1-14『生徒会リラクゼーション4』

 案の定、というべきか。教室に戻ると、クラス中の視線とは言わないまでも、クラスメイトの大半の意識が僕に突き刺さった。だがそれも一瞬のことで、深く追及してくるような生徒は今のところいない。

 意味がないことを知りながら、だから僕も何も気づいていないという体で自分の席に戻った。


「……どう考えるべきなんだろうなあ」


 机に突っ伏すように顔を伏せてから、誰にも聞こえない声量で僕は呟いた。だが、自分で言っておきながら、その言葉がいったいはわからなかった。順当に考えるなら、小金井先輩の相談について――だろうか。

 約束もしてしまったことだし、考えてみるのは吝かじゃないけれど。

 ――実際のところ、どうなのだろう。

 小金井先輩の話を思い返す。週明けから仲が険悪になったというのなら、やはり週末、学校が休みの間に何かあったと考えるのが最も妥当だろう。たとえば休日にふたりでどこかに出かけていて、そこで何かが起こったとか。

 だが、そんなものを推測だけで特定することができるのか……? 

 どうにもできそうにない。少なくとも、座って考えているだけで答えがわかりそうな問いではなかった。

 だとすると、やっぱり僕は役に立てそうもない。

 毎回、そうそう上手いこといくとは限らないわけだ。当たり前の話だが。

 推論を構築するに足る情報が必ず出揃うわけではないし、よしんばあったところで僕が至るとも限らない。そのほうが、可能性としてはむしろ高かった。


「……あ、そうだ」


 そこでふと思い出す。

 そういえば、その先輩ふたりは新聞部所属であるらしい。このクラスには波崎を初めとして、新聞部員が幾人かいる。

 彼らから、少し話を聞いてみるのはどうだろう。

 どうせ乗りかかった船なのだ。毒を喰らわば皿までとも言うし、この際だ。当たってみてもいいかもしれない。

 ……と思い立ったはいいものの、いざ探してみると波崎の姿が教室にはなかった。間の悪いことにほかの新聞部員の姿も見えず、昼休み中に話を聞くことはできそうもない。

 結局、僕が波崎を掴まえるには、五限後の休み時間を待つ必要があった。


 授業後、僕は席を立とうとする波崎を呼び止める。

「――波崎。ちょっと」

「あん?」

 僕は目配せで話があると伝える。そういう部分では無駄に察しがいいのが波崎だ。

「オーケイ。外で聞こう」

 小さく頷くと、むしろ率先して僕を廊下へと導いてくる。

 まあ、話が早い分には都合がいい。適当に歩きつつ、僕は話を切り出した。

「先週末は、部活あったのか?」

「……あん? いきなりなんだそりゃ」

「まあちょっとね」

 肩を竦めて僕は適当に誤魔化す。

 話す気がないとわかったからだろう、波崎は眉間に皺は寄せたものの、

「……まあ、普通にあったぜ」

 答えてくれた。運動部でもないのにご苦労なことだ、と思ったが話の腰が折れるので言わないでおく。

 元より新聞部が持つあまりにも強烈な情熱は、校内でも有名なものではあった。その熱心さは、あまり部活動に力を入れていないこの学校では珍しい。

 僕は問いを重ねる。

「……何か、変わったことはなかったか?」

「変わったことだと?」

「……あー。たとえば、誰かと誰かが喧嘩してた、とか」

 あ、駄目だ、何言ってんだ僕。露骨うぎるだろ、どう考えても。探りの入れ方が下手すぎる。

 案の定、怪訝な表情になる波崎。

 僕は元々、こういった腹芸的なことは不得手なのだ。そういう分野は一色か、いっそ朝霧を呼んできた方がいい。


 ……あれ。

 というか、そもそも隠す必要あんのかな、これ?


「どういう意味だ」

 波崎の口調は、柔らかいとは言えない。完全に警戒させてしまったらしい。

 さて。

「……」

 話して大丈夫だろうか。

 なにせ波崎だ。

 なにせ波崎である。

 思わず二度思ってしまったが、《情報》という概念を商売道具だと思っている男、それを波崎と言うのだ。なんなら三度目に突入したっていい。

 しばし葛藤していると、

「――そういえば」

 波崎が、にわかに口を開く。


「吉川先輩と芹沢先輩の様子が、少しおかしかったかな」

 ビンゴ――いや、ストライクというべきか。

 言葉に、僕は反射で頭を上げた。

 絶好球だ。波崎の口から出たふたつの名前は、見逃していいものではない。

 逸る気持ちを抑えつつ、僕は訊く。

「少しおかしかった、ってのは……?」

「いや……、この前の日曜は活動するってより、夏以降の予定を決めるために集まったんだけどな――」訥々と波崎は言う。「どうにも静かだったっていうか、途中からあんまり話に入ってこなくなったっていうか」

