1-12『生徒会リラクゼーション2』
そうして僕たちは食べ始めた。
食べ終わった。
「……――いやあ」
正直、味なんてまったくわからなかった。別に学食のメニューなんて、どれも《決して美味くはないが特別不味くもない》を地でいく品揃えなのだから、普段から味わって食べているわけでもないのだけれど。それでも今日は、いつになく無味乾燥とした昼食となってしまった。
そもそも上級生――それも女性ふたり――に囲まれて食事、という状況がまず落ち着かない。シチュエーションとしてはむしろ美味しいと言えるのかもしれないが、僕のような小心者が美味しく食事を頂ける環境では少なくともなかった。味覚は五感の中で、最も精神状態の影響を受ける感覚だと僕は思う。
針の筵を通り越して、直でアイアンメイデンにでも囲まれているような気分だ。ほら中に入れと迫ってくる鉄の処女が二体。見ているだけでも気が滅入ったし、見られているのだからなおさらだ。探るような、刺さるような二対の視線が、神経を抉り削って堪らない。
早弁を済ませたという(今どき男子でもそうそうしないが)可愛先輩を差し置いて下級生の僕が食事をするというのもまた、微妙な感覚の原因になっていた。くぬぎ先輩だけならともかく……また違った意味で、可愛先輩は苦手なんだよなあ。
そんな状況を作り出してくれやがった下手人たるところの会長様は、何に憚ることもなく、美味しそうに麺を啜っていたが。僕が感じるこの手の抵抗感は、気にしない人はまったく気にしない程度のものではあるが、それにしたってもう少し気にしろよっていうか気を遣えよ――と思わなくもなかった。言わないが。
もうなんか、何をやっているんだろう、僕。
「ご馳走様」
「……ご馳走様でした」
ふたりで手を合わせる。可愛先輩は、何を言われずとも自分から立ち上がり、食器を回収し始めた。
「じゃ、私はこれ、片してくるから」
「ありがとう。――ん、お願いするよ?」
「おう、任せとけー」
朗らかに頷く可愛先輩。固辞すべきなのか迷ったのだが、両先輩とも有無を言わせるつもりがないのが明白だったので、空気を読んで頼むことにした。
お願いします。申し訳ない。
可愛先輩は、そのまま部屋を出て行ってしまう。
生徒会室には再び、僕とくぬぎ先輩のふたりだけが残されていた。
その四倉くぬぎ生徒会長殿が言う。
「――では、そろそろ本題に入ろうか」
「やっとですか……」
と、僕。口を開くとなると、我慢していた皮肉な物言いがにわかに漏れ出てしまいそうになる。自重自重。喧嘩を売ってもいいことはない。
そんな僕を見て、先輩はくすりと小さく笑んだ。
「やはり、君は面白いな」
「……一般論ですが。それはあまり褒め言葉とは捉えられませんよ」
「うん。そういうところがだ」
言われてしまった。馬鹿なのか僕は。
「この私を相手にして、そんな言いようができる一年生はそう多くないよ?」上機嫌のくぬぎ先輩は、聞きようによっては割とすごいことを言った。「ただ上級生を舐めているというのならともかく、君は一応、最低限の敬意は払ってくれているしね」
一応の上に最低限ときている。僕が悪いのか、それを言う先輩がおかしいのか。
まあ、とはいえ下手に藪をつつくのも馬鹿らしい。小さく僕は首肯する。
「……はあ。まあ、そうですか……」
考え得る限りいちばんつまらないリアクションをしたと思う。要は僕がつまらない人間であると思われればいいのだから、これは悪くない手だったはずだ。
実際、割と素の返答でもあったわけだし。
なまじ先輩の前で、ヨミに乗せられて推理の真似ごとなど披露してしまったのが、そもそもの発端だったのだ。あれが偶然だったと片をつけられれば、くぬぎ先輩も、それ以上は僕に構ってくることもなくなると思った。
だがそんな僕を見て、先輩はますます笑みを深める。
その上で宣った。
「貴方、生徒会に入ってみる気はない?」
「ありません」
即答。くぬぎ先輩は思わずといった風情で苦笑する。
「……まったく。せめて迷うくらいのことはしてほしかったなあ……これじゃあ、あまりに立つ瀬がない」
「当然だと思いますが」
自然、僕は苦い顔になってしまう。
提案に驚いたわけじゃない。むしろ言われると思っていた通りの言葉だった。
だが別に、言われたかったわけではない。
「当然……か。君の中では、生徒会の業務に携わることは、当然あり得ないことなんだな」
「表現は多少引っかかりますが、まあ、否定はしません。今のところ、生徒会に入りたいとは思っていませんね」
そして、これから先も思わないだろう。
先輩は無論、この程度では引き下がらなかった。断られることを前提で、要するに説得を試みているわけなのだから。別に食事で釣られたのでなく。
くぬぎ先輩は言う。
「君ならできると思うのだがな」
安い言葉だ。僕は静かに首を振った。
「買ってもらえるのは光栄ですが、それは買い被りです」
まして、ただ生徒会長だというだけではない、本当に有能だからこその有名人である四倉くぬぎが率いる生徒会など――僕には荷が重すぎる。
だが先輩は、まだ強く食い下がってくる。
「私はそうは思わない。君の推理力は、生徒会で活かすことができるものだ」
「推理力、なんて表現をされると弱りますよ」
「能力と言い換えておこうか」苦笑するくぬぎ先輩。「私は、別に成績や素行で生徒会のメンバーを選んでいるわけじゃないんだよ?」
「……図書室での一件を以ての発言なら、悪いですが的外れと言わざるを得ません。あんなものはただの運です。こじつけが、たまたま上手く嵌まったに過ぎない」
「そうかな?」
「そりゃそうですよ。四倉先輩ともあろう人が、」
「くぬぎだ」
――……。
「くぬぎ先輩ともあろう方が、一度偶然を起こしたくらいの人間を評価するとは思いませんでした」
「いやいや」なぜか人の悪い笑みを見せるくぬぎ先輩。「私は、あの推理がたまたまではないことを知っているよ?」
「何を言って――」
「――暗号を解いたのだろう?」
頭から冷や水を浴びせかけられたような気分になった。
……なんで、それ、知ってるんですかね?
驚愕から一瞬だけ狼狽えた僕に、先輩はやはり艶笑を浮かべて告げる。
「私にも、それなりに情報網はある」
「…………」
この学校の生徒は、まったく、どいつもこいつも。他人の個人情報を集めるのが趣味だという変人は、何も波崎ばかりじゃないわけらしい。
……思わず絶望したくなる情報だった。
これが何か耳目を集めるような噂話ならわからなくもない。しかし、いわば友人同士の雑談に過ぎなかったことを知られているというのは――不思議な気分だ。
はてさて誰が余計な情報を漏洩させたのか……このことを知っている人間がそもそも限られるが、その中の誰も生徒会長と繋がりがあったとは聞いていない。
もっともこれは、口止めをしていなかった僕のミスだろう。
したところで意味があったかはともかく、奴らを責めることは僕にはできない。あまり吹聴されたい事柄ではなかったのだが、この期に及んでは致し方ないだろう。
それに今の僕は、より大きな問題を抱えている最中だ。
つまり、目の前にいる会長さんにどう対処すべきか、というコトなのだが。
「……というか、ですね」
僕は一時、話題の転換を図る。
「うん?」
妙に可愛らしく首を傾げる先輩。ともあれ突っ込むことはせず、
「仮に、僕に推理力があるとしましょう。だとして、それは生徒会の業務とは関係ないでしょう?」
訊ねた。何を気に入られたのか、くぬぎ先輩は僕を生徒会に関わらせようと執心、腐心しているらしい。
僕がうまく断れないのは、その理由がいまいち伝わってこないからだろう。
僕とて鬼じゃない。単なる男子高校生なのだ。くぬぎ先輩が、僕を買ってくれていると思えば悪い気はしない。自尊心の話をするならば、十二分に満たされたと言えるだろう。
とはいえ大前提として、僕は生徒会に関わるつもりはない。
断固としてない。
だが、その理由を問われたところで、僕は明確な理由を口にすることができないでいる。一概に言えることじゃない。やる気がないから、のひと言で終わってしまうことだからこそ、なんとでも断れる代わりに、勧誘を止めるすべもない。
うん。ならばやることはひとつだろう。
すなわち生徒会長の提案を――くぬぎ先輩の期待を拒否するに足る理由を、会話の中から見つけ出してしまえばいいわけだ。
質問は、つまりそのためのものだった。
「推理力は必要だよ」僕の問いに、先輩が答えて言う。「生徒会の仕事は、それなりに激務だと言えるから。頭を常に働かせられる人間でなければ務まらない」
「……勉強の出来なら、僕は平均して中の上がせいぜいですよ」
「そうじゃない。頭のいい悪いが問題なんじゃない。脳は使い方だ。いいか悪いかより、常に動かしているかどうかが問題で、君は動かしている側の人間だ。それだけで誘う理由には充分なんだよ」
「言わんとせんことわかりますけれど――」
「それに」
