第21話 セイント・セイバー

 アリアは行動不能となったガイオークスの詳細がわからないまま、戦闘を続けなければならなかった。彼女自身、ガイオークスの剛力には期待をしていたし、この程度のことで動けなくなるのは想像の外にある出来事だったのだ。

 同時に自分が他人の力を当てにしていたことを恥じた。それは騎士としてはあるまじき考えだったのだ。騎士は何も常に一対一を貴ぶわけではない。前線では指揮を執り、複数の兵士を率いて戦うこともある。すぐれた騎士とは武勇と知略に長けた者を言うのだ。一対一の決闘など、よほどのことがない限りは起きない。

 だとしても、騎士が最も信頼すべきは己の腕である。それに自信がないものが、敗北を喫すれば決まって口にするのが「卑怯者」という言葉である。敵わぬから、相手の不当を訴え、自身の潔白を証明する為に口に出される言葉。

 では今の自分はどうなのかと、ガラッテを駆るアリアは自問する。ガイオークスが行動不能になり、焦りを生じているのはパイロット二人が心配だからというのもあるが、それ以上に戦力のあてがなくなったことに対する動揺の方が大きい。それはつまり、自分に自信がないことの表れではないかとアリアは憤る。


「うっ! この!」


 心の乱れは剣を鈍らせると聞かされたが、ガラッテの剣に衰えはない。だがそれもガラッテという導機が優秀であるが為に補われることであり、当のアリア自身は焦りと混乱、そして敵の不死性に手を拱いていた。


「なぜ倒れない!」


 ガラッテの剣が狂獣を真っ二つに斬り裂く。しかし、切った端から狂獣は肉体を結合させ、腐った腕で殴りかかってくる。狂獣の腕はガラッテに命中すると同時にべちゃりと肉が潰れ、骨が砕ける。この狂獣に一切の攻撃性能はない。動くだけでも自壊し、攻撃をすれば根元から千切れていく。だというのに、ガラッテは攻め込めない。

 容易く斬り裂ける肉体はいかに細切れにしようと、再生していくし、飛び散った肉片は人モドキに変化して住民を襲う。人モドキの戦闘能力もほぼ皆無なようで、それこそ導機が踏み潰せばすむ話なのだが、数が多く、潰した所で破片がまた元に戻ってしまう。何とか住民側へは攻め込ませないようにしているが、大本の狂獣を放っておいてはじり貧なのは確かだった。


「ガイオークス! 聞こえて!」


 覆いかぶさろうとする狂獣を剣のグリップで弾きながら、アリアはなおも動きを見せないガイオークスに通信を入れてみるが、ノイズが走るだけであった。


「一瞬、暴走でもしたのかと思ったけど……!」


 しつこく絡みついてくる狂獣の腕を引きちぎり、押し出す。どろりとした体液がガラッテの白銀の装甲を汚した。こびりついた肉片が人モドキへと変化していくが、ガラッテは構わず払いのけ、握り潰す。

 ガイオークスが唸り声をあげ、痙攣した時は何事かと思ったが、アリアはそれが呪いを受けたものの初期症状に似ていると感じた。呪いの症状それ自体は多様だが、決まって初期は精神の暴走を引き起こす。暴力性が増加し、とにもかくにも目に映る全てを壊して回る。それが時には自傷に転向することもあり、さらには老若男女問わず引き起こされる現象であった。

 初期症状の内に浄化を行えば呪いの進行はある程度緩和できるが、時としてはこれが末期の可能性もある。どれがどうという見方もできないのだ。

 大人しくなったガイオークスを見るに、可能性としてはどちらかが呪いの初期段階を発症し、何とか抑え込んだとみるべきだろう。


『聞こえるか! おい、アリア? おーい! 騎士様ー!』

「その声……玄馬とかいう導師! 無事なの!」


 ノイズ交じりの酷い通信状態であったが、初めてガイオークスからの反応があった。アリアは目の前で再生と崩壊を繰り返えす狂獣を剣で突き刺し、固定しながら、住民側へと殺到する人モドキをしらみつぶしに踏みつけながら、返事をした。


