第2話 オークの国
セバゥプア――それがこの世界を現す一つの言葉であり、大陸の名である。人々の生活が大小様々な国に分かれ、多様な諸族との交流を行うようになってもうすぐ六百年という月日が流れる。
その昔、世界を闇が覆い多くの命が失われていく中、世界に住む者たちは互いに力を合わせ、その闇を払ったと言う。そこから、国が興り、滅び、また興り……それらを続けながら、今日までの生活を繋いで行くことが出来た。国同士の小さないさかいはあれど大戦に発展することもなく、微妙な均衡の下に世界は何とか、平和な日々を享受することが出来ているのだ。
「ほーん」
「貴様、ちゃんと聞いているのだろうな?」
石造りのテーブルをはさんで、オークの黒騎士ブレイデルの荒々しい鼻息が鳴る。ブレイデルは鎧を着こんだ状態で玄馬と向かい合って座っていた。向かいに座る玄馬はというとブレイデルの説明を聞きながら、ボーっと外の景色を眺めていた。
社内部の中腹に位置する広間は展望台のような作りにもなっており、そこからならオークの国を見渡すことができるばかりか遥か彼方の広大な大地も見ることできる。ざっと見渡す限り周囲は荒涼とした砂と岩ばかりの褐色の大地だが、その中にあるこの国は玄馬から見ても栄えている街並みが広がっているのがわかる。
基本的に石造りの建造物が多いが、どれも均等に削られ、積み上げられている。見ようによっては灰色のレンガのようでもあった。玄馬には建築などの知識はないが、思っていた以上にオークの国は文化的な生活をしているようである。
「マジにオークしかいねぇのな……」
玄馬はそんなことを呟きながら街並みを、そして広間を見渡す。どこを見てもオークの姿しかない。それは当たり前だ。ここはオークの国なのだから。
だが、玄馬はちょっとしたカルチャーショックを受けていた。玄馬のイメージの中にあるオークというのは乱暴で、知性などないモンスターという程度の存在であった。しかし、ここに住むにオークたちはざっと見るだけでも文化的であり、見た目が違う以外は人間となんら変わらない生活体系があるのだとわかる。
目の前にいる騎士のブレイデルもそうだが、広間には同じく鎧を着こんだオークもいればローブのようなものを羽織ったオークもいる。街の方では豪邸らしき屋敷から煌びやかな装飾を施されたドレスを着た女のオークが出てきたり、絵本に出てきそうな子ブタのような子供のオークも見て取れた。
「はぁ……俺、マジで異世界って場所に来たんだなぁ」
溜息をつきながら椅子の背もたれにのしかかり天井を見上げる。
『異世界』。それが、玄馬が結論付けた、今自分が置かれている現状である。理由はさておき、自分は地球から全く違う異世界という場所にたどり着いてしまったらしい。しかもそこはオークの国と来た。幸いなのはこの国に住むオークたちは自分を見ても襲うということは、今の所はないということだ。
それとなく目の前にいるブレイデルにそのことを聞いて見ると、「誇り高いオーク一族は多種族を襲うことはない!」となぜだか感情的な反論を受けた。理由はわからないが、この手の話題はどうやらタブーらしく、周りのオークたちも怪訝な顔をしていたことを玄馬は気が付いている。
故にその話題を追及することはなかった。
「なぁ、えーと……ブレイデルだっけか?」
「なんだ」
声をかけられたブレイデルは先ほどからずっと不機嫌である。受け答えはしてくれるが必要最低限の言葉しか返してくれないし、長く話したと思えばこの世界の説明が終わった途端にはまた無口になってしまっていた。
「いやさ、俺はいつまでここにいるんだろうかねと思ってな?」
「知らん」
この有様なのである。
「だよなぁ……てか、これたぶん俺帰れないよね?」
「嫌に理解が速いな。諦めが良いともいえるが」
「あ、いや、なんとなくこの手の流れは理解してるからな。どうせあれだろ? 呼び出すことが出来ても返すすべはないって奴だろ?」
それは物語でよくある話だ。異世界への召喚は数多くあるが、大抵は戻る方法がないもしくは酷く過酷なものである。もちろんそれは玄馬の持つ勝手な知識と偏見である。この世界ではどうなのかはわからない。だが、楽観視する程の状況でもないのも事実であった。
「あいにくだが、俺は術のことはわからん。それらを踏まえて長と神官どもから話があるだろう」
「ふーん……ま、なるようになるか。所でよ、そもそもなんで俺は呼ばれたんだ?」
長との対面の中で、救いを求めているというのはわかるが、今一つ理由がつかみきれない。
「まず、勘違いをしているが、俺たちはお前を召喚したつもりはない」
「は?」
意外な答えが返ってくる。
「そうだな、詳しい説明は神官どもからあるだろうが、俺たちは予言によってお前の訪れを知った。俺個人としては懐疑的だったのだが、あの地にお前がいた以上、事実だったのだろう」
「予言ってなんだよ?」
「この世界を救う大導師がこの地に訪れるという予言だ。星見の神官どもが口を揃えてそんな予言をしだした。詳しい内容は……まぁいい。とにかく、今日、この日、あの場所でお前が現れるのは前から予言されていた。俺はそれを迎えに行けと命じられていたのだ」
