第26話 クイーン・アルラウネ
「ようこそ天命に導かれし者よ」
巨大な花の中央、花柱に位置する部分には三メートル程の大きさを誇る美女がいた。他のアルラウネとは違い白く、光輝いているように見えるその女は花飾りのような王冠を身に着け、ブドウの房をあしらったネックレス、リンゴのように赤い宝石を散りばめたドレスを身に着けていた。
それでも肌の露出が多く、ほぼ半裸状態なのは他のアルラウネとは変わらない。
(でっけー)
見上げる形になった玄馬は、色々な意味でそのアルラウネ、クイーンに対する素直な感想を内心で呟いた。
「ハッ、アルラウネの女王陛下に謁見できるとは、光栄の極み、我の名はブレイデル。オークの国より旅を続ける者です。こちらは旅の仲間で、えー見習いの導師、玄馬と申します」
唖然と見上げていた玄馬とは違い、ブレイデルは兜を取り、武器を置いて、きちんと跪いて頭を垂れていた。ボケッと立っている玄馬を肘で小突くと小声で「お前も挨拶しろ」と囁く。
「あ、えと……導師、玄馬です」
取り敢えずブレイデルと同じような姿勢を取り、頭を下げる。
クイーンは微笑を浮かべると「そうかしこまらなくても良い」と言って、面を上げさせた。クイーンの声はどこか反響音のように聞こえ、同時に耳元で囁いても聞こえた。美しい声であり、艶のある喋り方に玄馬は少しだけ奇妙な感覚が走ったが、嫌悪感ではない。
「水と果実は用意しました。大切にお使いなさい」
「ハッ! 感謝いたします。ところで、クイーン・アルラウネ。恐縮ではありますが、ご質問が」
「なにか?」
「では、アルラウネの森が時折移動するということは知識として知っていました。しかし、私の記憶が正しければアルラウネの森はもっと先に位置していたと記憶しています。アルラウネが土地を大きく移動することはないと聞き及んでおりましたが、何かあったのでしょうか?」
ブレイデルの質問に対して、クイーンはしばし沈黙を返した。
その間もブレイデルは身じろぎ一つせず、返答を待つ。
ややすると、花全体が大きく揺れ、二人の目の前まで下りてくる。どうやら玉座から移動したようなものらしい。
「その件についてお話があるのです」
クイーンの声音は優しいが、どこか芯があった。
「騎士ブレイデル、オークの国ひいてはこの大陸を犯す瘴気と呪いは日に日にその濃度を増しています。遠くの土地では、小さな街々が滅びの一途を辿っているとも、各地の同胞たちから話として聞いています。そして、その危機を救うべく、この地に救世主が舞い降りたとの話も……」
そこで一端言葉を区切ったクイーンはちらっと玄馬の方を見た。クイーンは恐らく見た目通りの年齢ではないのだろうが、一見すればまだ二十代のように見える。そんな美人から見つめられれば玄馬とてどぎまぎはするというものだった。
「そこの少年。その身からわきあがる無限の力……そしてわずかにこの世界とは違う何かを感じる……数千年前、暗黒時代を経験した先々代のクイーンが残した記録にも異なる世界より舞い降りた救世主がいた……とされていましたが……」
「あ、はい。俺、いや、自分もよくわかんないですけど、世話になったオークの長からもそのように……」
変な言葉使いになってしまった。目上の人物に対する言葉使いもそうだが、気品が高すぎる相手との会話は未だに慣れなかった。
「あの、クイーンは何かわかるんですか? 今の事態がどういうものかとか、救世主がどういうものなのか? とか」
玄馬にしてみてもそれは知っておきたいことだったが、答えはあまり期待していなかった。
「ふむ……それについてはわずかな文献しか残されていません。先々代が生きていた暗黒時代は、まさに地獄だったと聞いています。当時の情報の殆どは戦火に飲まれ、消失しているとか……しかし、ここ数週間、私は西に落ちる光を夢に見ました」
玄馬にしても、その話はオークの国でも聞いたものだった。星見という予言でオークたちは自分の召喚を予測していたと聞く。そして、ブレイデルと出会った。
どうやらクイーンもまた同じような、予言、予知の力を持つのかもしれない。それになんとなくオークの神官たちよりは信憑性のある話が聞けそうだなと勝手に思っていた。
「救世主はその身に宿った魔力を使い、この世に光をもたらし暗黒を払ったとは伝説、記録では残されていますが一体どのような秘術を用いたのかはわかりません。しかし、救世主はその奇跡をもって大導師として称えられ、今日において導師たちの最高位という称号を残したのです。過去の救世主もまた何やら導機に乗り込んでいたとも聞きますが……」
「クイーン、再び質問をよろしいでしょうか?」
ここでブレイデルが割り込みを駆けてくる。
クイーンは頷き、応じた。
