一章 『堪えきれないstruggle!』 その9

 DJエコーと邂逅した、翌日。

 内貴は、一晩じっくり考えた『答え』を早くかすみに伝えたくて、朝早く家を出た。

 教室に鞄を置くと、かすみの教室に向かおうと思ったが、良く考えたらかすみのクラスを知らないことに気が付く。なら校門で待ってみるかとも思ったが……気づけば、内貴の足は特別教室棟の、内貴が清掃担当のトイレに向かっていた。

 人気のない校内を、ゆっくりと歩いていく。不思議なもので、さっきまで便意など微塵も感じていなかった腹部が、トイレに近づくにつれてじわじわとむずがゆさに似た便意を訴えかけるのを感じた。

 予感というにはあまりにも確信的な感覚を信じて、内貴はトイレに向かった。

 トイレの扉には、『清掃中』の札がかけてあった。こんな時間に清掃中のわけがない。

 そもそも、ここのトイレは内貴が清掃担当だ。


「わかってたんだな」


 口元が緩む。なにもかも見透かされているような気がしたが、それがむしろ心地いい。

 見透かしてくれて結構だ。

 ダイベニストの世界を見せてくれるなら。

 そんな思いとともに、内貴は扉を開けた。

 窓際に立っていたクセっ毛の少女は、指先にクセ毛を巻きつけながら、押し寄せる波のような『便威』を惜しみなく放ちながら、内貴に振り返る。


「やぁ。弟子になりにきたんだろう?」

「そうだよ。俺を弟子にしてくれ、師匠」


 契約は簡潔に。余計な言葉は不要。御手洗かすみは花積内貴の心をきっと全て見透かして、その上で昨日、引き留めずに家に帰した。

 恐ろしい女の子だ、と思う。

 だがそのことを、今は少し、頼もしく思う。

 昨日、かすみが口にした言葉は、内貴の背中を押してくれた言葉は、とても強い熱に満ちていたから。

 かすみはきっと、ダイベニストというものに、真正面から真面目に向き合っていると感じたから。

 だから内貴は、不安を信頼に変えた。おかしな少女ではあるけれど、ダイベニストの師匠としてなら、きっと信頼できると。


「いいだろう。では、これより私のことは『師匠』と呼ぶがいい。――そして、早速だが修行だよ、内貴」


 ゆるりと、かすみは腰を沈め、戦闘態勢をとる。少し距離があるのに、全身に打ち付ける強力な便威に、自然と内貴も身構えた。


「まずは便威を体で覚えてもらおう。私の便威を受け、感覚を掴み、そして自らも便威を放てるようになれ」

「……もうちょっとアドバイスとかないの?」

「口で言って理解できるものじゃないのさ、便威というものは。さぁ……いくぞ、内貴! 師匠から弟子に、最初の指導をしてやろう!」


 問答無用で襲い掛かってくるかすみに対して、内貴は僅かに苦笑を浮かべながらその便威を受ける準備をした。

 弟子入り直後に襲い掛かってくるとか滅茶苦茶だ、なんて思いつつも。

 内貴の口元は、自然と笑みの形になっていて。


「……エコーさんと師匠が良く笑うわけだ」


 納得したように呟きながら、内貴は初めての修行へと身を投じたのだった。





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