第24話 野宿
しかして、街を抜け出した玄馬とブレイデルは途方に暮れていた。
ほぼほぼ勢い、脱兎のごとく逃げ出したも同然の二人は実際の所、ひたすらに進み過ぎて現在、絶賛、迷子であった。
とにかく西に進んでいるのは確実なのだが、具体的な地名やら居場所やらがさっぱりであった。
騎士であるブレイデルは星を見れば大体の位置がわかると豪語していたが、昨日の夜空を眺めても一向に答えが返ってこなかったので、玄馬は色々と不安にもなった。
「んで……どーすんだよこれから」
結局、野宿する羽目になったので、陰になる岩場をガイ―クスで掘り出し、固定して、簡易式の住居を作った。大地を操るガイオークスのパワーをそんなことに使ってよいものなのかと思ったがブレイデルは『導機は道具だ。道具は有効に活用せねばならない』と言った。
ガイオークスは一族の守り神じゃねーのかよ、と突っ込んでやりたかったが、ふきっさらしの大地でマントを毛布代わりにするよりはマシなのは確実だった。
硬い岩盤を敷き詰めたその仮の宿は思った以上にしっかりとしていて、崩れる心配はなかった。
「まずは港を目指す。ここらはまだ内陸部でな。暫くすれば川が見つかるはずだ。それを辿り、海辺の国……マーマンの国を目指す」
「半魚人の国?」
玄馬のイメージでは、マーマンは魚のような顔を持った人型のクリーチャーであった。
「それを本人たちの前でいうなよ。くびり殺されても文句は言えん。マーマンだ。まかり間違っても『フィッシュマン』などと呼ぶなよ。種族間での見た目の差がある人種なのだ。色々とうるさい」
「お、おう……気を付ける……そんなに違うのか?」
「人の顔をした奴もいれば……ふじつぼのような奴もいる……」
「あぁ……了解だ」
それからは腹ごしらえとして夕食を作ることになった。
彼らが持ち合わせている食料は基本的には干し肉などの乾物ばかりである。本来なら、街で何かしらの食料品を買っておきたかったが、それをやる前にあの騒ぎだった。
とはいえ、干し肉はまだたくさんあった。それをお湯でゆでながら、少々の塩で味を調えればスープができるというものだった。
肉にしみこんだ味が溶け出て、意外とうまい。あまり食べたことのない味を玄馬は気に入っていた。
「西の、そのマーマンの国を目指すのはいいけどよ。なんでアリアの、国王様のお願いは無視したんだ?」
調理を進めながら玄馬はふと思いついたことを尋ねた。
勢いに乗ってブレイデルと共に抜け出したものの、それなりには気にしていた所だった。
国王、しかもどうやらかなりデカイ国の主が直々に呼んでいるとなれば何かしらの協力を取り付けることも可能ではないかと思っていたのだ。
「コラト王は名君というのは昨日も言ったが、それは事実だ。だがな、大国であるハトヴァーユですらこの状況に対しては後手に回っている。瘴気を抑えることはできていないし、狂獣の出現も相次ぐ。その場限りの対処もそれは必要だろうが、誰かが他の方法を模索せねば前には進めん。だから、我らオークは一縷の望みを賭けて、西の都を目指すのだ。例え、それが無駄足だったとしても、無駄だとわかればそれは儲けだ。そうなれば、我らオークは大人しく滅びるまでだ」
「なるほどな。一応、全くの考え無しってわけじゃないのか」
「お前こそどうなんだ。お前の力は確かに有用だ。お前がいればガイオークスも調子が出る。だが、美人のエルフについていきたいんじゃなかったのか?」
煮詰まっていくスープからは香ばしいにおいが漂ってくる。それを木彫りのスプーンでかき混ぜながら、玄馬は「うーん」と呟いた。
「なんでって言われてもなぁ……ま、お前には助けられたし、そっちの方が楽しそうだからな。それに、俺がいなきゃ、お前、また呪いで暴走するだろ?」
あの街で発現したブレイデルの不調。幸い、大事には至らなかったものの、それを抑えるだけの術者がいなければブレイデルはその西の都へと旅立つ前にどこかで討伐されるかもしれない。
それに玄馬にしてみればブレイデルはこの世界で初めて会った存在だ。それなりに信用もしているし、数週間とはいえ、一番長い付き合いだ。