「何が起きたのか、説明してちょうだい!」

『ブレイデルがぶっ倒れやがった! たぶん、呪いが……』


 後半の言葉はノイズでかき消されたが大よその事情はつかめた。こうなるとガイオークスを頼ることは出来ない。意を決したアリアは外部に散らばる部下たちを怒鳴りつけるように指示を送る。


「総員は住民を守れ! 術の心得があるものは浄化に努めよ! 狂獣はこのアリア・ジルベットが受け持った!」


 騎士として行うべき行動は決まっている。全力をもってして民を守ることだ。

 狂獣は串刺しにされた肉体を無理やり引き起こすせいで、ばっくりと肩口から脇腹にかけて大きくえぐれていたが、構わずガラッテに近寄ってくる。剣が突き刺さったままの肉片がドロリと溶けて剣を覆うと、一瞬にしてグリップを握った狂獣の腕が形成され、それが本体と接合されていく。

 しかし、深々と突き刺さった剣は狂獣では抜くことができないのか、そのたびにぶちぶちと繊維が千切れるさまがあった。


「非力な癖に……!」


 ガラッテが飛び跳ね、両足を刃に変形させ、狂獣の首を撥ねる。うすら笑いを浮かべたように肉がそげ落ちた顔が放物線を描いて飛んでいくが、結局はそれも溶け出し、人モドキへと変化する。いつの間にか踏み潰していた人モドキが一斉に本体である狂獣へと還っていく。融合していくそれらの質量が混ざったのか、切り落とされた頭部は復元された。

 にたりと口元のえぐれた傷口が笑ったように見える。その瞬間、全身の傷口から黒いもやと化した瘴気が噴出される。瘴気は意志を持つようにして、ガラッテを包み込もうとしていた。


「聖導機に瘴気が通用するわけがないでしょう!」


 アリアはひるまずガラッテを前進させる。水晶体へと手をかざし、魔力を練る。ガラッテの奥深くに眠る聖石を活性化させたのだ。聖石はそれ自身が瘴気を浄化する力がある。活性化させ、出力をあげることで聖導機は稼働するだけで周囲を浄化することが可能となる。

 瘴気がガラッテへと迫る。刹那、バチバチと紫電が走り、小刻みな振動がガラッテを包み込んだ。


「浄化が押されている!?」


 黒いもやとして視認できる瘴気はその進行速度を緩めはしたものの、なおもガラッテを包み込もうと迫っていた。ガラッテが放出する浄化のパワーと瘴気とがぶつかり合い、電流にも似た現象が発生する。それがガラッテの装甲を叩いているのだ。

 ダメージは確認されないが、瘴気が迫ってくる様を見てアリアは息をのむ。聖導機であっても抑えられない瘴気が発生している! それは到底信じられないものだ。


「瘴気の渦の中でも稼働できる聖導機のパワーを押し込もうというの!」


 瘴気の侵攻に伴い狂獣も動き出す。体中からは今も瘴気を吐き出し続けていた。その度に周囲を走る紫電の影響は強くなる。まるで重力で押し付けられるかのような負荷がかかる。反発するエネルギーがガラッテに逆流しているのだ。その影響は狂獣にも現れていたが、それでいくら崩壊しようと際限なく再生する狂獣は構わず突き進んでくる。紫電で焼かれた顔はさらににやけた顔へと変化していた。


「が、ガラッテが動かない!?」


 遂に瘴気はガラッテの両腕へと絡みつくように伸びてきた。バチバチと電流が走る。反発作用が逃れる空間をなくし、その全てがガラッテへと降り注ぐ。瘴気の毒素は聖石によって内部に入りこむことはないが、余波によって引き起こされる物理的な現象は容赦なくコクピットへと伝わっていた。


「あぁぁぁぁ!」


 衝撃がアリアの体を叩く。水晶体のモニターには警告を示す赤い光が灯っていた。

 がくがくと機体が震え、ガラッテもまた膝をつく。それでもアリアの意識は残っていた。だが、機体が動かせない。どれほど操縦桿を動かそうともびくともしないのだ。


「何なのよ!」


 びりっとした痛みがアリアの体を叩く。美しい金髪が少しだけ焦げたような臭いがして、アリアはかっとなった。

 だが、それに反してガラッテは力なく瘴気の塊に拘束されているだけだった。


***


 この状況に至って玄馬は不思議と冷静でいられた。結果的には安全なガイオークスの内部にいるのだからそれがいくらかの余裕を生んだのかもしれない。ガイオークスは身動き一つ取らないが、機動はしている。それゆえに瘴気の吸収はある程度行われているようだが、かなり緩やかであり、一種のアイドリング状態に陥っているようだった。

 元々、オークの国で奉られるようにいたのだから、これで暴走などということはまずないだろう。それこそブレイデルが目覚めて、暴れでもしない限りは恐らくは大丈夫なはずである。

 だとしてもだ。この状況は非常にまずかった。既にガイオークスとの接続は解除しているが、外の様子は確認できる。ガラッテが奮闘しているようだったが状況が変わった。酷く濃い瘴気が狂獣からあふれ出ている。その感覚はいつものひりひりとしたものではなく、ずきずきと突き刺すような痛みを伴っていた。我慢できるが、いいものではないは確かだった。


「くそ! どうする、ガイオークスを降りて浄化をするか? あぁけどそれには斧がいるのか……こんな中にブレイデルを放り込んだらまた暴れちまう……かといって、このまま街を放っておいてもろくなことにはならねぇぞ」


 状況が芳しくないと独り言が多くなるのが玄馬の癖らしい。


「えぇい、無敵のパワーだか無限のエネルギーだか知らねぇがよ! こういう時に都合よくなんか発動するのが救世主的な何かだろう!」


 出来うる限り軽口らしく振舞うのは焦りの表れである。玄馬は魔力はある。あるのだが、それを活かした何かをできるわけではないのだ。超特大の火の玉が出せるわけでもないし、雷を放つことも氷を出現させることだってできない。唯一できるのは機体に魔力エネルギーを送りこむことぐらいだ。


「……ん? まてよ」


 ふとあるひらめきが脳裏をよぎる。のだが、それと激突音と共に同時にガイオークスが大きく揺れる。


「のわぁぁぁぁ!」


 何事かと思いながらも、支えにしがみついた玄馬。外の様子を映し出す光球を覗き込めば、黒いもやに絡まれたガラッテがガイオークスに投げつけられていたようだった。もやはまるで生き物のように再びガラッテを持ち上げ、地面に叩きつける。瓦礫が飛び散り、衝撃は地響きとなって街を揺るがす。


「やべぇ、いい事思いつても実行できなきゃ意味がねぇぞ!」


 再び持ち上げられたガラッテが再度、ガイオークスに叩きつけられた。


『きゃあぁぁぁ!』


 アリアの悲鳴が伝わる。これだけの衝撃であってもブレイデルは一向に目を覚まそうとしなかった。


「くっそ! あの野郎、てこでも起きねぇつもりだな! おい、騎士様、聞こえてるか!」


 アリアからの返事はないが、悲鳴だけは聞こえていた。玄馬は舌打ちをして、どうするかを考える。

 自分の魔力は天下一品なのは間違いない。そのエネルギーがガイオークスに無敵の力を与えている。問題なのはその無敵のガイオークスを動かせるのはブレイデルであって自分ではない。そのブレイデルがダウンしている以上、自分の魔力は無駄である。

 しかし、今なお無事なガラッテであればどうか? ガラッテは聖導機と呼ばれ、邪導機のガイオークスとは対をなす機体である。それでも動力、出力の調整は恐らく共通しているはずである。つまり、ガイオークスと同じく自分の魔力を流し込むことが出来ればガラッテにもガイオークスと同様に無敵のパワーが与えられる可能性は高い。

 それを考え付いたまではいいが、ではどのようにしてガラッテに乗り込むのかまでは玄馬には思いつかなかった。そもそもガラッテにガイオークスと同じような空間が存在しているのかも疑問である。

 だが、今はそれしか方法が思いつかないのも事実である。

 玄馬は再びガラッテに呼びかけた。


「アリア! 聞こえてるか! そっちで俺をガラッテに転送とかできないのか!」

『な、何をわけのわからないことを! そんなこと、わかるわけ、ないでしょ!』


 衝撃でどこかを痛めたのかアリアの言葉はどこか苦しそうだった。このままではアリアまで潰れてしまう。その前に状況を打開しないといけない。


「ちっ……どうする、どうすればいい! おらポンコツ! なんか教えろ!」


 初めてガイオークスに乗り込んだ時のようにガイオークスが何かしらを教えてくれるのではないかという期待があった。だが、ガイオークスはうんともすんとも答えない。


「この! ご主人様がピンチだってのにお前は飯食ってるだけの能無しかよ!」


 思わず玄馬は支えを蹴りつけた。ガンッとむなしい音が響くだけであとは爪先に軽く痛みが走るだけだった。

 そう、思った瞬間、支えの表面が淡く青い光を放った。


「お、おおぉ?」


 それを望んでいたはずの玄馬は思わず驚いてしまう。何だと思い支えの頂点を覗いてみるとそれはまるでパネルのように起動していた。それを確認をした瞬間、玄馬は光に包まれていた。


「……!」


 無意識に目を伏せていたらしいが、次に目を開いた瞬間、玄馬はそこがガイオークスの内部ではないということが分かった。


「これは……!?」


 目の前にはガイオークスと同じ支えがあったが、空間はまるっきり違う。まるで一面雪景色と見間違う程に銀一色であり、その若干寒々とした空間の中央に玉座があり、玄馬はそこに腰掛けていた。それを認識した瞬間、玄馬はガラッテと『接続』したことを理解する。

 ガイオークスとは違い荒々しくなく、しかし力強い波動を感じる。そして己の体から魔力が吸いだされていくのも感じていた。


「へっ……結局、聖だ邪だ言っても容赦ねぇのな」


 ガイオークスとは違い、心臓のような鼓動ではなく、勝鬨のような音色が響く。


『うぇ、な、なに!? パワーが……でたらめなことに!』

「よぉお邪魔してるぜ、騎士様」

『貴様、玄馬! どこにいるんだ!』

「さてな、ガラッテの中にいるのは確かだぜ?」

『な! なんでよ! というか何よこのでたらめ!』

「説明はあとだ! うちの相方があんな事になってこちとら手持ち無沙汰なんだ! それに今、瘴気をなんとかできるのはガラッテだけだからな!」


 言って玄馬が魔力を思い切り流し込む。その度にガラッテの勝鬨の音色が大きくなり、まるで軍勢のような大声量が響き渡っていた。

 その瞬間、ガラッテの全身を覆っていた瘴気が拡散し、光となって霧散する。解放されたガラッテは一度、膝をつくも、すぐさま態勢を立て直し、残った瘴気の欠片や湧き出ていた人モドキを溶かすように光を放つ。

 その一撃は瞬く間に人モドキを浄化し、衝撃によって狂獣を押し出していった。


「ヒューッ! こいつはこいつですげぇぜ!」

『これがガラッテの本当の力……!?』


 全身に駆け巡る玄馬の魔力はそのままガラッテの全身の光となって放出される。

 それはまさに光輝く聖剣の如き姿であった。

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