうも。早速ですが入らせてもらいますよ。ツボ押しで便威増強は腹に悪い」

【いぇあ! 見事な便威だったぜア・ラ・フォー! 次も熟練の技を見せてくれぇっ。……さぁって、ルーザーのコモルボーイは急いでトイレに行くことをおすすめするぜ! ブロードウェイ内のトイレに現在空きはないが、近くのコンビニのイマイチーなトイレは空いてるから、今すぐGO!】


 パーカーの言葉に、のろのろと仮面の少年は去っていく。一方、男の方はさっさと空いていた個室にこもってしまっていた。

 そして、戦場はただのトイレに戻り。

 しかし、内貴は、抑えきれない熱を胸にくすぶらせて――その場に立ちすくんでいた。

 今のはなんだったのか。それを、まだ内貴の頭は正確に理解できていなかった。

 だが、それでも、理解出来たことはある。

 戦いの熱。トイレを求め、戦う人間の熱。それを、内貴は確かに感じた。

『ダイベニスト』たちの戦いに、魅せられていた。


【――へぇい、ニューカマー。いいカオしてるね、写メっとくぅ?】


 ふと声をかけられて顔をあげると、いつの間にか口だけパーカー人間が目の前に居た。思わず、『うわっ』とその場から内貴は飛びのく。


「えぇと……あなたは……? トイレDJ、ですか? もしかして」

【YES! ミーは『エコー』! トイレディージェェーイェエ――コォゥっ! ……ま、立ち話もなんだしサ! ちょっと別のトコに行こうぜ!】


 未だにダイベニストの戦いの熱が抜けない内貴はこくこくと頷くと、エコーに連れられて四階の男子トイレを出たのだった。

 去り際に、一度、細身のスーツの男が入った個室に、ちらりと視線をやってから。

 その場に残る戦いの熱の名残に、後ろ髪をひかれる思いを抱きながら。





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