「……元気がなかったってこと?」

「そういうのとも違った感じだけどな」

 静かに首を振る波崎。

 どうして普通に話してくれる気になったのか、わからないけれど、ありがたいことは確かだった。

「なんていうかな……ふたりとも割と明るいタイプの先輩だからな。こういう話し合いとかには普段、積極的に入ってくるタイプなんだよ。あれは、確かに普段とは違う様子だったな」

 思い出すように言葉を選ぶ波崎。僕は問いを重ねた。

「日曜は違ったんだ?」

「あくまで普段に比べれば、って話だけどな。途中までは普通に話してたし、まあ、今にして思えば、ってヤツだ」

「……ふぅん」

 どういう意味だろう。

 波崎の話し振りからすれば、部活の最中に何か事件があった、というわけではないように思える。だがその割に、話し合いの途中から、少なくとも波崎が気づく程度には気分に落差ができていたとも言う。

 果たしてそれが喧嘩の原因なのか。確証はないが、無関係とも思えない。

 しかしどうにも腑に落ちない感じだ。クラス中を巻き込むほど険悪な状態であるならば、普通に考えて、それなりのきっかけがあったと考えるべきだろう。

「部活は何時までやってた?」

「あー……七時前には終わったかな」

 微妙だ。その後どこかで会って仲違いしたという可能性が……まあ、ないとは言えまい。

「ま、これからどんどん忙しくなってくるからな。七時に帰れるだけマシだぜ」

 愚痴るように波崎は零す。だがその口調にどこか楽しげな色が交ざっているのは、決して僕の勘違いではないだろう。

 結局あまり大した情報は得られなかったかな、と思いつつも、僕は波崎の雑談につき合うことにする。礼代わり、とは言わないけれど。

「大変だな、部活民は」

「言うてもまあ、文化祭までの辛抱だけどな」

「文化祭か……割と盛大になるらしいな」

「ああ、ちょっとしたものだぜ。俺は去年、見学に来たから知ってるが」さすがは事情通らしく波崎が言う。「ましてや四倉くぬぎ御閣下の麾下、これまでの文化祭を文字通り過去のものにするという、我が校史上最大の祭が企画されているとなりゃあ、上げてかんわけにはいかんだろう」

「へえ……」

 あの先輩、そんなこと考えてたのか。

 さすがに言うことが違う。そんな世紀の生徒会役員に、僕のような半端者を誘うという暴挙も含めて。


「なあ佐太郎、お前、さっき四倉大将に連れて行かれてたよな」

 と、思い出したように波崎。無論忘れていたわけもなく、訊ねるタイミングを見計らっていたに過ぎないだろうが。

 この男のことだ。それを聞き出すために僕との会話に応じたのだろう。どんな些細なことであれ、情報をタダで贈るような真似を波崎はしない。

 僕は盛大に顔を顰めつつ、

「思い出させるなよ……」

「まあそう言うな。あの女傑に取り入ったその手管、少しくらいインタビューさせてくれよ」

「馬鹿言え」

 にやつく波崎を、若干本気で蹴っ飛ばす。波崎は「いてて」と呻きつつもへこたれず、ニヤニヤとした笑みを保っていた。

 思わず視線を細めると、波崎は肩を竦めて話題を変える。

「文化祭かあ……どうなることやらな」

 どうだろう。僕は首肯して答えた。

「まあ、楽しみではあるね」

「ウチのクラスは、何かやるつもりがあるのかね?」

「さあ? どうだろう……聞いてないけど」

「ま、どっちにしろ俺は部活の仕事が忙しすぎて、クラスの出し物は手伝えねえんだが」

「おいおい……」

「新聞はいつだってそうらしいぜ。この学校の中じゃ、目立って活動が大きい部活だろ?」波崎は言う。「毎年、生徒会とも連携して広報を買って出たりしてるのさ。生徒にいちばん影響力のある媒体だからな」

「……そういうものなのか」

「お前、さてはあんまり学校新聞を読んでねえな?」嘆かわしいぜ、と波崎は大袈裟に溜息をつく。「あの会長殿は、結構いろんなところに繋がりを作ってるんだぜ? 人材の発掘に積極的っつーのかな……やり手だよ。若槻、お前も誇っていいんじゃないか?」

「あんまり嬉しくないんだけど……目をかけられてるというより、目をつけられてる印象だよ」

「そら、会長に人間を敵に回す発言だな? いや実際、目立つ分だけ敵も多いみたいだぜ……あまり大声じゃ言えんが」

「ああ……それはわかる気がするけど」

 とまで頷いたところで。


 ――


 と、何か引っかかるものがあった。


 ――あれ。もしかして、なのか?

