第6話 タイタンパワー

 ブレイデルはいつもと違うガイオークスの調子に戸惑っていた。

 それは悪い方向ではない。むしろガイオークスはいつにもまして快調であった。普段のガイオークスは重厚な見た目通りに動作が重々しく、操縦する際にかかる負担も大きい。それは様々な要因もあるのだが、一番の原因は「邪導機」の特性にあった。それは魔力の吸収機能である。邪導機には呪いの源である瘴気を吸収する機能が存在するが、それは何も瘴気だけの話ではない。己のエネルギー源として活用する為に魔的なエネルギーの全てを取り込むのだ。

 それを可能とするのが邪導機の炉心である。邪導機はその動力として特殊な鉱石を利用する。それらは往々にして魔石と呼ばれ、その中でもさらに貴重なものの中のひとつに「邪導石」と呼ばれる魔石が存在する。これこそが魔的なエネルギーの吸収機能を持つ石であり、動力の要であった。

 無尽蔵にエネルギーを吸収し続ける邪導石には吸収した分だけのエネルギーが貯蔵される。それを取り出し転用することで邪導機は驚くべきパワーを発揮するのだ。

 そして、それは搭乗者の魔力すら奪いかねないということでもある。


「加速が……!」


 普段通りの加速をしたつもりだった。ブレイデルが具足を踏み込み、それに連動するように、今や自身の肉体の延長となったガイオークスが大地を蹴りあげ、駆け出す。

 が、その瞬間、ガイオークスは跳躍した。足場を踏み砕き、超重量の鉄の塊は弾丸の如き加速を持って前方へと吹き飛んでいく。それはブレイデルの意図した行為ではなかった。


「おぉぉぉぉ!」


 ブレイデルは確かにガイオークスの脚部に力を込めた。普段通りの動作、普段通りの力加減、例えるならば駆け足をする準備を整えたようなものだったが、それだけでもガイオークスは加速した。いくらなんでも調子が良すぎる。

 しかしそれに困惑している暇はなかった。目前に狂獣が迫る。否、自分たちから接近している。このままいけばお互いに正面からぶつかるだろう。ガイオークスの装甲ならばこの加速による激突であっても問題はないはずだ。


『おい! ぶつかるぞ!』


 コクピットモニターの端に映る幻馬が悲鳴を上げているが、無視した。今はこいつにかまっている暇はない。


「おおぉ!」


 ブレイデルは生粋の戦士である。故に戦闘行動は早い。激突する瞬間、ブレイデルはガイオークスの左拳を突きつける。衝突音と衝撃がコクピットを叩きつける。全身が弾けるような錯覚に襲われるブレイデルであったが、オークとしての強靭な肉体はそれを耐え、次なる動作へと移行する。


『ひえぇぇぇ! お前乱暴すぎやしないか!?』


 画面の向こうに映る幻馬には衝撃も何もないようだ。そうでなければ今の衝撃で気を失っているはずだから。


「黙ってみていろ!」


 ガイオークスの左腕は狂獣の肉体を抉り、貫通していた。そのままの態勢でガイオークスは右手に持ったメイスを狂獣の頭部目がけて振りあげる。至近距離から繰り出される鉄塊による一撃は狂獣の頭の骨を砕き、赤黒い体液を吐き出させる。

 狂獣の全身がのたうつ。ガイオークスは左腕を引き抜き、狂獣の胴体を蹴りあげながら後方へと跳び去る。


「えぇい! 調整が!」


 キックの威力が強すぎた。ブレイデルが思うよりも遥か後方にまで下がってしまったようで、お互いの距離は百メートル。遠くもないが近くもない距離である。


「フンッ……嫌に調子がいいな。それに、なぜだ……疲労も少ない」


 視線は狂獣に向けたまま、ブレイデルは自分とガイオークスの調子を確かめるように左拳を開け閉めする。不思議と操縦と実際の動作に生じるラグが短いように感じた。

 ガイオークスが自身の動きを模倣するのにほんのわずかな差がある。だが、それがあまり感じられない。瞬時に自分の動きをトレースしてくれる。

 次いでガイオークスを操縦する際に生じる疲労感が少なかった。瘴気、魔力を吸収する邪導機の特性により、大量の出力を要する動作を行う場合、それに比例してパイロットの体力も消費される。邪導機を操縦する為にはそれらの細かな調整が必要となるのだ。

 だが、先の一連の行動を行ってみて、ブレイデルは思った以上に体力を消費していないことを感じていた。普段でもあの動き程度で疲労困憊する程、脆弱ではないが、それにしても調子が良すぎる。もっと無茶な動作すら連続で行うことができる程だ。


「出力が上がっているのか? 俺以外の力を吸い上げて?」

『おぉぉぉぉ! すげぇぇぇぇ! おい! とどめとか刺さないのか!』


 ふとブレイデルはモニターの端で、今も何事かを騒いでいる幻馬を見やった。うるさいぐらいに元気だった。それに自分と同じく体力も魔力大きく消費していないように見える。

 となると、ガイオークスはいったいどこからこんなパワーを吸い上げているのか?


「まさか……」

『おい! 前前! あいつが動き出したぞ!』

「チッ……!」


 狂獣が名の通り狂ったような声をあげ四つの後ろ脚で巨体を立ち上げ、二本の前足でガイオークスを踏み潰そうとする。その動作は一々が大げさで、回避するのは容易である。ブレイデルはガイオークスを再び後方へと跳躍させる。今度は大きく下がらないように、繊細な力加減を意識した。

 四十メートルの巨体の脚が大地を踏みつける。既にガイオークスはその場にはおらず、絶妙な距離を保っていた。


「いいぞ、加減がわかってきた。そして……」


 着地と同時にメイスを地面に叩きつける。岩盤が割れ、無数の亀裂を生じさせる。その亀裂は意思を持つかのように、稲妻の如く狂獣へと向かっていく。


「タンタンズウェイブ!」


 ブレイデルの叫びに呼応するようにメイスの先端が振動を起こす。瞬間、大地に出現した亀裂の隙間から粗く削られた岩の槍が突き上げられていく。

 狂獣の下腹を、六つの足を、岩の槍が貫く。狂獣の絶叫はなかった。既に喉も貫かれているからだ。それでもなお、驚異的な生命力は残っているのか、狂獣は岩の槍をへし折り、肉は裂け、骨が砕けようと前に突き進もうとする。つぶれた頭部から唯一除く左目はどす黒いが、ぎろりとガイオークスを捉えていた。


「まだ息があるか……最大出力だったのだがな」


 肩と首を回し、体をほぐすような仕草をするブレイデル。タイタンズウェイブはガイオークスのエネルギーを大地に注入し、繰り出す土系統の魔導攻撃である。魔力の消費が激しく、これを使うといかに強靭な体力を持つブレイデルでも二日は体力が維持できない。だというのに今でも彼はピンピンしている。疲労の色もない。


『うひょおぉぉぉぉ! 必殺技って奴かぁ!』


 同じく幻馬の様子も元気そのものであった。いささか興奮状態にあるが、邪導機の吸収能力を考えれば普通の人間では立つことも話すこともままならないほどに衰弱する。

 だが、幻馬は騒いでいた。


「おい、体はなんともないのか?」

『お? まぁ、怪我はないし、これと言って……なんか変な感覚はするが、別に……』

「やはり……か」


 ブレイデルは大きく鼻で息をした。魔力のニオイがする。ガイオークスに循環するエネルギー源がとめどなく溢れ出ているのがわかる。それも鼻を潰してしまいそうな強いニオイであった。そのニオイは最近嗅いだことのあるニオイだ。


(この小僧の魔力臭だ……ガイオークスを駆け巡るこの得体のしれないパワーは小僧の魔力から発揮されている! 魔力の塊のような小僧だからなのか!)


 ガイオークスは玄馬という少年の魔力を食らい、力を発揮しているのだ。玄馬が今もなお平気な顔をしている理由も簡単だ。玄馬が持つ魔力は、はっきりと言えば常識はずれのものであり、底が見えないのだ。ガイオークスは容赦なく玄馬の魔力を食らっているであろう。それは機体を循環するエネルギーのニオイですぐにわかる。常人、否、魔力に長けた神官たちであっても枯渇、死に至る程の魔力を吸い上げている。


(国の神官どもが束になっても敵わない魔力数だと? だが、だとすればガイオークスのパワーにも理由がつく!)


 その瞬間、ブレイデルは確信を抱く。ニィと口角を吊り上げた。


「玄馬」

『おう?』

「何でもいい、力を貸せ!」

『は? どうやって……』


 返事を聞く前に、ブレイデルはガイオークスを前進させた。もう力加減は理解した。飛び出し過ぎることもなく、パワーに振り回さることもない。ガイオークスは地面を踏み抜きながら、瀕死状態の狂獣へと駆け出す。


『お、おぉぉぉぉぉ! ちょっと待てぇぇぇぇ!』


 玄馬の叫び声は、ガイオークスから発せられる駆動音と咆哮によってかき消されていた。


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