と、くぬぎ先輩は僕の言葉には取り合わず言う。
「――《よろず会》のこともある」
「よろず会……?」
聞き慣れない言葉に、僕は自然と首を傾げてしまう。
くぬぎ先輩は、なぜだか顔を顰めた。
「……ふう。やっぱりまだ広報が足りないな。私としては、それなりに面白い取り組みだと考えていたのだが」
かぶりを振って嘆息するくぬぎ先輩。
どうにも苦労が垣間見えて、僕はそこで初めて、目の前の人物が我が校の生徒会長であることを意識した。実際、やる気がなければ務まらない役職だ。
それを思慮したわけでもないが、僕は先輩に質問を投げる。
「よろず会とは?」
「ん、まあ要は名前の通りのなんでも屋だな」いくぶん気を取り直して、静かに答えてくれる先輩。「生徒会が主催で、生徒たちの悩みを聞いたり、問題の解決に乗り出したりしている」
「……はあ。つまりは、相談室みたいなものですか」
「そうとも言えるね。実際は、まず相談のみでは終わらないが」
剣呑な話だ。
僕は静かに肩を竦めた。
……だが、ともあれ。聞いてみれば確かにそんな話も言ってたような――という気にさせられてしまう辺り、自分の記憶もほとほと信用ならないが――ともあれ。
なるほどそれは、改革者たる四倉くぬぎらしい、生徒目線の提案だった。先輩が性別も学年も問わず支持を集める理由は、ともすればその辺りにあるのかもしれない。
波崎然り、一色然り。そのバイタリティは見習いたい。
「どうかな? 実に君向きの案件だと思うのだが」
そう言って、こちらへ手を伸ばしてくる先輩。その手を取れと、瞳が僕に語ってくるようだった。まっすぐで歪みのない、黒曜の輝きを持つ双眸が。
その眼に堪えることができず、思わず僕は視線を逸らした。
見ているのが、苦しかったから。
「……僕に向いているとは、とても思えませんが」
知らず、言い訳めいた口調になった。嘘でない本心を述べたつもりだが、視線を避けては説得力がない。
先輩は、しかし、微妙にずれた返答をする。
「君のことは、悪いが少し調べさせてもらったよ」
警察みたいな言い種だった。その場合、僕が被疑者の役どころだ。
普段なら口に出していただろうその皮肉を、けれども呑み込んで問いを返す。
「……何か黒い埃でも出ましたか?」
「別に、過去を洗ったという意味ではないよ。警察じゃないんだから」
苦笑交じりに、くぬぎ先輩。
どうやら同じことを考えたらしい。
「ただ、学校での君の評判を、それとなく訊いて回っただけさ。たとえば君のクラスメイトたち、などにね」
「…………」
自らが預かり知らぬところで自分のことを話題にされるのは、どうにも受け入れがたい感覚がある。たとえ褒められていたとしても、手放しには喜べない。
まして先輩の反応を鑑みるに、決して(僕にとって)面白い話題ではなかったようであれば、なおさら。
「君は幾度か、友人たちが抱えた問題に対して、適切なアドバイスをしたことがあると聞くよ?」
と、先輩。自分の顔が歪んでいくのが僕にはわかっていた。
「偶然です」
「私はそうは思わない」
「本人がそうだと言っているんですが」
「なら偶然でも構わないさ。その偶然の力を、次は私たちに貸してくれ」
「違います。僕は責任を取れないと言っているんです」僕は首を振って言う。「常に最善の解が出せるわけがない。他人が抱えている問題に首を突っ込んだら、話を拗らせる可能性だってあるんです。わかってるでしょう?」
かぶりを振る。
思い出したくない記憶を、頭から拭い取ろうとするように。
僕は二度と御免だ。
自分だけが正しいと思い込んで。自分だけは間違わないと信じ切って。厚顔で、傲慢で、無知で無謀で無力で――無恥で。そのくせ温く愚かな幸せの中に浸っている、救いようのないガキだった頃の後悔を――繰り返すのだけは絶対に嫌だ。
ガキでいるのはもうやめたい。それが無理なら、せめてガキであることを自覚したガキでありたい。浅はかで救えない勘違いに、僕は二度と踊らされたくなかった。
「むしろ、そんなこともわかっていないような輩ならば、私は生徒会に誘ったりはしないさ」
くぬぎ先輩は小さい溜息を洩らすと、仄かな笑いを見せた。
「……彼女の目に狂いはなかったか」
「え……?」
「こちらの話だ、佐太郎くん」
先輩が、僕を名前で呼んだ。そしてふと視線を逸らすと、
「――足音がするね?」
「はい……?」
話題が突然の飛躍を見せ、にわかに僕は首を傾げた。
先輩は苦笑と共に肩を揺らし、
