第15話 剛力無双!
「一体何なのあいつらは!」
アリアが怒るのも無理はなかった。美しかったミゾルの街並みは赤と黒の邪導機ガイオークスの起動によってズタボロにされていた。機体が踏み込む度に地面には大穴が空き、その衝撃は建造物のいくつかを倒壊させていた。これでは狂獣の破壊と何ら変わらないではないか。
状況として助けられたことには感謝をする。ガイオークスの一撃がなければ狂獣は街に入りこみ、瘴気をまき散らしたかもしれない。それに自分自身も無事では済まなかっただろう。ガイオークスのパワーはアリアの想像以上でこれならばという淡い期待もあったが、今やその期待は吹き飛んでいる。
さらに言えばいきなりパイロット同士で喧嘩をしだすなど、緊張感が全く感じられないし、挙句の果てはこちらに対して上から目線の言葉を放り投げてくる。
アリアとてプライドというものがある。好き勝手暴れられるのも迷惑だが見下されたままでは騎士としての立場がないし、聖導機を預かる身としても黙っているわけにはいかなかった。
「待ちなさい! あなたたち!」
ガラッテを飛翔させ、一瞬にして駆け出すガイオークスと並列させる。
『オゥ、エルフの小娘か!』
こちらの接近に気が付いたのかブレイデルが応じる。『気骨は十分。当てにさせてもらうぞ!』などと言ってくるが大きなお世話である。こちらとしては文句を二、三言ってやりたい気分なのだから。
だが、アリアは騎士である。今がその時ではないということぐらいは理解していた。アリアは「後であなた方にはお話があります!」とだけ言い放つと、ガラッテを下降させ、地面を蹴り、加速をつけてスラスターを全開に点火する。
眼前には二体の狂獣が迫る。
アリアはまだダメージのない方に狙いを定めて、ガラッテの剣を振るう。
「セオリー通りならば足を斬る!」
狙いは体を支える足。この狂獣は四つ足での活動も可能だが、一本でも足を無力化できればそれでも行動力の半分を削れる。陸上の生物にしてみれば足は重要な器官の一つであり、活動に必須なものだ。対狂獣戦においても機動力を奪うことは有効な手段である。
加速の勢いが乗ったガラッテの一撃が狂獣の右足を斬り裂く。切断までに至らないのは強靭な皮膚と分厚い骨のせいだ。しかし、筋を切断で来ていればそれだけでもダメージにはなる。
「まだぁ!」
斬り抜けたガラッテは右足を刃に変形させ、地面に突き刺す。杭のように撃ちこまれた右足はガラッテをしっかりと固定した。それと同時に左肩のスラスターを全力点火、左足も刃に変形させ、ガラッテがその場で回転する。刃となったガラッテの左足が狂獣の右肩から脇腹を大きく斬り裂く。
「ガラッテの両脚はこのようにも使える!」
回転の勢いに乗せ、右足が地面から抜け出る。各部のスラスターを点火させ、ガラッテは右足による斬撃を放った。刃となった右足が狂獣の胴体に埋め込まれた顔面を捉え、えぐり取る。
狂獣の巨体が大きくぐらつく。右半身で体を支えることが出来なくなり、態勢を崩す。
ガラッテは即座に離脱、両足をもとに戻し、剣を構えた。
「これだけやれば!」
アリアは全神経を集中させる。白い光がアリアの体から放出される。アリアの魔力が可視化できる光にまで凝縮されたのだ。その魔力はそのまま玉座の如きコクピットシートに吸収され、機体各部へと伝達、最も魔力を送りこまれるのは剣を持つ右腕である。
機体を加速させ、狂獣の背中を取る。闇夜に白銀の光が走る。
が、狂獣は全身を震わせ、残った左半身だけで驚く程の跳躍を見せたのだ。
その異変に気が付いたアリアはガラッテを制動させた。
「なんという生命力!」
驚いている暇はない。狂獣が飛び去った先、それはガイオークスと戦闘を続ける片割れの方角であった。
「お二人! そちらに狂獣が!」
***
一方のガイオークスはガラッテに遅れて戦場へと到着した。圧倒的なパワーを誇るとはいえ、ガイオークスの動きは重い。ジャンプをすることで距離を稼ぐことは出来ても、機体自体の速度を覆すほどのものではなかった。
「ヒューッ! なんだよあの銀色。全身凶器かぁ!」
ガラッテの両足を用いた斬撃を目にした玄馬は純粋にその白銀の煌きを美しいと感じた。ガイオークスのような荒々しさではなく、気高さと鋭さの入り混じったその一撃には気迫が込められている。追いつめられていた時の逃げ腰は感じられなかった。
「こいつは負けてられねぇなブレイデル!」
玄馬は魔力を上昇させることで相方の返事を聞いた。
ブレイデルは『ガハハハ!』と豪快に笑って答えた。
ガイオークスがグンッと地面を蹴りあげ、右拳を振り上げる。目標は威嚇行動続ける狂獣の胴体にめり込んだ顔面である。
骨の砕ける音と体液が飛び散る様がありありと玄馬に伝わってくる。狂獣の赤黒い体液がガイオークスの全身に吹きかけられた。
「うえぇ……気持ち悪!」
『ならばさっさと浄化するぞ!』
次は左拳が再び顔面を狙う。
ガイオークスは八メートル、狂獣は四十メートル。体格差が著しい中でもガイオークスは圧倒していた。超重量から繰り出される質量と玄馬より得られる無限のパワーがその程度の差などいとも簡単に覆していたのだ。
殴打の連続。計十発の拳を叩きこまれた狂獣の顔面はもはや原型を留めてなどいない。ぐらりと巨体を後ろへと倒していく。
「……! ブレイデル、上だ!」
『ちぃっ!』
止めのの一撃を食らわせようとしたその瞬間であった。ガイオークスが頭上の反応を捉える。それはアリアが相手していた狂獣だった。右半身に大きなダメージを受けながらも跳躍を果たしたその狂獣は片割れへと落下しようとしていた。
『お二人! そちらに狂獣が!』
アリアからの警告が届く。
『共食いだ!』
ブレイデルは返事を返す間もなく叫んだ。
二体の狂獣はそのまま激突し、一度肉塊と化す。だが、変化はすぐに起きた。バキバキと骨が砕かれ、ぐちゃぐちゃと肉を咀嚼する音が静かな夜の闇に木霊する。
「なんだ、なんだかよくわかんないがよくないことが起きてるのはわかるぞ!」
その光景を眺めていた玄馬は瘴気のひりひりする感触が強まっていくのがわかった。
ぞわりと寒気が背筋に走る。
二体の狂獣であった肉塊はブクブクと膨れ上がり、肉同士が絡み合っていく。肉はお互いを食らいあい一つの肉体を作り上げていく。
その姿は巨大な柱に四つの腕が生えたもはや生物とはかけ離れた姿をしていた。岩のような表皮はそのまま、体毛は腕にだけ集中していた。
そして、柱の頂点から『ギギギ』と歯ぎしりするような音が木霊する。ぐにゃりと柱がねじ曲がり、音のする柱の頂点をガイオークスへと向けた。そこに収められていたのは人とも獣ともいえない悪辣な顔であった。鼻も口もないが、そのように見える溝、禍々しく光る四つの眼はぎょろぎょろと周囲を見渡していた。上部の二つはガイオークスを、下部の二つはガラッテを捉えていた。
「くっ……なんて顔だ。ブレイデルの方がイケメンだなおい」
『言ってろ』
合体狂獣は目測で六十メートル。単純な倍々ではないが、巨大化したことに違いはなかった。
四つの腕がそれぞれに振るわれる。右部はガイオークスに、左部はガラッテへと塊が迫った。
『ちょっとそんなのんきを言ってる場合じゃないでしょう!』
攻撃を避けながらガラッテよりアリアの怒声が飛んでくる。
『お前がさっさと始末しないのが悪い! 手間が増えてしまったではないか!』
ブレイデルは避けずにガイオークスのパワーで狂獣の腕を弾いていた。
