二章 『Enemyはどこにいる?』
二章 『Enemyはどこにいる?』 その1
「なんか、最近元気だよな、お前」
トイレ掃除が終わった後。いつものように遊びに来た五ツ木からもらったお菓子を食べつつ、二人して座り込んでだべっていた内貴だったが、ふと五ツ木がそんなことを言うので首を傾げた。
「元気……ですかね? 俺」
「大分。ため息の回数が減ったからな。クソほどわかりやすいぜ」
言われてみれば、たしかにここ数日ため息の回数は減ったような気がする。
「なんかいいことでもあったのか?」
機嫌よさ気に微笑む五ツ木に問われて、内貴は少し考えた。ここ数日の変化といえば、どう考えてもかすみに弟子入りしたことだろう。便威の使い方、詳しいルールなど、ダイベニストの師匠としてかすみは色々なことを教えてくれる。
かなり未知の世界に足を踏みこんだこともあり、ここ数日はなかなか刺激的な日々を過ごしていた。自宅での竹刀の素振りにも力が入るほどに。
「ありましたよ、色々。というか、現在進行形でいいことが続いてる感じで」
「部活出来ないからって不健全な遊びでもしてるわけじゃないよな?」
「不健全なことはしてませんよ」
苦笑を浮かべる内貴。トイレを巡って戦うことが健全かどうかと問われれば、イマイチ自信を持って『健全だ』とは言えないので少々自信が無いところであった……が、少なくとも不健全なことではないだろう。
「ま、なにやってるかは知らないけど、あんまりのめり込んで部活辞める、なんてことにならないようにな」
「毎日家で練習は続けてますから、そんなことしませんって。先輩と俺しかもう部員居ないのに、俺が抜けたら本当の意味で活動停止になるじゃないですか」
「どちらにせよ、来年部員が入らなかったらまずそうだけどなぁ。どうしたもんだか」
そう言って、五ツ木は手に持っていたアーモンドチョコの最後の一つを取り出して宙に投げた。それを口でキャッチすると、ばりぼりと音を立ててかみ砕く。
「ナイスキャッチ」
「お褒め頂きどーも。とりあえず、調子よさそうならよかったよ。じゃ、また明日な」
立ち上がり、つま先で二・三度床を突いてからトイレを去ろうとする五ツ木。ふと、内貴は思い出したことがあって五ツ木の背中へ問いかけた。
「そういえば、先輩。中野ブロードウェイってよく行きますよね」
「ん? そりゃな。近いし、色々遊べるし」
「中野ブロードウェイで、真っ白なお面つけた人って……みたことあります?」
先日、初めて見たダイベニスト同士の戦いの中見た、白いお面をつけた少年。
後でかすみに尋ねてみたところ『ダイベニストの戦いを止めようとしている勢力』らしく、チーム名は『コモル』。
一度見たきりでそれ以来見ていない内貴だったが、あの目立つお面姿なら、もしかしたらダイベニストじゃない人間でも見たことがあるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、うーん、と背中を向けたまま考え込んだ様子を見せた五ツ木は、やがて振り返り苦笑気味の笑みを向けてきた。
「悪い、さっぱり思い当たるフシがないな。第一、いくらコスプレしてる店員やらメイドやらが跋扈してる中野ブロードウェイっつっても、そんな真っ白いお面被ってるやつがいたらすぐに噂になるだろ」
「……それもそうですよね。すいません、噂で聞いたもんで」
「どうせどっかの暇人が流した噂だろ。あんま気にするなよ。じゃーな」
ひらひらと手を振りながら、今度こそ五ツ木はトイレを出ていく。
そしてそれから一分も経たないうちに、入れ替わりに一人の少女が男子トイレに入ってきた。
言わずもがな、かすみだ。
かすみは面倒くさそうに眉根を寄せながら、襟首にかかるくせ毛の先を弄りながら入ってくる。そしてちらちらとドアの方を気にしつつ、小さくため息を吐いた。
「まったく……面倒な奴が入り浸っているから困る。アレと付き合うのは止めてくれると私としては嬉しいんだけどね」
「師匠、先輩の事避けてるっぽいけど、知り合いなのか?」
ここ数日一緒に行動していてわかったことだが、かすみは何度か五ツ木の目から逃れるように行動することがあった。気になってはいたが、今日のように露骨に五ツ木が去ったタイミングで現れられては流石に気になる。
内貴の質問に、これまたかすみは面倒くさそうな顔をして答えた。