「いや、この辺りは校内だとかなり静かな一角だからね。ほら、聞こえないかい?」
言われてみれば確かに、たったった、と足早に近づいてくる靴の音が、廊下のほうから耳に届く。
どことなく不揃いな反響からして、近づいてくるのはおそらくふたりだ。
「この音は雛子だね」自信ありげに先輩は言う。「雛子は、ほら、見ての通りの元気さだから。足音ひとつとっても、跳ねるようで歌うようで、とっても楽しそうだと思わないか?」
どこか誇らしげに述べる先輩。本当に仲がいいのだな、と、そんなありきたりな感想を僕は抱いた。僕には足音だけで人を判断できる自信がない。
さて、片方が可愛雛子先輩だとすると……もう一方は、双子の可愛桃子先輩だと見るのが妥当か。校内ではくぬぎ会長と並んで有名な可愛姉妹だが、生憎と僕はその顔を覚えていない。朝礼や集会といった各行事で見ていると思うのだが、なにぶん壇上に立つ先輩たちと一聴衆に過ぎない僕とでは、物理的にも心理的にも距離が離れすぎている。
ああ、とはいえ双子で、それも一卵性だと聞いている。なら、おそらく雛子先輩とそっくりの顔をしていると思うのだが――。
「もう一方は……桃子ではないな」
くぬぎ先輩が言った。心を読まれたか、なんて一瞬思ったが、これは単に先輩も可愛姉妹をひと括りに考えていたというだけだろう。
というか、本当に足音で来る人がわかるのか。微妙にすごい特技だけれど、それは逆説的に、生徒会室への来訪者が少ないということまで意味しているのだろう。
ちょっと意外だった。
「ふむ、聞いたことのない足音だな。これは――」
視線を廊下のほうへと向ける先輩。足音はついに、出入り口の戸の正面まで至っている。
そして――扉が、音を立てて開いた。
同時にふたりの生徒が室内へと入ってくる。両名とも女子生徒だ。
その内の一方が、僕に向けて言った。
「おっす、少年。元気だったか?」
破顔一笑してそう言ったのは、先ほど出て行った可愛雛子先輩。
ぎこちなく手を挙げる様子が、妙に芝居がかっている。そのオーバーな挙動も、ともすれば僕への気遣いなのかもしれない。
……まあたぶん、単にそういう
「元気も何も、まだ別れて五分かそこらですけど」
その時間で食堂まで往復してきたと考えると、これはかなりの早さだが。僕なら片道で五分かかる。むしろかける。
廊下を走ってはいけません――という小学校で習うような常識を、果たしてこの先輩は弁えているのだろうか。仮にも全校生徒の模範となるべき生徒会役員だし。それとも本当に徒歩でこの速度なのだろうか。だとしたら本気で敬服するが。
「……む、何か馬鹿にされた気がする」
「気のせいです」
眉に皺寄せた可愛先輩へ、僕はノータイムで答える。よもや勘で僕の思考をトレースされるとは思わなかった。表情筋に負荷をかけた覚えはなかったのだが。
馬鹿にして言うわけではまったくなく、どうにも野生児っぽい先輩だな、と僕は勝手にそう思った。
なんというか動物っぽい。本能で動くタイプなのだろう。
僕は首を動かして、もう一方の人物へと目を向けた。
目が合う。
その女子生徒――察するに上級生だと、何となく思う――は、にっこりと笑みを僕にくれた。どちらかといえばぎこちない、まるでブリキの人形のような笑みに見えたけれど。
そんな彼女へ、可愛先輩は優しげな笑みを湛えて視線を向ける。
「じゃ、くぬぎに聞かせてやってよ。大丈夫、きっと力になるから」
言われ、女子生徒は視線を向けた。
無論、僕にではなく――生徒会長、四倉くぬぎに。
「あの――相談があってきたんですけど、聞いてもらえますか?」
「……、ふむ」と、くぬぎ先輩。
一瞬だけちらりと、僕のほうへ意味ありげな視線を向けると、
「その相談は、異性に聞かれると困る類のものだろうか」
「え、……ちょっ」と待ってくれ。
と言うはずの舌が、驚愕のあまりこんがらがった。
込み入った話になるのならと、僕はすでに退席する姿勢に入っていたのだ。それをまさか積極的に巻き込もうとしてくるとは。
だが僕は、まだこの《四倉くぬぎ》という女傑を見誤っていたらしい。
「あ、構いません」その女子生徒は、軽く答えた。「といいますか、聞いていただけるのならば、是非」
外堀がひとつ埋まった。
「彼女、クラスの友達なんだけど、今そこで偶然会ったんだけよね」と、今度は可愛先輩だ。「でも何かすごい困ってるみたいだったから」
だから助けてあげてほしいな。
まさか君は、困ってる女の子を見捨てるような男じゃないよね?
