エピローグ 『想定外のsecret』
あれから。
かすみは戦いを求めることを止めた。ダイベニストとしてはもちろん活動を続けるが、とりあえず解理便威を封印できるようになるまでは内貴以外のダイベニストとは戦わないようにすることを内貴と約束した。
ももや五ツ木にも、素直に謝りに行った。……五ツ木はかなり微妙な顔をしていたものの、内貴も口添えすると呆れながらもとりあえず許してくれたようだった。やはり、五ツ木は優しい先輩だった。
そんなこんなで、かすみに関わる諸問題は片付き、内貴も平穏な学生生活&ダイベニスト生活を送れるようになる――かと、思ったのだが。
かすみには、まだ、問題があることが発覚した。
しかも、ダイベニストとしての問題なんて比にならないような問題だ。
それは――
×××
「……っていうかホント、もう、なんで御手洗さんは高校一年で留年してんですか……」
ある日の放課後、高校の図書室。かすみの隣に座って勉強を教えていた内貴は、ついついここ数日で何度目かのボヤキを口にした。一方その原因であるかすみはといえば素知らぬ顔でクセっ毛の毛先を弄りながら教科書に向かっている。
「ま、コモルの体制を整えたり、弟子をどうにか発見しようとしたりと色々やっていたからね。成績が悪いのもそうだけど、出席日数も足りて無くて色々アウト、というわけさ」
「いやめっちゃ偉そうな態度してますけど自慢になりませんからね? ……ていうかまだ敬語なれないな……」
内貴は、かすみ相手に使い慣れない敬語に口をもごもごさせる。なんだか口がかゆい感じだった。そんな内貴を見て、かすみはくすくすと楽しそうに笑う。
「別に私は敬語じゃなくていいと言ったはずだけどね? 同学年なのだから」
「たとえ同学年でも年上でしょうが。年上には敬語を使うのは当然です」
「キミは相変わらず真面目だなぁ。融通が利かないとも言う」
「人に勉強教えてもらってる人間の態度ですかそれが……」
「もちろん感謝しているとも。教師にキミくらいしか話している相手が居ないと言った甲斐があったというものさ」
内貴が勉強を教えているのには理由があった。
なんでも、一学期の中間テストの結果がかすみは芳しくなかったらしく、このままでは期末テストも悲惨な結果になるだろうということを教師から直々に注意されたのだという。
その時に『誰か勉強を教えてくれるような友人はいないのか』と問われ、かすみは当然のように内貴の名前を出し、結果として内貴には教師から『御手洗かすみの勉強を見てやるように』というようなお達しが下ったというわけなのだった。
とはいえ、いいことがないわけでもない。教師からは期末テストでかすみが赤点をとらなかった場合には剣道部の活動再開を認めると言われているのだ。
そう言われては教えるのにも力が入るというもので、内貴は毎日放課後、図書室でかすみに勉強を教えていたのだった。
「俺自身も勉強になってるから、損なことはあまりないし、抜擢されたのは別にいいんですけどね」
「普通、勉強を教えるという役目を押し付けられたら嫌がるものだと思うけどね? 私は」
「好きではないけど……嫌がるほどでもないというか」
やらなければならないことだから、内貴は勉強全般は真面目に取り組んでいた。毎日予習復習するレベルではないが、宿題は欠かさないし、事前にやれと言われた部分は絶対にやるし、ノートを取れと言われたところはきっちりそのまま黒板を書き写し記憶している。おかげでそこそこ成績はよく、かすみの指導役に選ばれたのはその辺りも理由なのだろう。
しかしそんな内貴の勉強に対する姿勢が理解できないのか、かすみは困ったように、呆れたようにため息を吐く。
「私は勉強嫌いだからその考えは理解に苦しむよ」
「だから俺も勉強好きなわけじゃないですって……まぁ、終わったら帰り道買い食いでもして帰りましょう。気分転換に」
「それなら、ついでに本屋に寄ってもいいかな? この間ネットで以前読んでいた本の新刊がでるという情報があってね。買いに行きたい」
「いいですよ、付き合います。というか、御手洗さん、本好きなんですか?」
「そうだね、本は好きだよ。しばらく読んでいなかったから、これからまた少しずつ読むスピードを取り戻していかないと。目指すは月二十冊読破、さ」
「いやそんなに本読む時間あったら勉強してくださいよ」
「二十冊くらいなら、慣れればすぐさ。しばらくはダイベニストとしても活動しないし、暇な時間は有効利用しないとね」
「そういえば、普通の便威、使えるようになりそうなんですか?」
ふと、思いだして内貴が尋ねる。
かすみは今、普通の便威を使えるように特訓中だ、という話を内貴は聞いていた。なんでも、内貴の『極限まで腹痛が高まると解理便威に変質する』便威を見て、それを真似すれば解理便威をおさえつけ普通の便威を使えるのではないか、と思ったらしい。
そのため、練習のためのサンプルとしてたまに内貴とかすみは学校のトイレで手合せしていた。
「いや、まだかな。しばらく時間がかかりそうだよ。だから、また今度練習に付き合ってくれ。勉強も見てもらっている上に、ダイベニストとしての勉強まで手伝ってもらって申し訳ないとは思っているけれど、他に頼れる相手もいないからね」
「別に気にしなくていいですよ。俺も師匠からダイベニストとして色々教えてもらったわけですから」
「それについては、私はキミを利用していただけだからノーカウントにしてほしいところさ。だから、まぁ、そのうちと言うことにはなるかもしれないが――」
ふと、かすみがペンを手から離した。そして、ゆっくりと内貴の方を向いて、頬へと優しく手を伸ばす。
急に何を、と内貴がかすみの顔を見ると、かすみはどことなく色っぽい表情をしていた。見た瞬間、どきりと胸が高鳴るような、そんな表情。
思わず内貴が動きを止めていると、かすみは優しい声音でささやく。
「――いつか、キミにはお返しをするさ。いつかね」
「い、いつですか……それ?」
緊張しながらも、どうにか喉から声を搾りだす。すると、くすりと笑みをこぼしてかすみは手を離し、頬杖を突きながら微笑んだ。
優しく、大事なものを見つめるように、微笑んだ。
「いつかは、いつかさ」
「……なんですか、それ」
はぐらかすような答えにちょっと拍子抜けして、内貴は脱力する。
そんな内貴の事を笑いながら、かすみは勉強に戻り……ペンを握りなおしながら、内貴に聞こえないほど小さく呟く。
「……キミが私の気持ちに気づいたら、まとめて恩は変えさせてもらうさ。いつか……」
「……? 何か言いました?」
「なにも。さ、勉強を教えてくれよ、内貴。後半部分がさっぱりだ!」
「だからなんでそんな自信満々なんですか」
まったく、と苦笑を浮かべながら、内貴はかすみに勉強を教え始める。
もう、二人は師匠とか弟子とか関係なく。ただ、クラスメイトとして、友人として、肩を並べていた。
×××
御手洗かすみは感謝する。
あの日、あの時、腹を抱えてトイレに走っていた少年が、花積内貴だったことに。
内貴でなければ、きっと今のような穏やかな心持ではいられなかっただろうから。
きっと弟子にとった人間を倒した後も、戦いを求め、強くいるということに固執し続けていただろうから。
だから、かすみはあの日すれ違った時に感じた胸の高鳴りに似た――けど、少しだけ違う、少し強い心臓の鼓動を、内貴と居る時に感じながら、心の中だけで感謝する。
『強さ』を教えてくれて、ありがとうと。
何度でも、御手洗かすみは感謝するのだ――
END
ダイベニスト!! 七歌 @7ka
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