三章 『消せない傷をdon't miss it』 その3

「いいなぁ……師匠と遊びにいくのいいなぁ……」


 ももに連絡をとった翌日の放課後、中野区駅前近くにある喫茶店。

 コモルを壊滅させるため一緒に出掛けることになったということを聞いたももの一言目はそれだった。本気で羨ましそうに、上半身を左右に揺らし、ツインテールも左右に揺らし、叶わぬ夢を見るような目をしていた。


「ちなみにこれ、デートって言えると思う?」

「? 内貴さんは師匠とデートとかしたいんです?」

「いや全然」


 あれとデートしたいと思えるやつは頭がおかしいとすら内貴は思っている。

 かすみは可愛くはあるが、他のマイナスがデカすぎて女の子と意識することが少なすぎる。男友達と言った方がまだ感覚的には近かった。


「それならデートじゃないんじゃないですか? 師匠もそうは思ってないと思います。男の子と遊びに行くって言ったって、そう思ってなきゃデートじゃないですよ!」


 なるほど、と内貴は真面目な表情で頷き返した。


「意識の問題か。ももちゃん相手なら迷わず『デートだな!』って思えるもんな」

「い、いきなりそういうこと言わないでください。友達になに言ってるんです、もう! ……ていうかそれじゃ、今この状況も……」


 ぶつぶつとなにか呟くももに、今度は内貴が首を傾げた。しかし、ももは恥ずかしそうに頬を赤くすると『なんでもないです!』と言って話を打ち切る。


「ていうか内貴さん、前から感じてましたけど、やっぱり年下好きなんですか?」

「いや、そういうことはないと思うんだけど」


 しいていうならももが可愛すぎるのだ――と思ったが言うのは止めておいた。むしろももが同年代だったら、内貴は話しかけることすらできなかったであろう自信がある。

 そういう点においては。


「……まぁ、ももちゃんが年下で助かってはいるのかも……」

「身の危険を感じるので帰ってもいいです?」

「ちょ、ちょっと待って。そういう意味じゃない、そういう意味じゃないから! ももちゃんが同年代だったら可愛いし、絶対に話しかけられないなっていうかね!?」


 仕方ないのではっきりと言葉の理由を言うと、ももは小さくため息を吐いた後、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤くしながら、ジトっとした目を向けてくる。


「一応言っておきますけど、ももだって日々、育ってるんですよ? いつかは今の内貴さんと同じ年代になるんですからね?」

「う、うん? それはわかってるけど?」


 なんでそんなことを言うのか、と内貴が質問の意味が分からずにいると、ももは呆れたようにため息を吐いた。今度のは大きかった。


「だーかーらー。ももがもう少し大きくなっても、ちゃんと緊張しないで話しかけてください、って話です!」


 ぷくぅ、と可愛らしく頬を膨らませるもも。それをみながら、ようやく内貴はももの言いたいことに合点がいって頷いた。


「ああ……そういうことか」


 なるほど確かに、ももが高校生になったらますます美少女っぷりに磨きがかかるのは想像に難くない。むしろ妥当な成長であると言えるだろう。

 その時内貴が意識して、ガチガチに緊張して、今みたいに気軽に会話できなくなるんじゃないのか、ということをももは言っているのだ。しかし、それに関しては内貴は多分大丈夫だろう、と思っていた。


「そこは大丈夫だと思ってる。今の内からももちゃんの美少女っぷりに徐々になれておけば」

「ならいいです」


 満足そうにももが微笑みを浮かべると同時、店員が注文していた飲み物を運んできてくれた。内貴もももも、両方ともミルクセーキを頼んでいた。

 ももは早速ミルクセーキを一口飲むと、ぱぁっと花の咲いたような笑みを浮かべる。


「ん~……♪ おいしいです、ここのミルクセーキ」

「気に入ったようならよかったよ。それで……話は戻るんだけど」

「師匠と出かける時に変にボロを出さないようにする……って話でしたっけ。でも、今更なんですけど、なんでももに相談なんですか?」


 それこそ同年代の人に相談する方がいいと思うんですけど、と無邪気な疑問を抱いて首をかしげるももから、内貴はちょっとだけ視線を反らす。


「……その。友達が学校に一人も居なくて」

「え……いや、居ますよね? 一人くらい。ほら、先輩とか。前に剣道部だって聞きましたけど」

「先輩でよくしてくれてる人は一人いるんだけど……どうも最近忙しいみたいで、話す時間もとれないんだよな」


 最近、五ツ木はトイレにも来て居なかった。わざわざメールやらメッセージアプリやらでやりとりしてまで相談するのは、少しばかり恥ずかしいし、五ツ木にとっても迷惑だろうと内貴は思っていた。

 そんなことを考えていると、ももはなんだか可愛そうな人を見るような目で内貴を見た。


「わたしも同じ学年に友達居ませんけど……先輩にはわりと可愛がってもらってますし……内貴さんはそれ以上だったんですね」

「憐みの目で見ないでくれ……心が痛むから。ちょっと前は知り合いの先輩ももうちょっと居たんだよ、これでも……」


 部活動が停止になってほとんどの部員がやめてしまったので、ほぼ一斉に絶縁状態になってしまったのだ。原因が内貴にあるので、絶縁状態は仕方ないとも言える。

 肩を落として俯いていると、なにを思ったのかももが優しく内貴の頭を撫でてくる。ちょっと気恥ずかしいものはあったが、温かな手の感触に少しだけ内貴は心が軽くなった気がした。


「まぁまぁ、いいじゃないですか、ももと友達なんですから。可愛い女子中学生ですよ! 同級生の女子より価値ありますよ!」

「別に中学生だからって価値が上がるわけでもないと思うけど……うん、まぁ、ももちゃんと友達なのは嬉しいことだとは思ってるよ」

「ですです! だから落ち込まないでください、内貴さん。……というか、師匠と出かけて緊張しちゃわないか心配なら、まずは友達を作るところから初めてみたらどうです?」

「と、言うと?」

「内貴さんが心配してるのは、師匠とでかけてテンパっちゃわないかって話なんですよね? コミュニケーション能力が低いから」

「は、ハッキリ言われると傷つくな……」


 その通りなんだけども、と内貴は自分の胸を抑えながら苦笑を浮かべる。そんな内貴に優しく微笑みかけながら、ももは言う。


「なら、これから一緒にお出かけするまでの間、友達を作ってなるべくコミュニケーション能力を鍛えるのが一番です!」

「なるほど……確かに人と接する回数が増えれば、師匠相手なら特に意識しなくて済む……かも?」

「はい! あと、それでも心配なら当日はももが一緒に着いていくのです」

「え、ももちゃんがついてくるなら友達作る必要はない気が……」


 内貴の消極的な発言に、ももは呆れたように小さくため息をつく。


「なんでそう消極的なんですか……ももは部活もあるので行けるかはまだ確定じゃないですし、そうじゃなくても友達が増えるのはいいなんですから! やりますよ、内貴さん! 師匠とのデートまでに、わたしが内貴さんにコミュ能を授けるのです!」


 ツインテールを振り乱し、立ち上がって『おー』拳を振り上げるもも。内貴も流石に立ち上がりはしなかったが、軽く握り拳を作って賛同したのだった。


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