四章 『Believerは負けられない!』 その1

「おはようございます、内貴さん」


 五ツ木と戦う約束をした翌日。昨日と同じコンビニ前までやってきた内貴を、私服のももが出迎えてくれた。

 昨日は半袖だったが、今日はどんよりと曇っていて少々肌寒いからか、薄手の長袖と長めのスカートだった。少し落ち着いた雰囲気にツインテールというどこかアンバランスな格好だが、当然のように似あっていたし可愛かった。


「おはよう、ももちゃん。ごめんね、昨日急に連絡して」

「いえいえ、師匠からのお願いでもありますから」


 機嫌よさ気な様子で言うもも。今日、ももには戦いの付添人としてついてきてもらうことになっていた。昨日五ツ木と約束をした後の帰り道、かすみが『明日は一緒にいけないからももを連れていけ』と言って、内貴からももに連絡をさせたのだ。その際、一通りの事情については説明していた。

 電話口でかすみもちゃんと頼んだのもあって、ももは快く引き受けてくれた。頼られたのがよほどうれしかったのだろう。


「それにしても、なんで付添人が必要なんだろう。戦うのは俺だけなのに」

「それは多分、コモルの他の構成員が来た時に備えて……じゃないです? 取り囲まれたら、内貴さん一人だと逃げるのも大変だと思いますし。コモルに数人で取り囲まれたって話はたまに聞きますから、それを警戒していると思うのです」

「先輩はそういう卑怯なこと、するタイプには思えないんだけどなぁ」


 余計な心配だろうと思いつつ、とりあえず中野ブロードウェイに向かおうと、ももと肩を並べて歩きはじめる。日曜日だからか、昨日にも増して人通りは多い気がした。


「それにしても、内貴さんは運がいいですね。まさかコモルのリーダーと出くわすなんて」

「それが知り合いだったのは運が悪いような気がするけどね……」

「でも、おかげでコモルを解散させられる機会が得られたんだから、やっぱり運はいいんじゃないですか? コモルはダイベニストからしたら目の上のたんこぶみたいなものなのです。それをどうにかすれば、わりとたくさんのダイベニストが喜びますよ?」

「それはなんとなくわかるけど、でも……なんか引っかかるんだよなぁ」

「引っかかるって、何がですか?」


 眉を寄せて渋い顔をする内貴を見て、ももは不思議そうに首をかしげる。


「なんていうか……話がとんとん拍子に進みすぎというか……なんでリーダーであり先輩が昨日、本当に、たまたま一人でいたのかな、っていうのもあるし……」


 かすみが『コモルを壊滅させよう』と言った直後に、五ツ木と出くわし、今日の決闘に繋がった。あまりにも調子のいい話だと、内貴は感じていた。しかしももはそうは思わないのか、特に気にした様子もなく言う。


「だから、『運がいい』んじゃないですか?」

「……本当に運がいいだけなんだとしたら、それは俺の運じゃなくて、師匠の運だと思うな」


 内貴の望んだようなことはなに一つ起こっていない。コモルのリーダーが五ツ木だったのも、内貴が強くなるのにちょうどいい相手と決闘をすることになるのも、コモルを壊滅させるための準備が出来てしまったのも。

 じっと黙り込んで考え込む内貴を見て何を思ったのか、ももは明るい声を出しながら内貴の背中を撫でてきた。


「まぁまぁ、いいじゃないですか! とりあえず今は目の前の戦いに集中するっていうことで! 頑張ってコモルを倒しましょー!」


 おー! と拳を突き上げて見せるもも。だが、内貴はその言葉には同意しかねた。


「いや、別にコモルを潰そうとか先輩を倒そうとかいう意識はあんまりないんだ」


 もちろん勝負である以上『勝ちたい』とは思うものの、『コモルを潰そう』という意識は内貴にはほとんどなかった。


「コモルのやってること自体はそこまで悪いことじゃないと思うし、先輩の言い分も理解できたから。倒そうとは思ってない」

「なら、純粋に勝負をしに行くんですか? 挑まれたから」

「いや、そういうわけでもないんだけど」


 うーん、と、不思議そうな顔をしているももの疑問に答えるために内貴は少し考え込む。

 自分が今日、なぜ、五ツ木と戦いに行くのか。

 その理由は――


「……師匠と先輩って、似てると思うんだよな」

「師匠とコモルのリーダーが……似てる?」


 どういう意味ですか? と余計に混乱したように眉をハの字にするもも。困り顔も可愛いな、と思いつつ内貴はゆっくりと言葉を選んだ。


「雰囲気っていうより……なんだろう。ボタンを掛け違ってる感じというか、なにか勘違いしてるというか……とにかく、何か間違って、必死になって……やってる感じというか」


 言葉を選んでも、正しく伝えるのは難しかった。

 けれど、昨日、五ツ木の言葉を聞いた時に。その後、かすみのどこまでも戦いを求める姿勢に触れた時に。内貴は確かに二人が『似ている』と感じたのだ。

 そう感じたから、内貴は。


「……とにかく。先輩にもう一度会って、俺はもっと先輩がなにを考えているのか知りたい。そうすれば、師匠のこともわかる気がする」

「師匠のことがわかったら……どうするんです?」

「どうするってことはないけど……師匠がたまに怖い雰囲気醸し出してるから、その原因がわかるかと思って。それにほら、ももちゃんをあそこまで突放した理由も、わかるかもしれないし」

「別にもものことは気にしなくていいのに」


 少しだけ嬉しそうに微笑むもも。それから、ビルの間から見える曇り空の遠くに目を向けた。


「でも……そうですよね。師匠だって、わたしのことあんな風に扱って、突放したのは……理由、あるんですよね」

「多分とんでもなく自分勝手な理由だと思うけどな」

「ん、まぁ……それはなんとなくわかるのです。でも、わからないより、わかる方がいいと思います。ももは、師匠からもっといっぱい、教えて欲しいことがありますから。師匠と一緒に居るために、師匠から学ぶために、師匠自身のことをもっとしておいた方がいいと思うのです」


 だからわかったらわたしにも教えてくださいね――と、ももは微笑む。

 それに頷き返し、内貴は早足に到着した中野ブロードウェイの中へと踏み込んでいったのだった。


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