「腐れ縁……というには少々付き合いは短いか。どちらかと言えば因縁というべきかもしれないね。元をたどれば私がいろいろとやってしまったのが問題なのだけど」
いろいろやってしまった、と言いながらもかすみはさっぱり悪びれるような顔はしていなかった。一体何をしたのか、何をされたのか、気になると同時に五ツ木のことが可愛そうになってくる。
なんにせよ、かすみが『なにかした』というのならわりととんでもないことだろうから。
「悪いことしたと思っているなら謝るとかしないのか……?」
「こっちだって被害を被ったんだ、そこは『おあいこ』というやつさ。それに、顔は合わせたくもないが、付き合い自体はあるんだよ、これでもね」
「は? 顔は合わせないのに付き合いはあるって……どういうこと?」
さっぱり言葉の意味が分からず内貴が混乱していると、かすみは意味深に微笑む。
「ビジネスと私事は別、ということさ」
「……、師匠、先輩といかがわしいことでもしてるんじゃないだろうな?」
「ははは、その手の冗談は言われるだろうと思っていたけれど、実際言われるととても傷つくものだね? ――今すぐキミの腹に強烈な便威を一発ぶちかましてもやってもいいんだよ?」
笑顔だが目の奥は全然笑っていない様子で、かすみは右手を『ごきり』と慣らして構える。思わず内貴が一歩後ずさると、はぁ、とため息を吐いて肩の力を抜いた。少しだけ疲れたような様子のかすみは、内貴の目には珍しく映った。
「ま、私とアレの関係は自分でも説明するのが面倒になる程度には複雑ということさ。あまり首をつっこまないことをおすすめしておこう」
一体なにがあったんだ、と気になってしょうがない内貴だったが、今しがた目の前で見せられたかすみの迫力を思い出すとそれ以上尋ねる気にはならなかった。
しかし、どうしても一つだけ気になる疑問が頭をよぎり――それだけは、つい口に出してしまう。
「でも、そもそもなんで二年の先輩と一年の師匠が知り合いに……」
「首をつっこむなと言った直後にそんなことを聞くのかい、キミは」
「あはは……そうは言われても、気になって」
すっかり呆れた様子のかすみだったが、その一点だけには答える気があるらしく、ため息交じりに教えてくれる。
「彼とは学外で出会ったんだよ。だから学年は関係ないというわけさ。実際、出会った当時はお互い年齢を知らなかったしね」
「なるほど。それで一体どういう関係で」
「それ以上は秘密さ。さ、今日の修行を始めるぞ」
取りつく島もなし、というような様子でパン、と一つ手を打ち合わせるかすみに、しょうがなく内貴も引き下がった。あまり食い下がってさっきのような恐ろしい様子で睨まれてはたまらない。
「とはいっても、一通り教えることは教えてしまったから、あとは実地訓練をしろ、程度のことしか言えないのだけど。キミ、私と違ってわりと体が動くしね」
「師匠は体硬いよな。柔軟ができてないわけじゃないんだけど……こう……動きが」
内貴はかすみの実戦での動きを思い出して手を空中で彷徨わせる。かすみは全体的に動きが硬い。というか、いかにも運動慣れしていませんというような戦い方をするのだ。もっとも、その便威の強力さもあいまって内貴は一度も勝てていないのだが。
「これはもう体質だから諦めているさ。……それにしても、今後はどう鍛えていくべきか。キミの場合はあと、実践を通して便威の間合いというやつを学んできて欲しいところだが……ふぅむ……」
腕を組んで考え込むかすみ。内貴はしゃがみこんでかすみの考えがまとまるのを待っていたが、ふと、かすみの立っている背後、男子トイレの扉の方から小さくきしむような音がするのが聞こえた気がして顔を上げた。
「……んん?」
かすみの影になってよく見えないが、ドアの間、十センチほど開いた隙間から何かが『ぴょこん!』と動いた気がしてじっと目を凝らす。すると、やはり、ドアがゆっくりと開いて、かすみの背後にゆっくりと人影が忍び寄ろうとしていた。
ぴょこん、ぴょこん、と何かが揺れる。その動きをじーっと見つめていたら、内貴の怪訝な表情に気付いたらしいかすみが顔を上げた。
「内貴? なんだ、こっちをじっと見て――」
そしてかすみが顔を上げた、その瞬間。
「しっしょお――っ!」
小柄な人影が、勢いよくかすみの背中に飛び付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます