第14話 召喚! 重闘士!

 ガラッテが狂獣との戦闘に入る少し前である。

 幻馬とブレイデルは揺れる庁舎の中、取り残される形となっていた。それは庁舎の中から聞こえる兵士たちの叫び声や住人たちの悲鳴で察することが出来る。混乱が生じることは仕方がないとは言えまさか兵士たちまで逃げ出すとはさすがに幻馬は想像していなかった。


「おいおい、もぬけの殻だぜ?」


 幻馬はにゅーっと部屋から顔を出して周囲を確認する。右、左、首を振りながら見てみるが、人影も気配もなかった。がらんとした廊下には揺れのせいか、割れた花瓶がいくつか散乱しており、活けてあった花は飛び散り、水が廊下をぬらしている。

 どうやら兵士も事務員も全員が逃げ出してしまったようだった。


「えぇい腑抜けのエルフどもが! 役に立たん!」


 ブレイデルは幻馬の後ろに立ち、彼と同じように首だけを出して確認を行っていた。騎士であるブレイデルにしてみればこうも簡単に持ち場を離れる兵士の姿勢が気に入らないようで、言葉には純粋な怒りがこもっていた。


「まぁ、あんなのが二体も出てきたんだ。普通はビビるって」


 かくいう幻馬はどこか気楽な様子だった。さすがにこの状況を楽しむなどという不謹慎な考えはないが、不思議と焦りというものはなかった。緊張感がないといってしまえばそれまでだが、逆に肩の力がない方が冷静に状況を認識できていた。

 廊下の窓からちらっと確認できる限りでは住民の大半が街の後方へと下がっていた。そこに避難所なりなんなりがあるのかは、幻馬は知らないが、統率の取れた避難というわけではないのは空気で分かった。


「オークの国の方がまだ落ちつきはあったな」


 それは過酷な環境下で暮らしているオークたちの心構えの現れだったのかも知れないと幻馬は思った。もちろん、のどかな暮らしの中で安寧に生きるエルフたちが悪いというわけではない。環境の違いなんてものはおいそれと口を出せるものではないが、この非常事態においては一つ、二つと物申したくもなる。


「当たり前だ。我が国は常に備えているからな。フン、だが調度いい。荷物を返してもらうぞ」


 冷静なのは幻馬だけではなかった。ブレイデルは鼻をひくつかせながらニオイを探る。


「えぇい、ここから遠いな。走るぞ幻馬。ぼやぼやしてたら踏み潰される」


 ブレイデルは己の鎧のニオイを感知した。それはアリアがいた執務室なのだが、その部屋は彼らの部屋とは正反対にあり、さらには階も違う。ブレイデルの鼻は正確な位置までは判別できなかったが、おおよその距離と方角を知ることぐらいは可能であった。


「何でもありだなその鼻」


 幻馬の記憶の中にある「警察犬」ですらここまでの精度はないんじゃないだろうかとさえ思う。


「オークの騎士は自分のニオイを覚えておくものだ。体臭ではないからな」

「今いいだろ、その情報?」


 会話もほどほどに、二人は目的地まで駆け出す。その間にも揺れは酷くなり、外からの悲鳴も増す一方であった。幸いというべきか、狂獣はまだ街には侵入していないようなのだが、それも時間の問題とも思えた。


「ん?」


 階段を登る最中、ブレイデルの鼻が大きく鳴った。新たなニオイを感知したのだ。


「どうした?」

「魔力のニオイだ……このニオイ、確か……」


 階段を駆け上がり、三階へと到達した二人は近くの窓から外の様子を確認する。

 そこからはガイオークスが大穴を明けた大広間が見下ろせた。広間の中央から光の柱が天を突き抜けるように輝いており、剣を象った魔方陣が展開されていた。その中央には自分たちを捕らえたエルフの少女がいるのも確認できる。


