第22話 癒しの聖剣
聖なる剣の光が淀んだ街を包み込む。天の恵みもかくやという光量は熱く、まぶしく、それを見上げる住民たちは瞼を閉じてもなお、貫いて来る光を感じていた。
その凄まじい光をアリアはコクピットで受けていた。こんな光は初めて見る。
これが聖導機の力なのか? だとすれば、それを発生させる少年は一体何者なのか?
(まさか……救世主?)
コラト王が自身に与えた使命。それは世界を救う救世主を連れてくることであった。救世主の具体的な姿、形、種族すらも知らない、聞いていないアリアは当てもない旅に出される羽目になっていたが、この時、彼女はそれとなく察した。
間違いない。この少年こそが、『救世主』なのだと。
『よっしゃあ! なんか小さいゾンビどもは浄化できてるぜ! あとはあのデカブツだ。いっちょ、ズバッといってくれよ騎士様!』
「わかっている!」
こちらの思惑など知らないのか、勢いに任せた幻馬の声がアリアの耳を打った。
その一見、軽薄に見える姿が救世主という単語を払拭させていくのだが、ガラッテを動かしたと同時に、アリアは再び認識を変えるべきだと判断した。
「うわ!」
アリアにしてみればほんの少し、前に出て歩いてみたという感覚だった。操縦桿を押し、ペダルを踏みこむ。すり足の要領で間合いを詰めようとしたのだ。
なのに、ガラッテはその些細な操縦に反して大きく前に駆け出していた。一瞬にしてトップスピードをはじき出したガラッテは砲弾のように目の前の狂獣へと突撃してしまう。
「な、なによ! パワーだけじゃない! 操縦まで敏感に!」
『あぁ言い忘れてた! なんか知らんが、俺が乗るとマシーンがとんでもないことになる! ブレイデルもよく苦労してるんだ!』
「そういうことは早く言え!」
文句を返した所で、もう勢いは止まらない。狂獣と激突する瞬間。アリアはガラッテの右手で手刀を作り、貫手を行った。ガラッテの右手がたやすく狂獣の顔面を貫くが、やがりダメージはないようだ。
貫かれた顔面の周囲の肉がガラッテにまとわりつこうとしていた。いや、むしろこちらを飲み込もうとしているようにも見える。
それだけではない。濃密な瘴気が狂獣の体内からあふれ、ガラッテを包み込もうとする。
「うっ!」
敵の瘴気が凄まじいのは先ほどのやり取りで理解していたアリアは思わずその場から飛びのこうとする。
『邪魔だ!』
しかし、幻馬は反対に啖呵を切っていた。その声に呼応するようにガラッテの出力が上昇する。勝鬨のような音がアリアの座るコクピットにまで伝わってくるのがわかる。
ガラッテの周囲に紫電が走る。それは聖石から発せられる浄化の光と瘴気の呪いが反発しあっている証拠だ。ガラッテは一度、これに押され、ダメージを負った。だが、今は違う。
「押し返している!」
ガラッテの浄化の光は、今度は、瘴気を押し返し、無力化しているのだ。それだけではない。
アリアの体を暖かな風が駆け抜けていった。その瞬間、わずかに焦げていた金髪がもとの美しい色を取り戻していたし、小さなやけどが綺麗さっぱり消えていくのが見えた。
変化はそれだけではない。その暖かな風はガラッテとその周りにも吹き始めていた。風が通り抜けると同時に煤や血で汚れていたガラッテの装甲が元の美しい白亜のものへと変わっていく。
「癒しの……風!?」
それは低級の魔法だ。傷を癒す回復の魔法。魔力があれば誰だって扱える、子どもですら簡単に使用できるものだ。しかし、その規模が通常のものではない。癒しの風は小さな傷を治癒させることは出来ても、マシーンを癒すことはできない。
いや、それ以上に、瘴気を押し返すなどありえないのだから。
『お、おぉぉ! 都合よく俺の中のパワーが目覚めたのかぁ!?』
それを行っている当人はそのすごさが一切わかっていない様子だ。むしろ初めて魔法を扱えた幼子のようにはしゃいでいた。
幻馬のテンションに呼応するように、癒しの風が、突風へと変化し、ガラッテの右腕に集中していく。右手を飲み込もうとしていた狂獣の肉がぐずぐずと沸騰し、焼け落ちていくのが見えた。その肉は、分裂し、人モドキになろうとしていたが、地面に落ちる寸前に粒子となって消えていく。浄化されていくのだ。
『なんだぁありゃ!』
顔面から急速に浄化され、肉体を崩壊させていく狂獣。瞬く間に全身の腐った肉が光の粒子となって消え失せていくのだが、幻馬は異質なものを目にしていた。狂獣は歪ではあるが、人のような形をしていた。その、心臓があるだろうとされる位置、そこには黒い楔のようなものが浮かんでいた。
死肉とはいえ、生物然としていた狂獣の肉体から排出されるには不釣り合いな、どこか人工物を思わせるそれは、禍々しい瘴気を放っていることがアリアにもわかった。
「呪いの源とでもいうの!? けど、こんなの……!」
そんなものは見たことがない。
少なくともアリアの知る瘴気、呪いの知識の中で結晶のようなものが存在するなど聞いたことがない。だが、それは現実としてそこに存在していた。
『なんか知らんがすげぇ悪い気がする! あれをぶった切れ!』
その時ばかりは、アリアも幻馬の勢いに乗った。
が、黒い楔は思った以上に速い。それは自らの意思を持つように飛翔し、後退をしていく。方角は、墓地だ。
「あいつ! 新しい肉体を作るつもりか!」
剣を構え、駆け出すガラッテ。
黒い楔はなおも後退していくが、アリアにしてみれば切り捨てるのはたやすいものだった。彼女は焦ることもなく、一刀の下に楔を両断してみせる。
切り裂かれた楔は真っ二つになると同時に、浄化された狂獣のようにさらさらと光の粒子となって消えていく。
「なんなのよ一体……」
消えていく楔を眺めながらアリアはつぶやいた。
どこか釈然としないアリアと反比例するように、楔を切り裂いたせいなのか、街を包んでいたどんよりとした空気が消えていくような気がした。
ともかく、終わった。ひとまずの休息の時間が必要だ。
どっと疲れが押し寄せてきたアリアはコクピットの中でうなだれながら、幻馬とブレイデルの処遇について考えていた。
予想外の出来事があったとはいえ、彼らは協力者である。無下に扱うわけにもいかない。
それに幻馬とか言う少年。彼の爆発的な魔力の放出はアリアですら直に感じたことだ。以前にであった時は魔法の一つも使えないような男が、だ。
(だとすれば、やはりこの少年……救世主?)
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