三章 『消せない傷をdon't miss it』 その4


 ももとの会議の翌日。

 内貴はかなり早めに登校していた。誰も居ない教室に入ると、鞄をおいて自分の席に座る。内貴の席は、扉側から二番目の列、後ろから二番目。微妙な位置取りではあるが、概ねクラス全体を見渡せるような位置になる。


 その位置はちょうどいい、とももは言っていた。

 なににちょうどいいのか? 決まっている。

 コミュニケーション能力を強化するのに、である。


「……けど、早く来過ぎたか……?」


 流石に誰も居ない教室で一人待っているのは、なんというか居心地の悪いものがある。いっそのこと清掃を割り当てられているトイレに行って待っていようかと思ったが、ももの教えを思い出してぐっと我慢した。


『とにかく、挨拶をすること。なるべく元気にあいさつすれば悪く思う人はあまりいないはず』

『会話が出来そうなら、聞くだけでもいいから会話に参加すること。たまに相槌を打てばなおよし』

『とにかく会話に参加することで「話し方」がわかるはず』


 ……それら三つのことを踏まえて、内貴は今日、クラスメイトに挨拶するために早く来ていた。人が多くなってくると挨拶をしにくいだろうから、まずは人が少ない状態から始めた方がいいと言われて、早く登校してきたのである。

 早く誰かこないか――と思っていると、不意に教室の扉が開かれた。


 クラス委員の女子生徒だ。内貴の事を見つけると、驚いたような表情を一瞬したものの、そそくさと自分の席へと向かう。

 挨拶をするなら今しかない。下手に時間が経ってからの挨拶はクラスメイトとはいえただの不審者である。

 内貴は拳を握った。立ち上がってから挨拶するのは不自然だ。力みすぎて今すぐにでも立ち上がりたいところだったがぐっとこらえた。

 そして、クラス委員の女子生徒の方に真顔を向けて。


「お……おは、よう?」


 なぜか疑問形であいさつをする。

 すると、優しいと評判の学級委員長の顔が凍りついた。

 そして、驚いているようにも脅えているようにも見える顔で、


「……花積くん、話せたんだ」


 なんてことを言った。流石にそれには内貴も数秒半口を開けてしまい、それから力なく笑みをこぼした。


「まぁ、うん、口ついてるしね?」

「ふふ、そうだよね。でも今まで誰とも話してなかったから」

「どう話しかけたものかと思って」

「ああ……剣道部の噂のこと? 案外信じてる人居ないから、大丈夫じゃない? 女子はちょっと……悪い噂、わざと流してるようなところあるけど」

「……女の子怖いなぁ」


 本気の気持ちを込めて呟くと、クラス委員の女子も苦笑気味だった。


「私は、先生からその辺気を遣ってって言われてるし……一応、男子に花積くんが悪くないっていうのは伝えたりしてるんだけど」

「え? そんなことしてくれてたのか」

「まぁね。だから、話しかけるならそんなに気負わなくてもいいと思うわよ」


 そう言い残して、なにか用事があるらしいクラス委員の女子生徒は教室を出て行った。

 その背に向かってありがとう、と声をかけると、女子生徒は『頑張ってね』と言って笑みを浮かべた。惚れるかと思った。


「……よし、頑張って挨拶してみるか」


 女子は怖いけど、と思いながらも。

 内貴は次に教室に入ってきた生徒にも、わりと元気にあいさつをしていった――

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