第23話 ひたすらに、西へ
二体の導機、ガイオークスとガラッテは機体をそのまま残して、市役所の前で跪いていた。各々の主たちは既に機体からはおりていて、今は市役所の中に仮設された騎士たちの屯所で休みを取っている所であった。
ブレイデルは僅かにだが意識があったのだが、ふらついており、支えられなければ立つことも歩くこともままならない状態まで衰弱していた。普段であれば、こんな状態でも口やかましくがなりたてる男が、今回ばかりは大人しく、兵士たちに支えられていた。
用意されたベッドはブレイデルに対してかなり小さく、彼は寝ころぶというよりは腰掛けて、壁にもたれかかるような姿勢で休むしかなかった。
「おい、大丈夫か? 呪い、出てきてたんだろ?」
その隣、椅子に座る玄馬が心配した様子で声をかける。
ブレイデルは無言で頷き、深い息を吐いた。
「不覚だ。どうやらこの街の瘴気にあてられていたらしい……お前たちが見たという結晶体だが……」
「あぁ、あれか。騎士様がバッサリと切り捨てた途端に消滅したよ。ありゃなんだ? 呪いや瘴気の塊みたいな感覚があったが」
またも、感覚だった。
玄馬は狂獣の内部から出現した結晶体に対してそのようなイメージを抱いた。あれそのものが瘴気で出来た物質であり、あれこそが狂獣の本体という認識である。どうやらそれは、エルフの騎士であるアリアもまた同じ意見であるとのことだった。
「聞いたことがないな……神官連中であれば何かわかるかもしれんが、ここにそんな博識な奴がいるとも思えん……瘴気の結晶か……で、あればあの死肉の塊のような狂獣が現れたことにも説明はできるが……」
「そうなのか?」
「あぁ、前にも一度話したことがあると思うが……呪いから解放される方法、覚えているか?」
「……今の所は死ぬことだったな?」
「そうだ。死こそが呪いから逃れる、現状、唯一絶対の条件だ。つまり、死体は狂獣にはならない。だが、今回の狂獣は人間どもの死体をかき集めて形成されたものだった。時々、狂獣は大多数の生物を巻き込み、融合することで多様な能力を会得することもあるが……」
「死体……ばかりだったな。骨もあったし、墓場を掘り返されたって感じだったが」
思い出すだけでもあのゾンビのような狂獣は気味が悪い。あの狂獣そのものの戦闘能力は低かったのだが、体内から噴き出る瘴気の量は異常であった。
「そもそも、その結晶が『本体』だったのかもしれんな。あの死肉と骨は外装……いや、武器だったのかもしれん。狂獣の中には周囲にあるものを武器として扱うことがある。その応用で死肉を操っていたとすればあの姿もわからんでもない」
「死体を操るって……趣味悪ぃなぁ」
「そのような秘術を使う導師もいると聞く。ふむ……だとすると、妙だな」
ブレイデルは手を口に当てて考え込む姿勢を取った。
「うん? 何だよ」
「狂獣には知恵がある。中には術を使うものもいる。だが……死霊術はかなり高度なものだ。死体そのものを操るわけだからな。単純に魔力の量が多いとか、知恵がついている、そのようなことで扱える程容易いものじゃない。だが、奴は、あの狂獣は己の肉体として死肉を使うだけではなく、小型のゾンビまで作り出していた……本能のままに破壊を行う狂獣に、『複数』を操るような真似ができるわけが……」
ブレイデルは再び思案を始める。
玄馬は玄馬で、ここに来る前、現代日本の知識を掘り起こして、色々と考えてはみたが、答えにはたどり着けそうにもなかった。
「あーわっかんねぇ! 第一、この世界でもよくわかってねぇもんが俺にわかるかってんだ!」
頭をかきむしりながら、立ち上がると玄馬は窓を開け放つ。外からは兵士たちの作業する音が聞こえていた。アリアが引き連れた部隊の導師たちが街中をくまなく浄化しているのもわかる。
それを眺めていると、背後でドアを叩く音と共に「入るわよ」というアリアの声が聞こえた。
「どうやら、発作は収まっているようね」
先ほどまで現場で指揮を執っていたのか、アリアの姿はサーコートと軽装の鎧のままだ。
「おぅ! 騎士さん。さっきは助かったぜ。あんたの、えぇと、ガラッテだったか? ガイオークスもすげぇがあれも中々だな。かなり食い意地が張ってたぜ」
「そう……」
アリアはそっけない態度で相槌を打ちながら、ドア近くの壁にもたれ掛かり、しばし沈黙した。その最中でもしきりとに玄馬とブレイデルを交互に見やっていたのがわかる。
「なんだ?」
不自然な態度だと玄馬は思う。アリアという少女騎士は見た目のわりには物事ははっきりと口にするタイプだというのは短い付き合いでもわかることだった。そんな彼女がどうにももごもごした態度をとるのは不思議に見えた。
一体どうしたのいうのだ? と玄馬はブレイデルに視線を向ける。
同時にブレイデルも無言で玄馬を見る。知るか、という返事が口に出さずとも伝わってくる顔だった。
玄馬は肩をすくめて、椅子に座り直すと、じぃーっとアリアの様子を伺う。
「……トイレか?」
「切り倒すわよ」
冗談を言っていいタイミングではないらしい。
しかし、アリアもアリアで、がしがしと頭をかいて、首を横にふり、溜息をつきながら重々しく口を開く。
「色々と、聞きたいこともあるのだけれど……あなた」
アリアの視線は玄馬へと向けられていた。
「あなた、救世主?」
「あぁ、そうらしいな」
対する玄馬の返答はこのように軽いものだった。オークの国でさんざん、言われた言葉である。否定する必要もなかったし、もったいぶる必要もないと彼は考えていた。
一方で、アリアはあまりにも素直な返答に少し驚いているようで、またも言葉を詰まらせていた。
「おい、こいつにまともな返事を期待するなよ。どこか抜けてるからな」
「おい、待て、そりゃどういうこっちゃ」
フンと鼻を鳴らしながら、ブレイデルが付け加え、玄馬がそれに反論する。
「俺のどこが抜けてるだって? 第一、お前、初めてあった時からちょっと俺に対する扱い酷くねぇか?」
「抜けてるのは事実だろ? その神経の図太さには関心もするがな」
「あ、言ったな。俺は俺で結構繊細なんだぞ。こんなわけのわからん所にやってきてこのありさまだぜ?」
「んんっ!」
そうして始まる玄馬とブレイデルの言い合いは、アリアの咳ばらいを一端中断される。アリアはつかつかと二人の間に割って入り、視線だけを玄馬に向けた。
妙に威圧的で鋭い視線に玄馬は少しだけ体を引く。
「な、なんだよ」
「玄馬、とか言ったわね。コラト王の命により、あなたを我が国へと招待します」
「は?」
コラト王って誰だ? という視線をブレイデルに向ける玄馬。
「……この大陸の半数を治める巨大国家ハトヴァーユを治めるのがコラトという王だ。俺も名前しか知らん……我が国も呪いに沈む前までは友好国であったが」
「へぇー、なんでまたそんなデカイ国の王様が?」
いまいち理解が追いつかない玄馬は、今度はアリアに説明を求める顔を向ける。
「あなたが救世主だからよ。あなたも理解はしているでしょう? この大陸、いえ、この世界の危機を。蔓延する瘴気と呪いをどうにかするためには救世主の力が必要であるとハトヴァーユの神官が予言したわ。王もまた、その力に期待しています」
「んなこと言われてもなぁ……」
「当てもない旅を続けるよりは良いと思いませんか? 王は優れたお方です。無下に扱うことはしません」
「確かに、コラト王は名君と名高い。実際、身分を問わず能力によって役職を与え、此度の危機においても騎士団を大陸各地に回しているとは俺も聞いた」
アリアの説明にブレイデルも同調していた。
玄馬は、珍しいこともあるもんだなと思い、ブレイデルの方を見る。
「我がオークの国の長もコラト王は信用にたる人物であると口にしていた。その女の言葉は信じてもいいだろう。だが……」
ブレイデルは言葉を綴りながら薄い毛布を掛け直し、自身は再び壁にもたれ掛かって休む態勢を取っていた。
「……なにか条件でも?」
アリアは目を細める。
「ある程度のものであれば王は応じてくれると思うが?」
「今は答えられん。疲れている。休ませろ」
それだけを言うと、ブレイデルはもう話すことはないといわんばかりに瞼を閉じて毛布にくるまった。
その様子を見ていた玄馬は苦笑しながら、アリアへと振り向くと、
「だ、そうだ。正直、俺も王様が助けてくれるならありがてぇんだが……取り敢えず、お互い、休んどこうぜ?」
自分も同じように向かいのベッドへと腰掛けた。
「まぁ、良いでしょう。わかりました。食事はどうします? 辛いなら、もっとこさせますが?」
アリアの親切にブレイデルは掌をひらひらと振ることで応じた。いらない、という意味だと捉えたアリアは特に何を思うわけでもなく、その部屋を後にした。
部屋に残された二人は、ただ、黙ってベッドに体を預けるだけだった。
***
その夜。
瓦礫の崩れる音と巨大な駆動音が街に響き渡った。
あてがわれていた部屋で報告書をまとめつつ、そろそろ就寝しようとしていたアリアは驚き、部下の悲鳴を耳にしながら、何事かと外に出る。
激震は等間隔で響いていた。
「歩行? まさか!」
アリアが廊下の窓から外の様子を確認すると、そこには機動したガイオークスが駆け足でその場から去っていく所であった。ご丁寧な事にガラッテは逆さまに寝転がされている。
ガイオークスは揺れようが、地面が捲れようが構わず突き進んでいく。すると、内部スピーカーから発せされる野太い笑い声がいやに響いた。
『ガハハハ! 悪いな騎士様! 王との謁見は名誉なことだが、俺たちは俺たちで目的がある! こんな所で道草を食っている暇はないのでな!』
『それー突っ走れぇ!』
ついでに玄馬の声も聞こえる。
なんであの二人があそこにいるんだと思った瞬間、アリアはしまったと思った。
「オークの体力を見くびっていた!」
元より体力に優れたオークは疲弊しようと傷を負おうと、半日もしくは一日でも休めば体を動かす分の体力は戻る。そんなことは騎士としては常識だった。
いや、アリア自身もそのことを失念していたわけではなかった。むしろ、驚愕なのは、ぶっきらぼうでも真面目そうに見えたブレイデルとかいう騎士がバカな真似をしている事実だった。
「な、なんなの!」
今更ガラッテに乗り込んだ所で寝転がされている状況から態勢を立てなおしても、その頃にはガイオークスは遠くへと走り去っているだろう。
『今回は助けられた! いつか借りは返す! だが、それは今ではない。ではな!』
そんなブレイデルの豪快な笑い声を聞きながら、アリアは頭を抱えた。背後からは指示を求める部下たちの声も聞こえてくるが、今はそんなことどうでもよかった。
「コラト王も、父上も……そしてあいつらも……」
わなわなと手が震えていた。
「もぉぉー! 私を困らせるなぁぁぁ!」
それは切なる叫びだったかもしれない。
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