「そりゃ随分と準備のいいことで」
「俺もそう思う」
ふとブレイデルが苦笑したように感じた。どうやらこの点についてお互いに同じような事を考えているようだった。
実際は怪物に襲われて死にかけていたのだが、そこはそれ、命を救われたのだから良しとするしかない。でなければこんな会話もできなかったのだから。
「んで、誰が俺をここに呼んだんだ?」
「知らん。お前が勝手に来た……俺からはそうとしか言えんな。それか、この世界に呼ばれたかだ」
「随分と曖昧だなぁ……」
玄馬は溜息交じりにテーブルに突っ伏した。そういえばこの世界に来る前の記憶が曖昧だということに今更気が付く。少なくとも事故に会うとか、死の直前だったという記憶はない。なんら普段と変わらない生活を送っていた記憶がおぼろげに存在する。制服を着ているということは学校にいたのかもしれない。
だが、その前後の記憶がどうにもあやふやだった。この世界にも気が付けば荒野に取り残され、怪物に襲われて、そして今に至る。そこはかとない不安が玄馬の胸中に膨れ上がるが、もう一度溜息をつくとなぜだかそれらは吹き飛んでしまった。
生きているのだから、まぁいいか。そんな能天気な思考が出来上がりつつあった。
「で、その大導師って何よ。世界を救うとかさ? 俺、勇者?」
その玄馬の質問にブレイデルはふごふごと鼻を鳴らす。
どうやら鼻で笑われたらしい。
「バカをいうな。見たところ剣も扱えなさそうな軟弱な小僧ではないか。大導師というのは優秀な導師につけられる名誉だ。あらゆる術に精通し、その知は全知に匹敵するともいわれ、天候を操り、国すら興すと言われる程のな」
「質問、導師ってなに? 魔法使い?」
「概ねそのようなものだ。でだ、お前はその大導師と目されていたのだが、お前、術は仕えるか?」
「どうやって使うんだよ? 頭の中に呪文でもぴぴーっと思い浮かぶものか?」
あいにく選ばれしものが使えそうな壮大な呪文は一句たりとも思い浮かばない。試しに子どもの頃見ていたアニメの呪文に一つでも唱えてやろうかとも思ったがさすがにそれで不発なのは恥ずかしかった。仮に成功しても面倒臭いことになるのは予測できる。
「フンッ! どうやら導師の見習いですらないようだな。だというのにその身にあふれる魔力……宝の持ち腐れだな」
「なぁ俺よくわからんのだが、俺のその魔力って奴はそんなに凄いのか? この十六年生きててそんな片鱗一切なかったが」
もし彼らのいう凄い魔力ってのが本当にあるならこの世界に来る前に何かしらそのおこぼれを授かっていてもいいはずである。テストで満点を取ったり、スポーツで活躍したり……
だが、曖昧な記憶を手探りで漁ってみても特別おかしなことが起きた記憶もないし、事件にも遭遇しなかった。
「一言で言えば凄い。俺たちオークは魔力などをニオイで判別できるのだが、お前からは魔力の塊としか言いようのないニオイを感じる。髪の毛から血の一片に至るまで魔力ではないかというぐらいだ」
「ほほーそんなに凄いのか? 全然わからんが」
「魔力を持つがそれを知らぬまま生涯を終える者もいる。大体そういうのは魔力の保有量が微量である場合なのだが……お前はどうやら違うようだな。はっきりってなぜわからんのかが、わからん。ふざけてるのか?」
「至って本気だよ俺は。そもそも俺の暮らしてた場所じゃ魔法だなんだなんて空想だったからな」
「ますますお前という存在がわからなくなったよ」
それはこっちの台詞であると内心呟く。
「ま、とりあえず俺が凄い力を持ってるらしいというはわかった。次は……」
新たな質問を投げかけようとする時であった。
広間の入り口付近がやけに騒がしい。数人の足音と共に「ブレイデル様!」と呼ぶ声が聞こえる。何事かと思い視線を向けてみると金色の刺繍が施されたローブを纏った数人にオークの神官がそこにいた。
「なんだ」
「長がお呼びです。お客人も同席なさって欲しいと」
神官のオークは深々とブレイデルに頭を垂れる。どうやらこの騎士はそれなりに地位のあるオークらしいというのがこのやり取りでわかる。思えばこのブレイデルと名乗るオークの鎧は他の兵士とはずいぶんと違う。そもそもロボットに乗っている以上、特別な存在であるのは想像に容易いものだった。
「わかったすぐに向かう。おい、行くぞ。お前の疑問、その全てがそこで明らかになるだろう」
「じゃないと困るよ」
玄馬はブレイデルの背を追いかけながら、通路へと出る。
ふと周りを見渡すと、ブレイデルよりも年上であろうオークの兵士が彼に頭を下げていた。
(こいつ、もしかしてかなりの偉いさんなのか?)
だとすれば、先ほどまでの馴れ馴れしい口調はまずかったかもしれない。そんな不安が駆け巡る中、遂にはそれを言い出せずに玄馬は再び巨大なオークの長と対面することになる。
(まぁけど、このでかい人に比べるとなぁ……)
そんな言い訳をしながら、玄馬は長の部屋の扉をくぐった。
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