「それにな、俺だって魔法を使いたいんだ。西の都は魔術が盛んなんだろ? そして俺は救世主、大導師と来た。なにかすんごい魔法が使えるようになるかもしれんからなぁ! あ、そうだ」
玄馬はスープをかき混ぜるを止めて、にやりと笑みを浮かべる。両腕を前に突き出すと、淡い光が玄馬の掌から放たれていくのが見えた。それはそよ風程度のもので、ほんの少し炎を揺らめかせるだけだったが、ブレイデルは驚いた顔をして見せた。
「お前、魔法が使えるようになったのか!」
「へへへ! どうだぁすげーだろ! あのガラッテとかいう導機に乗ってからちょっと使えるようになったんだよ。ま、言ってもこれは回復魔法らしいんだがな」
「癒しの風か? 擦り傷程度なら一瞬で完治させる初歩の魔法だが……それにしても陳腐だな。もっと大がかりな魔法を覚えれんのかお前は」
「な、てめぇ! 俺の初めての魔法らしい魔法をバカにしやがったな!」
「騒ぐな。癒しの風は初歩も初歩、子どもでも使える魔法だ。それに、さっきも言ったが擦り傷程度の傷しか癒せれないものだ。全く、せめて上位の回復魔法を覚えてくれれば便利なのだなぁ……」
はぁーとわざとらしい深いため息をつかれる。玄馬はひくひくと口元が痙攣するのを感じた。
(この野郎、肉の量減らしてやるぞ)
などと文句を思いつつも、確かにもっとデカイ魔法を使ってみたいという感覚はあった。
「へっ、今に見てやがれ。だが、それにしてもなんで俺は魔法が使えるようになったんだ? そっちの神官たちは才能がまるっきりないとか言ってたがよ?」
玄馬自身、なぜ自分が突然魔法を使えるようになったのかはわからなかった。ガラッテに乗ってから使えることがなんとなくわかったというのが正直な所なのだが、それがトリガーになっているかよくわからないのだ。
「ふむ……今にして思えば、ガイオークスに乗ったことで『浄化』が使えるようになった。そしてガラッテで『回復』……そして、導機間の移動……推測だが、お前は導機に乗り込むことで、ロックが解除されるのかもしれんな。そのような難儀な話は聞いたこともないが、そうとしか言いようがない」
「てぇことは、俺は今後も導機に乗れば魔法をバンバン覚えるってことか? それは楽しみだなぁ!」
「はしゃぐな。前にも言ったが、導機、特に俺たちの邪導機やあの騎士の聖導機は現存し、稼働している数が少ない。それにおいそれと乗れるものでもない。まぁお前が魔法を使えるようになるというのなら、それに越したことはないがな。そう簡単に邪、聖導機は見つからんよ」
「ちぇーなんだよそれ」
ふてくされながらも玄馬は器にスープを盛って行く。
二人とも腹が減っていたのか、暫くは食事に夢中で無言が続いた。会話が再会されたのは完食してからであった。
「しかしわからんな。なぜ貴様はガイオークスとガラッテの間を行き来したのだ? そもそも導機にあのような空間が存在するなどというのは聞いたことがない」
「んなもん俺が知るかよ。むしろ、ファンタジーなロボットってそういうもんなイメージがあるんだが?」
「またわけのわからんことを……だが、どちらにせよ俺に特だ。ガイオークスがパワーアップするだけでも意味はある」
ブレイデルにしても損がなければそれでいいのではないかという思いはある。異常な程にガイオークスは出力を向上させたし、何より、操縦してこちらがぶっ倒れる心配もないからだ。玄馬を乗せることで、本来必要となる莫大な消費エネルギーにはむしろ釣りが出る程だ。
玄馬も玄馬で、今の扱いに異論はなかった。自分が乗り込むロボットが強ければ強いだけ安心だし、ささやかな望みも差し込んでいる。
魔法が使えるかもしれないという可能性は玄馬がこの世界を楽しむ、いてもいいだろうと思うぐらいには魅力的なものだった。
そこに些か邪な考えがあることは本人としても自覚はあるつもりだ。
(ま、けど、ファンタジーな世界に来たんだから魔法の一つや二つは使ってみたいと思うのは当然だよな)
空になった食器をさてどうやって片付けようかと思いながら、玄馬はそんなことも考えた。
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