『なっ! それはそっちだって!』
ガラッテは剣を振るい腕をかいくぐる。
『先に仕掛けたのはそちらだ! なぜ弱ってる方を狙わん!』
『それは、りょ、両方を弱らせればやりやすいと思ったから!』
攻撃の合間、両機は示し合わせたように両隣に立った。ガラッテがガイオークスに頭部を向け、抗議する。
「まぁまぁブレイデル、まさか共食いなんてするとは俺も思ってなかったしいいじゃねぇか」
とめどなく魔力を送りこむ玄馬は二人の口論を聞いてまだ余裕があると感じていた。その通り、三人の士気は下がってはいない。
多少アリアが興奮しているようにも感じられたが、先走るような真似はしないだろう。
合体狂獣は四つの腕を用いて全身を移動させる。ぐずぐずと柱型の胴体の足下が変化している。合体は完全ではなく、今もその途中のようであった。狂獣は足を作ろうとしているのだ。
「それよりもアイツ、立ち上がろうとしてるぜ。ただでさえ馬鹿でかいのに、さらにでかくなるつもりだ」
どのような足が形成されるのかは想像もしたくないが、厄介なことになるのは間違いなかった。
『殴り飛ばすのでもいいが、それでは時間がかかる。メイスがあれば岩石砲で吹き飛ばしてやるのだがな……』
言って、ブレイデルはちらっとモニターに映り込むガラッテを見やる。
ガラッテの方もどう攻め込んでいいのかわからないようで、剣を構えながらも、合体狂獣を見上げるだけだった。
『……武器はあるな』
『へ? え、ちょっと!』
合体狂獣をどう攻めたものかと思案を巡らせていたアリアは突如として機体の振動を感じた。ぐいっと持ち上げられるような感覚の直後、まっさかまになる。ガラッテが勝手に浮かび上がったわけではなかった。
ガイオークスはガラッテの後頭部、柄とグリップに当たるパーツを無造作に掴み、持ち上げていたのだ。
『な、なにをするつもりか!』
ガチャガチャと操縦桿を動かすことで、抵抗をして見せるアリアだったが、ガラッテがどれほど機体を動かそうとガイオークスは身じろぎ一つしなかった。
(な、なんてパワーなの!? 邪導機にこれほどのパワーがあるなんて!)
アリアの知識の中では、聖導機と邪導機の性能は互角のはずであった。細かな性能差などを比べれば話も変わるが、少なくとも導機を持ち上げて平然としているような機体をアリアは知らない。王都を守護する聖導機ケントゥリアスですらも、このような無茶は不可能なはずだ。
「おいおいおい、ブレイデル。なにするつもりだよ」
同じくブレイデルの行動を理解できないのは玄馬である。
『お前も見ただろ。この聖導機は剣にだった。つまり武器だ』
「あぁ、なる程。けど、無理矢理って関心しないぞ俺」
ブレイデルの返答で玄馬も何をしようとしているのかを悟った。確かにその方法であれば十分な打撃を与えられるだろう。問題なのは相手方の了承をまるで得ていないという事実ではあるのだが。
『四の五の言ってられる状況ではあるまい。おい、早く剣になれ!』
が、ブレイデルは構わず、ガイオークスを走らせる。
逆さのまま持ち上げられるガラッテは当然大きく揺れ、搭乗するアリアも座席から落っこちてはいないが、あちこちに体をぶつけていた。
『あ、わわわ! ちょっと、待ってってばぁ!』
振動の中では思ったように操縦が出来ない。手間取っているうちにガイオークスは地面を蹴りあげ上昇する。その風圧を受けたガラッテがさらに振動する。
『あぁぁぁぁぁ! もう!』
もはや言われた通りにするしかなかった。アリアは操縦桿を押し込み、水晶へと手をかざして念じる。
その一瞬でガラッテは騎士の形態から剣の形態へと変形を完了させた。
『そうだ、それでいい!』
ブレイデルの視界に合体狂獣の四つの腕が迫ってくる。だが、ブレイデルは避けるなどとは考えていなかった。
ガイオークスが剣となったガラッテを一閃すれば、その四つの腕はいとも簡単に切断され、宙を舞う。その内の一本を足場としたガイオークスは再び踏み込み、加速する。
一瞬にして柱の頂上にまで昇ったガイオークスはガラッテを振り上げた。
『パワーをまわせ!』
「とっくに!」
玄馬の魔力を吸い上げ、ガイオークスの『邪導石』が活性化する。各部駆動機関が唸り、蒸気を吹き出す。
その変化はガラッテの方にも現れていた。アリアはガラッテの動力である『聖石』が活性化していることに気が付いた。それと同時にガラッテ全体に流れ込む尋常ではない魔力に驚愕する。
『なによこのでたらめな魔力は!? きゃあぁぁぁ!』
確認したのもつかの間、ガイオークスがガラッテを振り下ろせば、もちろんパイロットであるアリアにも衝撃は伝わる。衝撃の中で、アリアの意識は刈り取られしまう。
そんなことを知る由もないガイオークスは構わず、巨大な刀身を合体狂獣へと叩きつけた。玄馬の魔力が付加されたガラッテの刀身は白銀に輝き、合体狂獣の肉体を斬り裂いてゆく。斬り裂かれた箇所は直後に光の粒子となった。それは瘴気の浄化である。
「浄化されていく!」
『聖導機の力だ! 邪導機と違い、聖導機はその身に宿す聖石の力を持って瘴気を浄化していく! そこにお前の馬鹿魔力で活性化させれば!』
根元まで斬り裂かれた合体狂獣は全身を震わせながらもすぐさま光の粒子となって霧散していく。だが、飛び散ろうとするそれを吸い込むようにガイオークスが唸り声をあげ、かき集める。
六十メートルの合体狂獣は跡形もなく消え去り、その場には聖と邪の導機と戦いで生じた穴だらけの大地だけが残った。
直後、轟音を立てて鉄塊が地面に突き刺さる。取り込まれていたガイオークスのメイスであった。
「瘴気の反応なし。今度は完全に浄化できたぜ」
ひりひりする感覚は消えていた。やっと夜の静けさを取り戻し、少々見晴らしのよくなった森を見渡しながら、異変がないことを確認した玄馬はぐぐっと体を伸ばした。戦闘時は常に立ちっぱなしである為に魔力はさておき、体力は消費する。ガイオークスとの接続が解除され、台座にあぐらをかいた玄馬は麻袋から干し肉を取り出してかじった。
『よし、このまま森を抜けるぞ』
ブレイデルはそういって、剣のガラッテをどうしたものかと考える。当たり前だが持って行くなどという選択肢はない。
呼びかけては見たがパイロットのエルフの騎士からの反応はない。数秒程、考えたブレイデルはガラッテを深く地面に突き刺し、メイスへと持ち替えた。
「いやーそれはどうかなって俺は思うよ?」
『俺たちは先を急ぐんだ。構ってられるか! それに騒ぎを聞きつけた王立軍がやってきたらそれこそ面倒だ! さっさとここから離れるんだよ!』
わき目もふらずにガイオークスはどたどたと森を突き抜けていく。その振動でガラッテのアリアはやっと意識を取り戻す。
『ん? き、狂獣は……え、なにちょっとこれ、どういう状態……あぁ! あの二人!』
アリアはガラッテの刀身が地面に突き刺さっていることに気が付き、さらにはその視界の先で逃げ出すように走るガイオークスを捉えた。
すぐさま変形して後を追おうとするのだが、深々と突き刺さったガラッテの胴体は中々抜け出せるものではない。
『ちょっとどうするのよこれ! 待て、待ちなさい!』
そんなアリアの悲鳴にも似た声を背中に受けながら、二人はさっさと闇夜の中に消えていった。
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