「何だありゃぁ?」

「導機の召喚だ。やるじゃないか、あの小娘」


 ブレイデルはにやり笑みを浮かべ、再び廊下を走りながら幻馬の疑問に答えた。


「召喚?」


 ブレイデルの背中を追いかけながら、幻馬が問いかける。


「邪導機もそうだが、あいつの使っている導機は恐らくは聖導機だ。この二つはいろいろと特別でな、武具であったり装飾品であったり、姿形は様々だが、それらを用いて機体を呼び出すことが出来るのだ」


 廊下の角を曲がり、庁舎の反対側へと回ろうとする時、外では巨大な剣が天から降ってきていた。


「でけぇ剣が落ちてきた! あれ? けど、俺たちが見たのは人型だったぞ?」


 幻馬の記憶にあるのは白銀の鎧姿の騎士である。あのような剣ではなかった。


「恐らくは変形するタイプだ。俺も実物を見るのは初めてだが……」


 ブレイデルの言うとおりに巨大な剣は人型へと変形し、街の外縁まで大きな跳躍を見せ、迫り来る狂獣へと立ち向かっていった。


「ほぅ、中々骨のある小娘じゃないか」


 ブレイデルは満足気な笑みを浮かべていた。


「あぁもう、いいから急ぐぞ! 二対一だ、分が悪いだろう?」


 幻馬はブレイデルの腕を引っ張るようにして、先を急がせた。どちらにせよ状況は不利だ。玄馬にしてみればあのエルフの少女騎士は知った存在ではないし、名前すらも知らない子だが、命を賭けて戦いに赴くというのなら、黙って見ているのは男のすることじゃないという気概があった。


「だな。動きが鈍い。そう長くは抑えられんだろう」


 その気持ちはブレイデルにもあった。彼は騎士、戦士としての観点ではあるが、府抜けた兵士たちに比べればあの小娘の度胸は好ましいものだった。その気高さと実力が釣り合っていないことは導機の動きを見ればすぐにわかる。

 戦士が戦うのならば、こちらも戦士として応じてやるのが筋であるのだから。

 庁舎の反対側へと出た二人はそのまま一直線に目的の執務室へと駆け出す。


「ここだ、この部屋に俺たちの荷物があるはずだ!」


 ふごふごと鼻を鳴らして、最終確認のニオイを吸い込む。

 確信を得たブレイデルは扉を蹴破って、執務室へと入り込む。漆黒の鎧は部屋の左側に丁寧に立てかけられていた。その隣には斧もある。ブレイデルはそのまま鎧を掴み取ると慣れた手つきで装着していく。


「おめぇは一々乱暴なんだよ」


 やれやれという具合に溜息をつきながら、幻馬も室内を確認し、自分の荷物を探す。真紅のローブと準備物を詰め込んだ麻袋は鎧とは反対の方向に置かれていた。こちらは揺れのせいかいくつかが散乱していた。

 幻馬も手早くローブを羽織り、散らばった荷物を確認しながら袋に詰めていく。


「本はある、食いもんもある、皮水筒もよし、何より大事な金は……ちょろまかされてないな」


 最後の金貨の確認だけはやたらと丁寧に行った幻馬は、後ろで鎧を着けていたブレイデルへと振り向く。既にブレイデルも鎧を着込み、斧を肩に担いだ頃だった。


「おっし! んで、次はどうするよ?」


 麻袋を担ぎ、幻馬が問う。


「決まっている。狂獣退治だ。連中をのさばらせておくわけにはいかんからな」


 ニッと牙を見せながら笑うブレイデル。幻馬も同じく口角を吊り上げて返した。そんなことはお互いに言いあわなくとも共通した目的である。

 二人は勢いよく庁舎を降っていく。揺れは徐々に激しさを増していた。もう街からは悲鳴は聞こえなかった。恐らくは街の背後まで逃げおおせたのだろう。それは二人にとっては好都合であった。

 庁舎の玄関に出た二人は遠くで響く戦闘の音へと意識を向ける。視線の先には白銀の騎士が二体の巨大な狂獣に押されている姿があった。


「あちゃー! やっぱ二対一じゃ押されるか!? てか一匹こっちに向かってきてんぞ!」


 土煙を立てて駆け出してくる狂獣の姿を認めた幻馬は両手で頭を抱えながら叫んだ。

 聖導機の方はもう一方の相手で手一杯のようだったが、それもいつまで抑えられるのかは正直分からない。


「ならばとっとと潰すだけだ」


 ブレイデルの回答は至ってシンプルなものだった。

 肩に担がれてた斧を振り上げたブレイデルはそれを力任せに振り下ろす。当然、地面が割れ、無数の破片を飛び散らせながら、斧は深々と突き刺さる。衝撃はすさまじく、隣に立つ幻馬は思わずよろめいてしまうほどだ。


「おい! もうちょっと丁寧にだな!」

「激動たる大地より現れよ……ガイオークス!」


 幻馬の苦言をよそにブレイデルが振り下ろした斧が怪しく光を放つ。瞬間、斧が作り出した割れ目を中心に黄金の魔方陣が展開されていく。幾何学模様が折り重なった円形の光は徐々にその大きさを広げ、ついには直径十メートル以上の大きさにまで展開する。

 ひび割れた大地はその魔方陣の展開にあわせるように隙間から無数の岩盤を隆起させた。幻馬とブレイデルが立つ場所もその余波に巻き込まれるが、二人はこの瞬間には光の球体に包まれ、宙を浮いていた。


「お、おぉぉぉ!」


 玄馬はふわりと浮かび上がる自分の足元を見た。亀裂の合間から伸びる岩はまるで花びらのように広がりを見せる。魔方陣はその円形の中に一回り小さな円を作り、中央には斧の紋章が浮かび上がっていた。魔法陣はそれぞれが別向きに回転し、大地にしみこんでゆくように消えてゆく。

 直後、大地を突き破り剛腕が伸びる。腕は地の底から這いあがるようにして、胴体を地上へとさらけ出す。獣の唸り声、大地を這う轟きがミゾルの街を包み込んだ。

 ガイオークスの全体が出現すると同時に光球に包まれていた二人はそれぞれのコクピットへと吸い込まれていく。ブレイデルは頭部コクピットへ、四肢は既に操縦系統に繋がった籠手と具足に収められており、いつでもガイオークスを動かす準備は整っていた。玄馬は腹部の球体に吸い込まれ翡翠色の空間の中へと現れる。浮遊する台座に脚を降ろし、支えとなる柱に手をかざす。


「接続完了! 魔力全開、バリバリで流し込むぞ!」


 玄馬の全身から淡い光が放出され、それは空間全体にしみこんでいくように広がる。


『邪導石の活性化を確認、エナジー循環良好、ご機嫌だな』


 ブレイデルはモニター表示に目を通しながら手足の具合を確かめるようにした。

 ガイオークスは玄馬よりもたらされる無限の魔力を際限なく吸収し、己の力と変えていく。獣が肉塊を飲み込むような音が各部から轟く。関節からは蒸気を吹き出し、双眸は真紅の血走った獰猛な光を宿した。

 ガイオークスは無造作に地面へと右腕を突き刺し、地中から鉄塊の如きメイスを引きずりだす。


「ブレイデル! 白い奴がこっちに投げ飛ばされてくるぞ! ついでにその上、狂獣だ! 上空八十メートル!」


 ガイオークスが捉える反応はリアルタイムで玄馬へと送りこまれる。ガイオークスが見るものは玄馬にも見えているのだ。彼の視界の中には狂獣に投げ飛ばされ、広場に落下するガラッテと、その隙を狙い、跳躍にて街へと侵入を果たそうとする二匹目の狂獣が映り込んだ。


『狂獣をぶっ飛ばす!』


 既にブレイデルもそれを確認していた。ブレイデルはガイオークスに槍投げの要領でメイスを担がせ、力任せに投擲させた。空気の壁を叩き割る轟音と衝撃波と共にメイスが音速で跳躍する狂獣へと迫る。飛び跳ねるだけの狂獣にはかわせるものではない。メイスはそのまま狂獣の脇腹へと突き刺さり、背骨と肋骨とを粉砕しながら、巨体を押し出していく。

 吹き飛ばされた狂獣はそのままもう一体へと激突し、巻き込んだまま弾かれていく。


「ヒューッ! 流石俺のパワーだぜ!」

 

 パチリと指を鳴らし、感心したようにうなずく玄馬。今までの戦いの中で玄馬はガイオークスとの接続、一体化がスムーズになっていることを感じていた。それは同時にガイオークスが吸収する魔力の量も凄まじいことになることを意味していたが、やはりというべきか自分の体に異変はない。

 ある意味、底なしの魔力があるという異変はあるのだが、それがマイナスに働くという事がないのならそれは特に気にすべきことではなかった。


『フン、俺のコントロールだ」


 ブレイデルはそれを鼻で笑いながら自らの能力を誇示する。ケタ外れのパワーを見せるようになったガイオークスは今まで通りの操縦をしていては振り回されてしまう。ブレイデルは豪快な操縦の中でも機体を暴走させないように努めていた。


「あーやだやだ。頭の固いオークの騎士様はありがとうございますの一言もねぇぜ」

『口だけは達者な三流導師が偉そうに! さっさとパワーをまわせ、速攻で片付けるぞ!』

「へいよ。んで、あっちの方はどうすんだよ?」


 魔力を流し込みながら、玄馬はこちらを唖然と見つめるガラッテへ視線を向ける。


『放っておけ……というわけにもいかんな。えぇい、通信というのはどうするんだったかな』


 ぼりぼりと額をかきながら今まで使ったことのない通信機なる装置を起動させたいブレイデルだったがどこにもそれらしい装置が見当たらなかった。


「おい、お前まさか今まで適当動かしてたんじゃないだろうな?」

『バカを言え、戦闘機動に支障がない程度には動かせるわ!』

「なっ! お前、ふざけんなよ! 自信満々だったから安心してたのに!」

『えぇい! 細かい事を気にする奴だな! 声が外に聞こえるようにすれば通じる話だ!』


 言ってブレイデルは外部スピーカーを起動させた。


『おい、エルフの小娘聞こえているか!』

「お前、その言い方はねぇだろ」

『うるさい、突っかかるな!』


 その二人のやり取りはもちろん外部スピーカーを通してミゾルの街全体に響いている。二人はその事実に気が付いていないのか、構わず言い争いを続けていた。

 その間にも吹き飛ばされた狂獣たちは態勢を立て直し、全身の体毛を逆立て、怒りを露わにしていた。メイスに脇腹を貫かれた方の狂獣は残った筋肉組織だけで躯体を支えていた。わき腹からはとめどなく体液があふれており、深々と突き刺さったメイスはそう簡単には抜けないようで、狂獣は動く度に激痛が走るのか、身を震わせた。


「あーもう話はあとだあと! 連中、すっげー怒ってるぞ!」


 ガイオークスのセンサーが狂獣の変化を捉え、それが同時に玄馬へと伝わる。瘴気のひりひりする独特の感覚と狂獣の怒りの感情が肌を突き刺すようだった。


『見りゃわかる。速攻だ! 小娘、聞こえているんだろう? 手伝う気があるなら手伝え、その機体飾りではないのだろう!』


 ブレイデルはガイオークスを徒手空拳で構えさせ、具足を踏み込む。その一歩だけで召喚の際に生じた亀裂や隆起した岩盤が崩壊し、地面が崩れていく。

 しかしガイオークスは構わずそれらを踏み抜き、二歩目を進めば庁舎や周辺の建物の一部が崩落した。


「無理すんなー俺たちツエーからよ!」


 玄馬はガラッテの方へとのんきな声をかけている。

 くだらない言い争いを行っていたはずの二人は、今度は一瞬にして目的を合一させ、狂獣へと意識を向けていた。


「出力はもちろんフルパワー! 振り回されんなよ!」

『お前も下手なエネルギー管理をするんじゃないぞ!』


 すっかり日が暮れ、星の瞬きがミゾルの街を覆う。

 重闘士は星空の下、咆哮をあげながら、駆け出した。 

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