一章 『堪えきれないstruggle!』

一章 『堪えきれないstruggle!』 その1

「花積……僕はお前が真面目な生徒であることをわかってる。まずそこだけは理解してほしい。お前の良いところはわかっている、だが言わなければならないのだってことを、だ」


 目の前に座る教師の言葉に、立っている内貴はゆっくりと頷いた。

 時刻は八時――様達高校二階に存在する職員室。朝の準備で教師たちが忙しなく動き回る中、内貴の担任教師の三十中盤の男は眉間を揉みながら、内貴にゆっくりと言葉を染み込ませるように語りかけてきた。


「いいか。お前が剣道部でも真面目にやっていたのは知ってる。この間の事件だって、お前は不良に絡まれて、『勝負してみろよ』と言われたから馬鹿正直に勝負を受けてその結果として不良が骨折しただけだってのも事実だと僕は信じてる」


 担任からの信頼感あふれる言葉に、内貴は安堵のため息を吐いた。内貴の担任は誠実な人柄であり、生徒からのみならず他教師からの信頼も厚い。理想の教師像を体現したようだと褒められるその教師に『信じている』と言われるのはとても安心感があった。


「ありがとうございます。その、一応言っておくと、俺も喧嘩をふっかけてきた他校の生徒には十回以上確認したんですよ? すごく痛いですよ、って。竹刀でたたくと」

「聞いたよ。多分本当にそう尋ねたんだろうなぁとも思ってるよ。それで相手が怒ると思わなかったのかね、お前は」


 しかし今、その担任教師の表情はなかなかに厳しい。だが少なくとも、『間違ったこと』はしていないと考える内貴は質問に全て、真面目に、答えていく。


「引き下がってくれる様子でもなかったので……しかし、もしかしたら『叩かれたら痛い』と訴えれば引いてくれるかも、と思ったんですが。それも願い叶わずといった感じだったんです」

「傍から見たら挑発以外のなんでもないんだよなぁ……っと、いかん、話がそれた。とにかく、この間の事件で剣道部は活動停止になってるんだ。わかってるだろう? なのになぜ、お前は朝方体育館で素振りなんてしていたんだ。しかも割と堂々と」


 話が本題に戻り、教師は内貴に呆れたような視線を向ける。だが、内貴には隠すべきことなどなにもない。なので堂々と疑問をぶつけ返した。


「他の部活の朝練の邪魔にならないように隅を選んだのですが、ダメでしたか?」

「いや場所の問題じゃなくてだな」

「……胴着ではなくジャージでしていたんですが?」

「格好の問題でもないんだよなぁ。違うんだよなぁ。もっと根本的に『なんで練習していたか』を聞きたいんだよなぁ」

「理由……」


 理由と言われても、内貴には明白な理由が一つあるだけだった。

 なので、正直にそれを答える。


「一日サボると取り戻すのに三日かかるとはプロの言葉……だったような気がするんですが」

「ん? おう、なんだ急に」

「俺はその……別に大会で勝ちたいわけでもないですし、そもそも衰える腕もないわけでさぼってもいいと思ったりもしたんです」

「まぁ、普通だな。高校の部活なんてそんなもんだろう。僕だってそうだった」

「ただ、活動停止中とはいえ、剣道部員である以上、可能ならば練習を続けなければいけないんじゃないか――となんとなく思ってしまって。それで、個人的に練習をしていた次第です。……個人練習なら、別に問題ないですよね? 鍵が開いている時の体育館は誰が使ってもいいはずですし……」


 だんだん眉間のしわが深くなっていく教師に対して内貴が恐る恐るそんなことを言うと――教師は、深々とため息をついた。

 それはとてつもなく大きなため息だった。呆れここに極まれりといった感じで、ため息と一緒にやる気とか、出ていってはいけないものも出て行っているように内貴には感じられた。


「花積、お前真面目だな」

「は、はぁ。そうでしょうか。ありがとうございます」


 この状況で突然褒められても嫌な予感しかしなかったが、なんとなく褒めてくれたことに対して礼を言う内貴。そんな内貴を見て教師は脱力した様子で、言い渡す。


「うん、真面目なのはいいことだよ。けどな――お前しばらく学校で竹刀握るの禁止」

「なんでですか!?」

「だってお前、融通利かないんだもん」

「『だもん』て」


 呆れが過ぎたのかつい言葉遣いが子供っぽくなってしまった教師は、ごほん、と一つ恥ずかしそうに咳払いして空気を切り替えると、言葉を付け加えた。


「わかりやすくルールにしとかないと、またなんかやらかすだろ? だから、お前はしばらく校内で竹刀握るの禁止。持ってくるのもダメな。不良に追っかけられたら素直に逃げるように、余計なことは言わずに一目散に。……ま、今時白昼堂々絡む様な馬鹿も滅多に居ないとは思うんだが」

「けど……その……練習は」

「自宅でする分には構わないよ。というか、このへんはそこそこ公園多いんだから、家から手近な公園に自転車で走っていって練習すればいいだろう」

「いやぁ……それはちょっと……恥ずかしいじゃないですか。外で一人で竹刀振ってるとか」


 目線を反らして頬を掻く。『変なところでシャイなやつめ』とあきれる教師だったが、これ以上話しても無駄と思ったのか最後にぱんと一つ手を打ってまとめに入った。


「とにかく! 今後校内で竹刀を持つのは禁止。破ったら特別補習を課すことを決定する。以上! ほら、教室戻った戻った」


 そんなぁ、と肩を落としながらも、内貴は戻れと言われたので仕方なく職員室を出た。最大限の反論はしたのだ、仕方ないと、ため息交じりに現実を受け入れる。

 そして所属する一年一組のクラスのドアを開けると――瞬間、クラスメイトたちの視線が刺さった。

 拒絶されるというほどではないにしろ。内貴のことを受け入れていない空気。入学して一か月。それまで上手くやっていたとは言わないが、先日の剣道部を活動停止にさせてしまった内貴の行動は完全にクラスメイトたちを脅えさせてしまっていた。

 噂はオビレがつくものだが、今回はそもそも内貴の行動について真相を知っている人間がクラスには居ない上、かなりデカい尾ひれがついているらしく、今や内貴は現代の人斬り侍扱いとなっていた。一体どんな尾ひれがついているのか、むしろ内貴の方が興味津々になるくらいだ。

 思わずため息を吐きそうになるが、そんなことをすればクラスメイトたちには余計に怖がられてしまうと、ぐっと吐きそうになった息を飲みこんだ。

 ……息が、苦しい。

 自分の席に座った内貴は、口からなにも漏れ出さないようにと、たとえ漏れても見られないようにと、授業が始まるまでの間机に突っ伏していたのだった。








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