そう言わんばかりの空気である。
言ってないけど。
だが言ってないだけだ。
これでふたつ。
そして。
ラストを飾る人間は決まっていた。
「どうだろう、佐太郎?」
晴れやかに、朗らかに、いっそ憎々しいほどの笑みで宣うのが、先輩だ。
ていうかついに呼び捨てだった。別に構わないとはいえ。
「君は自分に才能がないと言うが、私はそうは思わない。見解が対立した場合、行うべきはひとつだと思わないか?」
「…………」
僕は答えなかった。答えたくなかった。
――答えるまでもなかった。
先輩は、自らの口で解答を提示する。
「無論――試してみればいい。それだけの話だ、この場合」
明快すぎる解。それが今回、たったひとつの冴えたやり方であると先輩は言うのだ。
構造が単純なモノは得てして強い。上級生の女子に囲まれてしまった現状、もはや僕に先輩の提案を拒む道はなかった。それだけの前提を仕組まれてしまった。
「そ――」
が。それでも足掻かずにはいられないのが、我ながら駄目な部分だと思う。かわいくないというか、諦めが悪いというか。未練がましく、僕は舌鋒を踊らせる。
「……そちらの先輩は、何をか知りませんが真剣に悩んでいるわけでしょう? その悩みを僕の試金石のように使うのは……」
その台詞自体、《先輩がいいなら構わない》と、実質受け入れたようなものだ。
踊りは踊りでも、どうやら火に炙られて狂い踊っているだけのようだ、自分。
「だ、そうだが、どうかな? えっと、」
「あ、彼女、小金井ちゃんね。
「そう。咲さん。嫌なら断ってくれて構わないのだが」
「……えっと、どういう……?」
首を傾げる小金井先輩。まあ、それはそうだろう。
ふむ、とひと言呟き、くぬぎ先輩。
「つまりだね。今、私はこちらの若槻くんを生徒会へ勧誘しているのだ。その能力を試す場として、君の悩みを彼にも一緒に聞いてもらって構わないだろうか、ということだね。生徒会は実力主義だから」
なんでか僕のほうが入れてもらいたがっている感じになっている。
小金井先輩はこくりと小さく頷くと、小さな身体にいっぱいの笑みを浮かべて答えた。かわいい先輩だった。
「もちろんです! お力をお借りできるのなら、是非」
「――だ、そうだが?」
と今度は僕へ水を向けられる。もはや断れるわけがなかった。
これで詰み、チェックメイトというわけだ。まったく鮮やかなお手並みである。僕は降参を示すように両手を挙げ、ようかと思ったがそれも小金井先輩に失礼だと思って止めた。
代わりに、
「……わかりました。役に立つとは思いませんが、力は尽くします」
「そう言ってくれると思ったよ」
朗らかに微笑む先輩だった。
……どの口が言う。
「佐太郎の了解も取り付けたところで、では本題に入ろうか」
くぬぎ先輩が言った。小金井先輩は年下の会長に対し、丁寧に頭を下げて言う。
「お願いします」
「うん――では、話してくれるかな?」
「はい。うまくは話せないと思うけれど、どうぞ聞いてください」
小金井先輩は僕にまで頭を下げた。
腰の低い人だ。温かく穏やかな雰囲気で、へつらっているという感じはしない。とても上品なひとなのだろう、と僕は思った。
実際、所作のひとつひとつが洗練されているように思える。学のない僕では想像するほかないが、ともすれば、どこかの良家の御令嬢なのかもしれない。そんな印象があった。現代日本に《良家の御令嬢》なんてモノが実在するのかは知らないが。
小金井先輩は、すう、と小さく息を吸うと、意を決したように語り始める。
くぬぎ先輩と僕は、姿勢を正して静聴の構えに入る。
「実は今、クラスにちょっとした問題がありまして――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます