1-15『生徒会リラクゼーション5』

「――いらっしゃい」


 生徒会室に入ると、すでにくぬぎ会長と小金井先輩の姿があった。

 窓の外には、すでに沈み始めた日が見える。まだ充分に明るかったが、そろそろ日も暮れ始めるだろう。

 室内には可愛――雛子先輩の姿がない。辺りを見回した俺の視線を、目敏く捉えたくぬぎ先輩が言う。


「ああ、雛子は別件だよ。まあ掛けてくれ」


 では遠慮せず。

 部屋の中央に鎮座するテーブルを迂回して奥に進み、備えられたパイプ椅子のひとつ、というかひとつだけのパイプ椅子を引き寄せ、それに腰かけた。

 ちょうど真隣にくぬぎ先輩、机を挟んで正面に小金井先輩という形だ。位置取りに裏の意図を感じざるを得ないが、それには気づかなかったことにする。


「では、佐太郎くん」

 くぬぎ先輩は笑顔だった。くんづけに戻っている。

「何かいい考えは浮かんだかな?」

「またアバウトな訊き方をしてきますね……」

「それだけ期待しているということさ」

「……都合いいなあ」

 思わず苦笑してしまう。まったく、人を乗せるのが上手い人だ。

 僕は、あえて小金井先輩へ向き直って、告げる。


 ――本当なら。

 こんなこと、僕の言うことじゃないとは思うのだが。


「えっと。何か、わかったんですか?」


 きょとん、と首を傾げる小金井先輩だった。その表情には、僕に対する信頼が見て取れる。何か役に立つ考えを持ってきてくれているのではないかと。

 それが僕自身の勝ち取ったものではなく、くぬぎ先輩への信頼に起因するお零れだったとしても。だからといって、いや、だからこそ裏切れるものではないはずなのだ。本当なら。

 純真な先輩だと思う。他人のために動くことが、この世界ではどれほど難しいか。それをなんの抵抗もなくやってのける彼女に対し、僕は憧憬にも似た敬意を本心から抱いていた。

 だが。


「――先輩のやっていることに意味はありません。今すぐ忘れて、ふたりのことはもう放っておくべきです。それ以外に、先輩にできることはありません」


 だからこそ、それは僕が告げなければならない言葉だった。


「――――え?」

 小金井先輩は、丸い瞳を大きく見開く。

 何を言われたのかわからない。そういう表情だった。

 僕は横目にちらとくぬぎ先輩の表情を窺う。あれで案外、この会長さんはわかりやすく表情を動かすタイプだが、今の彼女は無表情だった。

 ……そうか。


「それは、どういう意味なの?」

 小金井先輩が僕に訊ねてくる。

 怒っているのではなく、ただ純粋に意味を問うているようだ。

 怒ればいいのに。

 罵ってくれればいいのに。

 そんな優しさは、酷だ。

「別に、言葉通りの意味ですよ」鈍る覚悟を奮い立たせ、僕は言う。「あのふたりのことは放っておけばいい。それがいちばん確かです。そんな暇があるのなら、文化祭の出し物でも考えていた方がよっぽど有意義だ」

「……、……」

「何もしなければ――それでいい。生徒会役員がふたりもいるクラスですよ? 文化祭に参加できないとなればコトです。早いところクラスを纏めないと、時間がなくなってしまいます」

 無感動を装ったつもりでいる。感情を揺らさないよう、淡々と呟くように伝えようとした。

 けれど、それが上手くいった自信は、ない。

 ――本当は僕だって、こんなことを口にしたいわけではなかったのだから。


「……わかりました」

 小金井先輩は言う。にっこりと、相変わらずの物腰で彼女は微笑み、こちらに向かって頭を下げて。

「相談に乗ってくれて……私のクラスのことを、きちんと考えてくれて、ありがとうございました。お礼はまた、いずれ」

「……いいのか?」

 と、これはくぬぎ先輩が訊いた。小金井先輩は最後まで微笑を崩さず、

「いいんです。確かに、彼の言う通りですから。横から割って入ることが正解かどうか、わたしにもわかりませんでしたしね。……失礼しました」

 にこやかに上品に頭を下げると、先輩は一礼して部屋を出ていこうとする。

 その背中に、

「……」

 僕は結局、何も、言わなかった。

 ぱたり、と静かに閉まる扉のこちら側。


 それから、しばらくがあってから。

 ようやくのように、くぬぎ先輩は僕に向き直った。


「君はどうして、あんなことを言ったんだい?」

 その問いに。僕は。

「……好きで言ったわけじゃないですよ。先輩が何も言わないから、僕が代わりに伝えるしかなかった。それだけです。その意味では……僕は先輩を恨んでさえいる」

「私が言うべきことを、君が代弁したのだと?」

「そうです。……先輩は、どうして黙っていたんですか」

「何を」

「本当にわからなかったんですか?」

 奥歯の根元に痛みが走る。

 それで初めて、僕は自分がどれほど強く体に力を入れていたのかを自覚した。

「今、僕は先輩を疑っています。そう言っているんです」

「……それは、いったい……どういう意味で?」

 先輩は本当に困惑した様子だった。

 けれど、そんなことは初めから決まっている。


「――ふたりが、本当は喧嘩なんかしてなかったってことに決まってる」


 そうだ。こんなものは不思議でもなんでもない。

 問。仲のいいふたりが突然に喧嘩をした。原因は何か。

 解。喧嘩などしていない。それはふたりのだった。

 ただそれだけの、至極単純でつまらない事実。ミステリでもなんでもない、それは単純なだった。

「――は」失笑が零れる。

 だってそうだろう? なんて下らない茶番劇だ。

 舞台上には道化しかおらず、踊る阿呆が馬鹿を見た。

 それを嗤わずにいられるものか。


「吉川深倖と芹沢ほのか。仲のいいふたりがどうして喧嘩なんてしたのか――その答えは単純で、初めからふたりは喧嘩なんてしていないんだ。ただをしただけ」

「……馬鹿な。なんのために」

 眉を顰め、疑問を口にするくぬぎ会長。問いそのものは真っ当だが、それを彼女が口にするのは些か滑稽なものがある。

 もちろんちっとも笑えないが。

 だが、先輩はやはりわかっていない。

「吉川と芹沢は新聞部員です」

「知っているが……」

「文化祭の準備で、修羅場のように忙しい新聞部員」

「……何が言いたいんだ、君は」


 僕は答えず、話を変えた。


「ところで、吉川と芹沢のふたりはクラスの中心人物らしいですね」

「まあ、そうなんだろうけれど」

「ふたりが仲違いした……ただそれだけ、で、文化祭で行う出し物の話し合いが中断されてしまうほどに」

「……、……」

「でもありますよね、そういうこと。いるだけでクラスの空気を変える人っていうか、むしろその人が纏っている空気がそのままクラスの空気になるような人。目立つタイプの――あまり面白くない言い方をすれば、クラスカーストの頂点にいるような人はそういうものです。クラス全体の意見を、自らの意志で塗り替えるなんて造作もない。空気ってのはそういうものだ」

「では……、まさか」


 まさかも何もあるものか。

 事実として、吉川と芹沢の動機がそれなんだ。

 どれほど馬鹿げていようが、どれほど下らなかろうが、どれほど身勝手だろうが。

 認めるしかない。


「もし彼女たちのクラスが文化祭でクラス企画を行うと、部活で忙しいふたりはどうしても。だからって、自分が噛めない企画でクラスが盛り上がられたら面白くはない。――ふたりはそれが嫌だったんだ」


 

 自らの手でクラスに不和の種を蒔き、企画そのものを潰そうとした。

 それが、ふたりの計画だった。


 ――要するに。

 彼女たちは、のだ。


「……馬鹿を言うな」くぬぎ先輩は目に見えて狼狽えていた。「そんな理由で、喧嘩の振りをする奴がどこにいる」


 そうか。……なるほど。

 ということは、本当に先輩は知らなかったのか。

 そうじゃないかとも思っていたけれど、それでも少しは疑ってしまっていた。ちょっと申し訳なく思う。

 けれど――いや、だからこそ僕は言葉を重ねるしかなかった。


「そこに。いるものは仕方ないでしょう、認めるしかない」

「迂遠過ぎるだろう。企画に反対なら反対と、そう言えばいいだけじゃないか」

「だから、言えなかったんでしょう」

「……何?」

「クラス内に、生徒会役員がふたりもいるんですよ? 今期の生徒会が文化祭の活性化を志しているのは周知です。表立って反論なんて、できなかった。いや、ただ反論しただけじゃ、それこそことに気づかれてしまう」


 まして、一度盛り上がったクラスの火を消すなど。

 いくらなんでもそれは無理だ。「空気を読め」と一蹴される。

 いや、単にプライドからそれを知られたくなかったのか。そのほうがありそうだ。


「それだけのことですよ。本当に」


 僕はそこで言葉を打ち切った。それ以上を言う必要はないだろう。

 くぬぎ会長に、それがわからないはずがない。


 彼女たちは、所属する学級へ不和の種を蒔くためだけに、自ら率先して亀裂の原因となったわけだ。それを可能にするに足る存在感を、二人がクラスで持っていたから。

 もちろんほかにも手は回しているのだろう。それだけでは押しに欠ける。

 小金井先輩の言っていた派閥という単語が、その最たる証拠だろう。

 吉川深幸と芹沢ほのかは、自分たちを中心としてクラスの女子をふたつに分断した。それは結果として、クラスそのものを両断したに等しい所業だ。喧嘩をしてみせること以上に、その一点を持ってクラスを割ること――それが最大の目的だったのだろう。しかも、この形ならあとでいくらでも修復は利く。上手いことやっているものだ。

 そうして不和は完成した。

 集団に所属し、徒党を組んで――そうすることで自らの立ち位置を明確にしておかなければ生きていけない人種は少なくない。

 そうしてまんまと、見事、目論見通りに。


 人間関係は瓦解した。


「本当に……そんなことが」

 くぬぎ会長は、よろめくようにしてそう呟いた。

 僕はそれを、ただ冷淡に見据えた。そう見えるように取り繕った。

「気づいてなかったんですか。てっきり、知ってるものだと思ってました」

「……知っていたわけがないだろう。私だってあの話は――」

「ストップ。ダウトです」

 皆まで言わせずに呟いた。別に責めるつもりはない。僕は至って平静だ。

 それでも、はっきりさせておくべきことは、ある。

 この事実に先輩が思い至っていなかったことは事実だろう。先輩ならば思い至っていてもおかしくはなかった――が、先輩わからなかったとも言える。

 もし仮に、くぬぎ先輩が知っていて僕に黙っていたのならば、僕は切るつもりでいた。

 だが、この分なら違うだろう。もうひとつの推測を、だから僕は、胸の中に仕舞いこんだ。


 ――あとは押し通すだけだ。

 僕の話にあるを、彼女に気づかせなければそれでいい。

 たぶん、可愛先輩もそれを求めているのだろう。

 これはだから、単なる話題逸らしでしかない。僕は言った。


「あんなにタイミングよく、生徒会に問題が舞い込むわけないでしょう。相談者、ほとんど来てないんですよね? あれは偶然じゃない。図られたんだ。それくらい、さすがの僕でも気づきますよ」

「……」

「最初に小金井先輩がここへ来たとき、可愛――いや、雛先輩が、小金井先輩になんて言ったか、覚えてますか?」

「いや……」


「――


「――――」

「とまあ、そんなようなことを言ってましたよね」

 くぬぎ先輩に聞かせてやって。

 この言い回しには、裏を返せばというニュアンスが込められている。

 僕と朝霧の会話ではないが――人間、意外と言葉の使い方に意図は滲み出るものなのだ。

 ……なんつって。

「あの時点で雛先輩は、小金井先輩が言う相談内容を知っていたことになります」

 憶測でしかないことを、べらべらと事実のようにまくし立てた。

 こんなときばかり回る舌を、僕は疎ましくさえ思う。


「おかしいですよね。食堂に食器を返しに行って、たった五分程度の時間しか席を空けていなかった雛先輩が、いったいいつ小金井先輩の話を聞いたんですか。決まってる。もちろん以前から相談内容を聞いていたに決まっています。――にもかかわらず彼女は、さもあのとき初めて話を聞いたかのような風を装った。理由は何か」

 あたかも偶然出会って、生徒会へ誘導したかのように。

 ほかの誰でもなく、彼女たちは

「言う必要、ありますか?」

「…………訂正だけはさせてくれ」

 観念した風の会長に、僕は「どうぞ」と短く告げる。

 別に、怒っているわけではないのだ。こんなこと本当なら言う気もなかった。


「確かに相談者がいるという件は、本当は昨日から雛が聞いていたものだ。それは認める。ただ、私があの話を、あのとき初めて聞いたというのは本当だ。私は雛に、一日だけ相談を待ってもらうよう頼んでおいたんだ。嘘じゃない」

「別に。疑っちゃいません」僕は言った。「……僕を試すため、ですか」

「試すだなんて、そんな上段からは考えていなかったよ」くぬぎ会長は儚げに苦笑する。「ただ、力になってもらえるんじゃないかと、そう思っただけなんだ」

「どうしてそこまで買い被っていただいているのか、僕にはさっぱりわかりませんよ」

「……初めてだったんだよ」

 と、どこか力を抜くようにくぬぎ先輩は言う。どこか諦めてしまったみたいな。あるいは悟ってしまったような。

 その様子が僕には以外で、咄嗟に答えが出てこない。

 先輩は返事を待たずに続けた。

「私は――ほら、これでも優秀で通っているから。別に自慢で言うつもりはないんだ――これは本当に。ただ、それなりに自負があったのも嘘ではない。頭の使い方は、決して下手なほうではないはずだ、とね」

「……まあ、評判はよく聞きます」

「だが君には上を行かれた。そう、あの図書室での一件だ。あんなにも鮮やかに、私では絶対に辿り着けないところへ行かれてしまったのは初めての経験でね。勝てないと思わされてしまったのさ」

「――え。いや、ちょっ……」

 思わず狼狽える僕である。本当、咄嗟の事態にあまりに弱い。

 だが、だって、まさかこの流れでこんなことを言われるなんて思っていなかったのだ。

「いやいや、別に私がなんでも他人に勝てると思っているわけではないんだ」くぬぎ先輩は首を振った。「勉強だって運動だって、そりゃ、そこそこどれもできるけれど、私の上を行く人間なんて同世代に限ってもいくらだっている。専門でやっている人を除いてもさ」

「……当たり前の、話でしょう。頂上以外に上がいるなんて」

「そうだね。適材適所という言葉もある――誰もが得意なことが違って、そうして力を合わせられることが人間の素晴らしささ。この生徒会だって、そんな思いを込めて作ったつもりだ」


 僕は何も答えなかった。そんな考えを持っていること自体が、むしろくぬぎ先輩の非凡さを証明しているようなものだと思ったからだ。

 けれど、それを告げることに意味なんてないのだろう。


「ただ、まあ――これでも物事を考えるのは得意なつもりだったからね。君にああもあっさり上を行かれて、少しばかり悔しかったことは否定できない」

「……偶然ですよ。逆に僕には真似のできないことを、先輩はいくらでもしている」

「前半はともかく――後半は、まあ否定しないでおこう。わかるだろう? 君を、私が生徒会に誘った理由が」

 ――適材適所。

 自分に足りない部分を、僕なら埋められると買ってくれたわけだ。

「そして事実、君は今回の件も見事に解決してみせた。それもこんなに短時間で。買い被りどころか、むしろ過小評価だったわけだ。そんなつもりではなかったとはいえ、結果的に試すような真似をしたことを恥じるばかりさ」

「何も解決はしてませんよ。問題は、全てそのまま残っている」

「それでも、少なくとも依頼には応えたじゃないか」

「それも違います。僕はむしろ、小金井先輩を裏切ったとさえ言える」

「気遣ったんだろう、彼女を?」


 さすがに。四倉くぬぎは気づいていた。


「君の推測が事実だと考えれば、彼女のやっていることにはあまりに意味がない――ひとり相撲なんてものじゃないな。力になるどころか、結果的には邪魔をしているに等しいことだ。そのふたりから見てみれば、だが」

「…………」

「だから君は、嘘をつかずに憎まれ役を買って出ることで彼女を気遣った。残酷な事実を彼女が知らずに諦められるよう導いた。事実と、それに基づく推測だけで、君は彼女をんだ。嘘をつくより遥かに難しいことだよ、それは。――その資質が、私には眩しく思える」

「……堂々巡りですね。照れてきました。この話はやめておきましょう」


 僕は嘆息した。

 まあ、今さら僕の評価などどうでもいい。論点も焦点も、今はそんな箇所になかった。

 ただ胸が痛いだけだ。評価されることは嬉しくても、それが身に余るものならばむしろ苦痛に変わる。


「これで話は終わりです、くぬぎ先輩。証明は終了しました」

「……君の、能力の話かな?」

「ええ。僕には生徒会役員としての適性がという、その証明です」

「……むしろことを証明していないか、君は」

「いいえ。小金井先輩の依頼は《喧嘩の原因を調べて、それを教えてほしい》というものでした。けれど僕は、先輩に何も教えず追い出した。――ほら、依頼は不達成でしょう?」

 その方便が、先輩に見抜かれていることを聞いたばかりだというのに。

 それでも僕はそう言った。認めず、裏切った。

「……そうか。そうだな」


 先輩は、意外にもあっさり頷いた。

 納得した風ではなかったが、何を言おうと僕が頷かないとは悟ったらしい。

 だから僕は言葉を作った。言う必要があったわけではない。

 僕が、言わなければならないと感じただけだ。


「――僕は、生徒会には入りません」


「……わかった」

「今後は勧誘もやめてください。はっきり言って、迷惑です」

「……結果としては、私は君を騙す形になってしまったようだ。頷くしかないだろうな、残念だが」

「わかってもらえて何よりです」

 心にもないことを、くすりともせずに吐き出した。

 いったいいつから僕は、こんな風になってしまったのだろうか。

 僕は別に、くぬぎ先輩と敵対したいわけではないのに――。


「付き合わせて、悪かった。……本当にすまない」

「謝らないでください」


 僕は言う。それだけ言ってから、踵を返して生徒会室を出ようとした。ただ、扉を開く直前に、ひとつだけ会長に言っておこうと思い直す。

 こうして終わらせるのがベストだと僕は思った。けれど、このやり方が僕にできる最善だったかは疑わしい。まだできることが、あったのではないか、と。

 だから。せめて――ひとつだけは。

 これだけは、言っておきたいと思ったのだ。


「……僕のことを買ってくれたことは、素直に嬉しかったです」

「――――っ」

「では。……また」

「また――か。そうだな、また。今度はただ単純に、ここへ遊びにきてくれないか」

「……そのときは、ゆっくりとリラックスできることを祈ってます」


 そう言って、僕は生徒会室を後にした。

 まったく酷く気分が悪い。

 いつもこんなことばかりで、本当、自分で自分が嫌になってしまう。

 自分のやったことが悪かったと思っているわけではない。悪びれもしなければ自虐もない。それでも、罪悪感はどうしても残る。

 結果的に。

 僕は小金井先輩だけではなく――くぬぎ先輩をものだから。

 しかも、相手の嘘を糾弾した上で、だ。こんな悪役じみたロールを、乗り気でやれるほど僕は心が強くないらしい。


 ――こんな日には。

 図書室で、静かに過ごすのがいいかもしれない。

 そんなことを、なんとなく考えた。

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