第25話 アルラウネの導き
翌日の早朝、二人はさっそく移動を再開した。
その土地は広大な大地でオークの国があった砂漠地帯に似ているが、それほどには砂に埋もれていない乾いた所だった。ごつごつとした岩があって、赤茶けた地面の先にはうっすらとだが緑も見える。
『じきに川も見えてくるだろう。その川を辿れば街が見えてくるはずだ』
水辺には住居ができる。ブレイデルはそう説明してくれた。砂漠の真ん中に位置していたオークの国も地下水やオアシスを中心に興された国であり、意外なことの水で困るということがなかった。
だからこそ、貴族のような存在もいて、ブレイデルのような騎士もいるぐらいには栄えることが出来たのだ。
そんなことは玄馬は知らない所だが、水が生きていく上で必要であることは理解していた。
「で、結局移動はガイオークスなのね」
もはや定位置になった球体空間の内部で玄馬は胡坐をかいて、見るのに飽きてきた光景を前に欠伸をした。
『道があればその通りに進むが、このような場所ではな。それとも、炎天下の荒野を歩きたいか?』
「ノーサンキューだ」
『なんだ? その言葉? とにかく、遅れた分を取り返すにはこうした方がいい。それに街が続くようになるとどこかで馬車を手に入れなければならん。ガイオークスで移動できるのはこういう土地だけだ』
「結構行き当たりばったりだもんなぁ……お、森が見えてきたぜ」
荒野を出るのにはさほど時間はかからなかった。
たどり着いたのはうっすらと広がる平原とその奥に生い茂る森林の姿である。ここで玄馬は少し奇妙な違和感を覚えた。荒野と草原の境界線とも言うべきか、そのあたりがきっちりとわけられているのだ。森とそれ以外の土地の境界など場所によって違うのは当然だが、目の前のそれだけはどうにもそうは感じることができなかった。
まるで意図的にそういうしきりを作ったような感覚があるのだ。
『アルラウネの森だ。連中の力で、このあたり一帯は荒野でありながら森が存在する』
「アルラウネ? 植物人間みたいな奴か?」
『あぁ。大人しい連中だ。だが怒らせるなよ。養分を吸い取られるか、玩具にされる。そうでなければ知的な連中なのだがな……』
森の入り口までやってくると、二人はガイオークスを降りて徒歩での移動を行うう。
ガイオークスが斧に戻され、出発しようという矢先、ブレイデルが鼻を鳴らして、首をかしげる。
「しかし妙だな。アルラウネの森があるのはもっと先のはずだが」
「ん? なんで先なんだ?」
「いやな、アルラウネの森は、アルラウネたちが移動する度に場所を変えることもあるのだが、それにしても随分と内陸まで来ているなと思ってな。通常、あの者たちは定めた土地を移動することはそうそうないのだ。それこそ、災害に見舞われない限りはな」
「瘴気のせいじゃないのか?」
「可能性はある。だとすれば、由々しき事態だ。瘴気の毒がそこまで迫っているということになる……とにかく、今は森を抜ける。アルラウネたちの住む森は良い水が流れる。果実もうまい。できるならわけてもらいたい所だが……おぉい!」
ブレイデルは森の入り口手前で大きな声を出した。
すると玄馬でもわかるぐらいに森全体が一斉にざわつき始める。葉や枝のこすれ合う音が合掌のように響き渡ると、二人の目の前の地面がぼこっと盛り上がり、巨大なつぼみが覗く。
そのつぼみは人の背丈もあり、その周囲にはうねうねとした緑色の根が蠢いていた。
「相変わらずオークの声はうるさいのよねぇ」
そのつぼみからは女の声が聞こえた。若い、年齢としては自分たちとそう変わらないぐらいだと思う。
つぼみはゆっくりと花弁を開き、その内側に隠れていた女体を露わにした。その少女は、金髪だが、全身はうっすらと緑がかった肌に桃色の入れ墨のようなものが脇腹に刻まれていて、ほぼ全裸の姿であった。胸の部分には葉で作られた胸当てが付けられているので、少なくとも玄馬が目のやり場に困ることはなかったが、下半身に関しては少々疑惑の判定であった。
玄馬はそれとなくスケベ根性もあったので、ちらっと視線を動かしたが、その瞬間、蔦が伸びてきて彼の頬をぶった。
「いでっ!」
「ったく、人間の男ども相変わらずね。それで、何の用?」
フンとアルラウネの少女は腕を組んでこちらを睨んできた。デリカシーがない男は嫌いだとでもいうのか、かなり態度はそっけない。
「おい、大人しい、知的な子ばかりじゃなかったのか?」
じろっとブレイデルを睨みつける。ブレイデルもそっぽを向いた。
「……知るか」
ぼそぼそと男二人で囁き合う。
そんな姿を見ていたアルラウネの少女はまた怪訝な顔をして、「ようがあるの? ないの? どっち」とやや語尾を強めて言ってきた。
「あぁ、すまん。旅のものだ。水と食料を分けてもらいたい。あと、この森を通り抜けたいのだ。良いか?」
「ん……」
少女はちょっと待てというように手をかざして、自分は念じるように瞳を閉じた。ややすると、「許可が下りた」と言って、花弁を閉じ、地面に潜っていく。魔法でも使っているのか、穿たれいた穴は綺麗にふさがっていた。
玄馬は試しにその穴のあった場所を踏んづけてみたが、土で覆いかぶせただけではないらしい。
「おぉ」
奇妙な感動があった。
「遊ぶな。いくぞ。基本は一本道だ」
***
見る者が見ればここはパラダイスなんだろうなと玄馬は思う。森の中腹に差し掛かると、そこには小さな湖があった。玄馬は元の世界で見たことがないぐらいに透き通り、水の中の岩まではっきりと映り込む綺麗な湖であった。
そしてその周囲には無数のアルラウネたちが根っこのようなものを伸ばして、湖の水を吸収しているのである。
アルラウネたちはみな、美女ばかりで、葉や花が枯れたものは老婆なのだが、それでも綺麗な人だなと玄馬は思った。相変わらず半裸なのが気になる所ではあったが。
「なんか、すっごい注目されてるんですけど?」
その空間にたどり着いた時から感じていたことだったが、アルラウネたちはこちらを興味深そうに眺めていた。時折、ひそひそ話が聞こえてきたり、視線を合わせると、さっと花弁で顔を隠す者たちもいた。
「基本的に、男のいない種族だからな。男はマンドラゴラと呼ばれるが、一緒にいることは少ない。彼女たちは単一で増えるからな。物好きなのもいるにはいるが……まぁどちらにせよ男は珍しいものらしい」
「へぇ。それにしてもなんかむずがゆいな。注目されるのはいいが……」
「隙を見せるなよ。アルラウネは男をからかうのが好きなんだ」
などと会話を続けながら歩き続けていると、再び地面が盛り上がる。
現れたのは入口で出会った少女だった。
「あのね、私らがどう見られてるかはわかってるつもりだけど、そんな男をとっかえひっかえするような種族じゃないの。サキュバスでもあるまいし」
少女はフンと鼻を鳴らして、こちらをちらっと睨むと、湖を挟んだ向かい側を指さした。そこには他のアルラウネたちよりも巨大な花が咲いていた。綺麗な薄桃色の花弁である。ラフレシアなどと呼ばれる巨大な花のようなグロテスクな見た目ではない。
「クイーンがあんたらに話があるみたい。水も、果実も、そっちに用意したわ」
「おぉありがたいね。えーと……」
そういえば名前を聞いていなかったなと思う玄馬。
「アロマローネ」
「うん?」
「アロマローネよ。名前」
それを悟ったのか、アロマローネがぶっきらぼうに答える。
「そうか。俺は玄馬だ。大導師なんてことをしてる。救世主でもあるぞ」
「はぁ?」
「気にするな。馬鹿なんだ」
それはどういうことだという反論をするよりも前にアロマローネは地中に戻っていき、ブレイデルは猫を掴むように玄馬の襟をもって運び始めた。
「なぁ、やっぱ俺の扱い酷くないか?」
「その減らず口を直せば考えてやる」
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