「この玄馬、術の才能はなく、魔力の殆どは宝の持ち腐れ、しかし我と共に邪導機に乗り込むことで、そのパワーを何十、何百倍にも上昇させました。これは救世主と何か関係があるのでしょうか?」
「あ、それ俺も知りたい。ガイオークスだけじゃなくてガラッテに乗っても同じ事が起きたし、そのおかげでちょっと魔法使えるようになったし。回復魔法だけど」
二人の質問に対してクイーンはやはり首を横に振った。
「邪導機、聖導機に関しては未だ謎が多い。我らの祖先が瘴気、狂獣に対抗するべく作り出した機械であることは確かなのです。ですが、それであればなぜ、今の時代にそれらが伝わらず、謎を残したまま朽ちていたのかの説明がつかないのです。その部分だけが、不自然に歴史から抹消されている……」
(なんもわからんのかい。けど、なんか不自然だなぁ……)
玄馬は元いた世界の歴史の事を思い出していた。歴史は好きでそれなりに勉強をしていたのだが、確かに過去の文献というのは中々に曖昧な点が多く、捏造されたものや消失したものなどを含めれば、どれほどの真実が失われたのかは想像もつかない。
この世界の、導機や救世主についても同じ事なのだろうが、それにしたって情報がなさすぎるのだ。
そもそも世界を救ったという救世主伝説である。物語としては残っているとオークの国では聞いたが、大本の伝説についてはこれっぽっちもわからない。少し期待していたクイーンもこの答えでは、納得もできないというものだ。
(それを確かめるにしても、やっぱ西の都って所を目指してみるしかないのか。そこに答えがあるかどうかもわからんが……)
ともなればやはり、西なのだ。
何があって、どうするのかもわからないが、目的地であることに変わりはない。
「ここ数年の瘴気、狂獣の動き……私は何かよからぬことの前触れであると思っています。それこそ、暗黒時代……多くの生命が死に絶え、世界が崩壊の危機に陥ったあの時代へと戻ってしまうのではないかと……」
クイーンの言葉は突然の破裂音でかき消された。
「……! 何事か?」
クイーンの号令に数人のアルラウネが地中に潜っていく。偵察に向かったのだろうか。
その間にも森がざわつく。破裂音は遠いが、断続的には聞こえていた。
「爆弾?」
玄馬はそうとしか思えなかった。この音はどこか人工物のような音だった。
「クイーン。数体の導機が森に侵入してきます」
残っていたアルラウネの一人が突如としてそんなことを言い出す。
「アルラウネは土地全体に張り巡らせた根と植物を通して種族間の通話を可能としている。こと情報伝達においてアルラウネに敵う者はいない……しかし、どういうことだ? アルラウネの森を襲う導機だと?」
ブレイデルは既に兜をかぶり、斧を担いでいた。騎士ゆえにその動きは早く、いつでも対処できるような態勢を取っていた。玄馬もマントを羽織り直し、特に意味もなく身構える。
「アルラウネって、何か襲われるようなことでもあるのか?」
「ない……とは言わん。美人揃いだからな。そういう趣味の連中もいる……だが、わざわざ襲うようなことも……えぇい、どちらにせよ巻き込まれた。迎撃するぞ。クイーン!」
ブレイデルはクイーンの方へと振り向く。
「騎士ブレイデル、やってくれるか?」
「ハッ! 不埒者、見事打ち払って見せます」
「期待します。偵察に向かわせた者の話では、見たことのない導機であると……」
「ご心配なく。ガイオークスは無敵です。行くぞ、玄馬」
「おうさ」
二人はクイーンに頭を下げると、破裂音の響く森の入り口目指し駆け出す。
クイーンを含めたアルラウネたちは二人を見送る。二人の戦士の背中を見つめながらも、クイーンは言い知れぬ不安を抱えていた。
(此度の瘴気の拡散……どこか人為的なものを感じる。それは西の都のものか? それとも……)
クイーン・アルラウネは全知全能ではない。多少の予言、予知は出来てもそれはぼんやりときりがかったもので、その意図を読み解くのは難しい。それに、その考えは、予知でもなんでもなく、はっきりとした根拠のない、推測でしかなかった。
「アロマローネ!」
不安を打ち消すようにクイーンは傍に控える少女の名を呼んだ。
「はい」
「騎士たちが戦ってくれますが、ここは我らの土地。邪導機ファレノプシスを与えます」
「ハッ!」
クイーンはそう伝えると、手を輝かせ、一粒の種を取り出し、アロマローネへと手渡す。アロマローネは胸を叩き、地中へと潜っていった。
「瘴気が蠢いている……」
見送った後、クイーンはそれとなく湖に視線を向けた。振動で揺れる波紋。しかし、クイーンはその波紋に混ざり合うように黒いもやを間違いなく視界に入れていた。
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