 ――


 それは単なる直感――いや、どころか妄想に近い思いつきだった。荒唐無稽で根拠はなく、それ以前に論理的ですらない。

 これは推測ではなく想像だ。

 だが。もしもこの想像が当たっているのなら。

 だとしたら。


 ――だとしたら、なんて無意味な……!


「どうした、おい?」

 突然黙り込んだ僕に、怪訝そうな様子で波崎が声をかけてくる。僕はその方向へと向き直らず、浮かんだ仮説を心中で噛み砕く。

 それから。

 思いついたことを口にした。


「なあ、波崎。ちょっと頼みがあるんだけど――」



     ※



 僕は、自分で言うのもなんだが懐疑的な性格だ。

 以前は違った気もするけれど、少なくとも今はそう。都合のいい偶然や、降って湧いた幸運をまず疑ってかかってしまう。これはもう癖というか生き様みたいなもので、変えようと思っても変えられない。


 放課後になった。

 六限の授業が終わってしばらく、僕は自分の席に腰掛けたままでいた。


 ――考えるのは、これからのことだ。

 あるいは誰かのこと。

 くぬぎ先輩のこと。小金井先輩のこと。可愛先輩のこと。

 朝霧のこと。一色のこと。深夜のこと。

 自分のこと。

 あるいは、ヨミのこと。


「…………」


 僕はいったいどうするべきなのか。何が本当の正解なのか。正しいってなんだ。間違いとはどれだ。わからない。

 わからない。


「――わからねえよ、そんなもん」


 いつだって。今だって。

 僕には何も――わからない。

 だとしても、進むしかないということだけはわかっていて。

 賽は投げられた、ということなのだ。それも、他人が投げたのならばともかく、この賽は僕が自分で投げている。今さら立ち止まることなど許されなかったし、迷ってしまっていること自体が不義理の誹りを免れまい。


「……若槻? そんなとこで、何してんの」


 考え込んでいる僕にかかる声があった。

 朝霧だ。相変わらず無表情に、けれど声音だけは厳しく。顔なんて見なくても、朝霧だということはわかっていた。別に声で判断したわけじゃない――さっきからずっと、こちらを窺っていたことに僕は気づいていたのだ。

 優しい奴だ、と思う。僕のことが本当に嫌いなら、無視していればいいだけの話だ。けれど朝霧には、きっとそれができないのだろう。


「ん。ちょっと考えごと」

 僕は答えた。自分でも意外なくらい、優しい声音になったと思う。

 たぶん、朝霧に釣られて。

「またそういう……生徒会に呼び出されたことと関係あるの?」

 席に座ったまま前を向く僕と。

 そんな僕に、後ろから声をかけてくる朝霧。

「まあ、そうなるかな」僕は苦笑しながら答えた。「厄介ごとに巻き込まれた。無視してもいいけど、知った以上は看過できなくてね。たまには頭を使わないと」

「……結局、佐太郎はだよね」朝霧は――矢文は言う。「『頭にいいも悪いもない。あるとするなら、それは使っているかいないかの違いだ』――だっけ?」

 それは僕の信条だった。

 頭は、働かせなければ何も浮かばない。直感とは受動的に降ってくるものではなく、能動的に掘り出すからこそ湧き上がってくるものだ。使い方を知っているか、そして最後まで脳を回転させ続けることができるか――頭のいい悪いは結局、その点をもって判断されている。

 以前の僕は繰り返しそう言っていたから、矢文もそれは覚えていたのだろう。頭脳労働はやめて平凡な暮らしを志した今の僕でも、その考え方まで変わったわけじゃない。

 ていうか、やめられてないし。大半はヨミのせいだけど、最近はくぬぎ先輩もなかなかだ。

「ま、それ実は受け売りなんだけどね」

 僕は笑った。笑えていれば、だが。

 矢文は首を傾げて、

「そうなの?」

「うん。最初にそれを言ったのは深夜だった」

「……そうだったんだ」


 その名前を出しても。

 それでも、会話を続けられるのなら悪くない。


「本当は窘めに使われたんだけどね。『佐太郎はもしかしたら自分のことを頭がいいと思っているかもしれないけれど、それは勘違いだからね』って」

「……深夜なら言いそう。悪意ゼロで――むしろ善意だけで」

「ああ。そういう奴だったからな」

 個人の思い出話をするのなら、それは笑顔とともにでなければならない。

 そんな理屈はガキの僕にだってわかっていたけれど、それがこれまでできていなかったのだから、結局は感情に振り回されている。

 だとすれば、これはきっと――進歩だろう。

 亡くなった親友を、僕たちは思い出に変えてしまわなければならない。

 ――わかってんだよ、そんなこと。


「そうそう。話戻すけど、実は朝霧に訊きたいことがあってさ」

 ことさら明るく僕は言った。

 なんのかんの言っても、僕らはまだ親友の死を受け入れられていないのだから。暗くなるなというほうが無理だろう。

 朝霧も、それに乗って言った。

「何?」

「ん――まあ大したことじゃないけど。朝霧は四倉くぬぎのこと知ってる?」

「……そりゃ知ってるけど。ていうか知らないわけないでしょ、この学校にいて」

 遠回しに、言われるまで気づかなかった俺のアホさが証明されていた。

 もちろんその点には触れずに、重ねて問う。

「評判とかどう? 高校の生徒会長にしちゃいろいろとがんばってるみたいな評判って聞いてるけど、周りでもそんな感じ?」

「質問の意図が読めないんだけど……」朝霧は不審そうに言った。「何? それは私の個人的な印象が聞きたいんじゃなくて、学校の中での評判として聞きたいって言い回し?」

「さすが、話が早い。そうなるかな――いや、朝霧の個人的な意見も、それはそれで聞いておきたいけど」

「……惚れたの?」


 その質問に、口に含んでいた架空の液体を吐き出しそうになった。

 何も飲んでいなくてよかったぜ、なんつって。


「……あの先輩に好意的な感情を抱くのは難しい扱いを受けてるかなあ」

 僕は言った。引っ張り回され巻き込まれ荒らされ、そんな感じなのは事実だ。

 だが、そんな言い回しは朝霧には通じない。

「てことは、そのくせ嫌いになってないってことでしょ、若槻の場合」

「……………………」まあ。

 実はそうなんだよね。どうしても嫌いになれないっていうか。

 むしろ、人間としての四倉くぬぎが僕は好きだ。

 ヨミが見える人間だから――なんて。それだけが理由ではないと思うけれど。

 黙りこくった僕に対し、呆れた様子で朝霧は続ける。

「……まあいいけど。別れた男が次に作る女に口を出すような女――なんて、なりたくないから」

 てことは、それ本当は口を出したいってことですよね? 言葉の裏に隠されたニュアンスを互いに読み取ってしまう、付き合いが長いがゆえの会話だった。

 いや、そのほうがむしろ嬉しいけれど。未練が皆無だったら僕がつらい。

 僕は未練たらたらだから。言い出す機会がまったくないけれど。


「……まあ、すごい人だとは思うかな」

 しばしあってから、朝霧は言った。

 間がありすぎて、一瞬、なんの話かと思ってしまったほどだ。

「なんていうか、代替の利かない人、ってイメージ」

「……そりゃまた朝霧らしい言い回しだけど」

「いや、結局のところ、普通は高校の生徒会長なんて誰がやっても同じでしょ?」

 それは確かに。創作物なんかじゃ生徒会がなぜかやけに絶大な権力を握っていたし、《生徒会長》といえばその学校トップクラスのやり手であることが多い。

 が、現実はそうではない。

 現実の高校の生徒会長にできることなんてたかがしれているし、生徒会選挙なんざただの人気投票か、下手をすればそれ以下だ。もし信任投票ならば不信任になるほうが難しい。

 それは信用されているからでは当然ない。

 誰にとっても、基本的に――生徒会長なんてから。

「でも四倉先輩は違うよね」朝霧は言う。「改革、っていうのかな。そういうの本気でやろうとして、しかもそれができちゃう人。生徒会選挙も圧勝だったって話だし、活動の一歩目として相談室も設置したって話だね。特に運動部からはウケがいいって話だよ」

「へえ……知らなかったな。なんで?」

「知らなすぎだよ」ツッコまれてしまったが、朝霧はそれでも教えてくれる。「や、予算の増額したんだって。実際すごいよね、これは。ありがちなことだけど、実現できる人間はそうはいないと思う」

「……、なるほどね」

「まあその分、敵も多いみたいだけど。出る杭は打たれるってヤツだね」


 それも、その通りなのだろう。

 どれほど完璧な人間でも、誰からも好かれるなど不可能だ。なまじ手腕があるゆえに、むしろ嫌われることなんていくらだってある。……わからないことではなかった。

 たぶん本人は、まったく気にしていないのだろうが。


「……しかし相談室のことも知ってたのか、朝霧」

 知っていたなら教えておいてほしかった――なんて無茶は言えないけれど。

 あんまり広報が足りていないと嘆いていた先輩には朗報だろう。僕がダメなだけだった。

 ただ、この問いには朝霧は首を横に振った。

「……いや、利用者ゼロって聞いたけど」

「そうなのか?」

「うん」朝霧は頷く。「まあ今は知らないけどさ。新聞部の人に聞いた。設置したこと自体は目に見える成果なんだろうけど、だからって悩みを生徒会に持ち込む人がそう多くいるかって言ったら、それはたぶん、そんなことないんだろうね」

「……なら朝霧はなんで知ってるんだ?」

「いや、だから新聞部で聞いた。信濃ちゃん――知ってるでしょ?」

「そういうことか」

「この学校で広報担当っていえば新聞部だからね。生徒会でも手は回してるんじゃない?」

「…………」

 僕は思わず押し黙った。

 これは。

 思っていたより、重要なことが聞けたのではないだろうか。

「……正確に聞きたい。朝霧、新聞は読んでるんだよな?」

 僕の声音が変わったせいだろう。朝霧は、少しだけ目を細めて頷く。

 朝霧なら、その手のものは把握しているだろうと思っていた。

「新聞部が作ってる記事って意味でなら読んでる。普通の新聞はウチは取ってないけど」

「それであってる。重要なのはここからだ。その生徒会の相談室の話、新聞からって言ったよね? それは、?」

「……言ったけど。正確って――」

、じゃないって意味で捉えて大丈夫だよね? ってこと」

「――――」


 しばし、朝霧はその問いの意味を噛み締めていた。

 それから首肯する。


「……うん、あってる。正直、答えたときは無意識だったけど、読んだわけじゃない――信濃さんの口から聞いてる」

「もうひとつ確認。学校新聞の記事で、生徒会の相談室は広報されていたかいないか」

「いない」問いを予想していたのか、朝霧は即答した。「毎号読んでるから、これは確実。私の記憶力が疑わしいっていうなら信じなくてもいいけど」

「……サンキュ、矢文」

 俺は言った。

 正直、これで何がわかるかと言われれば、別に何もわからない。僕のの傍証になっただけで、確たる証拠なんてどこにも転がっていないのだから。

 世の中はそう上手くできていない。

 ヨミに出される問題とは違う。これはクイズではなく、だから鍵となる情報を全て集めきれるとは限らないのだ。


 だが、それで構わない。

 小金井先輩の依頼は、喧嘩の原因を探ってほしいというものだ。だが、それ以前の前提に、理由としてそもそもから、ということが来ている。

 ――ならば。

 この謎に答えを出す必要は、必ずしもないということだ。

 まして僕の推測が正しいのならば――。


「……よく、わからないんだけど」朝霧が言う。「参考になったの?」

「すげえなったよ」と、僕は笑う。「ん。自分のやることに自信が持てそうだ」

「……なんかまた妙なこと考えてるんでしょ?」

 ジト目の朝霧さん。失礼な、と僕は目を細めた。

「また妙な、とは言ってくれるね。でもまあ、否定はできないかな」

 どうせ、波崎にはもう頼んでしまったのだから。

 間違っていたならそれでいい、むしろそのほうがいいと思っていたところに、朝霧の言葉が補強の材料になっただけの話である。そうなった今ですら、僕はやはり外れることを願っている。


 まあ、投げられた賽も塞翁が馬――なるようになるし、なるようにしかならない。

 ならば迷う必要もないだろう。


「……さて」


 と僕は立ち上がる。目指すは生徒会室だ。


「行ってくるよ。……そうだ、朝霧。じゃない――矢文」

「……何? 若槻、じゃなくて佐太郎」


 僕の言葉に、あえて同じように被せてくる彼女がすこしおかしくて。

 僕は思わず笑ってしまいながらも、ふと思いついたその台詞を言葉に変えた。


「――今度、いっしょに出かけたいんだ。空いてる日があったら教えてほしいな」

「な、な――な!?」

 驚愕を露骨に見せる矢文だった。

 僕が誘うのは、そこまでおかしいことだろうか。

 ……これまでを考えれば確かにおかしいが。

 昔は、そりゃデートくらいしていた。よりを戻すとは言わないにせよ、仲直りの機会くらい設けておきたかったのだ。

 だから――これはその第一歩。


「そういうわけだから、考えておいてくれると嬉しい。僕は、生徒会室に行ってくるよ」


 それだけ言って、返事を待たずに僕は教室を後にした。

 ――恥ずかしかったからだ。

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